上 下
66 / 353
第三章 戦いの布告

突撃

しおりを挟む
「た、高雄……こんなに接近しても、妙高のことが、分からないなんて……」

 同じ重巡洋艦からの砲撃は強烈だった。吐き気を催すほどの痛みに耐え、手足を震わせながら、それでも妙高は彼女に近づこうとする。

『言ったでしょう? 長年かけて培われた洗脳技術は本物よ。どうする?』
「い、言った通りです。高雄に、乗り込みます」
『だったらあいつの砲塔でも破壊しなさい。あなたの方が先に死ぬわよ』
「で、ですが、できません。友達を、撃つなんて……」
『その友達は、あんたのことを敵だと思っているのよ! 躊躇ってたら――』
「それじゃあダメなんです! 妙高は、妙高は――うっ……」
『この馬鹿。勝手にやればいいわ』

 そう言いつつ、瑞鶴の颶風は高雄の上空で演技飛行のように飛び回り、その注意を最大限に引いていた。何故か沈黙した長門と陸奥と、対空砲火に忙しい峯風と涼月、今や高雄と妙高の間を阻む者は存在しない。

 ○

「げ、激突します!?」
『何をやってる! 高雄、回避しろ、回避!』
「だ、ダメです、間に合わな――うぐ……」

 妙高は高雄にぶつかる勢いで突進し、直前で回頭して高雄に横付けする形となった。そしてこの時のために特別に用意したフックを高雄に射出し、彼女と自分を固定した。

「う、動けない……まさか、私を鹵獲するために? しかしこれでは相手も……」
『ちょっと待ってろ、高雄。すぐ助け――クソッ、邪魔だっ!』

 峯風は高雄の救援に入ろうとするが、瑞鶴が爆弾を落として妨害する。妙高は艦橋を降り、高雄に単身で乗り込んだ。

「こ、これは……戦場で艦の外に出るなんて初めて……」

 銃弾と爆弾と砲弾の飛び交う戦場。船魄が、というより生身の人間が身を晒すには余りにも危険な環境だ。だが妙高に立ち止まるという選択肢はなかった。妙高は高雄に飛び移り、艦橋を目指して真っ直ぐ駆け出した。 

「か、艦内に侵入者!? ど、どど、どうすれば……」

 こういうこともあろうかと、船魄は艦内に存在する人間を探知することができる。とは言え実際にそんなことが起こるとは想定されておらず、ロクな訓練も行われていなかった。

「ええと、拳銃……拳銃はこれで、ひっ!?」

 背後で階段を上る足音が聞こえた。高雄は反射的に八式拳銃を扉に向けて撃っていた。扉に大穴が開いて、硝煙が立ち込める。

「わ、私、今、人を撃って……あっ」

 扉はゆっくりと開いた。その向こうには白い着物を着た狐耳の、よく見覚えのある少女が立っていた。

「え……? 妙高……? 妙高、なんですか……?」
「うん、そうだよ。私は妙高。いきなり撃たれるとは思わなかったけど……」
「ご、ごめんなさい! まさかあなただとは思わなくて……」
「大丈夫だよ。妙高は無傷だから」
「あ、ああ……よかった、です。本当に、よかった……」

 高雄は何が何だか分からなかったが、自然と涙が溢れていた。そして妙高を抱き寄せると、その唇を奪った。妙高は予想だにしない出来事に、顔を真っ赤に染めた。

「んむっ――た、高雄!?」
「どうか気にしないでください。今は」
「う、うん、分かった」
「しかし、この状況は、一体何がどうなって……」
「その説明は、ちょっと後になるかも」
 その時、通信機が激しく音を上げる。
『高雄! どうした! 大丈夫か!?』
「え、ええ、峯風。私は大丈夫です。それよりも――」
『今からそいつを魚雷で沈める。そこで動くなよ!』
「え、ちょ、待ってください! 撃たないで!」
『は? どうしたんだ急に。心配するな。この私が狙いを外すことなど――』
「そういう話じゃないんです! だから、その……」

 いきなり妙高が生き返ったと言っても信じてくれないだろう。それに先程まで高雄ですら妙高のことを妙高と認識できていなかったのだ。

「仕方ないよ。みんなには私が敵に見えている。だから、こうなることも分かってた」

 高雄の洗脳は解かれ、妙高の目的は果たされた。ここで死んでも一向に構わない。

「で、ですが……そうだ! 妙高が通信に出てくれれば――」

 と、その時だった。通信機から弱弱しく幼い少女の声が聞こえる。

『峯風、撃たないで……』
『涼月? どうしてだ?』
『撃たない方がいい、気がする……。きっと、撃たない方がいい』
『そんな曖昧な――』
『う、撃たないで! とにかく、今は』
「涼月ちゃんの叫び声だ……」

 滅多に聞くことのない、というか妙高は一度も聞いたことのない、涼月の芯の通った声。そんな訴えに峯風も折れた。

『……分かった。お前が言うのなら』

 かくして戦場は沈黙した。しかし妙高は第五艦隊のど真ん中にあり、戦いはまだ終わってなどいない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

処理中です...