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第三章 戦いの布告

プリンツ・オイゲン

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「み、未確認艦の大きさは、200メートル前後。重巡洋艦かと、思われます」

 艦載機を飛ばすと相手を刺激しかねないからと、妙高は目視で敵を偵察させられていた。第五艦隊を思いっきり襲撃していた船魄のものとは思えない判断である。

『ふーん、重巡洋艦ね。周囲に他の艦は?』
「い、いえ、一隻だけのようです」
『一隻で我らに挑もうとは愚か者め。今すぐ灰燼にしてくれよう』
『敵だと決まった訳でもないでしょ。それに、ここまで近づいてきて攻撃して来ないのなら、少なくとも敵ではない』

 重巡洋艦クラスの主砲でも十分水平線の向こうまで届く。妙高が目視で未確認艦を確認できているということは、敵対する意思がないということだ。瑞鶴はそう判断すると、早速無線で呼びかけてみた。

『ここは戦場よ。近づくことはお勧めしないわ』

 瑞鶴の言葉に対し応答してきたのは、挑発的な少女の声であった。

『ええ、もちろん分かっているわ、瑞鶴さん』
『……私達が狙い? あんたは誰?』
『私はアトミラール・ヒッパー級重巡洋艦三番艦、プリンツ・オイゲン。あなた達面白そうだから、ちょっと会いに来たの。せっかくだからお話しましょう? 港に上がってもいいかしら?』
『……ええ、構わないわ』

 相手はドイツの船魄である。下手に扱ってドイツに喧嘩を売るような事態は避けたいと考えた瑞鶴は、プリンツ・オイゲンの要求を受け入れた。とは言え、すぐ側に妙高を配置して何かあったら直ちに撃沈できるようにしているが。

 船魄達は艦から降りて顔を合わせたが、グラーフ・ツェッペリンは顔を出さなかかった。まあドイツの船魄相手なら当然だろう。

「は、羽が……」

 姿を現した金髪碧眼の少女に、妙高は恐怖とも嫌悪感とも言える感情を持った。黒い軍服の背中から伸びた白い羽には明らかに人間の血と思われるものがそこらに付着し、中には手形のような形をしたものもあった。

「あんたがプリンツ・オイゲン?」
「ええ、そうよ。初めまして、瑞鶴。そっちの子は誰かしら?」
「わ、私は妙高といいます。つい先日、その、帝国海軍から離脱しました」
「へぇ、仲間が増えたの。よかったじゃない」

 何か親しげに話しているが、瑞鶴はプリンツ・オイゲンのことなど名前くらいしか聞いたことがない。

「あんた、私のこと知ってるの?」
「もちろん。世界初の船舶のことなら、知らない訳がないでしょう?」
「……まあいい」

 瑞鶴は聞いても無駄だと悟った。

「で、何しに来たの? 事と次第によってはあなたを殺すけど」
「ふふ、物騒なことを言わないで欲しいわ。私はドイツ海軍の使者として来ただけよ」
「本当?」

 とても交渉人に相応しい人事とは思えなかったが、プリンツ・オイゲンは当たり前のように「もちろん」と肯定した。

「じゃあ、目的は?」
「あなた達に伝えに来たの。ドイツ海軍は今のところ、あなた達に手を出すつもりはないとね」
「あ、そう。それはありがたい話ね。私達も最初からドイツと敵対する気はないし」

 ドイツからそう持ちかけてくるのなら、グラーフ・ツェッペリンが仲間にいることを知らないのだろう。瑞鶴はそう思ったが、ドイツがそんな見落としをするはずもなかった。

「ところで、グラーフ・ツェッペリンはどこにいるの?」
「ツェッペリンがいるって知ってて来たの?」
「あら、鎌を掛けただけだったのだけれど」
「……ツェッペリンならその辺にいるわ。呼んでくるから待ってて。妙高、そいつ見張ってて」
「は、はい!」

 妙高はプリンツ・オイゲンと二人きりにされてしまった。念の為に懐の拳銃に手を伸ばしつつ、オイゲンを見張る。しかし彼女は妙高が緊張しているのも銃に手を掛けているのもお見通しのようだった。

「あなた、少しは気を緩めたら? あなた達に危害を加えたいのならこんな所まで来ないわよ」
「そ、そうですね……」

 そんなことを言われたら余計に気が張るだけであった。

「ふふっ、とても軍人とは思えない子ね」
「そ、その翼に付いた血は、何なのですか?」
「さあ、何かしら」
「殺した敵の血でも、記念に付けているんですか?」
「だったら何? 何か問題でも?」
「別に問題はないですけど……」

 やはりプリンツ・オイゲンは異常だ。妙高は警戒を緩める気になどなれない。そうこうしているうちに、瑞鶴がツェッペリンを連れてきた。ツェッペリンは非常に面倒臭そうな顔をして、溜息を吐きながらプリンツ・オイゲンの前に立った。

「お久しぶりね、グラーフ・ツェッペリン」
「貴様とはほとんど話したこともないと思うが。何をしに来た?」
「瑞鶴から聞いてないの? 私はただあなた達に――」
「我を捨て置くとでも? そんな言葉を信じられる訳がなかろう」

 ツェッペリンは瑞鶴同様ドイツにとって貴重な戦力であるし、空母の少ないドイツ海軍にとってその重要度は瑞鶴のそれより高いだろう。ツェッペリンを放置するなどあり得ないのだ。故にツェッペリンはオイゲンの真意を探るべく、彼女の眉間にマウザーC96の銃口を向けた。

「ツェッペリンさん!?」
「さあ話せ。何が目的だ?」
「そんな脅しが私に通じるとでも?」
「んなっ……」

 オイゲンは脅迫に動じることなく、それどころか銃口を自らの額に押し当てたのである。ツェッペリンの方が逆に動揺させられてしまった。

「し、死にたいのか、貴様は?」
「まさか。この程度で私は死なないわ」
「お、おい!?」

 オイゲンは自ら引き金に指を掛け、躊躇なく自分の頭に銃口がくっついている銃の引き金を引いた。だが、銃弾は放たれなかった。

「な、何? どうして弾が出ない」
「私、幸運の女神に愛されているの。私に向かって銃を撃とうとすれば、銃の方が壊れるわ」
「弾詰まりしているだけだ。壊れてはいない」
「あらそう。まあどっちでも構わないわ。本題に戻るけど、私はあなたに大して興味はないわ」
「何だと?」

 自分が軽んじられたことにツェッペリンは反射的に突っかかった。だがプリンツ・オイゲンは特に気にも留めなかった。

「私は嘘は嫌いよ。最初に言った通り、ドイツ海軍の、まあ正確に言えば大洋艦隊の意思を伝えに来ただけ」
「ビスマルクの意思だとでも言うのか?」
「ええそうよ。もうあなたは旧式艦だし、わざわざ危険を冒して対立する必要はないってね」
「あやつの方が旧式のクセにか?」
「ツェッペリンさん落ち着いてください……」

  自分が馬鹿にされると話題などそっちのけにしてしまうツェッペリンを、妙高は何とか落ち着かせた。

「ま、とにかく、あなた達が懸命な判断を下すことに期待しているわ」
「言われなくてもそうするわ」

 瑞鶴は積極的に人間と対立したい訳ではない。ドイツが中立でいてくれるのならばそれが最善である。プリンツ・オイゲンは去り、そして第五艦隊への襲撃作戦が開始される。
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