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第四章 月虹
疑問
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「じゃあ、ここを使って。部屋の中のものは好きに使ってくれて構わないわ」
「ありがとうございます~」
「あ、ありがとう」
赤城と加賀は陸奥に案内された部屋に入る。部屋に入るや否や加賀は即座に部屋の鍵を閉め、鎧がこすれ合うのも気にせず、赤城に後ろから抱きついた。
「加賀ちゃん……気が早い」
「私だって、こういう仕事は得意じゃないんです。大変なんですからね」
「ごめんなさい。私が、もっと人と話せたら……」
「ではその罪滅ぼしに、しっかり抱いてください」
加賀は色っぽい声で赤城の耳元で囁く。赤城はその言葉で頬を赤らめる。示し合わせたように着物を脱ぎ捨て、二人は二段ベッドの一段目に飛び込んだ。
○
さて、陸奥に色々仕事をさせている間、長門と信濃は二人きりである。
「信濃、どう思った? 赤城と加賀は、私を疑がっていただろうか?」
「……長門、お前は純粋か?」
信濃は呆れたように聞き返す。
「ど、どういう意味だ?」
「疑っていない訳がなかろう。よく考えた言い訳なれど、不自然な点が多すぎる」
「そ、そうか……」
「ただ、不自然とは言え、一応言い訳の筋は通っている。明確に矛盾している点はない。それにお前の演技もなかなかの名演であった」
「そうか。ありがとう」
全体的に怪しくはあるが、明確な矛盾はない。今後ボロを出さなければ、この虚構を貫き通すことは可能だろう。
「それともう一つ、陸奥についてだが、どう思う?」
「どう思う、とは? 我より長門の方がよほど色々と知っているのでは?」
信濃は少し苛立ったような口調で。
「その、あれだ。陸奥はどういう訳で私に主砲を向けて来たのだと思う、ということだ」
「奴に聞いたのではなかったのか?」
「聞きはしたが、ロクに取り合ってもらえなかった。拷問でもしないと吐かないだろうな」
「そうか。我が思うに、いくら主力戦艦とは言え、自らの意思のみで反乱など起こせる訳がない。そもそも陛下と何らかの関りがあることは確か。故に、何者か、いや何かの組織が後ろにいると考えた方が良かろう」
大日本帝国憲法において天皇は主権者であり統治権を総攬するが、実際の権力を行使するには国務大臣の輔弼が必要である。天皇が一人で何らかの政治的な行動を起こすことは、実際には不可能なのだ。
「確かにその通りだな。組織……というと何だ? 我が国に反政府勢力など存在する筈もないと思うが」
「我は一般論を述べているに過ぎぬ。だが、政府の決定に従わなさそうな連中でそれなりの力を持った連中と言えば、一つしかあるまい」
「皇道派か」
1930年頃に誕生したとされる帝国陸軍内の派閥が皇道派である。帝国の歴史上最大のクーデター未遂事件である二・二六事件を起こし壊滅していたが、大東亜戦争の後の急速な経済発展に伴う格差の拡大を受けて、再び勢力を拡大し、海軍にも入り込んでいるそうだ。上層部だと現参謀総長の武藤章大将も皇道派と目されている。
「だが、皇道派に陛下が手を貸すとは思えん」
「我も、そうは思う」
君側の奸(政府や財閥)を討伐して国民と天皇を直結させ、平等な社会を造ろうというのが皇道派の主張である。だが実際のところ、当今の帝はこのような思想に全く共感しておらず、二・二六事件の際には尻込みする軍部に代わって自ら反乱軍討伐の聖旨を示されたこともある。
「うーむ、よく分からんな」
「我もだ」
陸奥が何者の意向を受けて動いているのか、長門も信濃も見当がつかなかった。
「それはともかく、長門、今夜は我の部屋に」
「と、唐突だな。無論構わないが」
「よかった。それと、峯風と涼月のことはどうするつもりだ?」
この二人が尋問されると面倒だ。
「一番いいのは適当な任務をでっちあげて出撃させておくことだが、赤城と加賀との接触を一切断つというのは難しいだろうな。一先ずは任務に出させる方向で行こう。信濃、偵察の報告を適当に偽造してくれ」
「心得た」
翌日、長門は取り敢えず峯風と涼月を対潜哨戒任務に出させることにした。しかし長門はこういう小細工が苦手である。赤城と加賀には長門の思惑など見通されていた。
「長門、第一艦隊から連れて来た駆逐艦を同行させることを、提案する」
赤城は話を聞きつけるとすぐに長門の執務室にやってきた。加賀は置いてきたようだが、一人で来るのは非常に嫌そうであった。
「ふむ。長旅の後ですぐ任務に出すのは心苦しいが……」
「大丈夫。もう十分、休んでいる」
「そうか。ならば、同行を頼むとしよう。作戦の詳細は峯風から伝えさせる」
わざわざ断れる理由はなかった。人数がいればいるほどいい対潜哨戒を選んだのは間違いだった。
「それなら、こちらの駆逐隊旗艦雪風に、伝えて欲しい」
「了解した。そのように手配しておこう」
赤城は事務的なやり取りを済ますとそそくさと去って行った。
「ふーん、長門、どうするの?」
陸奥は問う。どうやら雪風というのも赤城や加賀と同じ目的を持ってここに来たようだ。これは明らかに、峯風と涼月にも尋問するつもりである。
「あの子達に事実を伝える訳にはいかない。変なことを聞かれないことを祈るしかないだろう」
「まあ、それもそうね。雪風っていう子、どちら側なのかしらね」
「お前が知らないのなら私も知らん」
雪風がただ単に赤城と加賀に事情聴取を頼まれただけなのか、それとも本当の目的を知っているのか。後者だった場合非常にマズい。
「ありがとうございます~」
「あ、ありがとう」
赤城と加賀は陸奥に案内された部屋に入る。部屋に入るや否や加賀は即座に部屋の鍵を閉め、鎧がこすれ合うのも気にせず、赤城に後ろから抱きついた。
「加賀ちゃん……気が早い」
「私だって、こういう仕事は得意じゃないんです。大変なんですからね」
「ごめんなさい。私が、もっと人と話せたら……」
「ではその罪滅ぼしに、しっかり抱いてください」
加賀は色っぽい声で赤城の耳元で囁く。赤城はその言葉で頬を赤らめる。示し合わせたように着物を脱ぎ捨て、二人は二段ベッドの一段目に飛び込んだ。
○
さて、陸奥に色々仕事をさせている間、長門と信濃は二人きりである。
「信濃、どう思った? 赤城と加賀は、私を疑がっていただろうか?」
「……長門、お前は純粋か?」
信濃は呆れたように聞き返す。
「ど、どういう意味だ?」
「疑っていない訳がなかろう。よく考えた言い訳なれど、不自然な点が多すぎる」
「そ、そうか……」
「ただ、不自然とは言え、一応言い訳の筋は通っている。明確に矛盾している点はない。それにお前の演技もなかなかの名演であった」
「そうか。ありがとう」
全体的に怪しくはあるが、明確な矛盾はない。今後ボロを出さなければ、この虚構を貫き通すことは可能だろう。
「それともう一つ、陸奥についてだが、どう思う?」
「どう思う、とは? 我より長門の方がよほど色々と知っているのでは?」
信濃は少し苛立ったような口調で。
「その、あれだ。陸奥はどういう訳で私に主砲を向けて来たのだと思う、ということだ」
「奴に聞いたのではなかったのか?」
「聞きはしたが、ロクに取り合ってもらえなかった。拷問でもしないと吐かないだろうな」
「そうか。我が思うに、いくら主力戦艦とは言え、自らの意思のみで反乱など起こせる訳がない。そもそも陛下と何らかの関りがあることは確か。故に、何者か、いや何かの組織が後ろにいると考えた方が良かろう」
大日本帝国憲法において天皇は主権者であり統治権を総攬するが、実際の権力を行使するには国務大臣の輔弼が必要である。天皇が一人で何らかの政治的な行動を起こすことは、実際には不可能なのだ。
「確かにその通りだな。組織……というと何だ? 我が国に反政府勢力など存在する筈もないと思うが」
「我は一般論を述べているに過ぎぬ。だが、政府の決定に従わなさそうな連中でそれなりの力を持った連中と言えば、一つしかあるまい」
「皇道派か」
1930年頃に誕生したとされる帝国陸軍内の派閥が皇道派である。帝国の歴史上最大のクーデター未遂事件である二・二六事件を起こし壊滅していたが、大東亜戦争の後の急速な経済発展に伴う格差の拡大を受けて、再び勢力を拡大し、海軍にも入り込んでいるそうだ。上層部だと現参謀総長の武藤章大将も皇道派と目されている。
「だが、皇道派に陛下が手を貸すとは思えん」
「我も、そうは思う」
君側の奸(政府や財閥)を討伐して国民と天皇を直結させ、平等な社会を造ろうというのが皇道派の主張である。だが実際のところ、当今の帝はこのような思想に全く共感しておらず、二・二六事件の際には尻込みする軍部に代わって自ら反乱軍討伐の聖旨を示されたこともある。
「うーむ、よく分からんな」
「我もだ」
陸奥が何者の意向を受けて動いているのか、長門も信濃も見当がつかなかった。
「それはともかく、長門、今夜は我の部屋に」
「と、唐突だな。無論構わないが」
「よかった。それと、峯風と涼月のことはどうするつもりだ?」
この二人が尋問されると面倒だ。
「一番いいのは適当な任務をでっちあげて出撃させておくことだが、赤城と加賀との接触を一切断つというのは難しいだろうな。一先ずは任務に出させる方向で行こう。信濃、偵察の報告を適当に偽造してくれ」
「心得た」
翌日、長門は取り敢えず峯風と涼月を対潜哨戒任務に出させることにした。しかし長門はこういう小細工が苦手である。赤城と加賀には長門の思惑など見通されていた。
「長門、第一艦隊から連れて来た駆逐艦を同行させることを、提案する」
赤城は話を聞きつけるとすぐに長門の執務室にやってきた。加賀は置いてきたようだが、一人で来るのは非常に嫌そうであった。
「ふむ。長旅の後ですぐ任務に出すのは心苦しいが……」
「大丈夫。もう十分、休んでいる」
「そうか。ならば、同行を頼むとしよう。作戦の詳細は峯風から伝えさせる」
わざわざ断れる理由はなかった。人数がいればいるほどいい対潜哨戒を選んだのは間違いだった。
「それなら、こちらの駆逐隊旗艦雪風に、伝えて欲しい」
「了解した。そのように手配しておこう」
赤城は事務的なやり取りを済ますとそそくさと去って行った。
「ふーん、長門、どうするの?」
陸奥は問う。どうやら雪風というのも赤城や加賀と同じ目的を持ってここに来たようだ。これは明らかに、峯風と涼月にも尋問するつもりである。
「あの子達に事実を伝える訳にはいかない。変なことを聞かれないことを祈るしかないだろう」
「まあ、それもそうね。雪風っていう子、どちら側なのかしらね」
「お前が知らないのなら私も知らん」
雪風がただ単に赤城と加賀に事情聴取を頼まれただけなのか、それとも本当の目的を知っているのか。後者だった場合非常にマズい。
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