上 下
85 / 407
第四章 月虹

覚悟

しおりを挟む
 船魄でなければ衝突しているであろう至近距離にまで密集した駆逐隊。しかし普通に考えて、こんな陣形は自殺行為である。

「雪風、どういうつもりだ? 私達を沈めたいのか?」

 峯風は取り敢えず命令には従ったが、すぐさま雪風に文句を付けた。

『まさか。そんなつもりはありませんよ。こうすれば、敵は攻撃して来ない筈です』
「何? 格好の的になってるだけだと思うが?」
『まあ、見ていれば分かりますよ』

 10分ほどが経過した。駆逐隊は速度をかなり緩めて前進しているが、敵は――妙高と高雄は一向に砲撃を仕掛けてこなかった。

「た、確かに、撃ってこないな。どういうことなんだ?」
『第一艦隊は研究したアイギス艦隊の行動パターンしているんです。その上で、この状況では撃ってこないと判断しました』

 雪風は息をするように嘘を吐いた。

「全く意味が分からんが……間違ってはいないようだな」
『ええ、よかったです。さて、それではこちらか仕掛けるとしましょう。全艦回頭、撃てるだけ魚雷を撃ってください』

 駆逐隊は単縦陣を組み直すと、敵艦隊から25kmで41本の魚雷を一気に射出した。もっとも、この距離で命中を期待することは現実的ではないが。

 ○

『敵は魚雷を放ったようです。妙高、もう迷っている時間はありません』
「わ、分かってるけど……」

 妙高は依然として決断できないでいた。何があっても同じ帝国海軍の船魄を沈めることだけは避けなければならない。

『そんなに迷うなら、わたくしがやります。わたくしだけの火力でも十分でしょうから』

 高雄はそう言って主砲を動かし始めた。

「ま、待って!」
『あなたがやらないのなら、わたくしがやります。それ以外の選択肢はありません』

 例えかつての仲間を沈めたとしても、絶対にここで勝利しなければならない。高雄はその覚悟ができている。妙高と共にいる為に。

「わ、分かった。高雄だけにやらせる訳にはいかない。私も、覚悟を決めたよ」
『そう言ってくださると思っていました』 
「絶対に沈めはしないからね。高雄も沈めないでよ?」
『もちろんです』

 妙高と高雄は魚雷を回避しつつ、ついに砲撃を始めた。

 ○

「撃って来たじゃないか!!」
『これは……予想外です。ごめんなさい』
「謝罪はいい! どうする!?」

 雪風の思惑は外れた。駆逐隊は重巡の砲撃に晒されている。峯風のすぐ側に砲弾が落着し、艦橋のガラスに水飛沫がかかった。

『全艦散開し、敵の狙いを逸らします。最大戦速で離れ、単縦陣を再編。突撃します』

 要するに普通の戦い方に戻るということだ。第一艦隊の駆逐艦達は雪風の意をすぐに汲み取って、お互いに500mは離れた単縦陣を再編し、峯風はその一番後ろに続いた。そして重巡に向かってやや斜め方向に、最大戦速で突撃する。

『全艦、魚雷の装填は終わっていますか?』

 敵との距離15kmほどで、雪風が問う。当然のように魚雷発射管には次の魚雷が装填され切っている。すばしっこく動く駆逐艦達に、妙高も高雄も未だ一撃を加えることすらできていない。

『では、今度は仕留めましょう。全艦、魚雷発射』

 一塊になって射出した魚雷は扇状に広がる為に簡単に回避されてしまったが、今回は面で敵を制圧する。各魚雷発射管は3秒ほどずらして魚雷を射出し、その軌道は複雑に絡み合うように制御され、その全てを見極めなければ回避は不可能である。

 撃沈とまではいかなくても確実に敵に損害を与えることができる。駆逐隊の誰もがそう確信した――次の瞬間であった。峯風の二番主砲塔が砲撃の直撃を受け、弾薬に引火して大爆発を起こし吹き飛ばされたのである。

『峯風! 生きてますか!?』

 雪風は大声を張り上げて問うが、返答はない。無線機に故障はないだろうから、船魄が気を失っているのだろう。

『……やはり、私と一緒に戦うなど自殺行為ということですよ。綾波と天津風は攻撃を続行。私は峯風の援護に回ります』

 雪風は峯風を曳航して戦場から離脱する。本来は旗艦ではない誰かに任せるべき仕事だろうが、雪風はあることを心配して、自らこの役に回ることにしていた。

 ○

「峯風ちゃんが!!」

 峯風に砲撃を当てた瞬間、予想外に大きな爆発が起こってしまい、妙高は一瞬にして取り乱していた。

『落ち着いてください、妙高! あの様子なら沈みはしません。ですが気絶はしているようなので、わたくし達の目的通りの結果です』
「あっ……そ、そうだね」

 沈めないくらいに痛めつけて無力化するというのを、完璧に成し遂げたのだ。峯風を心配する必要はない。だが、別の心配しなければならないことがある。

『妙高、敵の魚雷がもうすぐ来ます。まずは回避に集中しましょう』
「うん。今度も避けるよ」

 水中聴音機と目視で魚雷を確認しつつ、回避行動を取る妙高と高雄。だが魚雷は余りに多く、聴音機は飽和状態に陥っていた。

「高雄、魚雷がどこから来るか分かんない!」
『わたくしもです。目視で確認するのも、限界が……』
「あっ……避けられない!」

 妙高はどう足掻いても魚雷を避けきれない状況に追い込まれていた。喰らう魚雷が可能な限り少なくなるように移動するしか彼女にやれることはない。

 そして魚雷が3本、妙高の右舷で爆発した。

『妙高ッ!!』
「高雄……無事、なんだ……よかった…………」
『妙高? 妙高!!』

 妙高からの応答が途絶えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...