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第四章 月虹

瑞鶴の奇策

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『妙高! 返事をしてください、妙高!!』
 何度呼び掛けても返答がない。高雄は残る駆逐艦に全力で砲撃を行いつつ、直ちに妙高を守る盾のように横付けして、その艦内に乗り移った。艦橋に入ると、妙高は仰向けに倒れて気絶していた。
「妙高! 起きてください!!」
 ここでこうしている間も戦闘は継続中だ。高雄は妙高を膝枕して、その頬を強く叩いた。妙高は、目を開けた。
「うん……高雄……?」
「ああ、よかった。無事……ではありませんが」
「妙高、大丈夫ですか? 損害はどうなっていますか?」
「右舷前方に……3本、被雷したかな」
 妙高はまだ意識がはっきりとはしていないようで、その言葉には危機感を感じられない。
「なら、隔壁を閉めて注水しないと!」
「そ、そう、だね……」
 幸いにして高雄の言うことは聞いてくれるようだ。船魄においてダメージコントロールはほぼ自動化されている。すぐに浸水している区画を隔離し、反対側に海水を注ぐことで、艦の傾斜を回復する。船魄は艦内に使っていないスペースが多いので、注水しても特に問題は生じないのだ。
「妙高、こんな状況で心苦しいですが、戦えますか?」
「う、うん、戦えるよ……」
 妙高は立ち上がろうとするが、すぐに体勢を崩して高雄に倒れ込んだ。
「……そんな様子ではとても戦えるとは思えません。後のことはわたくしがやります」
「で、でも……」
「妙高、あなたはここから離脱して瑞鶴さん達のところに戻ってください。分かりましたか?」 
 高雄は反論など許さないと言わんばかりに
「ご、ごめん……」
「分かってくれればいいんです」
 妙高は戦場を離脱し、高雄は主砲で残る駆逐艦を無力化することに成功した。そしてそのまま単騎で第五艦隊に突撃する。
「どうか空母の皆さんが動きませんように……」
 駆逐艦相手なら何とかなったが、正規空母に襲われたらひとたまりもない。高雄の祈りは通じたようで、赤城も加賀も信濃も高雄には手を出して来なかった。長門と陸奥がいれば高雄になど簡単に対処できると思われているのだろうか。
「それなら、好都合ですね……」
 高雄は前進し続け、長門型の射程に入った。長門の主砲の最大射程は以外にも高雄の主砲と大して変わらず、また魚雷の射程とも同じくらいであった。
「では……妙高の為です。撃たせていただきます」
 高雄は魚雷発射管を全て使い、12本の魚雷を一気に放った。魚雷を放つと直ちに反転して、長門の射程圏内から離脱した。これで後は瑞鶴が上手くやってくれる筈である。


『敵巡洋艦、魚雷を発射した模様』
 信濃は偵察機を飛ばして高雄の行動をある程度察知していた。その報告をすぐ長門に届ける。
「どこを狙っているか分かるか?」
『そこまでは』
「そうか。奴も、本気のようだな」
 流石に魚雷がどこを狙っているかまでは分からない。それが分かるのは魚雷が直前にまで迫った時であろう。一〇式魚雷なら30kmをおよそ5分で踏破する。
「赤城、加賀、聞いていたな? 魚雷に備えろ」
『もちろんです』
『空母が魚雷を回避するのは、あまり期待しない方がいい』
「何を弱気になっている。頑張れ」
『う、うん……』
『長門、赤城ちゃんに強く当たらないでください』
「あ、ああ、すまない」
  4分が経過した頃、水中聴音機が魚雷を捉える。高雄一隻から射出されたので雷跡は単純であり、どこを狙っているのか全艦がすぐに把握することができた。
「赤城と加賀を狙っているようだ。回避しろ!」
『旗艦にあるまじき大雑把な命令ですね~』
「どうやって回避を命令しろと言うんだ」
 艦隊は十分に広く展開しており、赤城と加賀がどう動こうが他の艦に衝突する心配はない。ここは自由に動かせた方が確実に回避できるだろうと長門は判断した。万一衝突の危険があったとしても、船魄ならば問題なく回避できる。
『この程度では、私達を沈められませんよ~』
『問題は、ない』
「うむ。よろしい」
 船魄にかかればこの程度お手の物である。高雄の放った魚雷は赤城と加賀の横を掠めていき、ただの一本も命中しなかった。だが、その時だった。
『赤城、上を見よ!』
『えっ……?』
  信濃が大声を張り上げて警告した。魚雷を回避するのに意識を集中している間に、赤城の直上で、一機の偵察機が真っ逆さまに落下してきていたのである。
『あれは、信濃のじゃ――』
『赤城ちゃんッ!!!』
 一時的に超音速にまで加速した偵察機が、赤城の飛行甲板の真ん中に一直線に突入した。たちまち飛行甲板には大穴が開き、赤城を激しい痛みが襲った。
『赤城ちゃん!! 大丈夫ですか赤城ちゃん!?』 
『うっ……加賀……ちゃん……痛い…………』
『赤城ちゃんッ!! 今すぐそっちに行きますから!!』
「お、おい、待て加賀! 赤城は飛行甲板が損傷しただけだ! 命に別状はない! 今は戦闘を継続しろ!!」
『長門の、言う通り……私は大丈夫、だから……』
 飛行甲板はあくまで艦体の上に載っけているだけであり、艦載機を発着艦できなくなるのは空母として死んだようなものだが、船としては見た目ほど大きな損傷ではない。十分に航行を継続することが可能である。
『クッ……長門、後で責任取ってもらいますからね』
「無論だ。第五艦隊の責任は全て私が取る」
 赤城は暫く対空戦闘も儘ならないだろうが、それ以外の艦は健在であり、対空戦闘を継続する。赤城も5分もすれば対空砲火を再開した。
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