67 / 386
第三章 戦いの布告
終息
しおりを挟む
『ねえ長門、どうする気?』
『お前が招いた状況だろうが……』
『あら、身に覚えがないわ』
『お前……。しかし、ここで妙高を解放するわけにもいかんし、参ったな……』
長門にはどんな判断も下せなかった。第五艦隊の旗艦として妙高を解放することは論外であるが、一方で彼女を傷付けたくもない。板挟みだ。
『陸奥、お前、何か言われてないのか? さっきの命令みたいに』
『いいえ? 私が言われた特別なことは、さっきのだけよ』
『この……ん? 秘匿通信? 何だこんな時に』
長門は苛立ちながら通信機を取った。重要度の高い通信専用の通信機である。
『こちら第五艦隊旗艦長門。そちらは?』
雑に返事をした長門は、聞こえてきた声に恐怖することになる。
『――え。へ、へ、陛下!? ど、どど、どうして私などっ、い、いえ、その前に、ごご、ご無礼をお許しくださいっ!?』
日本の主権者であり統治権を総攬するその人が、電話の向こう側にいた。
『――お、おお、恐れ入ります……』
『――は、はい。何なりと、お命じください』
『――そ、それは……いえ、陛下が仰るのならば、謹んで』
『――ははっ』
長門は自分が冷や汗を真夏のように流していたことにようやく気付いた。
『どうしたの、長門? 随分と死にそうな声で話していたけど』
『聞いていたのなら分かるだろう。第五艦隊全艦に告ぐ! 我々は航行不能となった高雄を置き、鎮守府へ撤退する。これは勅命なのだ! 意見することは許さん!』
『勅命? だが長門、まだ高雄は――』
『勅命が下されたのである! 全艦、私に続き撤退せよ!』
『勅命なれば、仕方なし』
『峯風、従おう?』
『…………分かった』
第五艦隊は高雄と妙高を残して撤退した。結局、みんなを助けると息巻いて、助け出せたのは高雄ただ一人であった。
○
「ん? 私に通信?」
第五艦隊が撤退する中、瑞鶴に何者からか通信の要請があった。別に誰が相手でも不利益はないので、瑞鶴は要請に応じた。
『そなた、真に瑞鶴か?』
「あなた信濃ね。ええ、私は瑞鶴」
『であれば、教えて欲しい。我の姉さまは、大和はどうなったか。そなたは大和を最もよく知る船魄のはず』
「……そうね。ええ、私は知っている。大和がどうなったか」
『であれば!』
「ふふ。大和は私の手の内にあるわ。それしか教えてあげない」
『何? 待て――』
瑞鶴は意地悪に信濃からの通信を断ち切った。
○
「――高雄、妙高のわがままに巻き込んで、ごめんね」
妙高は今日に至る一部始終を説明し終えた。真実を知ってしまった高雄はもう、第五艦隊に戻ることはできないだろう。
「いいんです。あなたとまた会えたから、私には十分です」
「もう日本に戻ることはできないよ。それでも、いい?」
「はい。状況は理解しました。この現状を、見過ごすわけにはいきませんから」
『妙高、離脱するわよ。とりあえずキューバに戻るわ』
『命じるのは我だ。お前達、戻るぞ』
「は、はい。高雄、行こう!」
「ええ、参りましょう。もう二度と離しません」
エンタープライズはいつの間にか消えていた。妙高、高雄、瑞鶴、ツェッペリンの四隻は補給と整備のため、一路キューバを目指す。国家の管轄から外れた船魄は全ての国の敵だ。その前途は辛く厳しいものになるだろう。だが、もう後戻りはできない。
○
時に一九三七年、満洲国ハルビン市。
満州事変によって建国された日本の傀儡政権、満州国。日本でも中国でもないこの国は、日本が様々な表に出してはいけないことをするのに都合がいい場所であった。
「――何と、本当に航空機を思念だけで動かしているというのか」
「はい、石原さん。これが私の研究です」
岡本平八技術中尉は、満州事変の首謀者の一人、陸軍の異端児と呼ばれる天才肌の軍人、関東軍参謀副長石原莞爾少将にそれを実演していた。独特の世界戦略と思想を持つ石原少将は陸軍内に少なからぬ信奉者を抱えており、彼らは『満洲派』と自称している。
岡本中尉は頭に奇妙な形をしたヘルメットを被り、それが拾った彼の脳波が、遥か彼方の偵察機を操っているのである。後に船魄と呼ばれる技術の嚆矢となる発明だった。
「では、そろそろ着陸させましょう。私もなかなか疲れてきたので」
岡本中尉は偵察機を着陸させた。
「一体どういう技術を使っているんだ?」
「基本的な原理は、所謂テレパシーです。テレパシーの仕組み自体は未だ人類の知るところではありませんが、それを活用することは可能です」
人類は重力がどうして生じるのかを未だに知らないが、それをあらゆる用途で活用している。技術とはつまるところそのようなものなのだ。
「なるほど……。つまり機械がテレパシーを受け取ることができるということか?」
「いいえ、それはできません。テレパシーは人間の脳と脳の間だけでしか成立しません」
「では、あの偵察機は……」
石原副長は何かを察した。
「ご覧になった方が早いでしょう。こちらを」
岡本中尉は偵察機に乗り込む。その操縦席にはちゃぶ台くらいの大きさの機械が詰め込まれていた。そしてその機械の蓋を開けると、ピンク色で不気味に光を反射する物体が姿を現した。
「人間の脳、か」
「はい。人間の脳を制御装置として使っています。まあ、我々には沢山の『素材』がありますので」
「石井部隊か。しかし、これは戦争を変えるぞ。これを大量に生産し、大量の航空機を動かすことができれば、アメリカは敵ではない」
「はい。しかしまだまだ実用的とは言い難いものです。私がこれで操れるのは3機が限度。それではとても戦力にはなりません。大量の艦載機を同時に操るには巨大な制御装置が必要になります。それを操る人間にもそれなりの改造を行う必要があるかもしれません」
「それで資金援助が欲しいのか」
「ええ、まあ。この研究こそ、日本の未来を切り開く鍵となるのです。どうかご支援を」
「いいだろう。帝国がアジアを統一した暁には、アメリカとの最終戦争になる。その時にこの技術があれば、帝国の勝利は決定的となるだろう。東條上等兵には私から話しておく。任せておけ」
関東軍参謀長の東條英機中将のことである。
「参謀長を上等兵とは……。いや、ありがとうございます」
元は航空機を操るための技術。それがやがて艦を操る技術へと発展していくことになる。その研究に大量の命を費やしながら。
『お前が招いた状況だろうが……』
『あら、身に覚えがないわ』
『お前……。しかし、ここで妙高を解放するわけにもいかんし、参ったな……』
長門にはどんな判断も下せなかった。第五艦隊の旗艦として妙高を解放することは論外であるが、一方で彼女を傷付けたくもない。板挟みだ。
『陸奥、お前、何か言われてないのか? さっきの命令みたいに』
『いいえ? 私が言われた特別なことは、さっきのだけよ』
『この……ん? 秘匿通信? 何だこんな時に』
長門は苛立ちながら通信機を取った。重要度の高い通信専用の通信機である。
『こちら第五艦隊旗艦長門。そちらは?』
雑に返事をした長門は、聞こえてきた声に恐怖することになる。
『――え。へ、へ、陛下!? ど、どど、どうして私などっ、い、いえ、その前に、ごご、ご無礼をお許しくださいっ!?』
日本の主権者であり統治権を総攬するその人が、電話の向こう側にいた。
『――お、おお、恐れ入ります……』
『――は、はい。何なりと、お命じください』
『――そ、それは……いえ、陛下が仰るのならば、謹んで』
『――ははっ』
長門は自分が冷や汗を真夏のように流していたことにようやく気付いた。
『どうしたの、長門? 随分と死にそうな声で話していたけど』
『聞いていたのなら分かるだろう。第五艦隊全艦に告ぐ! 我々は航行不能となった高雄を置き、鎮守府へ撤退する。これは勅命なのだ! 意見することは許さん!』
『勅命? だが長門、まだ高雄は――』
『勅命が下されたのである! 全艦、私に続き撤退せよ!』
『勅命なれば、仕方なし』
『峯風、従おう?』
『…………分かった』
第五艦隊は高雄と妙高を残して撤退した。結局、みんなを助けると息巻いて、助け出せたのは高雄ただ一人であった。
○
「ん? 私に通信?」
第五艦隊が撤退する中、瑞鶴に何者からか通信の要請があった。別に誰が相手でも不利益はないので、瑞鶴は要請に応じた。
『そなた、真に瑞鶴か?』
「あなた信濃ね。ええ、私は瑞鶴」
『であれば、教えて欲しい。我の姉さまは、大和はどうなったか。そなたは大和を最もよく知る船魄のはず』
「……そうね。ええ、私は知っている。大和がどうなったか」
『であれば!』
「ふふ。大和は私の手の内にあるわ。それしか教えてあげない」
『何? 待て――』
瑞鶴は意地悪に信濃からの通信を断ち切った。
○
「――高雄、妙高のわがままに巻き込んで、ごめんね」
妙高は今日に至る一部始終を説明し終えた。真実を知ってしまった高雄はもう、第五艦隊に戻ることはできないだろう。
「いいんです。あなたとまた会えたから、私には十分です」
「もう日本に戻ることはできないよ。それでも、いい?」
「はい。状況は理解しました。この現状を、見過ごすわけにはいきませんから」
『妙高、離脱するわよ。とりあえずキューバに戻るわ』
『命じるのは我だ。お前達、戻るぞ』
「は、はい。高雄、行こう!」
「ええ、参りましょう。もう二度と離しません」
エンタープライズはいつの間にか消えていた。妙高、高雄、瑞鶴、ツェッペリンの四隻は補給と整備のため、一路キューバを目指す。国家の管轄から外れた船魄は全ての国の敵だ。その前途は辛く厳しいものになるだろう。だが、もう後戻りはできない。
○
時に一九三七年、満洲国ハルビン市。
満州事変によって建国された日本の傀儡政権、満州国。日本でも中国でもないこの国は、日本が様々な表に出してはいけないことをするのに都合がいい場所であった。
「――何と、本当に航空機を思念だけで動かしているというのか」
「はい、石原さん。これが私の研究です」
岡本平八技術中尉は、満州事変の首謀者の一人、陸軍の異端児と呼ばれる天才肌の軍人、関東軍参謀副長石原莞爾少将にそれを実演していた。独特の世界戦略と思想を持つ石原少将は陸軍内に少なからぬ信奉者を抱えており、彼らは『満洲派』と自称している。
岡本中尉は頭に奇妙な形をしたヘルメットを被り、それが拾った彼の脳波が、遥か彼方の偵察機を操っているのである。後に船魄と呼ばれる技術の嚆矢となる発明だった。
「では、そろそろ着陸させましょう。私もなかなか疲れてきたので」
岡本中尉は偵察機を着陸させた。
「一体どういう技術を使っているんだ?」
「基本的な原理は、所謂テレパシーです。テレパシーの仕組み自体は未だ人類の知るところではありませんが、それを活用することは可能です」
人類は重力がどうして生じるのかを未だに知らないが、それをあらゆる用途で活用している。技術とはつまるところそのようなものなのだ。
「なるほど……。つまり機械がテレパシーを受け取ることができるということか?」
「いいえ、それはできません。テレパシーは人間の脳と脳の間だけでしか成立しません」
「では、あの偵察機は……」
石原副長は何かを察した。
「ご覧になった方が早いでしょう。こちらを」
岡本中尉は偵察機に乗り込む。その操縦席にはちゃぶ台くらいの大きさの機械が詰め込まれていた。そしてその機械の蓋を開けると、ピンク色で不気味に光を反射する物体が姿を現した。
「人間の脳、か」
「はい。人間の脳を制御装置として使っています。まあ、我々には沢山の『素材』がありますので」
「石井部隊か。しかし、これは戦争を変えるぞ。これを大量に生産し、大量の航空機を動かすことができれば、アメリカは敵ではない」
「はい。しかしまだまだ実用的とは言い難いものです。私がこれで操れるのは3機が限度。それではとても戦力にはなりません。大量の艦載機を同時に操るには巨大な制御装置が必要になります。それを操る人間にもそれなりの改造を行う必要があるかもしれません」
「それで資金援助が欲しいのか」
「ええ、まあ。この研究こそ、日本の未来を切り開く鍵となるのです。どうかご支援を」
「いいだろう。帝国がアジアを統一した暁には、アメリカとの最終戦争になる。その時にこの技術があれば、帝国の勝利は決定的となるだろう。東條上等兵には私から話しておく。任せておけ」
関東軍参謀長の東條英機中将のことである。
「参謀長を上等兵とは……。いや、ありがとうございます」
元は航空機を操るための技術。それがやがて艦を操る技術へと発展していくことになる。その研究に大量の命を費やしながら。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる