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第二章 第五艦隊

食堂

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「我が艦隊は現在六隻で編成されています。あなたと私、長門と信濃、残りは駆逐艦のお二人です」
「その方々は、今どこに?」
「さあ、わたくしにも分かりません。彼女達は自由奔放ですから。まあ歩き回っていればいずれ会えるでしょう。その前に、お昼ご飯でも食べましょうか。長旅で疲れたでしょう?」
「言われてみれば……そうかもです」

 新しい鎮守府に興奮してそんな感情は忘れていたが、妙高は疲れていた。そして高雄に案内されるがままに鎮守府の食堂に向かった。机と椅子が並んでいる他には何もない殺風景な空間である。

「これが食堂ですか。食べる場所はあるけど、何もない……」
「ええ。この鎮守府には基本的に私達しかいませんから。ですから料理も自分で作る必要があるのです」
「はえー、なるほど」
「暫しお待ちを。奥に厨房があるので、用意して来ます。作り置きなのですぐできますが」
「高雄さんが作るんですか?」
「はい。第五艦隊の食事はわたくしの担当ですから」
 高雄が奥のキッチンに入ると、ものの10分程度で熱々のカレーが出てきた。
「おー、いい匂いです」
「そうだな。高雄の料理は美味いからな」
「んん!?」
 すぐ耳元で聞こえた凛々しい少女の声。全く予想外の声に妙高は席から飛びあがってしまった。
「あ、あなたは……」

 いつの間にかゆったりとお茶を飲んでいた、船魄にしては珍しく耳も尻尾も生えていない少女。銀色の薄手の着物を着て、妙高の奇行など気にせず落ち着き払っていた。

「あら、案外すぐにお会いできましたね」
「こいつが新人か?」
「はい。新人の妙高さんです。あなたもご挨拶を」
「ああ、それが先だな。すまん。妙高、私は島風型駆逐艦五番艦、峯風。この姿を見れば分かるだろうが、第五艦隊では唯一の第三世代型の船魄だ」

 世界最速の駆逐艦、島風型駆逐艦。建造に手間がかかる本級は、大戦の勃発で一番艦の島風が建造されただけだったが、よりよい性能を持った駆逐艦を求める戦後の方針によって、二番艦から先が建造されたのである。島風から改良が多く改島風型、或いは灘風型と呼ばれることも多いが、峯風の自認はあくまで島風型駆逐艦である。

「あ、私は妙高型重巡洋艦一番艦、妙高です。よろしくお願いします」
「よろしく頼もう」
「し、しかし、いつからいらっしゃったんですか……?」
「ついさっきだが」
「はぁ……」
「その子は気配を消すのが上手いですからね」

 細かいことは気にせず、高雄は微笑みながらカレーをきっちり二人前持ってきて、妙高と峯風の前に並べた。

「今日の昼はカレーか。ありがとう。いただこう」

 峯風はカレーを優雅に食べ始めた。所作は優雅だが、スプーンの動きは凄まじく速い。

「妙高もどうぞ?」
「あ、いただきます」

 スプーンでライスとカレーを拾って口に運ぶ。妙高は無言になってカレーを味わい、ゆっくりと飲み込んだ。

「ん~美味しいです! ちょうどいい辛さと旨味!」
「ふふ、それはよかったです。しかし峯風、あなたの相方はどうしたんです?」

 もう半分くらいカレーを食べ終わった峯風はスプーンを構えたまま顔を上げる。

「涼月ならば……どこに行ったんだろうな? いつの間にか消えていた」
「涼月さん、ですか?」
「あの子は人見知りですからね」
「も、もしかして、妙高のせい、ですか……?」
「うーん、必ずしも否定はできないといったところでしょうか」
「えぇ……」

 薄く涙を浮かべる妙高。高雄は彼女の頭を撫でた。

「別に妙高さんを責めているわけではありませんよ。あの子は新しい人が来るといつもこんな調子なのです。お気になさらず」
「あんまりフォローになってない……」

 悲しくなりながら、妙高はカレーを無心で食べた。どんな気持ちで食べても高雄のカレーは美味しかった。

「高雄よ、我はカレーが食べたい」

 信濃が着物と尻尾を地面にすりながら食堂に入ってきた。相変わらず妙高や峯風には興味がないという風であった。だがカレーには目がないらしい。

「信濃、もちろんあなたの分もありますよ」
「頼もう」

 信濃は妙高の目の前に座った。目は合わせてくれなかった。

「うむ。大勢集まって良いではないか」
「おや、長門も来ましたか」
「高雄の料理は私の生き甲斐の一つだからな」
「言い過ぎですよ、もう」

 仲睦まじい夫婦のごとく、高雄は長門にカレーを振る舞う。同時に信濃にも。家族団欒のように食事ができるだけも、妙高には嬉しかった。

「妙高、どうだ? こんな早くに判断ができるというものでもなかろうが、我が艦隊には馴染めそうか?」

 長門は心配そうに問いかけた。

「は、はい! 皆さんいい人で、馴染めそうです!」
「それはよかった。癖の強い連中が集まってはいるが、どれも根はいい奴なのだ」
「癖の強い? 信濃のことか?」
「例えばお前だ、峯風」
「我は普通の船魄だが……」
「「それはない」」
「はぁ……」

 妙高から見れば高雄以外全員癖が強いのである。

「そう言えば長門様、ここの船魄は、妙高もですが、先の大戦中に建造された旧式の艦が多いですよね。何か意味があるんでしょうか?」
「私は第三世代型だぞ」
「あ、まあ、その、峯風さん以外の方々が」

 峯風だけは戦後に建造された艦だが、姿を見せない涼月も含めて戦前、戦中に建造された艦である。帝国海軍で戦後世代の船魄が増えつつある昨今においては、かなり老朽化した艦隊だ。

「確かに、帝国海軍の中で我々は古参だ。まあ人事は連合艦隊司令長官の担当だから細かいことは知らんが、やはり北米方面で即戦力が欲しいからだろう。第三世代は訓練に時間がかかるからな」

 戦争の記憶のない船魄達は、事前に十分な訓練を積んでからでなければ実戦に投入することはできないのだ。

「私は既にお前達と――」
「お前は既に長年の訓練を積んでいるからな。だが大東亜戦争の後に生まれた艦は即戦力としては脆すぎる。危険な最前線に投入することは困難だ」
「なるほど……。それほどまでにアイギスの攻勢は激しいのですね」
「我でもないと、この海域では戦えぬ」
「あ、意外と自己肯定感が強いんですね、信濃さん」
「信濃の言うこともあながち間違いではあるまい。大和型の重装甲を持つ信濃でなければ、装甲の薄い空母では、この海域は危険すぎる」
「長門が我を守ってくれるから」
「そんなことはない。元より信濃が艦隊を守ってくれているではないか」

 第一世代型の長門と第二世代型の中でもかなり初期に造られた信濃は、長年に渡って共に戦ってきた戦友であり、つまるところ相思相愛であった。

「要は、技術力よりも船魄の技量の方が欲しい、ということですよ。艦艇の技術で比べたら、最近の軍艦に私達が敵うわけがないのですから」

 妙高は高雄の説明でも納得しきったわけではなかったが、取り敢えず分かったことにしておいた。

「ですから、あなたには期待していますよ、妙高さん」
「ふえぇ……」

 妙高も一応は帝国海軍で古強者の部類に入る。だがあまり戦闘が得意なタイプではなく、そう期待されても困ってしまう。

「まあまあ、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。いざとなったら長門に任せればいいんです。それに――」

 高雄は妙高の肩に手を置きながらその隣に座った。そうしながらも片手でカレーを持っていて、器用なものである。

「あなたは自分が思っている以上に強いのですよ。――おや」

 その時、鎮守府全体に空襲警報のようなけたたましいサイレンが響き渡った。
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