104 / 465
第五章 合従連衡
月虹と第五艦隊Ⅱ
しおりを挟む
「しかしどうやって原子爆弾なぞ手に入れるつもりだ?」
「長門様が原子爆弾を輸送中に私達に襲撃されて奪われた、という体にしてもらえばと」
「やるとしても、原子爆弾は私が直接運ぶこととなる。私ごと連れ去るのは流石に無理だぞ」
「うっ……」
妙高は途端に言葉に窮してしまう。大して真面目に作戦を考えていないからなのだが、妙高や高雄のように艦ごと拉致する手は長門相手には使えないだろう。
「じゃあ、キューバに正式に渡してもらって、そこから奪ったことにすればいいんじゃない?」
瑞鶴は提案する。
「それならば不可能ではないだろうが……。いや、そんなことは二の次だ。原子爆弾を実戦投入するなど正気の沙汰ではない。世界を滅ぼしかねんぞ」
1947年にドイツが原子爆弾を実用化して以来、原子爆弾が実戦投入されたことはない。原子爆弾を保有する列強は核戦争の時代へ最初の一歩を踏み出すのを恐れ、それを使用することは抑止されている。だが誰かが使ってしまえば、原子爆弾が平然と使われる世界が訪れるかもしれない。
「ですが、こうとも考えられます。原子爆弾の威力を世界が知れば、世界は戦争そのものを恐れ、戦争そのものがなくなるかもしれないと」
「机上の空論だ、そんなことは」
「な、長門様のお考えだって、机上の空論です!」
「……確かに。だが、万一にも世界を滅ぼしかねない賭けなど、私は乗れん」
「原子爆弾を持っているような列強同士が戦争になれば、いずれにせよ世界は壊滅的な被害を受けます。結果はあまり変わらないのではありませんか?」
「それはそうだが……」
「アメリカに落とすと言っても、誰もいないところに落とします。人を殺すつもりはありません。私達がワシントンを一瞬で消滅させる能力があると、アメリカに知らしめることができれば、この戦争を終わらせることができます」
「上手くいかなかったらどうする気だ?」
「失敗しても、私達が失うものは原子爆弾一つだけです。また別の作戦を考えるだけです」
失敗しても失うものはほとんどない作戦だ。成功率が低くとも賭けてみる価値はあると妙高は考えている。
「長門様、どうでしょうか……?」
「分かった。認めよう。キューバに話は通してあるのか?」
「はい。もう作戦は伝えてあります。原子爆弾を私達が手にする方法は、検討する必要がありそうですが」
日本はアメリカと直接の戦争状態にある訳ではない。キューバ海軍であるという体で押し通せば不可能ではないが、アメリカ本土を帝国海軍の艦隊が攻撃するのは第三次世界大戦を招きかねない。
「しかしお前達はどういう立場で攻撃する気だ? 海賊がアメリカを核攻撃するとでも?」
「それについては、妙高達は一時的にキューバ海軍になる予定です」
「瑞鶴はともかく、お前はまだ帝国に船籍を置く軍艦だ。そんなことが許されると思っているのか?」
「カストロ議長さんは、妙高達に約束してくれましたよ」
「何? 一体どういう計算でそうなったんだ?」
「ドイツがキューバの独立を支持すると、密約を結んだからです。仮に日本からの支援が途絶えても、ドイツがキューバを支援します」
「ドイツとアメリカは同盟国ではないのか?」
「ドイツが問題視しているのは日本かソ連の勢力が拡大することです。アメリカが勝利する必要はないそうです」
キューバを中立地帯にすることができればドイツにとっては十分であるし、ドイツにとってはアメリカがどうなろうと知った事ではない。
「そうか。ゲッベルスも真っ当な人の心を持っているようでよかったよ」
「では、長門様、ご協力いただけるということで、いいですよね?」
「ああ。私達はお前達の行動を黙認するだけだがな」
「それで十分です。ありがとうございます」
「アメリカに好きにはさせるな。頼んだぞ」
長門としてもこの戦争が終わるのは喜ばしいことだった。
「それと、知っているだろうが、峯風も来ている。少し話していったらどうだ? 私は瑞鶴と少々話したいことがあるからな」
「え、は、はい!」
峯風はずっと同じ船の中で待機していたようだ。長門がその部屋に案内してくれて、二人きりになった。
「峯風ちゃん……久しぶり、だね」
「ああ、久しぶりだな」
峯風は少し怒っているように見えた。
「……峯風ちゃんは、このまま第五艦隊にいるつもりなの?」
「もちろんだ。確かに敵の正体を知らされていなかったというのは不愉快だが、どうせ殺すことに変わりはない。大した違いはないじゃないか」
「そっか……。峯風ちゃんは、そう思うんだね」
「妙高、お前こそ、そんな些事に拘るのは辞めたらどうだ?」
「些事なんてことはないよ! 船魄達がお互いに殺し合うのは仕方ないけど、お互いのことを知ることもできないなんて許せない。それに、お互いに同じ存在だと分かれば、戦争も減るかもしれないよね?」
「戦争するかを決めるのは人間達だ。私達がどう思おうと、戦争をすることに変わりはないだろ。逃げるなら別だが」
「そ、そう、だね…………」
妙高は暫し黙り込んだ。
「どうした?」
「いや、何でもないよ。それでも、妙高達が声を上げれば、少しは何かが変わるかもしれない」
「まあ、お前はお前のやりたいことをやればいいんじゃないか? 私はそんなことをする気にはなれないってだけだ」
「そっかあ」
妙高は帝国海軍に戻るつもりはないし、峯風も帝国海軍から去る気などない。議論は平行線を辿り、二人は決定的に違う道を進んでいると確認するばかりであった。
「長門様が原子爆弾を輸送中に私達に襲撃されて奪われた、という体にしてもらえばと」
「やるとしても、原子爆弾は私が直接運ぶこととなる。私ごと連れ去るのは流石に無理だぞ」
「うっ……」
妙高は途端に言葉に窮してしまう。大して真面目に作戦を考えていないからなのだが、妙高や高雄のように艦ごと拉致する手は長門相手には使えないだろう。
「じゃあ、キューバに正式に渡してもらって、そこから奪ったことにすればいいんじゃない?」
瑞鶴は提案する。
「それならば不可能ではないだろうが……。いや、そんなことは二の次だ。原子爆弾を実戦投入するなど正気の沙汰ではない。世界を滅ぼしかねんぞ」
1947年にドイツが原子爆弾を実用化して以来、原子爆弾が実戦投入されたことはない。原子爆弾を保有する列強は核戦争の時代へ最初の一歩を踏み出すのを恐れ、それを使用することは抑止されている。だが誰かが使ってしまえば、原子爆弾が平然と使われる世界が訪れるかもしれない。
「ですが、こうとも考えられます。原子爆弾の威力を世界が知れば、世界は戦争そのものを恐れ、戦争そのものがなくなるかもしれないと」
「机上の空論だ、そんなことは」
「な、長門様のお考えだって、机上の空論です!」
「……確かに。だが、万一にも世界を滅ぼしかねない賭けなど、私は乗れん」
「原子爆弾を持っているような列強同士が戦争になれば、いずれにせよ世界は壊滅的な被害を受けます。結果はあまり変わらないのではありませんか?」
「それはそうだが……」
「アメリカに落とすと言っても、誰もいないところに落とします。人を殺すつもりはありません。私達がワシントンを一瞬で消滅させる能力があると、アメリカに知らしめることができれば、この戦争を終わらせることができます」
「上手くいかなかったらどうする気だ?」
「失敗しても、私達が失うものは原子爆弾一つだけです。また別の作戦を考えるだけです」
失敗しても失うものはほとんどない作戦だ。成功率が低くとも賭けてみる価値はあると妙高は考えている。
「長門様、どうでしょうか……?」
「分かった。認めよう。キューバに話は通してあるのか?」
「はい。もう作戦は伝えてあります。原子爆弾を私達が手にする方法は、検討する必要がありそうですが」
日本はアメリカと直接の戦争状態にある訳ではない。キューバ海軍であるという体で押し通せば不可能ではないが、アメリカ本土を帝国海軍の艦隊が攻撃するのは第三次世界大戦を招きかねない。
「しかしお前達はどういう立場で攻撃する気だ? 海賊がアメリカを核攻撃するとでも?」
「それについては、妙高達は一時的にキューバ海軍になる予定です」
「瑞鶴はともかく、お前はまだ帝国に船籍を置く軍艦だ。そんなことが許されると思っているのか?」
「カストロ議長さんは、妙高達に約束してくれましたよ」
「何? 一体どういう計算でそうなったんだ?」
「ドイツがキューバの独立を支持すると、密約を結んだからです。仮に日本からの支援が途絶えても、ドイツがキューバを支援します」
「ドイツとアメリカは同盟国ではないのか?」
「ドイツが問題視しているのは日本かソ連の勢力が拡大することです。アメリカが勝利する必要はないそうです」
キューバを中立地帯にすることができればドイツにとっては十分であるし、ドイツにとってはアメリカがどうなろうと知った事ではない。
「そうか。ゲッベルスも真っ当な人の心を持っているようでよかったよ」
「では、長門様、ご協力いただけるということで、いいですよね?」
「ああ。私達はお前達の行動を黙認するだけだがな」
「それで十分です。ありがとうございます」
「アメリカに好きにはさせるな。頼んだぞ」
長門としてもこの戦争が終わるのは喜ばしいことだった。
「それと、知っているだろうが、峯風も来ている。少し話していったらどうだ? 私は瑞鶴と少々話したいことがあるからな」
「え、は、はい!」
峯風はずっと同じ船の中で待機していたようだ。長門がその部屋に案内してくれて、二人きりになった。
「峯風ちゃん……久しぶり、だね」
「ああ、久しぶりだな」
峯風は少し怒っているように見えた。
「……峯風ちゃんは、このまま第五艦隊にいるつもりなの?」
「もちろんだ。確かに敵の正体を知らされていなかったというのは不愉快だが、どうせ殺すことに変わりはない。大した違いはないじゃないか」
「そっか……。峯風ちゃんは、そう思うんだね」
「妙高、お前こそ、そんな些事に拘るのは辞めたらどうだ?」
「些事なんてことはないよ! 船魄達がお互いに殺し合うのは仕方ないけど、お互いのことを知ることもできないなんて許せない。それに、お互いに同じ存在だと分かれば、戦争も減るかもしれないよね?」
「戦争するかを決めるのは人間達だ。私達がどう思おうと、戦争をすることに変わりはないだろ。逃げるなら別だが」
「そ、そう、だね…………」
妙高は暫し黙り込んだ。
「どうした?」
「いや、何でもないよ。それでも、妙高達が声を上げれば、少しは何かが変わるかもしれない」
「まあ、お前はお前のやりたいことをやればいいんじゃないか? 私はそんなことをする気にはなれないってだけだ」
「そっかあ」
妙高は帝国海軍に戻るつもりはないし、峯風も帝国海軍から去る気などない。議論は平行線を辿り、二人は決定的に違う道を進んでいると確認するばかりであった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる