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第九章 大東亜戦争Ⅱ(戦中編)
⑦計画Ⅱ
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岡本大佐は船魄研究の本拠地である呉に戻り、出来たてホヤホヤの海防艦室津と対面した。正直言って使い道がないので持て余していた艦である。
「大佐殿、お帰りなさい」
「ああ。作業はどのくらい進んでいる?」
既に大佐の指示で船魄化作業は始められている。
「艦の方は4割ほど終わっています。船魄はまだ用意できていませんが」
「分かった。ではとっとと作業を終わらせてしまおう」
全長100mもない非常に小さな艦艇である。構造も単純で、船魄化するのに要した時間は半月程度である。瑞鶴も長門もまだ修理中であるし、大佐がハワイに戻る必要はない。
各所に感覚センサーを取り付け武装を自動化し、艦の改造は完了した。船魄も用意できた。後はこの寝台に横たわった黒髪の少女がどのような反応を示すか、それが問題である。
「さて、では実験を始めようか」
「はっ」
「全員離れろ」
大分慣れたものである。少女の身体に電極を幾つも取り付け、高圧電流を流して無理やり起動させるのである。少し焦げ臭い臭いと共に、少女はゆっくりと眩しそうに目を開けた。
「起動は成功か。光に対して反応もしている」
「これは成功なのでは……?」
「さあ、分からない。瑞鶴のように上手くいけばいいが。さあ、起きようか」
岡本大佐は少女の上半身を支えて身体を起こさせる。少女はぼんやりとした瞳で大佐を見る。しかし瑞鶴のように彼女を目覚めさせる文句がない。海防艦室津には過去というものが一切ないのだから。
「さて、君は自分の名前が分かるかな?」
「な、まえ…………」
「そうだ。名前だ」
「わ、私は…………」
少女は困ったように俯く。まあここまでは想定内だ。
「記憶がまだ混濁しているようだね。では、君の名前は室津だ。何か思い当たることはないかな?」
「むろつ…………そう、言われても…………」
大佐は「やはりか」と呟き、どうやら自分の予想が当たっていたことを悟った。
「君は海防艦の室津だ。海防艦とは輸送船団を護衛し敵の潜水艦を撃滅する艦だ。そして君は鵜来型海防艦の十三番艦だ」
「な、何を言っているのか、分かりません……」
「そうか」
「大佐殿、これは……」
「ああ、失敗だろう。だが念の為だ。彼女に艦を見せてやろう」
「はっ」
岡本大佐は少女を少女の艦、海防艦室津の甲板に案内した。室津の姿を見ても少女は特に何も感じていないようであった。
「これが君の身体のようなものだ。君はこの艦を操る力を持っているのだ。少し試してみたらどうかな?」
「試す、と言われても、何を……?」
「君が念じれば、この艦は君の思い通りに動くのだよ。例えば、前に進ませることを考えてみてくれ」
「……?」
少女は訳が分からないと言った顔をしながらも、大佐に言われたように念じてみた。すると僅かながら室津のスクリューが回り出したのである。
「これは……私が……?」
「ああ、そうだ。これこそが君の本来のあり方なのだ」
「でも、よく、分からない……」
「まあいい。今日は疲れたろう。ゆっくり休むといい」
「はい…………」
岡本大佐は少女を立派な寝室に案内してゆっくり休ませた。
「大佐殿、これはどう評価すべきでしょうか」
「私にも初の事例なのだ。何とも言えない。あの子に船魄の能力があることは分かったが、それを発揮してみても自身を認識することはなかったし、瑞鶴の時と比べても明らかに艦の反応が鈍かった」
「自分が船魄と自覚できないのでは、使いようがないのでは?」
「じっくりと教育を行って自覚を持ってもらえば、並に使える可能性はある。だがそれでも、他の船魄と同等の性能が発揮できるかは分からない。何もかも未知数だな」
岡本大佐はその後1ヶ月ほど室津の世話をしつつ教育を行った。結果として、自らが船魄という存在だとは理解してくれたものの、この小さな海防艦すら満足に航行させることはできなかった。
「1ヶ月でも、まだ前進しかできない。瑞鶴と比べれば雲泥の差だな……」
「記憶がないというのが、こうも影響するのでしょうか」
「甚だ非科学的だが、それが一番よく現実を説明できる仮説だな。だがサンプルが足りない。もっと実験が必要だ」
「また他の艦を借りるんですか?」
「ああ。次はもう少し、過去はあるが実戦経験がほとんどないような艦だ」
岡本大佐は更なる実験の為、軍令部にちょうどいい艦を貸してくれるよう頼み込んだ。軍令部も大佐の実験の意義は理解してくれて、秋月型駆逐艦九番艦の春月を貸してくれた。建造から10ヶ月ほど経っているが、輸送船団の護衛に終始し、幸運にも一度の実戦も経験していない艦である。今回の実験には打ってつけだ。
大佐は春月を借り受けると直ちに改造工事を開始して、1ヶ月ほどで改造を完了させた。そして早速いつも通り船魄を目覚めさせた。
「――君の名前は春月だ。何か思い当たることはないかな?」
「春月……その名前は、しっくりくる気がします」
「それはよい。では君の力を早速試してみようじゃないか」
春月に対しても室津と同様の実験を半月ほど行った。結果として、室津よりはマシだったものの、実戦に投入できるほどの能力は発揮できなかった。砲撃訓練も行わせてみたが人間の操作と大差なかった。まあ無人で砲塔を動かせるというだけで意味はあるが。
「長門はすぐに自己認識を確立し、戦力化できた。やはり古い艦、実戦経験の多い艦ほど船魄の能力が上がる、ということか。全く訳が分からんが」
まだ合計で5件しか実例がない以上、科学者として断言することはできないが、岡本大佐はほぼそうであると確信していた。そして瑞鶴と長門の応急修理がそろそろ完了するので、大佐は実験の続きを部下達に任せ、ハワイに戻ることとなった。
「大佐殿、お帰りなさい」
「ああ。作業はどのくらい進んでいる?」
既に大佐の指示で船魄化作業は始められている。
「艦の方は4割ほど終わっています。船魄はまだ用意できていませんが」
「分かった。ではとっとと作業を終わらせてしまおう」
全長100mもない非常に小さな艦艇である。構造も単純で、船魄化するのに要した時間は半月程度である。瑞鶴も長門もまだ修理中であるし、大佐がハワイに戻る必要はない。
各所に感覚センサーを取り付け武装を自動化し、艦の改造は完了した。船魄も用意できた。後はこの寝台に横たわった黒髪の少女がどのような反応を示すか、それが問題である。
「さて、では実験を始めようか」
「はっ」
「全員離れろ」
大分慣れたものである。少女の身体に電極を幾つも取り付け、高圧電流を流して無理やり起動させるのである。少し焦げ臭い臭いと共に、少女はゆっくりと眩しそうに目を開けた。
「起動は成功か。光に対して反応もしている」
「これは成功なのでは……?」
「さあ、分からない。瑞鶴のように上手くいけばいいが。さあ、起きようか」
岡本大佐は少女の上半身を支えて身体を起こさせる。少女はぼんやりとした瞳で大佐を見る。しかし瑞鶴のように彼女を目覚めさせる文句がない。海防艦室津には過去というものが一切ないのだから。
「さて、君は自分の名前が分かるかな?」
「な、まえ…………」
「そうだ。名前だ」
「わ、私は…………」
少女は困ったように俯く。まあここまでは想定内だ。
「記憶がまだ混濁しているようだね。では、君の名前は室津だ。何か思い当たることはないかな?」
「むろつ…………そう、言われても…………」
大佐は「やはりか」と呟き、どうやら自分の予想が当たっていたことを悟った。
「君は海防艦の室津だ。海防艦とは輸送船団を護衛し敵の潜水艦を撃滅する艦だ。そして君は鵜来型海防艦の十三番艦だ」
「な、何を言っているのか、分かりません……」
「そうか」
「大佐殿、これは……」
「ああ、失敗だろう。だが念の為だ。彼女に艦を見せてやろう」
「はっ」
岡本大佐は少女を少女の艦、海防艦室津の甲板に案内した。室津の姿を見ても少女は特に何も感じていないようであった。
「これが君の身体のようなものだ。君はこの艦を操る力を持っているのだ。少し試してみたらどうかな?」
「試す、と言われても、何を……?」
「君が念じれば、この艦は君の思い通りに動くのだよ。例えば、前に進ませることを考えてみてくれ」
「……?」
少女は訳が分からないと言った顔をしながらも、大佐に言われたように念じてみた。すると僅かながら室津のスクリューが回り出したのである。
「これは……私が……?」
「ああ、そうだ。これこそが君の本来のあり方なのだ」
「でも、よく、分からない……」
「まあいい。今日は疲れたろう。ゆっくり休むといい」
「はい…………」
岡本大佐は少女を立派な寝室に案内してゆっくり休ませた。
「大佐殿、これはどう評価すべきでしょうか」
「私にも初の事例なのだ。何とも言えない。あの子に船魄の能力があることは分かったが、それを発揮してみても自身を認識することはなかったし、瑞鶴の時と比べても明らかに艦の反応が鈍かった」
「自分が船魄と自覚できないのでは、使いようがないのでは?」
「じっくりと教育を行って自覚を持ってもらえば、並に使える可能性はある。だがそれでも、他の船魄と同等の性能が発揮できるかは分からない。何もかも未知数だな」
岡本大佐はその後1ヶ月ほど室津の世話をしつつ教育を行った。結果として、自らが船魄という存在だとは理解してくれたものの、この小さな海防艦すら満足に航行させることはできなかった。
「1ヶ月でも、まだ前進しかできない。瑞鶴と比べれば雲泥の差だな……」
「記憶がないというのが、こうも影響するのでしょうか」
「甚だ非科学的だが、それが一番よく現実を説明できる仮説だな。だがサンプルが足りない。もっと実験が必要だ」
「また他の艦を借りるんですか?」
「ああ。次はもう少し、過去はあるが実戦経験がほとんどないような艦だ」
岡本大佐は更なる実験の為、軍令部にちょうどいい艦を貸してくれるよう頼み込んだ。軍令部も大佐の実験の意義は理解してくれて、秋月型駆逐艦九番艦の春月を貸してくれた。建造から10ヶ月ほど経っているが、輸送船団の護衛に終始し、幸運にも一度の実戦も経験していない艦である。今回の実験には打ってつけだ。
大佐は春月を借り受けると直ちに改造工事を開始して、1ヶ月ほどで改造を完了させた。そして早速いつも通り船魄を目覚めさせた。
「――君の名前は春月だ。何か思い当たることはないかな?」
「春月……その名前は、しっくりくる気がします」
「それはよい。では君の力を早速試してみようじゃないか」
春月に対しても室津と同様の実験を半月ほど行った。結果として、室津よりはマシだったものの、実戦に投入できるほどの能力は発揮できなかった。砲撃訓練も行わせてみたが人間の操作と大差なかった。まあ無人で砲塔を動かせるというだけで意味はあるが。
「長門はすぐに自己認識を確立し、戦力化できた。やはり古い艦、実戦経験の多い艦ほど船魄の能力が上がる、ということか。全く訳が分からんが」
まだ合計で5件しか実例がない以上、科学者として断言することはできないが、岡本大佐はほぼそうであると確信していた。そして瑞鶴と長門の応急修理がそろそろ完了するので、大佐は実験の続きを部下達に任せ、ハワイに戻ることとなった。
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