165 / 480
第八章 帝都襲撃
帝国政府との交渉
しおりを挟む
『私は大日本帝国内閣総理大臣、石橋湛山だ』
「瑞鶴よ。総理大臣様自ら交渉に臨むなんて殊勝なことね」
『我が国の存亡に関わる事態だからね』
「別に帝国と交渉しに来ただけでやり合う気はないんだけど。新聞屋は話を盛るのが好きね」
石橋首相は元は新聞屋であり、帝国政府の拡大政策に反対し続けてきた男である。
『まったく、君は明治宮殿に攻撃することの意味を分かっていないのだよ』
「あっそう。ま、そんなことはどうでもいいの。こちらから要求を伝えるわ」
『要求できる立場だと思っているのかね?』
「お互いに砲火を交わさないで済むのが一番賢明だと思うけど? それとも東京が火の海になってもいいのかしら?」
『そんな力はないクセに、君も話を盛るのが好きだね』
「交渉が決裂したら容赦しないわ。で、話し合うつもりはあるの?」
『話を聞くくらいならよかろう。要求に応じるかは保証しかねるがね』
「分かった」
『ああ、だが、少し待ってくれ』
「何?」
『こんな無線通信で交渉するなんて正気の沙汰ではない。こちらから交渉人を送ることとしよう』
確かにこんな不安定な無線通信は交渉事には向いていない。
「交渉人? 暗殺人じゃなくて?」
『素直に受け入れた方が身の為だぞ』
「……分かった。さっさとしなさい」
瑞鶴も実はキューバ軍から借りてきた兵士を50人ほど乗せている。万が一への備えもあるし、石橋首相の主張はもっともであった。
『瑞鶴さん、交渉人と言うのは一体……』
「さあね。あなたは取り敢えず、絶対に明治宮殿から目を離さないこと。いいわね?」
『は、はい!』
妙高は交代で水上機を飛ばして常に明治宮殿を攻撃できる状態を維持している。30分ほど待っていると、第一艦隊の背後から一隻の艦が姿を現した。
『全長は130m程度のようです』
「そうね……駆逐感か、いや、それにしては妙に重厚感があると言うか……」
瑞鶴は偵察機を飛ばす訳にはいかず、目視でそれを観測するしかなかった。その艦影が近付いてきて細部が見えるようになってくると、瑞鶴はその正体が分かった。
「あいつ、横須賀の観光地じゃない」
『か、観光地?』
「横須賀の観光地と言ったら一つしかないでしょ」
『え、三笠、ですか……?』
「そうよ。あの三笠よ。まあ正確には敷島型戦艦の他の奴かもしれないけど」
もう50年以上前にイギリスで建造された帝国海軍草創期の戦艦。日露戦争における連合艦隊旗艦、三笠。帝国臣民にあってその存在を知らない者はまず存在するまい。海軍軍縮条約のせいで軍艦としての任は解かれ、横須賀に記念艦として静態保存されていた訳だが、こんなものも動くようにしたらしい。
「まあ、交渉人ってのにはばっちりかもね。あんたは会ったことないの?」
『妙高は三笠さんが船魄化されたことも知らなかったので……』
「そう。まあ、そんな伝説の戦艦様に会えるなんて楽しみね」
皮肉っぽく言うが、瑞鶴は三笠に会えるのが楽しみであった。瑞鶴は今でも心は日本人なのである。
三笠は瑞鶴のすぐ側に横付けした。全長だけで言えば瑞鶴の半分ほどしかなく、主砲も4門だけの前弩級戦艦である。たったの50年で造船技術は様変わりしたものだ。三笠から一隻の内火艇が降りて瑞鶴の後部に接近してきて、収容するよう言ってきた。
「はあ……直接乗り付けてくればいいのに」
内火艇を持ち上げるのは面倒くさい。未だにこの作業だけは人力である。キューバの兵士達に全く本分ではない仕事をさせ、12m内火艇を艦尾の内火艇格納場所に収容した。
瑞鶴は三笠を迎えに艦尾に向かった。内火艇を降りた少女が兵士達に囲まれ、瑞鶴を待ち受けている。全身黒い軍服を身に纏い、白い短髪に赤い目をした覇気のない少女であった。
「あんたが三笠?」
「はい。本艦は三笠。敷島型戦艦四番艦の三笠であります。本艦のような老艦は政治に関わらず隠居しているべきかと思うところですが、軍令部の依頼とあっては断れず、このようにあなたとの交渉に参上した次第であります」
どこか上の空のように、あまり芯の通っていない声で三笠は言った。
「そ、そう。ともかく、思ってたのとは何か違うけど、会えて嬉しいわ、三笠」
「勇猛果敢な船魄とでも想像していたのでありますか?」
「まあね。だってあの東郷元帥の旗艦だし」
「そのように過去の栄光に縛られるは愚の骨頂でありますよ。ともかく、よろしくお願いします、瑞鶴」
瑞鶴と三笠は軽く握手をする。そして瑞鶴は取り敢えず、三笠を応接室に案内した。三笠は通信機を携えた兵士を4人ほど連れており、瑞鶴はキューバ兵に彼らを包囲させた。お互いに警戒しながら、瑞鶴と三笠はテーブルを挟んで向かい合った。
「さて、それでは瑞鶴、要求というものを聞かせていただけますか?」
「もちろん。第一の要求は、帝国政府がキューバ戦争の終結に向けて全力を尽くすことよ」
「些か具体性を欠いていると思いますが」
「本気出せばこんな戦争終わらせられるでしょ?」
「はあ。ではそのまま伝えるとしましょう」
三笠は瑞鶴の第一の要求を書き留め、手伝いの兵士がそれを明治宮殿に伝えた。
「瑞鶴よ。総理大臣様自ら交渉に臨むなんて殊勝なことね」
『我が国の存亡に関わる事態だからね』
「別に帝国と交渉しに来ただけでやり合う気はないんだけど。新聞屋は話を盛るのが好きね」
石橋首相は元は新聞屋であり、帝国政府の拡大政策に反対し続けてきた男である。
『まったく、君は明治宮殿に攻撃することの意味を分かっていないのだよ』
「あっそう。ま、そんなことはどうでもいいの。こちらから要求を伝えるわ」
『要求できる立場だと思っているのかね?』
「お互いに砲火を交わさないで済むのが一番賢明だと思うけど? それとも東京が火の海になってもいいのかしら?」
『そんな力はないクセに、君も話を盛るのが好きだね』
「交渉が決裂したら容赦しないわ。で、話し合うつもりはあるの?」
『話を聞くくらいならよかろう。要求に応じるかは保証しかねるがね』
「分かった」
『ああ、だが、少し待ってくれ』
「何?」
『こんな無線通信で交渉するなんて正気の沙汰ではない。こちらから交渉人を送ることとしよう』
確かにこんな不安定な無線通信は交渉事には向いていない。
「交渉人? 暗殺人じゃなくて?」
『素直に受け入れた方が身の為だぞ』
「……分かった。さっさとしなさい」
瑞鶴も実はキューバ軍から借りてきた兵士を50人ほど乗せている。万が一への備えもあるし、石橋首相の主張はもっともであった。
『瑞鶴さん、交渉人と言うのは一体……』
「さあね。あなたは取り敢えず、絶対に明治宮殿から目を離さないこと。いいわね?」
『は、はい!』
妙高は交代で水上機を飛ばして常に明治宮殿を攻撃できる状態を維持している。30分ほど待っていると、第一艦隊の背後から一隻の艦が姿を現した。
『全長は130m程度のようです』
「そうね……駆逐感か、いや、それにしては妙に重厚感があると言うか……」
瑞鶴は偵察機を飛ばす訳にはいかず、目視でそれを観測するしかなかった。その艦影が近付いてきて細部が見えるようになってくると、瑞鶴はその正体が分かった。
「あいつ、横須賀の観光地じゃない」
『か、観光地?』
「横須賀の観光地と言ったら一つしかないでしょ」
『え、三笠、ですか……?』
「そうよ。あの三笠よ。まあ正確には敷島型戦艦の他の奴かもしれないけど」
もう50年以上前にイギリスで建造された帝国海軍草創期の戦艦。日露戦争における連合艦隊旗艦、三笠。帝国臣民にあってその存在を知らない者はまず存在するまい。海軍軍縮条約のせいで軍艦としての任は解かれ、横須賀に記念艦として静態保存されていた訳だが、こんなものも動くようにしたらしい。
「まあ、交渉人ってのにはばっちりかもね。あんたは会ったことないの?」
『妙高は三笠さんが船魄化されたことも知らなかったので……』
「そう。まあ、そんな伝説の戦艦様に会えるなんて楽しみね」
皮肉っぽく言うが、瑞鶴は三笠に会えるのが楽しみであった。瑞鶴は今でも心は日本人なのである。
三笠は瑞鶴のすぐ側に横付けした。全長だけで言えば瑞鶴の半分ほどしかなく、主砲も4門だけの前弩級戦艦である。たったの50年で造船技術は様変わりしたものだ。三笠から一隻の内火艇が降りて瑞鶴の後部に接近してきて、収容するよう言ってきた。
「はあ……直接乗り付けてくればいいのに」
内火艇を持ち上げるのは面倒くさい。未だにこの作業だけは人力である。キューバの兵士達に全く本分ではない仕事をさせ、12m内火艇を艦尾の内火艇格納場所に収容した。
瑞鶴は三笠を迎えに艦尾に向かった。内火艇を降りた少女が兵士達に囲まれ、瑞鶴を待ち受けている。全身黒い軍服を身に纏い、白い短髪に赤い目をした覇気のない少女であった。
「あんたが三笠?」
「はい。本艦は三笠。敷島型戦艦四番艦の三笠であります。本艦のような老艦は政治に関わらず隠居しているべきかと思うところですが、軍令部の依頼とあっては断れず、このようにあなたとの交渉に参上した次第であります」
どこか上の空のように、あまり芯の通っていない声で三笠は言った。
「そ、そう。ともかく、思ってたのとは何か違うけど、会えて嬉しいわ、三笠」
「勇猛果敢な船魄とでも想像していたのでありますか?」
「まあね。だってあの東郷元帥の旗艦だし」
「そのように過去の栄光に縛られるは愚の骨頂でありますよ。ともかく、よろしくお願いします、瑞鶴」
瑞鶴と三笠は軽く握手をする。そして瑞鶴は取り敢えず、三笠を応接室に案内した。三笠は通信機を携えた兵士を4人ほど連れており、瑞鶴はキューバ兵に彼らを包囲させた。お互いに警戒しながら、瑞鶴と三笠はテーブルを挟んで向かい合った。
「さて、それでは瑞鶴、要求というものを聞かせていただけますか?」
「もちろん。第一の要求は、帝国政府がキューバ戦争の終結に向けて全力を尽くすことよ」
「些か具体性を欠いていると思いますが」
「本気出せばこんな戦争終わらせられるでしょ?」
「はあ。ではそのまま伝えるとしましょう」
三笠は瑞鶴の第一の要求を書き留め、手伝いの兵士がそれを明治宮殿に伝えた。
3
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

猿の内政官の息子 ~小田原征伐~
橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~という作品の外伝です。猿の内政官の息子の続編です。全十話です。
猿の内政官の息子、雨竜秀晴はある日、豊臣家から出兵命令を受けた。出陣先は関東。惣無事令を破った北条家討伐のための戦である。秀晴はこの戦で父である雲之介を超えられると信じていた。その戦の中でいろいろな『親子』の関係を知る。これは『親子の絆』の物語であり、『固執からの解放』の物語である。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる