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第八章 帝都襲撃
帝国政府との交渉Ⅲ
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「さて、残るはこの、大和を渡せという要求だな。実に馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ないが、海軍はどう思う?」
石橋首相はそう尋ね、答えたのは井上成美海軍大臣であった。今は亡き米内光政・山本五十六海軍元帥と共に海軍の左派トリオと呼ばれ、日独伊三国同盟に反対したり、早期から航空主兵論を唱えたりなど、海軍でも特に戦略眼に優れていると言われる大将である。
「船魄なき戦艦など役に立たぬとは言え、大和の建造には莫大な予算が費やされております。それをむざむざ敵に渡すなど論外かと」
「まあ、それはその通りだね。とは言え、どの道役に立たないなら誰が持っていようと関係ないんじゃないか?」
「臣民がそれで納得するのなら構いませんが」
「大和再建造については、一般国民には秘密にしている」
「……使えぬ艦でも保有しているだけで維持費は高くつきます。血税をドブに捨ててもよろしいと仰るのであれば、海軍省は反対はしません。軍令部はどうだ?」
「軍令部としても使えない艦を維持するのは予算の無駄だと考えます。政治がそれを許すのであれば大和を手放すことは一向に構いません」
今の時代、船魄がないとは動かないも同然である。しかしそんな鉄屑にも等しいものでも維持費は相当なものだ。政治の話を無視するならば手放した方がよいのである。
「まあ、解体費用が浮くと考えれば、悪い話じゃない。政治としてもそれは許せるよ。しかし気になることもある。岡本君、大和の船魄を作れないというのは、本当なのかね?」
今日は呼び出されていた岡本技術中将に、首相は問う。
「もちろんです。そんな嘘は申しませんとも」
「それはそうだね。私が聞きたいのは、今後とも船魄を作れる見込みがないのか、ということだ」
「正直に言いますと……私にも分かりません。何分初めてにして唯一の現象でして、全く原因が分からないのです」
「かつての大和の船魄がまだ存在することが原因なんじゃないのか?」
「消去法的に考えれば、確かにそれしか考えられません。しかし世界のどこかに既に大和が存在するから次の大和は建造できないなど、オカルトの領域、甚だ非科学的です」
「それは私も同意見だが、それ以外に考えられないと思うがねえ」
「首相は何が仰りたいのですか?」
「ちょっとした確認だ。ともかく、大和の船魄を建造できる可能性は非常に低いということでよいかな?」
「それは間違いありませんかと」
「よろしい。であれば、大和を引き渡すことには何の問題もないな」
今は和泉型もあることだし、使えないのに維持費だけを毎年消費し続ける大和など、日本には必要ないのである。
「しかし、瑞鶴はどうして大和を欲しがっているのだろうね」
「その程度のこと、考えるまでもないのでは?」
岡本中将は意外そうに言った。
「何だね?」
「瑞鶴は大和を復活させたいとしか考えられません」
「艦があれば船魄が復活するのか?」
「そういう訳ではありませんが、もしも大和が目覚めた時、艦もあった方がよいでしょうね」
「つまり、瑞鶴が大和を手にする危険性があるということだね?」
「ご明察です、首相閣下。しかしながら、大和を目覚めさせる方法など見当もつきません。現在の技術では不可能かと」
「君の技術でできないだけで、他国にできる可能性はあるんじゃないか?」
「まさか。我が国にできないことを、アメリカやドイツやソ連ができるとは到底思えません。いや、そんなことは不可能です」
岡本中将は船魄技術の発明者として、自らの技術に絶対の自信を持っていた。
「なるほど。だが仮に大和が蘇った場合、戦争に影響はあるのか?」
石橋首相は神軍令部総長に尋ねた。
「仮にキューバに大和が現れ我が軍に敵対した場合、これに対応できる戦艦は存在しません。制空権が確保できれば話は別ですが瑞鶴とグラーフ・ツェッペリンを相手に圧倒的な制空権を握ることは極めて困難かと」
「つまり戦争遂行が困難になると?」
「内地から和泉型を派遣すれば対処は十分に可能です。空母を増派すれば数で押し潰すことも可能かと」
「分かった。なら問題はないな」
「お言葉ですが敵に稼働可能な軍艦を引き渡すなど前代未聞かつ論外かと」
「稼働可能と決まった訳ではない。それに、瑞鶴は絶対にアメリカと手を組まない。アメリカ相手に暴れてくれるのなら、それはそれでいいじゃないか。それに、もしも大和が動くなら、我が軍に戻ってきてもらえばいいじゃないか」
帝国で大和を甦らせるのは不可能。ならば例え敵になっても大和に甦ってもらった方が得になる可能性がある。もちろん損になる可能性もあるが、その場合の対処はそう難しいことではない。総合的に考えれば瑞鶴に渡した方が得であると石橋首相は判断した。
軍令部は非常識という点と帝国海軍の名誉に関わるという点で不快感を示したが、石橋首相の方が討論は上手であった。政府と軍部は大和を瑞鶴にくれてやると決定したのである。
石橋首相はそう尋ね、答えたのは井上成美海軍大臣であった。今は亡き米内光政・山本五十六海軍元帥と共に海軍の左派トリオと呼ばれ、日独伊三国同盟に反対したり、早期から航空主兵論を唱えたりなど、海軍でも特に戦略眼に優れていると言われる大将である。
「船魄なき戦艦など役に立たぬとは言え、大和の建造には莫大な予算が費やされております。それをむざむざ敵に渡すなど論外かと」
「まあ、それはその通りだね。とは言え、どの道役に立たないなら誰が持っていようと関係ないんじゃないか?」
「臣民がそれで納得するのなら構いませんが」
「大和再建造については、一般国民には秘密にしている」
「……使えぬ艦でも保有しているだけで維持費は高くつきます。血税をドブに捨ててもよろしいと仰るのであれば、海軍省は反対はしません。軍令部はどうだ?」
「軍令部としても使えない艦を維持するのは予算の無駄だと考えます。政治がそれを許すのであれば大和を手放すことは一向に構いません」
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「まあ、解体費用が浮くと考えれば、悪い話じゃない。政治としてもそれは許せるよ。しかし気になることもある。岡本君、大和の船魄を作れないというのは、本当なのかね?」
今日は呼び出されていた岡本技術中将に、首相は問う。
「もちろんです。そんな嘘は申しませんとも」
「それはそうだね。私が聞きたいのは、今後とも船魄を作れる見込みがないのか、ということだ」
「正直に言いますと……私にも分かりません。何分初めてにして唯一の現象でして、全く原因が分からないのです」
「かつての大和の船魄がまだ存在することが原因なんじゃないのか?」
「消去法的に考えれば、確かにそれしか考えられません。しかし世界のどこかに既に大和が存在するから次の大和は建造できないなど、オカルトの領域、甚だ非科学的です」
「それは私も同意見だが、それ以外に考えられないと思うがねえ」
「首相は何が仰りたいのですか?」
「ちょっとした確認だ。ともかく、大和の船魄を建造できる可能性は非常に低いということでよいかな?」
「それは間違いありませんかと」
「よろしい。であれば、大和を引き渡すことには何の問題もないな」
今は和泉型もあることだし、使えないのに維持費だけを毎年消費し続ける大和など、日本には必要ないのである。
「しかし、瑞鶴はどうして大和を欲しがっているのだろうね」
「その程度のこと、考えるまでもないのでは?」
岡本中将は意外そうに言った。
「何だね?」
「瑞鶴は大和を復活させたいとしか考えられません」
「艦があれば船魄が復活するのか?」
「そういう訳ではありませんが、もしも大和が目覚めた時、艦もあった方がよいでしょうね」
「つまり、瑞鶴が大和を手にする危険性があるということだね?」
「ご明察です、首相閣下。しかしながら、大和を目覚めさせる方法など見当もつきません。現在の技術では不可能かと」
「君の技術でできないだけで、他国にできる可能性はあるんじゃないか?」
「まさか。我が国にできないことを、アメリカやドイツやソ連ができるとは到底思えません。いや、そんなことは不可能です」
岡本中将は船魄技術の発明者として、自らの技術に絶対の自信を持っていた。
「なるほど。だが仮に大和が蘇った場合、戦争に影響はあるのか?」
石橋首相は神軍令部総長に尋ねた。
「仮にキューバに大和が現れ我が軍に敵対した場合、これに対応できる戦艦は存在しません。制空権が確保できれば話は別ですが瑞鶴とグラーフ・ツェッペリンを相手に圧倒的な制空権を握ることは極めて困難かと」
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「内地から和泉型を派遣すれば対処は十分に可能です。空母を増派すれば数で押し潰すことも可能かと」
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