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第八章 帝都襲撃

暫しの暇

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「しっかし暇ねえ……。何か持ってくればよかったわ」

 瑞鶴は本の数冊くらい持ってくればよかったと非常に後悔した。暇潰しになるのは目の前に座っている三笠くらいである。

「ねえねえ」
「何でありますか?」
「何か面白い話してよ。あんたも暇でしょ?」
「確かに本艦も暇ではありますが、特に面白い話というのは……」

 三笠は本気で困った顔をする。

「じゃあさ、東郷平八郎ってどういう人だったの? 私が生まれた時にはもう死んでたからさ」
「東郷元帥でありますか……。本艦が船魄化されたのはあなたよりも後でありますから、本艦は会ったことがないのですが、分かっておりますか?」
「でも何となく記憶はある。そうよね?」
「……ええ、確かに」

 不思議なものであるが、船魄は船魄化される以前の艦の記憶をある程度持ち合わせている。そうでなければ生まれて早々実戦投入することなど不可能である。

「じゃあ聞かせてよ」
「はい。しかし本艦は記憶があるとは言え、海上にあった元帥の姿しか知りません。あの日本海海戦においては、本艦は囮でありました」
「そうなの?」
「はい。当時は本艦が最新鋭の戦艦でしたから、戦列の先頭を航行し、敵の攻撃を引き付けたのであります」

 前弩級戦艦としては三笠は最強の一角である。当時の全世界の戦艦の中でもほとんど最強に位置することは間違いない。

「無論、本艦には東郷元帥が乗っておられましたから、つまり元帥は自らを囮とし、勝利を掴んだのであります。誠に軍人として尊敬するべきお方でありました」
「へえ」
「……興味なさげでありますね」
「いや、そんなことない。ちょっと想像してみただけよ」

 瑞鶴は本当に真面目に聴いていた。聴き入りすぎて三笠に反応を返すことも頭から抜けていたのである。

「日本海海戦以外の話はないの?」
「そうでありますな……あれ以降はあまり、いい思い出はありません」

 三笠は露骨に暗い顔をして溜息を吐いた。

「まあ、大した戦争は起こってないけど」
「それもそうでありますが、晩年の東郷元帥は明らかに、影響力を持ち過ぎたお方でした。頑迷な思想を海軍に押し付け、国家の運営にとって障害でありました」
「言われてみれば日本海海戦以後の東郷平八郎の話は聞かないし、あんまりよく思われてなかったのね」
「海軍内部では、恐らくその通りでありましょう。一般の臣民、世界各国からはその死を酷く悼まれましたが」
「ありがとう。面白い話だったわ」
「10分くらいしか経っておりませんが……」
「ああ……」

 瑞鶴は絶望的な気持ちになって溜息を吐いた。結局瑞鶴は、昼間から寝て時間を潰すことにした。

 ○

 一方その頃。

 瑞鶴に置いていかれ東京湾に残ることになった妙高は、艦載機を延々と明治宮殿上空で旋回させ、帝国政府に脅しをかけ続けていた。瑞鶴が出発してから2時間後。妙高に通信が掛かってきた。

「で、出たくない……」

 とは思いつつ、無視することもできなかった。

「は、はい、妙高です……」
『大日本帝国海軍軍令部総長、神重徳だ』
「ひぃぃ……軍令部総長様でしたか……」

 その仰々しい肩書きに妙高は震え上がる。

『ああ。君とはあまり縁はないが』
「な、何の御用でしょうか……?」
『まず一つ目はそろそろ明治宮殿を脅すのを止めてもらいたい。今や交渉は成立した。我々を脅す必要はない筈だが』
「あ、あなた達は信用できません。これまでずっと妙高達を騙していたんですから」

 思えば妙高にとって最大の敵とも言えるのが、すぐそこにいる軍令部や政府の重役達なのである。

『確かに敵味方識別装置が露見した場合君のような発想に至る船魄が出る可能性が以前より指摘されていた。それについては我々が反省すべき点であろう』
「で、では今すぐ、全ての船魄の敵味方識別装置を解除してください。そうすれば、妙高と高雄はいつでも帝国海軍に復帰します」
『それはできない。そのような混乱を招くことは。加えて、瑞鶴はそうは思っていない。そうだろう?』
「さ、さあ。瑞鶴さんの目的は知りません」

 実際のところ、瑞鶴は大和と一緒に暮らしたいだけだ。だから確かに、神軍令部総長の言う通り、敵味方識別装置などに興味はないのである。

『意志は固いようだな』
「どうして今更そんなことを?」
『君は帝国海軍の軍艦なのだ。戻るのは当然のこと。だがそれ以上に、陛下がこの状況を憂いておられる。日本の軍艦が相争うことの愚かしさにな』
「それは……理解しているつもりです。ですが……」
『大した計画もなく反抗し続けるつもりか』
「そ、それは……」

 妙高には言い返せなかった。キューバ戦争を止めるところまではある程度の計画があるが、それより先は全く考えなしである。

『まあいい。私もまた目先の利益に釣られる人間だ。アメリカと戦うのに君達の戦力は当てにしている』
「は、はあ……」

 結局妙高は明治宮殿への脅迫を続けるのであった。
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