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第五章 合従連衡
第五艦隊再編
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一九五五年七月七日、プエルト・リモン鎮守府。
長門は執務室に陸奥、信濃、赤城、加賀を呼び出して小さな会議を開こうとしている。だが他の皆が集まったところで、陸奥がいきなり白黒テレビを執務室に持ってきた。因みに本来鎮守府にテレビは存在しない筈である。
「今面白いニュースがやってるの。みんな見てよ」
「これから会議をしようと思っていたのだが?」
「赤城、そこどいて!」
「え、ああ……」
やけにテンションの陸奥の圧に押され、執務室の真ん中でテレビが付いた。ニュースは確かにただならぬ様子で何かを中継しているようであった。テロップには『ドイツ 人類初の宇宙飛行に成功』と書いてある。
「宇宙飛行?」
「ええ、そうよ。ドイツが打ち上げたヴァルキューレ1号が、人間を乗せて宇宙に飛んだの。で、その人がついさっき地球に帰ってきたって訳」
「確かにそれは歴史的瞬間だが……」
宇宙飛行士は大西洋に着陸し、それをドイツ海軍の艦艇が回収して、その様子が全世界に中継されているようだった。宇宙服を着た若い兵士が甲板に姿を現すと、記者達は一斉に駆け寄る。宇宙飛行士アドルフ・ホルツマン少尉は記者達の前でこう応えた。
『1955年7月7日、人類はついに、25万年に渡って羨むことしかできなかった場所に到達しました。地球は青と緑が合わさった絵画のようで、国境線はどこにも見えませんでした。人類の叡智が、空想上の存在でしかない国境線を奪い合うことより、無限に広がる宇宙を探索することに注がれるよう期待します。そして、この偉業を成し遂げさせてくれたヴェルナー・フォン・ブラウン博士と、宇宙開発局の全ての職員に感謝します』
世界は今、ホルツマン少尉に釘付けであった。特に未だに人工衛星の一つも打ち上げられていない日本とアメリカは、国を上げてドイツを追い越せ追い抜けと号令をかけた。
「我々が戦争をしているというのに、世界はこの一人の男に夢中なのだな」
「そんな湿気たこと言わないでよ、長門」
「事実だろう」
1950年にドイツが世界初の人工衛星『ミョルニル1号』を打ち上げた時から、宇宙開発競争が幕を開けた。もっとも今のところ参加者はドイツとソ連だけであるが。ソ連は1953年に初の人工衛星『スプートニク1号』を打ち上げることに成功し、ドイツに追いつくことを国家方針に掲げて宇宙開発に大規模な援助を行っているそうだが、こうしてまたも世界初を奪われたのである。
そしてドイツは将来的に月面に人間を送りたいらしい。
一通り取材が終わってホルツマン少尉が船内に戻ると、他のニュースが流れない内に、長門は陸奥にテレビを片付けさせて、ようやく本題に入ることができた。
「えー、諸君、今日集まってもらったのは、我が艦隊の戦力拡充について議論する為だ」
「あら~、私達ではご不満なのですか?」
加賀は牽制するように言った。
「別にお前達の能力に不満はないが、我が艦隊は現状、巡洋艦を一隻も持たないという異常な状態にある。これでは真っ当な戦術を採ることができない」
戦争は主力艦だけいればいいというものではない。巡洋艦、駆逐艦などを組み合わせ戦術を構築するべきである。巡洋艦は鈍重な戦艦に代わって広範囲で活動することができ、艦隊決戦においても優速を活かして敵艦隊の行動を牽制することができる。
「それなら、よかったです~」
「うむ。然るに、連合艦隊には巡洋艦の増派を願うつもりだが、そうなると我が鎮守府の収容能力の限界を超えてしまう」
「つまり、私達に帰れと言いたいのですか?」
「それも選択肢の内だ。元より第五艦隊に空母3隻は負担が重過ぎた」
単純に船渠が足りないという訳ではなく、補給と整備の能力が不足しているのである。現状でも主力級の軍艦が5隻おり、それに重巡洋艦を足すのは厳しい。
「困りましたね~」
「だから相談しようと思ってここに集まってもらったのだ」
「なれば、陸奥を帰らせればいいのでは?」
信濃は静かに言う。確かに陸奥が本土に帰れば重巡洋艦2隻は受け入れられる余裕が出る。
「それも選択肢の一つだな」
「私、長門ともっと一緒にいたいんだけどなー」
「私情を挟むな」
「あなたはどう思うの?」
「私としては……正直言って、戦艦が1と2では安定感がかなり違うと思っている」
実際のところは諸般の事情を一番よく知っているであろう陸奥を近くに置いておけば役に立つと思っているからである。
「ふーん、あなたも私といたいのね。嬉しいわ」
陸奥はわざとらしく、艶めかしく言った。長門は頬を微かに赤らめてしまった。
「艦隊旗艦としての考えを述べただけだ。もう言い切ってしまおうか。巡洋艦を呼び寄せることが確定的である以上、問題は誰を内地に送り戻すかだ」
「このままという選択肢は、ない?」
赤城は相変わらず消え入りそうな声で尋ねる。
「先の戦いで我々は、肉薄する敵巡洋艦に対し有効な処置が行えなかった。これは中距離での戦闘能力に大きな穴が開いていたからだ。この状況を放置することはあり得ん」
重巡洋艦のような取り回しの良い艦の重要性は、長門もこの戦いで気付かされた。
長門は執務室に陸奥、信濃、赤城、加賀を呼び出して小さな会議を開こうとしている。だが他の皆が集まったところで、陸奥がいきなり白黒テレビを執務室に持ってきた。因みに本来鎮守府にテレビは存在しない筈である。
「今面白いニュースがやってるの。みんな見てよ」
「これから会議をしようと思っていたのだが?」
「赤城、そこどいて!」
「え、ああ……」
やけにテンションの陸奥の圧に押され、執務室の真ん中でテレビが付いた。ニュースは確かにただならぬ様子で何かを中継しているようであった。テロップには『ドイツ 人類初の宇宙飛行に成功』と書いてある。
「宇宙飛行?」
「ええ、そうよ。ドイツが打ち上げたヴァルキューレ1号が、人間を乗せて宇宙に飛んだの。で、その人がついさっき地球に帰ってきたって訳」
「確かにそれは歴史的瞬間だが……」
宇宙飛行士は大西洋に着陸し、それをドイツ海軍の艦艇が回収して、その様子が全世界に中継されているようだった。宇宙服を着た若い兵士が甲板に姿を現すと、記者達は一斉に駆け寄る。宇宙飛行士アドルフ・ホルツマン少尉は記者達の前でこう応えた。
『1955年7月7日、人類はついに、25万年に渡って羨むことしかできなかった場所に到達しました。地球は青と緑が合わさった絵画のようで、国境線はどこにも見えませんでした。人類の叡智が、空想上の存在でしかない国境線を奪い合うことより、無限に広がる宇宙を探索することに注がれるよう期待します。そして、この偉業を成し遂げさせてくれたヴェルナー・フォン・ブラウン博士と、宇宙開発局の全ての職員に感謝します』
世界は今、ホルツマン少尉に釘付けであった。特に未だに人工衛星の一つも打ち上げられていない日本とアメリカは、国を上げてドイツを追い越せ追い抜けと号令をかけた。
「我々が戦争をしているというのに、世界はこの一人の男に夢中なのだな」
「そんな湿気たこと言わないでよ、長門」
「事実だろう」
1950年にドイツが世界初の人工衛星『ミョルニル1号』を打ち上げた時から、宇宙開発競争が幕を開けた。もっとも今のところ参加者はドイツとソ連だけであるが。ソ連は1953年に初の人工衛星『スプートニク1号』を打ち上げることに成功し、ドイツに追いつくことを国家方針に掲げて宇宙開発に大規模な援助を行っているそうだが、こうしてまたも世界初を奪われたのである。
そしてドイツは将来的に月面に人間を送りたいらしい。
一通り取材が終わってホルツマン少尉が船内に戻ると、他のニュースが流れない内に、長門は陸奥にテレビを片付けさせて、ようやく本題に入ることができた。
「えー、諸君、今日集まってもらったのは、我が艦隊の戦力拡充について議論する為だ」
「あら~、私達ではご不満なのですか?」
加賀は牽制するように言った。
「別にお前達の能力に不満はないが、我が艦隊は現状、巡洋艦を一隻も持たないという異常な状態にある。これでは真っ当な戦術を採ることができない」
戦争は主力艦だけいればいいというものではない。巡洋艦、駆逐艦などを組み合わせ戦術を構築するべきである。巡洋艦は鈍重な戦艦に代わって広範囲で活動することができ、艦隊決戦においても優速を活かして敵艦隊の行動を牽制することができる。
「それなら、よかったです~」
「うむ。然るに、連合艦隊には巡洋艦の増派を願うつもりだが、そうなると我が鎮守府の収容能力の限界を超えてしまう」
「つまり、私達に帰れと言いたいのですか?」
「それも選択肢の内だ。元より第五艦隊に空母3隻は負担が重過ぎた」
単純に船渠が足りないという訳ではなく、補給と整備の能力が不足しているのである。現状でも主力級の軍艦が5隻おり、それに重巡洋艦を足すのは厳しい。
「困りましたね~」
「だから相談しようと思ってここに集まってもらったのだ」
「なれば、陸奥を帰らせればいいのでは?」
信濃は静かに言う。確かに陸奥が本土に帰れば重巡洋艦2隻は受け入れられる余裕が出る。
「それも選択肢の一つだな」
「私、長門ともっと一緒にいたいんだけどなー」
「私情を挟むな」
「あなたはどう思うの?」
「私としては……正直言って、戦艦が1と2では安定感がかなり違うと思っている」
実際のところは諸般の事情を一番よく知っているであろう陸奥を近くに置いておけば役に立つと思っているからである。
「ふーん、あなたも私といたいのね。嬉しいわ」
陸奥はわざとらしく、艶めかしく言った。長門は頬を微かに赤らめてしまった。
「艦隊旗艦としての考えを述べただけだ。もう言い切ってしまおうか。巡洋艦を呼び寄せることが確定的である以上、問題は誰を内地に送り戻すかだ」
「このままという選択肢は、ない?」
赤城は相変わらず消え入りそうな声で尋ねる。
「先の戦いで我々は、肉薄する敵巡洋艦に対し有効な処置が行えなかった。これは中距離での戦闘能力に大きな穴が開いていたからだ。この状況を放置することはあり得ん」
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