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第三章 戦いの布告
エル・チェ
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妙高は少し煙草臭いに目覚めた。土の上に寝かされているようだった。鳥の声が聞こえる。何人かがひそひそと話す声も。
「ん…………私、は…………」
「おお、起きたかい」
目の前に座っているのは髭もじゃだが精悍な男。煙草臭いのは彼のようだ。だが妙高のことを本気で心配そうな目で見つめてくれる彼は、少なくとも悪い人間ではなさそうである。
「あのー、あなたは……」
「チェ。エルネスト・ゲバラだ。君は?」
この男、チェ・ゲバラはどう見ても日本人ではないのだが、何故か普通に話すことができた。目の前にいればどんな言語でも翻訳できるという、船魄のおまけ能力の一つである。
「私は、妙高と言います。ですが、これは一体、何が……」
「記憶が混濁しているのか。まあ無理はないよ。かなり衰弱していたからね。で、聞くまでもないかもしれないけど、君は日本軍の船魄なのかい?」
本来ならばを誰とも知れない人間に正体を明かすべきではないだろう。だが妙高は、正体を隠しても無駄な気がした。
「は、はい。大日本帝国海軍第五艦隊所属の船魄、それが妙高です」
「なるほど。まあこんなところでこんな格好をしている子なんて、それくらいしか考えられないからね」
「あの、これはどういう状況なのですか? というか、ここはどこでしょうか……?」
「ここはクーバ、コチノス湾だ。で、君はここに倒れていた。それを僕達が見つけて、まあ特に外傷とかはなかったから、とりあえず寝かせておいただけだけどね。心配しないでくれ。僕はこれでも医者なんだ」
「キューバ……確かに近いけど……。あ、ありがとうございます! しかしあなた方は、ただの民間人という風ではないのですが……」
妙高から離れたところに陣取っている何人かの男達は、全員が小銃を携帯している。日本刀を模した銃剣が着いており、日本製の十式突撃銃のようだ。
「ああ、そうだよ。僕達はクーバ陸軍だ。一応正規軍なんだけど、アメリカ軍相手にはゲリラ戦に訴えるくらいしかなくてね。こんな有様なのさ」
「アメリカ……? アメリカと、戦っているんですか?」
「え? ああ、そうだけど……いや、そうか。話に聞いたことがある。君達はある種の洗脳を受けて、自分が戦っている相手を認識できないようにさせられていると」
「え、ええと……?」
「では逆に聞くけど、君達は何と戦うためにカリブ海に?」
「それは、人類の敵アイギスに対して、人類は連合軍を組んで戦いを――」
「そんなものは存在しない。全て嘘だ」
ゲバラは強い口調で言った。その顔は真剣で、とても妙高をからかっている様子ではなかった。
「で、では、私達の敵、は……」
「君達が戦っていたのはアメリカだ」
「し、しかし、どうして日本とアメリカがまた戦争を……?」
全く状況が読み込めない妙高。
「何も知らないで戦わされていたのか……。やっぱり教養って奴は大事だね」
「は、はぁ」
「じゃあ僕が教えてあげよう。ここら辺の歴史をね」
「お、お願いします」
「どこから始めようかな。まあ、第二次世界大戦の終わりからでいいか」
「そ、それがいいです。そこまでなら妙高も知っている、はずです」
「分かった。大東亜戦争は日本の勝利に終わったよね。欧米の植民地は日本の手によって解放され、世界は幾分かマシになった。でも、アメリカのお膝元であるカリブ海は違った。アメリカの制海権が及ぶこの辺りでは、アメリカが帝国主義を諦めることはなかった。それに協力したのがバティスタさ。奴はこの国をアメリカに売って私腹を肥やした悪魔だ」
「ええと、キューバの話、ですよね」
「もちろんさ。で、僕達は独裁者バティスタを打倒することを決意した。フィデル――ああ、フィデル・カストロ首相をリーダーに革命を起こして、バティスタを倒したんだ。一九五三年七月二十六日にフィデルが武装蜂起を起こして、半年と経たずに奴はアメリカに逃げたよ」
「す、すごいですね」
「あんな腐った連中なんて、いかにアメリカの後ろ盾があっても簡単に倒せたさ。だが問題はそこからだ。フィデルはアメリカとあえて敵対しようとはしなかったが、アメリカは自国の裏庭に自分の意に従わない国があるのをよしとせず、あげく革命政権を転覆しようと試みた。だから僕達はアメリカと敵対することにした。日本とソ連の助けを借りてね」
「日本とソ連が協力を?」
「アメリカは世界の嫌われ者だからだろうさ。とにかく、僕達は列強の援助で独立を維持していたんだけど、ついにアメリカが行動を起こした。一九五四年六月のことだ。アイゼンハワーはキューバの『民主化』を大義名分にキューバ侵略を開始した。制限主権論とかいうふざけた話さ」
アイゼンハワー首相の提言した、資本主義陣営全体の利益を護持する為ならば一国の主権を制限し、米軍が介入することやむなしとする理論のことである。
「侵略……アメリカ人は何も反省してはいなかったんですね」
話を聞くだけで妙高は苛立ちと怒りを覚えた。アメリカ人は何百万人を犠牲にしたら自省するのかと。
「国民性なんてそうすぐには変わらないよ。洗脳でもしない限りはね。で、僕達は日本に支援を要請した。一番近くに基地を持っていたからね。そして日本はこれを受諾し、アメリカと事実上の戦争状態に突入したわけだ。でも戦場はキューバだけに留まらず、カリブ海全域に拡大している。ソ連も介入して、今や第三次世界大戦みたいな有様さ」
「また世界大戦が……?」
「どうだろうね。四大国は戦場をカリブ海の中に留めるっていう約束を結んだらしいけど、どうなることやら」
ゲバラが何てことはなさそうに語る内容は、妙高にとっては酷く現実離れしたことのように思えた。だが彼の言っていることには何の矛盾もないし、否定しようと質問をいくら繰り返しても、逆に確信が深まっていくばかりだった。
「ん…………私、は…………」
「おお、起きたかい」
目の前に座っているのは髭もじゃだが精悍な男。煙草臭いのは彼のようだ。だが妙高のことを本気で心配そうな目で見つめてくれる彼は、少なくとも悪い人間ではなさそうである。
「あのー、あなたは……」
「チェ。エルネスト・ゲバラだ。君は?」
この男、チェ・ゲバラはどう見ても日本人ではないのだが、何故か普通に話すことができた。目の前にいればどんな言語でも翻訳できるという、船魄のおまけ能力の一つである。
「私は、妙高と言います。ですが、これは一体、何が……」
「記憶が混濁しているのか。まあ無理はないよ。かなり衰弱していたからね。で、聞くまでもないかもしれないけど、君は日本軍の船魄なのかい?」
本来ならばを誰とも知れない人間に正体を明かすべきではないだろう。だが妙高は、正体を隠しても無駄な気がした。
「は、はい。大日本帝国海軍第五艦隊所属の船魄、それが妙高です」
「なるほど。まあこんなところでこんな格好をしている子なんて、それくらいしか考えられないからね」
「あの、これはどういう状況なのですか? というか、ここはどこでしょうか……?」
「ここはクーバ、コチノス湾だ。で、君はここに倒れていた。それを僕達が見つけて、まあ特に外傷とかはなかったから、とりあえず寝かせておいただけだけどね。心配しないでくれ。僕はこれでも医者なんだ」
「キューバ……確かに近いけど……。あ、ありがとうございます! しかしあなた方は、ただの民間人という風ではないのですが……」
妙高から離れたところに陣取っている何人かの男達は、全員が小銃を携帯している。日本刀を模した銃剣が着いており、日本製の十式突撃銃のようだ。
「ああ、そうだよ。僕達はクーバ陸軍だ。一応正規軍なんだけど、アメリカ軍相手にはゲリラ戦に訴えるくらいしかなくてね。こんな有様なのさ」
「アメリカ……? アメリカと、戦っているんですか?」
「え? ああ、そうだけど……いや、そうか。話に聞いたことがある。君達はある種の洗脳を受けて、自分が戦っている相手を認識できないようにさせられていると」
「え、ええと……?」
「では逆に聞くけど、君達は何と戦うためにカリブ海に?」
「それは、人類の敵アイギスに対して、人類は連合軍を組んで戦いを――」
「そんなものは存在しない。全て嘘だ」
ゲバラは強い口調で言った。その顔は真剣で、とても妙高をからかっている様子ではなかった。
「で、では、私達の敵、は……」
「君達が戦っていたのはアメリカだ」
「し、しかし、どうして日本とアメリカがまた戦争を……?」
全く状況が読み込めない妙高。
「何も知らないで戦わされていたのか……。やっぱり教養って奴は大事だね」
「は、はぁ」
「じゃあ僕が教えてあげよう。ここら辺の歴史をね」
「お、お願いします」
「どこから始めようかな。まあ、第二次世界大戦の終わりからでいいか」
「そ、それがいいです。そこまでなら妙高も知っている、はずです」
「分かった。大東亜戦争は日本の勝利に終わったよね。欧米の植民地は日本の手によって解放され、世界は幾分かマシになった。でも、アメリカのお膝元であるカリブ海は違った。アメリカの制海権が及ぶこの辺りでは、アメリカが帝国主義を諦めることはなかった。それに協力したのがバティスタさ。奴はこの国をアメリカに売って私腹を肥やした悪魔だ」
「ええと、キューバの話、ですよね」
「もちろんさ。で、僕達は独裁者バティスタを打倒することを決意した。フィデル――ああ、フィデル・カストロ首相をリーダーに革命を起こして、バティスタを倒したんだ。一九五三年七月二十六日にフィデルが武装蜂起を起こして、半年と経たずに奴はアメリカに逃げたよ」
「す、すごいですね」
「あんな腐った連中なんて、いかにアメリカの後ろ盾があっても簡単に倒せたさ。だが問題はそこからだ。フィデルはアメリカとあえて敵対しようとはしなかったが、アメリカは自国の裏庭に自分の意に従わない国があるのをよしとせず、あげく革命政権を転覆しようと試みた。だから僕達はアメリカと敵対することにした。日本とソ連の助けを借りてね」
「日本とソ連が協力を?」
「アメリカは世界の嫌われ者だからだろうさ。とにかく、僕達は列強の援助で独立を維持していたんだけど、ついにアメリカが行動を起こした。一九五四年六月のことだ。アイゼンハワーはキューバの『民主化』を大義名分にキューバ侵略を開始した。制限主権論とかいうふざけた話さ」
アイゼンハワー首相の提言した、資本主義陣営全体の利益を護持する為ならば一国の主権を制限し、米軍が介入することやむなしとする理論のことである。
「侵略……アメリカ人は何も反省してはいなかったんですね」
話を聞くだけで妙高は苛立ちと怒りを覚えた。アメリカ人は何百万人を犠牲にしたら自省するのかと。
「国民性なんてそうすぐには変わらないよ。洗脳でもしない限りはね。で、僕達は日本に支援を要請した。一番近くに基地を持っていたからね。そして日本はこれを受諾し、アメリカと事実上の戦争状態に突入したわけだ。でも戦場はキューバだけに留まらず、カリブ海全域に拡大している。ソ連も介入して、今や第三次世界大戦みたいな有様さ」
「また世界大戦が……?」
「どうだろうね。四大国は戦場をカリブ海の中に留めるっていう約束を結んだらしいけど、どうなることやら」
ゲバラが何てことはなさそうに語る内容は、妙高にとっては酷く現実離れしたことのように思えた。だが彼の言っていることには何の矛盾もないし、否定しようと質問をいくら繰り返しても、逆に確信が深まっていくばかりだった。
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