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第三章 戦いの布告

終息

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『ねえ長門、どうする気?』
『お前が招いた状況だろうが……』
『あら、身に覚えがないわ』
『お前……。しかし、ここで妙高を解放するわけにもいかんし、参ったな……』

 長門にはどんな判断も下せなかった。第五艦隊の旗艦として妙高を解放することは論外であるが、一方で彼女を傷付けたくもない。板挟みだ。

『陸奥、お前、何か言われてないのか? さっきの命令みたいに』
『いいえ? 私が言われた特別なことは、さっきのだけよ』
『この……ん? 秘匿通信? 何だこんな時に』

 長門は苛立ちながら通信機を取った。重要度の高い通信専用の通信機である。

『こちら第五艦隊旗艦長門。そちらは?』

 雑に返事をした長門は、聞こえてきた声に恐怖することになる。

『――え。へ、へ、陛下!? ど、どど、どうして私などっ、い、いえ、その前に、ごご、ご無礼をお許しくださいっ!?』

 日本の主権者であり統治権を総攬するその人が、電話の向こう側にいた。

『――お、おお、恐れ入ります……』
『――は、はい。何なりと、お命じください』
『――そ、それは……いえ、陛下が仰るのならば、謹んで』
『――ははっ』

 長門は自分が冷や汗を真夏のように流していたことにようやく気付いた。

『どうしたの、長門? 随分と死にそうな声で話していたけど』
『聞いていたのなら分かるだろう。第五艦隊全艦に告ぐ! 我々は航行不能となった高雄を置き、鎮守府へ撤退する。これは勅命なのだ! 意見することは許さん!』
『勅命? だが長門、まだ高雄は――』
『勅命が下されたのである! 全艦、私に続き撤退せよ!』
『勅命なれば、仕方なし』
『峯風、従おう?』
『…………分かった』

 第五艦隊は高雄と妙高を残して撤退した。結局、みんなを助けると息巻いて、助け出せたのは高雄ただ一人であった。

 ○

「ん? 私に通信?」

 第五艦隊が撤退する中、瑞鶴に何者からか通信の要請があった。別に誰が相手でも不利益はないので、瑞鶴は要請に応じた。

『そなた、真に瑞鶴か?』
「あなた信濃ね。ええ、私は瑞鶴」
『であれば、教えて欲しい。我の姉さまは、大和はどうなったか。そなたは大和を最もよく知る船魄のはず』
「……そうね。ええ、私は知っている。大和がどうなったか」
『であれば!』
「ふふ。大和は私の手の内にあるわ。それしか教えてあげない」
『何? 待て――』

 瑞鶴は意地悪に信濃からの通信を断ち切った。

 ○

「――高雄、妙高のわがままに巻き込んで、ごめんね」

 妙高は今日に至る一部始終を説明し終えた。真実を知ってしまった高雄はもう、第五艦隊に戻ることはできないだろう。

「いいんです。あなたとまた会えたから、私には十分です」
「もう日本に戻ることはできないよ。それでも、いい?」
「はい。状況は理解しました。この現状を、見過ごすわけにはいきませんから」
『妙高、離脱するわよ。とりあえずキューバに戻るわ』
『命じるのは我だ。お前達、戻るぞ』
「は、はい。高雄、行こう!」
「ええ、参りましょう。もう二度と離しません」

 エンタープライズはいつの間にか消えていた。妙高、高雄、瑞鶴、ツェッペリンの四隻は補給と整備のため、一路キューバを目指す。国家の管轄から外れた船魄は全ての国の敵だ。その前途は辛く厳しいものになるだろう。だが、もう後戻りはできない。
 
 ○

 時に一九三七年、満洲国ハルビン市。

 満州事変によって建国された日本の傀儡政権、満州国。日本でも中国でもないこの国は、日本が様々な表に出してはいけないことをするのに都合がいい場所であった。

「――何と、本当に航空機を思念だけで動かしているというのか」
「はい、石原さん。これが私の研究です」

 岡本平八技術中尉は、満州事変の首謀者の一人、陸軍の異端児と呼ばれる天才肌の軍人、関東軍参謀副長石原莞爾少将にそれを実演していた。独特の世界戦略と思想を持つ石原少将は陸軍内に少なからぬ信奉者を抱えており、彼らは『満洲派』と自称している。

 岡本中尉は頭に奇妙な形をしたヘルメットを被り、それが拾った彼の脳波が、遥か彼方の偵察機を操っているのである。後に船魄と呼ばれる技術の嚆矢となる発明だった。

「では、そろそろ着陸させましょう。私もなかなか疲れてきたので」

 岡本中尉は偵察機を着陸させた。

「一体どういう技術を使っているんだ?」
「基本的な原理は、所謂テレパシーです。テレパシーの仕組み自体は未だ人類の知るところではありませんが、それを活用することは可能です」

 人類は重力がどうして生じるのかを未だに知らないが、それをあらゆる用途で活用している。技術とはつまるところそのようなものなのだ。

「なるほど……。つまり機械がテレパシーを受け取ることができるということか?」
「いいえ、それはできません。テレパシーは人間の脳と脳の間だけでしか成立しません」
「では、あの偵察機は……」

 石原副長は何かを察した。

「ご覧になった方が早いでしょう。こちらを」

 岡本中尉は偵察機に乗り込む。その操縦席にはちゃぶ台くらいの大きさの機械が詰め込まれていた。そしてその機械の蓋を開けると、ピンク色で不気味に光を反射する物体が姿を現した。

「人間の脳、か」
「はい。人間の脳を制御装置として使っています。まあ、我々には沢山の『素材』がありますので」
「石井部隊か。しかし、これは戦争を変えるぞ。これを大量に生産し、大量の航空機を動かすことができれば、アメリカは敵ではない」
「はい。しかしまだまだ実用的とは言い難いものです。私がこれで操れるのは3機が限度。それではとても戦力にはなりません。大量の艦載機を同時に操るには巨大な制御装置が必要になります。それを操る人間にもそれなりの改造を行う必要があるかもしれません」
「それで資金援助が欲しいのか」
「ええ、まあ。この研究こそ、日本の未来を切り開く鍵となるのです。どうかご支援を」
「いいだろう。帝国がアジアを統一した暁には、アメリカとの最終戦争になる。その時にこの技術があれば、帝国の勝利は決定的となるだろう。東條上等兵には私から話しておく。任せておけ」

 関東軍参謀長の東條英機中将のことである。

「参謀長を上等兵とは……。いや、ありがとうございます」

 元は航空機を操るための技術。それがやがて艦を操る技術へと発展していくことになる。その研究に大量の命を費やしながら。
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