上 下
48 / 407
第三章 戦いの布告

救出作戦

しおりを挟む
「逆に聞くけど、あなたは敵の本当の姿が見えたのよね?」
「は、はい」

 アイギスという得体のしれない存在に見えていた敵が、あの時突然、人間の空母や戦艦に見えたのだ。

「それはどうして?」
「どうして、ですか……。思い出してみると、あなたの魚雷に当たった直後ですね」
「やっぱりね。そもそも船魄への洗脳は、船魄を製造する技術の応用。艦が激しく損傷して激しいショックがあったら、偶発的に不具合を起こすことがある」

 激しい精神へのダメージが結果的に洗脳を打ち破ることになったということだ。

「どう? 第五艦隊を沈まない程度に雷撃してみる?」

 瑞鶴はからかうように言った。その返事は簡単に予想できるからだ。

「だ、ダメです! そんなこと、できません……」
「そう言うと思った。でも、だったらどうするの? 多分だけど、もう第五艦隊はあなたのことを敵だと認識している。説得なんて通じないのよ?」
「うぅ……」

 妙高はつい先日まで敵が人類を脅かすアイギスであると疑いもしなかった。だから自分がそう認識されているのなら、洗脳を解くのは容易ではないだろう。

「で、でも、妙高は説得、試したいです! こっちから話しかけることができたら、もしかしたら、何か、変わるかも……」
「楽観論ね。大体、どうやって話しかけるって言うの?」
「それは……直接相手の艦に乗り込む、とか?」
「ふっ、相手は艦隊なのよ。重巡洋艦に過ぎないあなたが肉薄できるとでも?」
「だ、だから瑞鶴さんに助太刀をお願いしたんです! 瑞鶴さんならきっと、その隙くらいは作れるのではありませんか?」
「ほう? 言うじゃない」
「別に、いいんですよ、手伝ってくれなくても。その時は妙高が勝手に沈むだけです」

 ――妙高は何ということを言ってるんでしょうか……

 瑞鶴が自分を味方につけたいことを見越して、自分を人質にして協力を迫っているのである。自分でも驚くくらい強気な態度だ。そして瑞鶴は、彼女の強い意志を読み取った。きっとこれについては押しても引いても曲がらないだろうと。

「分かった分かった。手を貸してあげる。但し、その後は私達に手を貸してもらうわよ」
「分かっています。この一回だけ、妙高に手を貸してくだされば、それで」
 真実を知ってしまった者は嘘に従ってはいられないのである。

 ○


 一九五五年四月九日、東京都麹町区、皇宮明治宮殿。

 瑞鶴の出現は日本の上層部にもたちまち伝わっていた。急遽開かれた大本営政府連絡会議には、船魄という技術を開発した張本人、岡本平八技術中将も召喚されている。彼の現在の役職は海軍艦政本部第八部長で、第八部というのは船魄技術の研究を担当する部署である。

「岡本君、長年行方不明だった瑞鶴が、カリブ海に姿を現したそうじゃないか」
「ええ。そのようですね、石橋首相」
「ナ号作戦の為に長門をはじめとする最精鋭の艦隊を集めていたんだろう?」
「はい。我が国でも特に経験豊富な船魄が第五艦隊には集っていましたね」
「それがたった一隻のために撤退せざるを得なくなったのだな? にわかには信じ難いのだが」
「それも仕方ないでしょう。瑞鶴はこの世界で最も古く、そして最も強い船魄です。船魄の強さは概ね年功序列ですから」

 一人で一個艦隊を翻弄するような船魄が戦場を誰の統制も受けずにうろついていというのは、あまりにも大きな不確定要素である。

「あれは君が最初に手掛けた船魄だろう。どうにかできないのかね?」
「はい。彼女は私の娘のような存在です。彼女については私が一番よく知っております」
「ふむ。具体的にはどうすればいい」
「彼女は私の娘。そしてとうの昔に親元を離れています。私にできることなど、何もありませんよ」

 岡本中将は御前会議でも全くふざけていた。だが言っていることは嘘ではない。

「ふざけないでくれ」
「ふざけてなどいませんよ。それに、私はそもそも所詮はただの技術屋。戦術についてはからっきしなものでして。それを聞くなら軍令部の神様に聞けばよろしいのでは?」
「どの口が言うのだか。だが、だったら艦隊を増派するまでだね」
「カリブ海に追加で送れる艦隊などありましたか? 一応言っておきますが、本土防衛の第一艦隊はまだ不安定です。政治的にも本土を空白にするのは好ましくない。安易に動かすことはよろしくないのでは?」

 帝国海軍の艦隊のほとんどは大東亜連盟防衛の為にドイツ海軍などと睨み合う仕事で忙しく、そう簡単に配置を換えることはできない。世界に手を広げ過ぎた弊害である。

「そうじゃない。ソ連海軍に手柄を分けてやるだけだよ」
「ほう。ソ連と言えば、スターリンの遺児ですか。日ソ同盟が初めてマトモに機能するのが見れるのでしょうかね」

 今回はソ連に借りを作る形にはなるが、それくらいは安いものだと、石橋首相は判断した。

「しかし、これまで瑞鶴はどうやって生き延びて来たんだ? 岡本君、君はどう思う?」
「少なくとも船魄に関する知識を持った技術者と、船魄を整備できるだけの設備が必要でしょう。戦闘を行うとなれば、艦そのものや艦載機を整備できる人間も必要です」 
「そういう人間を瑞鶴が手に入れたと?」
「そうとしか考えられません。人間の協力者、それも積極的に彼女を支援する者がいなければ、船魄が生きていくことは不可能です」
「ならば、誰が手を貸しているのかな?」
「私に聞かれても困ります。人間になど興味はありませんので」

 石橋首相は一言「そうかね」とだけ応え、緊張した空気の中、この話題は一旦打ち切りとなった。岡本中将はさっさと明治宮殿を退出した。

 ○


 一九五五年、五月二十二日、キューバ、グアンタナモ基地。

「ゲバラさん、ここ一ヶ月ほど、ありがとうございました」
「いいんだよ、妙高。真の革命家というのは、世界のどこかで誰かが被る不正を心の底から悲しむことができる者だと、常々言っているからね。僕自身もそうでなくては」
「な、なるほど……」

 チェ・ゲバラ率いるキューバ軍の一部隊に匿われて一ヶ月ほど。妙高は瑞鶴の助けを受けて修理を済ませ、すっかり出撃できる状態に回復していた。明らかにキューバ軍の能力を超えている気もするが、妙高は気にしないことにした。

「調子はどうかしら?」
「はい、調子はばっちりです!」
「そう。第五艦隊が単独で行動している時は、こっちで調べておくわ。その時になったら出撃しましょう」
「あ、ありがとうございます……そこまでして頂いて」
「いいのよ。私もここ十年くらい、マトモな船魄と話してなかったから、話し相手になってくれたお礼よ」

 瑞鶴も妙高を味方に引き入れたいからだけで動いている訳ではない。妙高にそれなりの好感を持っていたのだ。

「それで、その時というのは、いつくらいになりそうなんですか?」
「さあね。そんな遠くの計画までは調べられないから、直前にならないと分からないわ」
「そ、そうですよね」
「まあその間は訓練でもしておくことね」
「それは……もしかして、瑞鶴さんに教えてもらえるということでしょうか!?」

 妙高は瑞鶴への恨みなどすっかり忘れ、興奮した様子で。長門より古株の、それどころかこの世界で最古の船魄。それに会えたというのは感動である。

「え、ああ……まあ、それもいいけど。どうせ暇だし。でも私は空母だし、あまり教えられることはないと思うけど」
「それでも、お願いします!」

 結局、暇をしている間、妙高は瑞鶴の指導を受けることになった。空母と重巡洋艦では戦いの勝手があまりにも違い、瑞鶴にできることといったら艦載機を飛ばして妙高の対空戦闘の練習に付き合うくらいなものであったが。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

処理中です...