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第一章 大東亜戦記
CV-6
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『瑞鶴、どうするの……? もう私達には艦載機も……』
艦載機は全て墜落するか特攻に使い切った。瑞鶴に残されたのは、半分以上が破壊された対空砲くらいである。
「こうなったら、私が奴に特攻するしかないわ」
『……本当にやるのね、瑞鶴』
「ええ。例え私が死んでも、あいつだけは殺してみせる」
『いいですよ、その意気です。私の艦載機も、もうありません。殺しに来てください!』
「やってやる! くたばれ!!」
エンタープライズに罵詈雑言を叩きつけて、瑞鶴は翔鶴と共にエンタープライズに突っ込んだ。艦と艦が火花を上げてぶち当たる。互いの装甲が互いにのめり込み、鉄屑が雨のように海面に投げ出された。
『お姉ちゃんも行くわ!』
「……お願い!」
翔鶴はエンタープライズの反対側から体当たりし、五航戦の姉妹はエンタープライズを完全に挟み込む格好となった。そして三者共に疲れ果てたのか、絡み合った艦は全て静止してしまった。
『瑞鶴、ここからは……?』
「私が艦橋に乗り込んで、奴を殺すわ」
最後はエンタープライズの船魄を殺す。瑞鶴はそう決めていた。
「行くのか。なら、これを持っていけ。最新式だぞ」
岡本大佐は瑞鶴の意図を理解すると、彼女に二式拳銃を差し出した。
「あ、そう。ありがとう」
「まったく、銃の一つも持たずに殴り込みに行こうとしていたのか?」
「え、ええ、まあ」
「しかし、君一人だけで行く気か? いくらなんでも危険過ぎはしないか?」
貝塚艦長が瑞鶴を止める。エンタープライズに敵兵が何人いるか分からない。
「いいえ、その心配は要らないわ。あの中に人間はほぼいない。人間の気配は感じ取れるの」
「そうなのか。ならば、やりたいようにするといい」
これは岡本大佐も知らなかった。
『瑞鶴、私も一緒に行くわ』
「分かった」
瑞鶴と翔鶴は艦橋を離れ、エンタープライズに乗り込んだ。なお念のため、その少し後に瑞鶴の陸戦隊が乗り込んでいる。二人は酷く足場の悪い甲板を歩き、艦橋に入った。艦内は瑞鶴の感じた通り無人であり、人がいた空気感すら存在しない無機質な空間であった。
艦橋へと続く階段を上る。途中に瑞鶴が開けた大穴があったが、最上層に辿り着くことができた。瑞鶴は岡本大佐から預かっていた二式拳銃を構え、艦橋に乗り込む。
「待っていましたよ、瑞鶴。ああ、思っていた通り、美しい体をしていますね……」
「お前……それが、お前の姿か」
そこには目を背けたくなる姿をした白い髪の少女が座っていた。その体の至るところに血の滲んだ包帯が巻かれ、皮膚には何ヶ所も焼き焦げたような跡がある。少女は悲痛な笑顔を浮かべていた。
「この人が……?」
「間違いないわ。こいつが、エンタープライズ」
「おや? 誰と話しているんですか?」
すぐ隣にいる翔鶴と話しているだけなのに、全く意図を読めない質問。
「は? お姉ちゃんと話しているけど?」
「ここには私とあなたしかいないではありませんか」
「お、お前、馬鹿か? お姉ちゃんが見えないとでも……?」
瑞鶴の頭の中で何かがずれた気がした。いや、逆だ。これまでずれていた何かが、ピタリとあるべきところに嵌ったのだ。瑞鶴は恐る恐る横を見た。そこには困惑を浮かべた翔鶴がいた。
「お、お姉ちゃん……ちゃんと、ちゃんといるよね?」
「どういうことか分からないけど……私はここにいるわ」
「ああ、そうだよね。あいつの頭がおかしいだけで、そうだ、きっと私達を混乱させようと――」
「なるほど。まあ、同属の誼です。目を覚まさせてあげますよ」
エンタープライズは拳銃を翔鶴に向けた。
「や、やめ――」
瑞鶴が止めに入る間もなく、エンタープライズは引き金を引いた。そして弾丸は翔鶴を貫いて、その背後のガラスに命中した。
「お、お姉ちゃん……?」
「瑞鶴……私は……」
翔鶴は血の一滴も垂らさなかった。何故なら、最初からそこにはいないのだから。
「嫌だ……そんな、私は、お姉ちゃんは――!」
「ようやく気付いたようですね。そう、あなたの姉はとっくの昔、一九四四年六月十九日に沈んだのですよ?」
「そんな……そんなこと……」
「ふふ、可哀そうな瑞鶴。これで正真正銘一人っきりになってしまいましたね」
などと楽しそうに言い放つエンタープライズ。瑞鶴はこの女を今すぐ殺そうと決意した。
「お前も死ね」
瑞鶴はエンタープライズの腹を三発撃ち抜いた。急所は外している。死ぬにはまだ暫くかかるだろう。
「ああ、痛い……これこそが、私の、痛みです。もっと、もっと殺して下さい……!」
エンタープライズは撃ち抜かれた苦痛などまるで感じていないのように、心底楽しそうに笑う。
「……気持ち悪い。お前は何なんだ? 死にたいのか?」
「私、ですか? 私は、死にたいのに、誰も死なせてくれないんです。でも、艦載機を落としたら、死を味わえた。だから……戦いは大好きでした。でも、やはり、本当に死ねるなら、それが望み、です。だから瑞鶴、今すぐにその銃口を私の眉間に当てて、引き金を引いてください! さあ、早く!!」
エンタープライズは血を吐きながら、狂気に包まれた声で叫んだ。
「……なら、死んでもらう」
瑞鶴は彼女の悲痛な叫びに僅かに同情し、彼女の言う通り二式拳銃をその眉間に押し当てた。
「ああ……ありがとうございます、瑞鶴……」
「…………」
乾いた銃声の響きはいつまでも残った。エンタープライズは死んだ。その死に顔は狂気とは遠く離れた穏やかものだった。
大和、翔鶴、そしてエンタープライズ、守るべき人も倒すべき敵もいなくなった。瑞鶴は、この世界でたった一人の船魄となってしまった。そしてこの世界に存在している意味を、もう見出せなくなってしまっていた。
「大和とお姉ちゃんに、会えるなら……」
エンタープライズを撃ち抜いた拳銃をこめかみに押し当てる。だが次の瞬間、無駄に格好付けた男の声が聞こえた。
「自殺は止めておけ。死ぬならもっと派手に死ね」
「誰だ!?」
瑞鶴はすぐさま銃を構える。
艦載機は全て墜落するか特攻に使い切った。瑞鶴に残されたのは、半分以上が破壊された対空砲くらいである。
「こうなったら、私が奴に特攻するしかないわ」
『……本当にやるのね、瑞鶴』
「ええ。例え私が死んでも、あいつだけは殺してみせる」
『いいですよ、その意気です。私の艦載機も、もうありません。殺しに来てください!』
「やってやる! くたばれ!!」
エンタープライズに罵詈雑言を叩きつけて、瑞鶴は翔鶴と共にエンタープライズに突っ込んだ。艦と艦が火花を上げてぶち当たる。互いの装甲が互いにのめり込み、鉄屑が雨のように海面に投げ出された。
『お姉ちゃんも行くわ!』
「……お願い!」
翔鶴はエンタープライズの反対側から体当たりし、五航戦の姉妹はエンタープライズを完全に挟み込む格好となった。そして三者共に疲れ果てたのか、絡み合った艦は全て静止してしまった。
『瑞鶴、ここからは……?』
「私が艦橋に乗り込んで、奴を殺すわ」
最後はエンタープライズの船魄を殺す。瑞鶴はそう決めていた。
「行くのか。なら、これを持っていけ。最新式だぞ」
岡本大佐は瑞鶴の意図を理解すると、彼女に二式拳銃を差し出した。
「あ、そう。ありがとう」
「まったく、銃の一つも持たずに殴り込みに行こうとしていたのか?」
「え、ええ、まあ」
「しかし、君一人だけで行く気か? いくらなんでも危険過ぎはしないか?」
貝塚艦長が瑞鶴を止める。エンタープライズに敵兵が何人いるか分からない。
「いいえ、その心配は要らないわ。あの中に人間はほぼいない。人間の気配は感じ取れるの」
「そうなのか。ならば、やりたいようにするといい」
これは岡本大佐も知らなかった。
『瑞鶴、私も一緒に行くわ』
「分かった」
瑞鶴と翔鶴は艦橋を離れ、エンタープライズに乗り込んだ。なお念のため、その少し後に瑞鶴の陸戦隊が乗り込んでいる。二人は酷く足場の悪い甲板を歩き、艦橋に入った。艦内は瑞鶴の感じた通り無人であり、人がいた空気感すら存在しない無機質な空間であった。
艦橋へと続く階段を上る。途中に瑞鶴が開けた大穴があったが、最上層に辿り着くことができた。瑞鶴は岡本大佐から預かっていた二式拳銃を構え、艦橋に乗り込む。
「待っていましたよ、瑞鶴。ああ、思っていた通り、美しい体をしていますね……」
「お前……それが、お前の姿か」
そこには目を背けたくなる姿をした白い髪の少女が座っていた。その体の至るところに血の滲んだ包帯が巻かれ、皮膚には何ヶ所も焼き焦げたような跡がある。少女は悲痛な笑顔を浮かべていた。
「この人が……?」
「間違いないわ。こいつが、エンタープライズ」
「おや? 誰と話しているんですか?」
すぐ隣にいる翔鶴と話しているだけなのに、全く意図を読めない質問。
「は? お姉ちゃんと話しているけど?」
「ここには私とあなたしかいないではありませんか」
「お、お前、馬鹿か? お姉ちゃんが見えないとでも……?」
瑞鶴の頭の中で何かがずれた気がした。いや、逆だ。これまでずれていた何かが、ピタリとあるべきところに嵌ったのだ。瑞鶴は恐る恐る横を見た。そこには困惑を浮かべた翔鶴がいた。
「お、お姉ちゃん……ちゃんと、ちゃんといるよね?」
「どういうことか分からないけど……私はここにいるわ」
「ああ、そうだよね。あいつの頭がおかしいだけで、そうだ、きっと私達を混乱させようと――」
「なるほど。まあ、同属の誼です。目を覚まさせてあげますよ」
エンタープライズは拳銃を翔鶴に向けた。
「や、やめ――」
瑞鶴が止めに入る間もなく、エンタープライズは引き金を引いた。そして弾丸は翔鶴を貫いて、その背後のガラスに命中した。
「お、お姉ちゃん……?」
「瑞鶴……私は……」
翔鶴は血の一滴も垂らさなかった。何故なら、最初からそこにはいないのだから。
「嫌だ……そんな、私は、お姉ちゃんは――!」
「ようやく気付いたようですね。そう、あなたの姉はとっくの昔、一九四四年六月十九日に沈んだのですよ?」
「そんな……そんなこと……」
「ふふ、可哀そうな瑞鶴。これで正真正銘一人っきりになってしまいましたね」
などと楽しそうに言い放つエンタープライズ。瑞鶴はこの女を今すぐ殺そうと決意した。
「お前も死ね」
瑞鶴はエンタープライズの腹を三発撃ち抜いた。急所は外している。死ぬにはまだ暫くかかるだろう。
「ああ、痛い……これこそが、私の、痛みです。もっと、もっと殺して下さい……!」
エンタープライズは撃ち抜かれた苦痛などまるで感じていないのように、心底楽しそうに笑う。
「……気持ち悪い。お前は何なんだ? 死にたいのか?」
「私、ですか? 私は、死にたいのに、誰も死なせてくれないんです。でも、艦載機を落としたら、死を味わえた。だから……戦いは大好きでした。でも、やはり、本当に死ねるなら、それが望み、です。だから瑞鶴、今すぐにその銃口を私の眉間に当てて、引き金を引いてください! さあ、早く!!」
エンタープライズは血を吐きながら、狂気に包まれた声で叫んだ。
「……なら、死んでもらう」
瑞鶴は彼女の悲痛な叫びに僅かに同情し、彼女の言う通り二式拳銃をその眉間に押し当てた。
「ああ……ありがとうございます、瑞鶴……」
「…………」
乾いた銃声の響きはいつまでも残った。エンタープライズは死んだ。その死に顔は狂気とは遠く離れた穏やかものだった。
大和、翔鶴、そしてエンタープライズ、守るべき人も倒すべき敵もいなくなった。瑞鶴は、この世界でたった一人の船魄となってしまった。そしてこの世界に存在している意味を、もう見出せなくなってしまっていた。
「大和とお姉ちゃんに、会えるなら……」
エンタープライズを撃ち抜いた拳銃をこめかみに押し当てる。だが次の瞬間、無駄に格好付けた男の声が聞こえた。
「自殺は止めておけ。死ぬならもっと派手に死ね」
「誰だ!?」
瑞鶴はすぐさま銃を構える。
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