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第一章 大東亜戦記

次の少女

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「お姉ちゃん……私、怖いの。お姉ちゃんの言う通り、ただの感覚に過ぎないってことは分かってる。でも、あの感覚を思い出すだけで、体が震えてしまう……」
「瑞鶴……よしよし…………」

 震えながら翔鶴の膝枕にすがりつく瑞鶴。だが、本来なら一度しか経験しないはずの死を何度も経験したその精神は、限界を迎えつつあった。

「お姉ちゃん……お姉ちゃんはどうしてそんなに平気でいられるの……?」
「私? そうね……長年の経験、でしょうか。もう死というものに慣れてしまったのかもしれません」
「そうなったらいいのに……」

 何も感じなければ何も気にせず戦い続けられる。いっそ機械になってしまいたいと瑞鶴は思った。

「ダメです。あなたはあなたのままでいて。あなたの優しい心を、どうか捨てないでください」
「でも私、苦しい……」
「どうか負けないで。そう願っています」

 その日も瑞鶴は寝室から出てこなかった。部屋の中からは延々と呻き声とすすり泣く声が聞こえていた。

「大佐殿、このままじゃ瑞鶴が出撃できません。我々は負けてしまいます」
「随分と端的に言うじゃないか」
「ええ。帝国海軍の勝利は今や瑞鶴頼りです。本人の情緒不安定程度の理由で出撃ができないなど、言語道断です」
「私の瑞鶴がこれ以上傷付くことがあったら、すぐさま反逆罪で処刑するぞ」

 岡本大佐は静かに、しかし見る者を震え上がらせる殺意を含ませて言った。彼にとって瑞鶴は我が子も同然の存在なのだ。

「す、すみません」
「とは言え、何とかして瑞鶴に気をしっかり持ってもらう必要はあるな」

 大佐は表情を緩める。

「……でしたら、友人を作るのがいいのではありませんか?」
「友人?」
「ええ。船魄の同類です。同じ境遇にあれば何か、通じ合うところができるかもしれません。まあ素人の考えなのですが……」
「いやいや、それでも助かる発想だよ。同類と言えば……栗田中将の方の橘花四号計画が進んでいたな」

 岡本大佐は船魄の開発者ではあるが、この計画を全て指揮しているわけではない。何隻かの艦艇を対象に瑞鶴と同様の改造を施そうという計画が進められており、その一つが栗田健男中将の監督する橘花四号だ。因みに瑞鶴の計画名は橘花三号計画である。

「まだ実戦投入が可能とは言い難いとのことでしたが……」
「何とかして前倒ししてもらおう。何なら船魄だけ動けばいいんだ」
「中将閣下にお伝えしておきます」
 岡本大佐はまだ1ヶ月はかかると思っていたが、何と4日後にはそれが呉に届けられた。
「こんな小さい子が……船魄なんですか?」
「そうらしい。栗田中将の性格とは全く以て正反対のように思えるが……」
「謎ですね……」
「とにかく、瑞鶴と会わせてみようか」

 岡本大佐はその少女に色々と事情を説明し、瑞鶴と接触させてみることにした。少女は瑞鶴の病室の扉をノックする。

「あの……瑞鶴さん、いますか……?」
「……?」

 瑞鶴を起こしたのは、か弱く消え入りそうな女の子の声。そしてその内容を反芻して初めて、自分が呼ばれたのだと理解する。

「……ええ。いるわよ。どうぞ」

 そう言いながら上半身を起こし、ギリギリ人に見せられる格好になる。

「失礼します……」

 ガラガラと扉を開けて入って来たのは、瑞鶴より頭一つ分くらい背の低い少女であった。赤い着物に濡烏の美しく長い髪、頭には瑞鶴と同じような角が生え、尻尾を引きずりながら歩いている。

「あなた誰? お姉ちゃん、知ってる?」
「いいえ。私も見たことありません」
「あ、すみません。大和は……あっ、言っちゃった、大和と言います。どうぞ、お見知りおきを……」

 大和と名乗った少女は恥ずかしそうに笑みを浮かべがら言う。

「私は瑞鶴よ」
「私は瑞鶴の姉の翔鶴です。よろしくお願いします」
「その……大和は、あなたとお会いするように言われたのですが……」
「私と? どうして?」
「それは……その……」

 大和は言いづらそうに俯いた。すると翔鶴が瑞鶴に耳打ちする。

「あなたも分かっていると思いますけど、あなたがここに引き籠っていることについてだと思いますよ」
「まあ、やっぱりそういうことよね……」
 それ以上言われなくても分かる。瑞鶴にもこの状況がよくないという自覚くらいはある。
「あ、あの……」
「いえ、いいの。わざわざ言わなくても分かる」
「うぅ……すみません」
「謝らなくていい。それより、大和って、戦艦の大和だよね?」
「は、はい。基準排水量64,000トン、全長263メートル、大和型戦艦一番艦の、大和です」

 世界最大最強の戦艦、大和型戦艦の一番艦、大和。その船魄として作られたのがこの小さくてか弱い少女なのである。因みにその二番艦の武蔵は先のフィリピン沖海戦で沈んで既にこの世にはおらず、三番艦になるはずだった信濃は空母として完成し現役である。

 大和型戦艦の存在は一般人や他国には徹底的に秘匿されているが、それなりの地位の軍人なら皆何となく知っている。瑞鶴もその一人だ。

「その割には、随分と弱々しいけど」
「す、すみません……」
「別に非難している訳じゃないわよ。あなたは充分すごいわ」
「あ、ありがとうございます……! 大和、人に褒められることなんてなくて……」
「そう。あなたみたいな戦艦が褒められないなんて」
「それはその……大和、実はほとんど戦闘を経験したことがなくて……。精々敵の艦載機を追い払ったくらいです……」
「そうなの? 今後戦果を上げられたらいいわね」
「はい……!」

 この小さな少女は瑞鶴にとって初めての庇護すべき存在だった。そうしなければならないと、瑞鶴は心の奥底で確信を持った。

「瑞鶴、ちょっとは元気になったんじゃありませんか?」
「え? まあ確かに、少しはマシになったかも」

 少しだけ心が軽くなった気がする。とは言え、戦場を思い出すとまだ体が震えてしまう。

「あの子は何かいいものを持ってきてくれるかもしれませんね」
「いいもの?」
「それはその時になれば分かります」

 翔鶴には何か予感があった。
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