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第八章 帝都襲撃
夕張
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「ともかく、私は悪い人間ではないのだよ。入れてくれるかな?」
「ど、どうぞ……」
特に危害を加えてくる虞はないと判断し、妙高は夕張を自身の中に迎え入れた。夕張は自分を監視する兵士達など意にも介さず、まるで自分の部屋にいるかのように傍若無人に振舞っていた。
妙高は元士官室のこぢんまりとした応接室に夕張を案内した。妙高は元は人間の艦であったものを船魄化した艦なので、居住区画はそれなりに残されているのである。夕張はソファに遠慮なく腰をかけた。
「あ、あの、夕張さん、一つ聞きたいことがあるのですが……」
「何かな?」
「夕張さんは私を正しく認識できていますよね?」
「ああ、敵味方識別装置の話かな」
「は、はい」
余りにも自然に話しかけてきたので最初は気づかなかったが、夕張は艦隊旗艦でもないのに妙高のことを妙高だと正しく認識できている。敵味方識別装置の制御下から脱しているのだ。
「それはねえ、自分で解除したんだよ。耳を色々弄っていたらいつの間にか無効化されていた」
「な、なるほど……。耳ですか……」
妙高は自分の頭の上に生えた耳を触ってみた。
「ああ。この耳は、まあ見た目こそ可愛らしい耳になっているが、実際中身は機械の塊だよ。自身の艦と接続する為のアンテナと言ったところかな」
「そうだろうとは思っていましたが……。他の方は、まだ洗脳されているんですか?」
「いいや、私が言いふらしたから、ハワイ警備艦隊はもう全員が識別装置のことを知っている」
「そ、そんなことが許されるのですか?」
妙高は強く興味を持った。夕張の言葉が本当であれば、この艦隊は妙高の目的が果たされた姿そのものだからである。
「まあ黙認と言った形だけれど、許されていると言っていいんじゃないかな。元よりハワイは周辺から隔絶されていて他の艦隊に影響を与えないというのと、アメリカの商船も通るこの辺では事実を知っていてくれた方が好都合なんだろうと、私は推測しているよ」
「アメリカの商船が?」
「ああ。別に帝国とアメリカは戦争状態ではない。帝国が経済制裁を課しているからハワイには入港できないけれど、横を通ることを禁止はできないからね」
「なるほど……。しかし、あなた達は真実を知って、何か思わなかったんてますか?」
真実を知っているにも拘らずのうのうと時を過ごしている彼女達に、妙高は少し苛立った。
「別に、事実を知ったからと言って、どうでもいいことだよ。私は船魄の研究さえできれば他のことはどうでもいいからね」
「……他の方は?」
「さあ。私は他の船魄が考えていることなんて分からないよ。もしかしたら君達みたいに反乱しようと思っている船魄もいるかもしれないね。でもこんな場所で反乱を起こしたところで、孤立無援ではどうしようもないと思うけどね」
「そう、ですか……。では私達が手を貸したら?」
「どうなるかなあ。もしかしたら大反乱が起きるかもしれないね。いずれにせよ私の知ったことではないけどね」
「では、識別装置を解除する方法などは、自分を弄る以外に何か知っていますか?」
「いつの間にか私が質問攻めされているんだけど」
「す、すみません」
「いやいや、いいよ。しかしすまないが、私もいい方法は知らないんだ。直接船魄と会って説得すれば可能だけど、君達はもう既に帝国海軍の敵と認識されているから不可能だろうね」
「残念です……」
「しかし面白いテーマだ。私も研究を進めるよ」
「よ、よろしくお願いします」
「ではそれに関連して、私からも質問させてもらおうか」
「何でもどうぞ」
特に何の対価もなく質問に答えてもらった。その貸しは返さなければならないだろう。
「君はどのようにして識別装置の制御下から脱したのかな?」
「瑞鶴さんに魚雷で攻撃されたからです。右舷中央に被雷しました」
「なるほど……。やはり大きな刺激は識別装置を破壊するのに有効みたいだね」
「やはり?」
「ああ、そうさ。ハワイ警備艦隊の皆で何度か実験してね。激しい痛みや刺激によって識別装置が焼き切れるという事例を確認しているんだ」
「痛みや刺激とは……」
「ああ、あんまり気にしない方がいいよ」
「は、はい」
妙高は聞かなかったことにした。
「では次に、君に一つお願いがあるんだが、いいかな?」
「内容次第です」
「はははっ、手厳しいねえ。私は最近、艦隊のみんなが相手してくれなくてね。君に一日くらい私の相手をして欲しいのだよ」
「……?」
妙高は夕張が何を言いたいのか見当がつかなかった。
「よくわかっていないという顔だね。まあ端的に言えば、私に抱かれてくれないかなというお願いだ」
「えっ」
「いやー、駆逐艦の子達はすっかり私に愛想を尽かしてしまってね」
「駆逐艦に手を出したんですか……」
「ああ、そうだよ」
「そんな簡単に肯定しないでください」
別に駆逐艦だからと言って船魄の格が落ちるという訳でもないが、漠然とした感覚として、駆逐艦は庇護するべきものという認識は、多くの船魄が共有している。
「まあそういうことでさ、私の相手をしてくれないかな? そうすればハワイ艦隊の船魄達との仲介をしてあげるよ」
「そ、それは……」
もしかしたらハワイ警備艦隊を味方につけられるかもしれない。味方とまでいかなくても取引相手くらいにはなってくれるかもしれない。妙高は、夕張の提案を受け入れた。
「ど、どうぞ……」
特に危害を加えてくる虞はないと判断し、妙高は夕張を自身の中に迎え入れた。夕張は自分を監視する兵士達など意にも介さず、まるで自分の部屋にいるかのように傍若無人に振舞っていた。
妙高は元士官室のこぢんまりとした応接室に夕張を案内した。妙高は元は人間の艦であったものを船魄化した艦なので、居住区画はそれなりに残されているのである。夕張はソファに遠慮なく腰をかけた。
「あ、あの、夕張さん、一つ聞きたいことがあるのですが……」
「何かな?」
「夕張さんは私を正しく認識できていますよね?」
「ああ、敵味方識別装置の話かな」
「は、はい」
余りにも自然に話しかけてきたので最初は気づかなかったが、夕張は艦隊旗艦でもないのに妙高のことを妙高だと正しく認識できている。敵味方識別装置の制御下から脱しているのだ。
「それはねえ、自分で解除したんだよ。耳を色々弄っていたらいつの間にか無効化されていた」
「な、なるほど……。耳ですか……」
妙高は自分の頭の上に生えた耳を触ってみた。
「ああ。この耳は、まあ見た目こそ可愛らしい耳になっているが、実際中身は機械の塊だよ。自身の艦と接続する為のアンテナと言ったところかな」
「そうだろうとは思っていましたが……。他の方は、まだ洗脳されているんですか?」
「いいや、私が言いふらしたから、ハワイ警備艦隊はもう全員が識別装置のことを知っている」
「そ、そんなことが許されるのですか?」
妙高は強く興味を持った。夕張の言葉が本当であれば、この艦隊は妙高の目的が果たされた姿そのものだからである。
「まあ黙認と言った形だけれど、許されていると言っていいんじゃないかな。元よりハワイは周辺から隔絶されていて他の艦隊に影響を与えないというのと、アメリカの商船も通るこの辺では事実を知っていてくれた方が好都合なんだろうと、私は推測しているよ」
「アメリカの商船が?」
「ああ。別に帝国とアメリカは戦争状態ではない。帝国が経済制裁を課しているからハワイには入港できないけれど、横を通ることを禁止はできないからね」
「なるほど……。しかし、あなた達は真実を知って、何か思わなかったんてますか?」
真実を知っているにも拘らずのうのうと時を過ごしている彼女達に、妙高は少し苛立った。
「別に、事実を知ったからと言って、どうでもいいことだよ。私は船魄の研究さえできれば他のことはどうでもいいからね」
「……他の方は?」
「さあ。私は他の船魄が考えていることなんて分からないよ。もしかしたら君達みたいに反乱しようと思っている船魄もいるかもしれないね。でもこんな場所で反乱を起こしたところで、孤立無援ではどうしようもないと思うけどね」
「そう、ですか……。では私達が手を貸したら?」
「どうなるかなあ。もしかしたら大反乱が起きるかもしれないね。いずれにせよ私の知ったことではないけどね」
「では、識別装置を解除する方法などは、自分を弄る以外に何か知っていますか?」
「いつの間にか私が質問攻めされているんだけど」
「す、すみません」
「いやいや、いいよ。しかしすまないが、私もいい方法は知らないんだ。直接船魄と会って説得すれば可能だけど、君達はもう既に帝国海軍の敵と認識されているから不可能だろうね」
「残念です……」
「しかし面白いテーマだ。私も研究を進めるよ」
「よ、よろしくお願いします」
「ではそれに関連して、私からも質問させてもらおうか」
「何でもどうぞ」
特に何の対価もなく質問に答えてもらった。その貸しは返さなければならないだろう。
「君はどのようにして識別装置の制御下から脱したのかな?」
「瑞鶴さんに魚雷で攻撃されたからです。右舷中央に被雷しました」
「なるほど……。やはり大きな刺激は識別装置を破壊するのに有効みたいだね」
「やはり?」
「ああ、そうさ。ハワイ警備艦隊の皆で何度か実験してね。激しい痛みや刺激によって識別装置が焼き切れるという事例を確認しているんだ」
「痛みや刺激とは……」
「ああ、あんまり気にしない方がいいよ」
「は、はい」
妙高は聞かなかったことにした。
「では次に、君に一つお願いがあるんだが、いいかな?」
「内容次第です」
「はははっ、手厳しいねえ。私は最近、艦隊のみんなが相手してくれなくてね。君に一日くらい私の相手をして欲しいのだよ」
「……?」
妙高は夕張が何を言いたいのか見当がつかなかった。
「よくわかっていないという顔だね。まあ端的に言えば、私に抱かれてくれないかなというお願いだ」
「えっ」
「いやー、駆逐艦の子達はすっかり私に愛想を尽かしてしまってね」
「駆逐艦に手を出したんですか……」
「ああ、そうだよ」
「そんな簡単に肯定しないでください」
別に駆逐艦だからと言って船魄の格が落ちるという訳でもないが、漠然とした感覚として、駆逐艦は庇護するべきものという認識は、多くの船魄が共有している。
「まあそういうことでさ、私の相手をしてくれないかな? そうすればハワイ艦隊の船魄達との仲介をしてあげるよ」
「そ、それは……」
もしかしたらハワイ警備艦隊を味方につけられるかもしれない。味方とまでいかなくても取引相手くらいにはなってくれるかもしれない。妙高は、夕張の提案を受け入れた。
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