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第四章 月虹

赤城と加賀

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 一九五五年六月二十六日、プエルト・リモン鎮守府。長門と陸奥、そして信濃は執務室の窓から、港湾のすぐ外にまでやってきた空母達を眺めていた。

「本当に来てしまったか……」

 長門は溜息を吐いた。陸奥は「来ない訳がないでしょ」と応える。正規空母赤城と加賀のことである。また他に4隻ばかりの駆逐艦が護衛として随伴していた。

「信濃、誘導を頼めるか?」
「無論」

 信濃は執務室から自分の螺旋翼機(ヘリコプター)を飛ばして赤城達の誘導を始めた。日本やドイツの船魄は自信が艦に乗っていなくてもこうやって艦や艦載機を制御できるので便利である。赤城は妙高が使っていた、加賀は高雄が使っていた船渠に入ろうとするが、その時赤城から一機の螺旋翼機が飛び立った。

「ん? あれは何だ?」
「我には分からぬ」
「まさか、私達を攻撃する気か?」
「いやいや、流石にそれはないでしょ」
「そ、そうか」

 何も言わず鎮守府に向かってきた螺旋翼機は、風圧で植木を何本かへし折ってゴミを撒き散らしながら、鎮守府正面の庭に降り立った。そして螺旋翼機からは色鮮やかな着物を着た少女が二人、何の緊張感もなく降りてきた。長門は遠目でも、その人影の正体がすぐに分かった。

「赤城と加賀か。どうしてわざわざこんなことを……」
「早く快適な部屋に来たかったんじゃない?」
「別に空母の中だって冷房は効いているだろうに」
「船魄と言ってもずっと艦の中じゃ休まらないものよ。あなたはどうか知らないけど」
「そういうものか……」

 船魄にとって本来の居場所は自身の艦橋ではあるのだが、やはり休息は陸地で取りたいものである。赤城と加賀は遠隔で艦の停泊作業を続けながら鎮守府本棟に入った。長門は陸奥に彼女らを案内させ、執務室まで連れてこさせた。

「入るわよー」
「ああ、構わん」

 陸奥が連れてきた二人の少女。

 片方は赤みがかった髪に深紅の着物を纏ってその上から胸甲や兜を着けた暗い少女。

 もう片方は青い髪に青い着物、その上に胸甲を着けニヤニヤと笑っている少女である。

「久しぶりですね~長門。何年ぶりでしょうか」
 気さくに話しかけてくるのは、青い方の少女だ。
「確か3年ぶりだ。元気で何より、加賀。赤城も変わりないか?」
「……特に、問題はない」

 ボソボソ喋る赤い方の少女が赤城である。

「それで、今度は何の用だ?」
「あら~。とぼけるのはよくありませんよ?」

 加賀はニコニコ笑いながら言うが、目は全く笑っていない。

「半分は分かる。我が武運拙く、高雄と妙高を失ってしまったことが原因だろう? だが、それでお前達が来る理由は何なのだ?」
「そうですね~、まあ公的には第五艦隊の査察ということになっていますね」
「公的には?」
「別に嘘って訳ではありませんが、それだけではありません。もう一つの目的は簡単です。アイギスに拐われた妙高、高雄を奪還することです」
「……そうか」

 これが峯風や涼月に聞かれた時のことを考えての表現なのか、それとも赤城と加賀が洗脳されている側なのか、長門には判断がつかない。だがここは話を合わせておいた方が無難だろう。長門に損はない。

「ではまず、最初の目的を果たすとしましょう。赤城ちゃん、お願いします」

 赤城はそう言われた瞬間、心底驚いた様子で加賀に振り向いた。

「え、そ、それは……その……」
「赤城ちゃんの方が今回の主役なんですから当然でしょう?」
「人の前でそう、呼ばないで。やるから」
「頑張ってください~」 

 加賀に突き出され、赤城は観念して話し始めた。長門に話しかけているのに視線は右往左往して全く定まらなかった。

「な、長門。取り敢えず、妙高を失った時の状況について、聞かせて、欲しい」
「うむ。とは言え、報告以上にあえて話すことはない。強力な敵艦隊と遭遇し、妙高が魚雷を右舷中央に喰らい行動不能になったのを、その場に残してきたのだ」

 船魄は艦が致命的な損傷を受けずとも戦闘不能になることはあるので矛盾した話ではないが、もちろん嘘である。妙高を本当に気絶させたのは長門だ。

「自沈、させなかった?」
「そうだ」
「どうして?」
「……確かに本来自沈処理すべきだったが、仲間を自ら殺すことなどできるものか!」

 陸奥は長門が渾身の演技を披露するのを楽しく見物している。もちろん顔には出さないが。

「それは、気持ちは分かる、けど、軍事機密が漏出するのは、問題」
「我々は古い艦だ。今更漏れる技術もあるまい」
「そんなことはない、と思うけど」
「私から言えることは以上だ。処分を受ける覚悟はある」

 長門は自らの進退などどうなっても構わない。自分への処分に怯えることはない。唯一の心配は陸奥や信濃に罪科が及ぶことだ。

「処分は、私が決めることではない、けど、報告はする」

 赤城はようやく尋問が終わったと胸を撫で下ろした。尋問している側が酷く疲労しているという本末転倒である。

「あら~。赤城ちゃんはそろそろ限界ですかね?」
「うん……」

 赤城はそっと加賀の後ろに隠れた。

「仕方ないですね~。それでは私が続きをするとしましょう」

 加賀は高雄を失った時のことについて尋問を始めた。妙高の時はまだ誤魔化せたが、こちらを言い訳するのはかなり苦しい。
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