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第五章 合従連衡

月虹と第五艦隊Ⅱ

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「しかしどうやって原子爆弾なぞ手に入れるつもりだ?」
「長門様が原子爆弾を輸送中に私達に襲撃されて奪われた、という体にしてもらえばと」
「やるとしても、原子爆弾は私が直接運ぶこととなる。私ごと連れ去るのは流石に無理だぞ」
「うっ……」

 妙高は途端に言葉に窮してしまう。大して真面目に作戦を考えていないからなのだが、妙高や高雄のように艦ごと拉致する手は長門相手には使えないだろう。

「じゃあ、キューバに正式に渡してもらって、そこから奪ったことにすればいいんじゃない?」

 瑞鶴は提案する。

「それならば不可能ではないだろうが……。いや、そんなことは二の次だ。原子爆弾を実戦投入するなど正気の沙汰ではない。世界を滅ぼしかねんぞ」

 1947年にドイツが原子爆弾を実用化して以来、原子爆弾が実戦投入されたことはない。原子爆弾を保有する列強は核戦争の時代へ最初の一歩を踏み出すのを恐れ、それを使用することは抑止されている。だが誰かが使ってしまえば、原子爆弾が平然と使われる世界が訪れるかもしれない。

「ですが、こうとも考えられます。原子爆弾の威力を世界が知れば、世界は戦争そのものを恐れ、戦争そのものがなくなるかもしれないと」
「机上の空論だ、そんなことは」
「な、長門様のお考えだって、机上の空論です!」
「……確かに。だが、万一にも世界を滅ぼしかねない賭けなど、私は乗れん」
「原子爆弾を持っているような列強同士が戦争になれば、いずれにせよ世界は壊滅的な被害を受けます。結果はあまり変わらないのではありませんか?」
「それはそうだが……」
「アメリカに落とすと言っても、誰もいないところに落とします。人を殺すつもりはありません。私達がワシントンを一瞬で消滅させる能力があると、アメリカに知らしめることができれば、この戦争を終わらせることができます」
「上手くいかなかったらどうする気だ?」
「失敗しても、私達が失うものは原子爆弾一つだけです。また別の作戦を考えるだけです」

 失敗しても失うものはほとんどない作戦だ。成功率が低くとも賭けてみる価値はあると妙高は考えている。

「長門様、どうでしょうか……?」
「分かった。認めよう。キューバに話は通してあるのか?」
「はい。もう作戦は伝えてあります。原子爆弾を私達が手にする方法は、検討する必要がありそうですが」

 日本はアメリカと直接の戦争状態にある訳ではない。キューバ海軍であるという体で押し通せば不可能ではないが、アメリカ本土を帝国海軍の艦隊が攻撃するのは第三次世界大戦を招きかねない。

「しかしお前達はどういう立場で攻撃する気だ? 海賊がアメリカを核攻撃するとでも?」
「それについては、妙高達は一時的にキューバ海軍になる予定です」
「瑞鶴はともかく、お前はまだ帝国に船籍を置く軍艦だ。そんなことが許されると思っているのか?」
「カストロ議長さんは、妙高達に約束してくれましたよ」
「何? 一体どういう計算でそうなったんだ?」
「ドイツがキューバの独立を支持すると、密約を結んだからです。仮に日本からの支援が途絶えても、ドイツがキューバを支援します」
「ドイツとアメリカは同盟国ではないのか?」
「ドイツが問題視しているのは日本かソ連の勢力が拡大することです。アメリカが勝利する必要はないそうです」

 キューバを中立地帯にすることができればドイツにとっては十分であるし、ドイツにとってはアメリカがどうなろうと知った事ではない。

「そうか。ゲッベルスも真っ当な人の心を持っているようでよかったよ」
「では、長門様、ご協力いただけるということで、いいですよね?」
「ああ。私達はお前達の行動を黙認するだけだがな」
「それで十分です。ありがとうございます」
「アメリカに好きにはさせるな。頼んだぞ」

 長門としてもこの戦争が終わるのは喜ばしいことだった。

「それと、知っているだろうが、峯風も来ている。少し話していったらどうだ? 私は瑞鶴と少々話したいことがあるからな」 
「え、は、はい!」

 峯風はずっと同じ船の中で待機していたようだ。長門がその部屋に案内してくれて、二人きりになった。

「峯風ちゃん……久しぶり、だね」
「ああ、久しぶりだな」

 峯風は少し怒っているように見えた。

「……峯風ちゃんは、このまま第五艦隊にいるつもりなの?」
「もちろんだ。確かに敵の正体を知らされていなかったというのは不愉快だが、どうせ殺すことに変わりはない。大した違いはないじゃないか」
「そっか……。峯風ちゃんは、そう思うんだね」
「妙高、お前こそ、そんな些事に拘るのは辞めたらどうだ?」
「些事なんてことはないよ! 船魄達がお互いに殺し合うのは仕方ないけど、お互いのことを知ることもできないなんて許せない。それに、お互いに同じ存在だと分かれば、戦争も減るかもしれないよね?」 
「戦争するかを決めるのは人間達だ。私達がどう思おうと、戦争をすることに変わりはないだろ。逃げるなら別だが」
「そ、そう、だね…………」

 妙高は暫し黙り込んだ。

「どうした?」
「いや、何でもないよ。それでも、妙高達が声を上げれば、少しは何かが変わるかもしれない」
「まあ、お前はお前のやりたいことをやればいいんじゃないか? 私はそんなことをする気にはなれないってだけだ」
「そっかあ」

 妙高は帝国海軍に戻るつもりはないし、峯風も帝国海軍から去る気などない。議論は平行線を辿り、二人は決定的に違う道を進んでいると確認するばかりであった。
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