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第五章 合従連衡
増援部隊
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一九五五年七月八日、東京都麹町区、明治宮殿。
「えー、たった今、キューバ政府から我々に、原子爆弾供与の要請が届きました」
重光葵外務大臣、長年外交官や外務大臣として日本を支えてきた重臣は、大臣や軍人達にそう告げた。
「ふむ。前回はそれをやって失敗した訳だが、海軍として成算はあるのかね?」
石橋首相は海軍の神軍令部総長に問う。瑞鶴の妨害に遭って中断していたが、原子爆弾をキューバに配備することは元より帝国の望むところである。
「第五艦隊は前回と比べ大幅に戦力を増強しています。カリブ海を跋扈している瑞鶴など相手にも引けは取りません」
「なるほど。岡本君、大丈夫と思うか?」
「軍令部を疑うのはどうかと思いますが、私としても問題ないかと。確かに瑞鶴は世界で初めて建造された――正確には世界では初めて機能した船魄ですから、船魄としての能力は世界一です。とは言え、彼女の装備している艦載機は旧型。我が方の新型瓢風ならば、数で負けていない限り負けることはありません」
「前々から気になっていたのだが、船魄の技術は向上しているんじゃないのか?」
「無論です。しかしそれは、船魄として生きた年数の差を埋めるものに過ぎず、第三世代型だからと言って取り分け優れている訳ではないのです」
一般に船魄は古く経験のあるものほど強力で、若いものは貧弱である。その差を埋めるのが技術の差だ。では古い船魄を新型に改造したら最強なのでは、というのは艦政本部でよく言われるが、船魄を世代を更新するほど大きく改造する技術は未だ存在しない。
「なるほどなあ……。ところで、連合艦隊は大鳳を送ったそうだが、本当に大丈夫なのかね?」
石橋首相は再び神軍令部総長に尋ねる。
「確かにかつての大鳳は天命に見放されましたが、我々はその分人事を尽くしました。何も問題はありません」
「ならいいんだ。委細頼んだよ、神君」
「実戦部隊の指揮は私の担当ではありませんが、可能な限りの手配は行います」
第五艦隊への増援部隊の瑞牆・大鳳と共に原子爆弾をプエルト・リモン鎮守府に送り込むのである。
「陸軍としては、本当に長門を信用していいのか疑問だね。マトモな戦果を挙げていないばかりか、不穏な動きを見せているそうじゃないか。そうだろう、軍令部?」
武藤参謀総長は例の如く嫌味ったらしく言う。
「確かにそれは事実だ。しかし現状長門以上に艦隊の指揮に卓越した船魄はいないし、長門が陛下に弓引くなどあり得ない」
「船魄を、あのような化け物を、信用すると言うのかね?」
「陸軍では部下を信用することもできないのか?」
「人間なら信用するとも」
「人間も船魄も信用のできなさで言えば何も変わらない」
「後悔しても遅いぞ」
「まさか」
軍令部でも赤城と加賀の報告を受けて第五艦隊に不穏分子が紛れ込んでいることは把握しているが、具体的な証拠は何一つない。神軍令部総長は何ら気にせず原子爆弾を送り届けさせた。
○
一九五五年七月二十二日、プエルト・リモン鎮守府。
「お世話になった。これからも、武運を、祈っている」
「それでは、これにて失礼します~」
赤城と加賀は増援部隊の到着と同時に鎮守府を去った。第一艦隊の駆逐艦達は依然として第五艦隊に残ることになる。代わりにプエルト・リモン鎮守府に入港したのは、二隻の大型艦であった。
「あれが瑞牆(みずがき)か。随分と大きいな」
長門は窓から彼女達の姿を眺めていた。
重巡洋艦を屠る為に建造された大型巡洋艦瑞牆は、全長240mと、長門の1.2倍の長さを誇る。見た目だけはかなり大きいが、その排水量は長門未満であり、やはり巡洋艦の枠に収まる存在である。
「それと、あっちは見ていると安心するな」
「いつの間にか沈んでそうな感じもするけどねえ」
「縁起の悪いことを言うな」
長門と陸奥が話題にしているのはもう一方の艦、航空母艦大鳳である。帝国海軍初の装甲空母であり翔鶴型の進化系に当たるが、大鳳自体は問題が多く、同型艦は建造されていない。何せ彼女はかつて、たった一発の魚雷で沈んでしまったのだ。
「我と同じ装甲空母か……」
信濃は珍しく他人に興味を示した。
「大鳳と面識はあるのか?」
「ない。話にはよく聞いたが」
「そうか。ならばこの機に仲良くなっておけ」
「……努力する」
峯風と涼月が瑞牆と大鳳を誘導して船渠に入れ、その船魄が長門の執務室を訪れた。長門はどちらの船魄とも面識はなかった。
片方は派手な緑の髪に青い目をした、浮世離れした少女。もう片方は全身に鎧を着込んで目が死んでいる少女であった。二人一緒に入ってきたが、まず派手な方が喋り出した。
「やあ、長門。ボクは武尊型重巡洋艦三番艦の瑞牆だ。巡洋艦を消したいならボクに任せて。よろしくね」
「お、おう。よろしく頼むぞ」
圧倒的に目上である長門に全く敬意を払おうとしない瑞牆。長門は怒る気も出ず、ただただ驚いていた。
「で、お前が大鳳だな?」
「あっ、はい……。大鳳です。よろしくお願い申し上げます……」
ボソボソと喋る船魄がまた一人。人間と付き合うこと自体に慣れていないというべきか、赤城とはまだ別種の暗さである。
「おう……。よろしく頼む」
大鳳が酷くこの場から去りたそうなので、長門は何も言えなかった。
「そうそう長門、キミに言っておきたいことがあるんだ」
「何だ?」
「ボク実は、皇道派なんだよね」
「……何?」
空気が一気に張り詰める。長門は勿論、陸奥も信濃も一瞬にして瑞牆を警戒し始めた。
「言った通りだよ。皇道派だよ、皇道派。昭和維新を目標に掲げる憂国の志士さ」
「……大鳳、お前もなのか?」
長門が睨みつけながら尋ねると、大鳳はそう問われることを全く予想していなかったようで「は?」とだけ言って固まってしまった。
「……いやいやいや、私はそういうのは遠慮させてもらってるので、ないですないです」
「そ、そうか。ならいいのだ。大鳳、部屋に案内しよう。信濃、大鳳を案内してくれ」
「承知した」
本当に関係なさそうな大鳳を追い出すと、陸奥は瑞牆の後ろに立って挟み撃ちにする。その右手は拳銃に掛かっている。
「陸奥、君はボクの敵なのかい?」
「さあどうかしら。派閥ってものは大抵、お互いがどこに属してるかすら知らないものよ」
「まあいいよ。で、何か聞きたいことでもあるのかな、長門?」
瑞牆は槍のように鋭く睨み付ける長門に、一切怯みもしなかった。
「えー、たった今、キューバ政府から我々に、原子爆弾供与の要請が届きました」
重光葵外務大臣、長年外交官や外務大臣として日本を支えてきた重臣は、大臣や軍人達にそう告げた。
「ふむ。前回はそれをやって失敗した訳だが、海軍として成算はあるのかね?」
石橋首相は海軍の神軍令部総長に問う。瑞鶴の妨害に遭って中断していたが、原子爆弾をキューバに配備することは元より帝国の望むところである。
「第五艦隊は前回と比べ大幅に戦力を増強しています。カリブ海を跋扈している瑞鶴など相手にも引けは取りません」
「なるほど。岡本君、大丈夫と思うか?」
「軍令部を疑うのはどうかと思いますが、私としても問題ないかと。確かに瑞鶴は世界で初めて建造された――正確には世界では初めて機能した船魄ですから、船魄としての能力は世界一です。とは言え、彼女の装備している艦載機は旧型。我が方の新型瓢風ならば、数で負けていない限り負けることはありません」
「前々から気になっていたのだが、船魄の技術は向上しているんじゃないのか?」
「無論です。しかしそれは、船魄として生きた年数の差を埋めるものに過ぎず、第三世代型だからと言って取り分け優れている訳ではないのです」
一般に船魄は古く経験のあるものほど強力で、若いものは貧弱である。その差を埋めるのが技術の差だ。では古い船魄を新型に改造したら最強なのでは、というのは艦政本部でよく言われるが、船魄を世代を更新するほど大きく改造する技術は未だ存在しない。
「なるほどなあ……。ところで、連合艦隊は大鳳を送ったそうだが、本当に大丈夫なのかね?」
石橋首相は再び神軍令部総長に尋ねる。
「確かにかつての大鳳は天命に見放されましたが、我々はその分人事を尽くしました。何も問題はありません」
「ならいいんだ。委細頼んだよ、神君」
「実戦部隊の指揮は私の担当ではありませんが、可能な限りの手配は行います」
第五艦隊への増援部隊の瑞牆・大鳳と共に原子爆弾をプエルト・リモン鎮守府に送り込むのである。
「陸軍としては、本当に長門を信用していいのか疑問だね。マトモな戦果を挙げていないばかりか、不穏な動きを見せているそうじゃないか。そうだろう、軍令部?」
武藤参謀総長は例の如く嫌味ったらしく言う。
「確かにそれは事実だ。しかし現状長門以上に艦隊の指揮に卓越した船魄はいないし、長門が陛下に弓引くなどあり得ない」
「船魄を、あのような化け物を、信用すると言うのかね?」
「陸軍では部下を信用することもできないのか?」
「人間なら信用するとも」
「人間も船魄も信用のできなさで言えば何も変わらない」
「後悔しても遅いぞ」
「まさか」
軍令部でも赤城と加賀の報告を受けて第五艦隊に不穏分子が紛れ込んでいることは把握しているが、具体的な証拠は何一つない。神軍令部総長は何ら気にせず原子爆弾を送り届けさせた。
○
一九五五年七月二十二日、プエルト・リモン鎮守府。
「お世話になった。これからも、武運を、祈っている」
「それでは、これにて失礼します~」
赤城と加賀は増援部隊の到着と同時に鎮守府を去った。第一艦隊の駆逐艦達は依然として第五艦隊に残ることになる。代わりにプエルト・リモン鎮守府に入港したのは、二隻の大型艦であった。
「あれが瑞牆(みずがき)か。随分と大きいな」
長門は窓から彼女達の姿を眺めていた。
重巡洋艦を屠る為に建造された大型巡洋艦瑞牆は、全長240mと、長門の1.2倍の長さを誇る。見た目だけはかなり大きいが、その排水量は長門未満であり、やはり巡洋艦の枠に収まる存在である。
「それと、あっちは見ていると安心するな」
「いつの間にか沈んでそうな感じもするけどねえ」
「縁起の悪いことを言うな」
長門と陸奥が話題にしているのはもう一方の艦、航空母艦大鳳である。帝国海軍初の装甲空母であり翔鶴型の進化系に当たるが、大鳳自体は問題が多く、同型艦は建造されていない。何せ彼女はかつて、たった一発の魚雷で沈んでしまったのだ。
「我と同じ装甲空母か……」
信濃は珍しく他人に興味を示した。
「大鳳と面識はあるのか?」
「ない。話にはよく聞いたが」
「そうか。ならばこの機に仲良くなっておけ」
「……努力する」
峯風と涼月が瑞牆と大鳳を誘導して船渠に入れ、その船魄が長門の執務室を訪れた。長門はどちらの船魄とも面識はなかった。
片方は派手な緑の髪に青い目をした、浮世離れした少女。もう片方は全身に鎧を着込んで目が死んでいる少女であった。二人一緒に入ってきたが、まず派手な方が喋り出した。
「やあ、長門。ボクは武尊型重巡洋艦三番艦の瑞牆だ。巡洋艦を消したいならボクに任せて。よろしくね」
「お、おう。よろしく頼むぞ」
圧倒的に目上である長門に全く敬意を払おうとしない瑞牆。長門は怒る気も出ず、ただただ驚いていた。
「で、お前が大鳳だな?」
「あっ、はい……。大鳳です。よろしくお願い申し上げます……」
ボソボソと喋る船魄がまた一人。人間と付き合うこと自体に慣れていないというべきか、赤城とはまだ別種の暗さである。
「おう……。よろしく頼む」
大鳳が酷くこの場から去りたそうなので、長門は何も言えなかった。
「そうそう長門、キミに言っておきたいことがあるんだ」
「何だ?」
「ボク実は、皇道派なんだよね」
「……何?」
空気が一気に張り詰める。長門は勿論、陸奥も信濃も一瞬にして瑞牆を警戒し始めた。
「言った通りだよ。皇道派だよ、皇道派。昭和維新を目標に掲げる憂国の志士さ」
「……大鳳、お前もなのか?」
長門が睨みつけながら尋ねると、大鳳はそう問われることを全く予想していなかったようで「は?」とだけ言って固まってしまった。
「……いやいやいや、私はそういうのは遠慮させてもらってるので、ないですないです」
「そ、そうか。ならいいのだ。大鳳、部屋に案内しよう。信濃、大鳳を案内してくれ」
「承知した」
本当に関係なさそうな大鳳を追い出すと、陸奥は瑞牆の後ろに立って挟み撃ちにする。その右手は拳銃に掛かっている。
「陸奥、君はボクの敵なのかい?」
「さあどうかしら。派閥ってものは大抵、お互いがどこに属してるかすら知らないものよ」
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