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第五章 合従連衡

ドイツ海軍

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 一九五五年七月四日、バハマ、ポート・ネルソン。
 バハマ国は英連邦王国の一国であり、イギリスはドイツ陣営にいるので、バハマはドイツの勢力圏にある。月虹の要求を受け、ドイツ海軍は話だけなら聞いてくれることになった。そして交渉の場として選ばれたのがバハマの小島の港であった。港と言っても規模はほんの小さなもので、グラーフ・ツェッペリンや瑞鶴などはとても停泊させることができず、沖合に碇を降ろして内火艇で港に入ることとなった。
『瑞鶴、一体どうしてペーター・シュトラッサーがいるのだ?』
 グラーフ・ツェッペリンは非常に不快そうな声で問うた。ポート・ネルソン近くには、事前に交渉役として伝えられていたプリンツ・オイゲンだけでなく、ペーター・シュトラッサーも停泊していたのである。
「そんなこと私に聞かれても知らないわよ」
『我はあいつと会いたくない』
「じゃあここで待ってたらいいじゃない。私がドイツと交渉してくるわ」
『我なしでドイツと交渉できると思っているのか?』
「そう思うならついてくれば?」
『い、いや、それは……』
「あんたは一体何がしたいのよ。てか、妹に合って気まずいとか、そういう発想はあんたにもあるのね。びっくりだわ」
 瑞鶴はわざとらしくツェッペリンを馬鹿にするように言った。妙高にも高雄にも演技なのはバレバレであったが、ツェッペリンはすぐに焚きつけられた。
『そんなものではない! わ、我がいなければ交渉などできるわけもないだろうから、特別に付き合ってくれるわ!』
「うわ、ちょろ」
『何か言ったか?』
「いいえ、何も」
 かくしてグラーフ・ツェッペリンを引きずり出すことに成功し、月虹は全員で陸に上がって、事前に準備されていた交渉場所のホテルに入った。
「うわあ、すごい立派な場所ですね!」
 妙高は目を輝かせて。
「こんなんではしゃいでるんじゃないわよ。帝国ホテルとかの方が立派でしょ」
「そうなんですか? 妙高、あまりそういうところに行ったことがなくて……。謁見で帝都に行った時も横須賀で泊まりましたし」
「最近の船魄の待遇はしけてるわね」
 こんなド田舎もド田舎なのに、ホテルだけは立派であった。あちこちに鉤十字(ハーケンクロイツ)の旗が掲げられており、ドイツ政府が関わっていることは余りにも露骨である。明らかにドイツ人の従業員に案内されて進むと、ホテルのレストランであろう場所が貸し切りにされていて、長机に人数分の椅子と立派な料理が用意されていた。
「瑞鶴さん、これ食べていいんですか!?」
「置いてあるし、いいんじゃない? 知らないけど」
「妙高、やめておきましょう。毒かもしれません」
「わ、分かった」
「何? 毒だと?」
「あっ……」
 気づいた時にはツェッペリンは肉料理を呑み込んでいた。幸いにして特に何もないようであった。
 と、その時、幾つかの足音が廊下の先から聞こえた。現れたのは血塗れの白い翼を広げた少女プリンツ・オイゲンと、ツェッペリンにそっくりな白い髪と赤い眼の、気性が荒そうな少女。
「ツェッペリンさん、あの方がペーター・シュトラッサーという方ですか?」
 これほどまでそっくりだったら姉妹に違いないと、妙高は聞いてみた。
「……そうだ」
 ツェッペリンは溜息を吐いた。
「ツェッペリンさんとそっくりですね」
「ああ。あんな馬鹿と同じ顔をしているとは、嫌になる」
「そ、そうですか……」
 ツェッペリンはシュトラッサーのことについて何も話したくないようであった。
「はぁ。まったく、どうしてこの私が、こんなド田舎にわざわざ足を運ばないといけないのかしら」
 オイゲンは派手に溜息を吐きながら、瑞鶴の正面に座った。
「場所を決めたのはあんた達でしょう? 何で不満そうなのよ」
「場所を決めて手配したのは、うちの艦隊旗艦のシャルンホルストよ。私は不幸にもこんな雑用に従事させられてるって訳」
「あ、そう。あんたも大変なのね」
 大分馬鹿にされた気もしたが、それ以上に瑞鶴は、オイゲンが下っ端として働かされていることに驚いた。一方ペーター・シュトラッサーは、グラーフ・ツェッペリンを見つけて睨みつけると、無言でその目の前に座った。
「……我が妹、何のつもりだ」
「私がどこに座ろうと勝手だろう」
「ふん。まあよい」
 ツェッペリンとシュトラッサーはお互い目を背けて無言で料理を頬張っていた。それを横に、瑞鶴とオイゲンは交渉を開始する。
「ねえ、あれ何?」
「ただ馬鹿の姉妹が素直になれないだけよ。そんなことはどうでもいいから、そっちの要求を教えてくれる?」
「話が早くて助かる。こちらからの要求は3つ。ドイツ勢力圏内で私達の安全を保障すること、私達に停泊できる場所を提供すること、そして整備と修理に必要な労働力を提供することよ」
「特に妙高の修理は、絶対です」
 高雄が割り込むように付け足した。妙高は問題ないと言っているのだが、高雄が頑なにこれを取り下げようとしないのである。
「前者2つは全く問題ないけれど、最後の要求は過大じゃないかしら? 人間を動かすとなると誤魔化すのは大変なのよ? それに見合う対価があれば話は別だけど、あなた達みたいな海賊紛いの連中が、何か提示できるの?」
「まず私達が敵にならないわ。それに必要とあらば、私達の軍事力を提供できる。ドイツにとって空母2隻っていうのは貴重な戦力だと思うけど?」
「片方は元からドイツの空母よ」
 オイゲンから一瞬だけ、いつものおどけた調子が抜けた。すぐに普段の仮面が戻ってきたが。
「今はそうじゃないわ」
「ふふ、確かに、その提案は悪くない。でもあなた達は、私達の命令に逐一従ってくれる訳ではないでしょう?」
「もちろん。そんな訳ないわ」
「それじゃあダメね」
 どんな命令にも従う忠実な駒でなければ、ドイツにとって意味はない。自由意思を持っている月虹など戦力に数えることはできないのだ。
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