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幕間
キューバ戦争Ⅱ
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一九五四年七月四日、キューバ共和国、グアンタナモ基地。
ハバナを放棄する一方で、アメリカとは遠いキューバ南部では日本海軍の協力のお陰で制海権が維持されており、キューバ軍は攻勢に出ていた。1903年からアメリカが永久租借していたグアンタナモ米軍基地に対する総攻撃である。
援軍も補給も全く見込めず完全に孤立したアメリカ軍は攻撃開始から3日ほどで降伏し、グアンタナモ湾はキューバ人の手に戻った。しかし彼らが見たのは、見るもおぞましい光景であった。
「これは……あまりにも惨い……」
前線部隊を率いて突入したチェ・ゲバラは、何千という人々がシラミが湧く酷く不衛生な環境に収監されている納屋を発見した。多くは白人のようだったが、彼らは骨の形が露になるほど痩せこけ、虐待されたであろう痣が残っている者も少なくはなかった。
グアンタナモ基地はアメリカ合衆国の施政権下でありながらアメリカの領土ではないという特殊な環境を利用し、あらゆる法を無視した強制収容所として利用されていた。収容されていたのは共和党に歯向かった社会主義者やファシストであった。
「彼らにすぐに水と食事を与えるんだ。ただし、与える量は普通の食事を上回るな。飢餓状態の人間にあまりにも一気に食事を食べさせると、命の危険があるからね」
「ですが、我々が保有している食糧では、ここにいる全員を養えるとは……」
「少なくてもいい。いや、この場合は足りないくらいがちょうどいい。とにかく全員に分配するんだ」
元は医者であるゲバラは的確な命令を出し、収容されていた人々は適切な治療を受けることができた。そして収容されていた多くの者がキューバ軍に義勇兵として加わり、アメリカに銃口を向けることになる。
○
『民主化とは、民主主義を理解できぬクズどもを殲滅することである! 奮い立て、アメリカ人よ! 民主主義の敵を殲滅し、キューバを民主主義の光で照らすのだ!! この地上全てを民主主義で染め上げよ!!』
戦争が始まって1ヶ月、山間部に逃げ込んだゲリラに翻弄され、早くも侵攻が停滞し始めていた頃のことである。アメリカ空軍のルメイ大将は何ら躊躇うことなく、このような演説を公式に行った。アメリカ共産党やアメリカ・ファシスト党は最大の言葉で非難したが、旧民主党支持者などの右翼はルメイ大将を絶賛した。
この演説の翌日から、アメリカ軍は戦略爆撃機を多数投入し、ゲリラも民間人も区別なく大量虐殺を開始した。
○
一九五四年七月二十三日、キューバ共和国、ビジャ・クララ州。
「来ました!! B29、およそ100機!!」
「迎撃を出せ!!」
日本軍から供与された電探の性能は十分であり、アメリカ空軍の襲撃をほぼ完全に察知することができた。しかしそれを迎撃できるかはまた別問題である。
キューバ軍は日本空軍から供与された局地戦闘機「震電(ク4J1)」を主力戦闘機として運用しているが、その数は僅かに20機ばかりであった。機体はあれどキューバ人のパイロットが全く足りないのである。震電は戦略爆撃機の迎撃を主任務としたジェット戦闘機であり、性能はアメリカ軍の護衛戦闘機F-84を上回るものであったが、余りにも数が少なかった。
「迎撃部隊、帰投します」
「撃墜、34です」
「ダメだ……こんなんじゃ、全く足りない。誰も守れないじゃないか……!」
ゲバラは悔しそうに机を叩いた。彼らは既に爆撃を想定した地下壕に籠っているので安全だったが、開始された爆撃によって町は破壊され、森は焼き払われた。可能な限り南部への疎開は進めているものの、北部の人間全てを南部だけで養うことなど不可能であり、多くの人間が前線近くに残っていた。
また何百という人間が、瓦礫に押し潰され、生きたまま焼かれ、殺された。ゲバラにはそれを安全なところから見ていることしかできなかった。
しかし、その時であった。
「南方から未確認機が20ほど接近してきます。戦闘機程度のもののようです」
「日本軍か? この辺に空母が展開するとは聞いてないが」
「さ、さあ……」
ゲバラは地上に出てそれを目視で確認してみることにした。その翼には日の丸が描かれ、日本軍機であることは明らかであった。
「一体どこから……いや、それよりも、まさか奴らを狙っているのか?」
ゲバラの予想は的中した。突如として現れた日本軍機はアメリカ軍の編隊に突撃し、護衛戦闘機もろとも血祭りに上げたのである。一切の損害を出さずB29を70機は落としたその編隊は、すぐに海の方に消えてしまった。ゲバラ達はその様子を呆然と見ていることしかできなかった。
「い、一体今のは、何だったのでしょうか?」
「僕にも全く分からない。だが、あれは間違いなく、船魄が操る艦載機だった」
「ではやはり、空母がこの辺りに?」
日本軍は必ず艦隊の動向を報告してくれていた。いきなり何の通告もなしにキューバの上空を飛行するなど考えられない。
「司令官(コマンダンテ)、あれではないでしょうか……?」
「そのようだな……」
彼らの近づいてくる空母が一隻。日本軍から通告されていないばかりか、カリブ海に展開しているとすら伝えられていない空母である。その仕掛けは簡単だった。彼女は日本で建造された軍艦でありながら、日本軍には所属していなかったのである。
彼女の名前は瑞鶴。「アメリカ軍が視界に入るとムカつくから全部落とした」とのことであった。そして瑞鶴はゲバラと、物資と隠れ場所を提供するという条件で、暫しの協力関係を築いたのである。
ハバナを放棄する一方で、アメリカとは遠いキューバ南部では日本海軍の協力のお陰で制海権が維持されており、キューバ軍は攻勢に出ていた。1903年からアメリカが永久租借していたグアンタナモ米軍基地に対する総攻撃である。
援軍も補給も全く見込めず完全に孤立したアメリカ軍は攻撃開始から3日ほどで降伏し、グアンタナモ湾はキューバ人の手に戻った。しかし彼らが見たのは、見るもおぞましい光景であった。
「これは……あまりにも惨い……」
前線部隊を率いて突入したチェ・ゲバラは、何千という人々がシラミが湧く酷く不衛生な環境に収監されている納屋を発見した。多くは白人のようだったが、彼らは骨の形が露になるほど痩せこけ、虐待されたであろう痣が残っている者も少なくはなかった。
グアンタナモ基地はアメリカ合衆国の施政権下でありながらアメリカの領土ではないという特殊な環境を利用し、あらゆる法を無視した強制収容所として利用されていた。収容されていたのは共和党に歯向かった社会主義者やファシストであった。
「彼らにすぐに水と食事を与えるんだ。ただし、与える量は普通の食事を上回るな。飢餓状態の人間にあまりにも一気に食事を食べさせると、命の危険があるからね」
「ですが、我々が保有している食糧では、ここにいる全員を養えるとは……」
「少なくてもいい。いや、この場合は足りないくらいがちょうどいい。とにかく全員に分配するんだ」
元は医者であるゲバラは的確な命令を出し、収容されていた人々は適切な治療を受けることができた。そして収容されていた多くの者がキューバ軍に義勇兵として加わり、アメリカに銃口を向けることになる。
○
『民主化とは、民主主義を理解できぬクズどもを殲滅することである! 奮い立て、アメリカ人よ! 民主主義の敵を殲滅し、キューバを民主主義の光で照らすのだ!! この地上全てを民主主義で染め上げよ!!』
戦争が始まって1ヶ月、山間部に逃げ込んだゲリラに翻弄され、早くも侵攻が停滞し始めていた頃のことである。アメリカ空軍のルメイ大将は何ら躊躇うことなく、このような演説を公式に行った。アメリカ共産党やアメリカ・ファシスト党は最大の言葉で非難したが、旧民主党支持者などの右翼はルメイ大将を絶賛した。
この演説の翌日から、アメリカ軍は戦略爆撃機を多数投入し、ゲリラも民間人も区別なく大量虐殺を開始した。
○
一九五四年七月二十三日、キューバ共和国、ビジャ・クララ州。
「来ました!! B29、およそ100機!!」
「迎撃を出せ!!」
日本軍から供与された電探の性能は十分であり、アメリカ空軍の襲撃をほぼ完全に察知することができた。しかしそれを迎撃できるかはまた別問題である。
キューバ軍は日本空軍から供与された局地戦闘機「震電(ク4J1)」を主力戦闘機として運用しているが、その数は僅かに20機ばかりであった。機体はあれどキューバ人のパイロットが全く足りないのである。震電は戦略爆撃機の迎撃を主任務としたジェット戦闘機であり、性能はアメリカ軍の護衛戦闘機F-84を上回るものであったが、余りにも数が少なかった。
「迎撃部隊、帰投します」
「撃墜、34です」
「ダメだ……こんなんじゃ、全く足りない。誰も守れないじゃないか……!」
ゲバラは悔しそうに机を叩いた。彼らは既に爆撃を想定した地下壕に籠っているので安全だったが、開始された爆撃によって町は破壊され、森は焼き払われた。可能な限り南部への疎開は進めているものの、北部の人間全てを南部だけで養うことなど不可能であり、多くの人間が前線近くに残っていた。
また何百という人間が、瓦礫に押し潰され、生きたまま焼かれ、殺された。ゲバラにはそれを安全なところから見ていることしかできなかった。
しかし、その時であった。
「南方から未確認機が20ほど接近してきます。戦闘機程度のもののようです」
「日本軍か? この辺に空母が展開するとは聞いてないが」
「さ、さあ……」
ゲバラは地上に出てそれを目視で確認してみることにした。その翼には日の丸が描かれ、日本軍機であることは明らかであった。
「一体どこから……いや、それよりも、まさか奴らを狙っているのか?」
ゲバラの予想は的中した。突如として現れた日本軍機はアメリカ軍の編隊に突撃し、護衛戦闘機もろとも血祭りに上げたのである。一切の損害を出さずB29を70機は落としたその編隊は、すぐに海の方に消えてしまった。ゲバラ達はその様子を呆然と見ていることしかできなかった。
「い、一体今のは、何だったのでしょうか?」
「僕にも全く分からない。だが、あれは間違いなく、船魄が操る艦載機だった」
「ではやはり、空母がこの辺りに?」
日本軍は必ず艦隊の動向を報告してくれていた。いきなり何の通告もなしにキューバの上空を飛行するなど考えられない。
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彼らの近づいてくる空母が一隻。日本軍から通告されていないばかりか、カリブ海に展開しているとすら伝えられていない空母である。その仕掛けは簡単だった。彼女は日本で建造された軍艦でありながら、日本軍には所属していなかったのである。
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