10 / 386
第一章 大東亜戦記
米軍の抵抗
しおりを挟む
それから三ヶ月が経った。
「――では次、10機まで増やしてみよう」
「望むところよ」
訓練の結果、瑞鶴は今や自身を完全に制御し、艦載機を動かす段階にまで到達していた。瑞鶴を直掩する8機の零式艦上戦闘機は全て彼女が操っているものである。そして甲板から更に追加で零戦を発艦させる。
「よし。順調だ……」
「……っ…………」
瑞鶴は突然よろけてしまう。負荷がかかり過ぎたのだろう。
「おっと、大丈夫か?」
「ちょっと、頭が、痛い……」
「分かった。訓練はここで中止だ。いい成果だぞ、瑞鶴」
瑞鶴はまた医務室に運び込まれ、艦載機は着水させて後に人力で収容された。まあ零戦を着水などさせたらもう使い物にならなくなるのだが。
「瑞鶴、大丈夫ですか?」
「お姉ちゃん……私、やっぱりダメなのかな? たったの10機じゃ何もできないよ」
「いいえ、あなたはダメなんかじゃありません。一緒に少しずつ成長していければいいのですよ」
翔鶴は微笑みながら瑞鶴の頭を撫でる。
「うん。私、頑張るわ」
「偉い!」
しかし彼女が訓練をしていられる時間は僅かであった。その翌月には米軍がフィリピン侵攻を開始、帝国海軍はそれを総力を挙げて迎え撃つこととなった。その結果は既にご存知の通りである。
○
時は大きく飛ぶ。一九四五年三月二十三日、フィリピン沖海戦、或いはレイテ沖海戦の約半年後、アメリカ大統領官邸ホワイトハウス。
「大統領閣下、残念ですが、戦局は圧倒的です」
「圧倒的? 誰が圧倒的なのかね?」
「それは……日本軍です。先の第二次ミッドウェイ海戦で我が軍は残存艦艇の7割を喪失しました。最早、合衆国の生産力では損害の1割も補填できません」
瑞鶴の活躍はまさに一騎当千であった。アメリカ海軍はあらゆる手を尽くして彼女を撃沈しようとしたが、その全てが赤子の手をひねるように叩き潰されていた。
「ハリー、君は悲観主義者のようだね。まだ3割も残っているのだ。まだまだ戦えるじゃないか」
「お言葉ですが、こんな残骸のような艦隊をぶつけても、たちどころに殲滅されるのは目に見えています。大統領閣下、失礼ですが、お気は確かですか?」
トルーマン副大統領はルーズベルト大統領の姿勢に甚だ懐疑的であった。日本軍がニューギニアを奪還しようとしている今、彼の戦争指導に疑問を持つものは国内外に数多く存在する。
「私が気狂いに見えるかね?」
「……見えはしませんが、一体何をお考えなのです? 勝利の秘策でも日本との講和でも、何でもいいからお考えをお聞かせください!」
「講和はあり得ない。そして勝利の秘策なら、用意してあるとも」
「……秘策?」
「ああ。マンハッタン計画は破棄し、グローヴス君には違う仕事を与えた」
原子爆弾開発を目指すマンハッタン計画。グローヴスはそれを率いる軍人である。
「は? わ、我々は何も聞いていないのですが?」
「敵を騙すにはまず味方からと言うだろう。君達も見ていてくれたまえ」
大統領と軍部は結託し、政府にも無断でとある計画を遂行していた。その名はブルックリン計画である。その発端は二か月前のことである。
○
「大統領閣下、第4艦隊を犠牲にしましたが、今回は日本軍機を鹵獲することに成功しました」
「ほう」
「これがその機体の写真です」
士官は大統領に何枚かの写真を手渡した。
「最も特徴的なのは、コックピットに機械が詰め込まれていることです。つまりこれは、完全な無人機として改造されているということです」
「無人機? 馬鹿な。有色人種にそんなものが作れるとでも?」
ルーズベルトにはとても信じられなかった。
「――このコックピットの機械が機体を制御しているものと思われます」
「日本人が電算機をここまで小型化したとでも言うのかね?」
「いえ。それは……電算機ではありません。しかし、我々の予想を超えるものでした」
士官が差し出した写真は、ルーズベルトをして恐怖せしむるものであった。
「――それで、これを再現することは可能かね?」
「日本人でもできたんです。私達ができない筈がありませんよ」
「ふはは、その通りだな! 何としてもこれを我が国で建造せよ」
ルーズベルト大統領は計画への支援を惜しまなかった。その計画は後に、瑞鶴にとって最大の敵を生み出すことになる。
○
一九四五年四月七日、呉海軍工廠。
瑞鶴と翔鶴の活躍により、南太平洋における米軍の活動はほぼ壊滅した。戦況の安定を受け、瑞鶴は一度本土へと帰港し、大規模な整備を受けることになった。だが瑞鶴本人を修復することは誰にもできなかった。
「痛い……痛い…………」
ベッドに横になった瑞鶴は譫言を繰り返していた。米軍も黙って殲滅されてはくれず、瑞鶴に対しある程度の対抗策を講じていた。つまり他のあらゆる攻撃手段を捨てての徹底的な対空砲火であるが、これによって瑞鶴の艦載機も既に40機程度が落とされ、その度に瑞鶴は肉体的にも精神的にも苦痛を味わってきた。
「瑞鶴……私はどうすればいいんだ?」
その様子をただ見守ることしか、岡本大佐にはできなかった。
「閣下、我々は精神科医ではありません。事態をこれ以上悪化させないためには、今のところは静観するしか……」
「そうだ、精神科医でも呼べばいいじゃないか」
「いいえ、閣下。瑞鶴の機密は徹底されています。外部の人間をここに入れることは軍令部に禁止されています」
「――冗談だ。せめて翔鶴が何かをしてくれればな……。期待するのは酷だが」
「彼女に期待するしかないのでしょうか……」
自分達の無力さを痛感する岡本大佐達であった。
「――では次、10機まで増やしてみよう」
「望むところよ」
訓練の結果、瑞鶴は今や自身を完全に制御し、艦載機を動かす段階にまで到達していた。瑞鶴を直掩する8機の零式艦上戦闘機は全て彼女が操っているものである。そして甲板から更に追加で零戦を発艦させる。
「よし。順調だ……」
「……っ…………」
瑞鶴は突然よろけてしまう。負荷がかかり過ぎたのだろう。
「おっと、大丈夫か?」
「ちょっと、頭が、痛い……」
「分かった。訓練はここで中止だ。いい成果だぞ、瑞鶴」
瑞鶴はまた医務室に運び込まれ、艦載機は着水させて後に人力で収容された。まあ零戦を着水などさせたらもう使い物にならなくなるのだが。
「瑞鶴、大丈夫ですか?」
「お姉ちゃん……私、やっぱりダメなのかな? たったの10機じゃ何もできないよ」
「いいえ、あなたはダメなんかじゃありません。一緒に少しずつ成長していければいいのですよ」
翔鶴は微笑みながら瑞鶴の頭を撫でる。
「うん。私、頑張るわ」
「偉い!」
しかし彼女が訓練をしていられる時間は僅かであった。その翌月には米軍がフィリピン侵攻を開始、帝国海軍はそれを総力を挙げて迎え撃つこととなった。その結果は既にご存知の通りである。
○
時は大きく飛ぶ。一九四五年三月二十三日、フィリピン沖海戦、或いはレイテ沖海戦の約半年後、アメリカ大統領官邸ホワイトハウス。
「大統領閣下、残念ですが、戦局は圧倒的です」
「圧倒的? 誰が圧倒的なのかね?」
「それは……日本軍です。先の第二次ミッドウェイ海戦で我が軍は残存艦艇の7割を喪失しました。最早、合衆国の生産力では損害の1割も補填できません」
瑞鶴の活躍はまさに一騎当千であった。アメリカ海軍はあらゆる手を尽くして彼女を撃沈しようとしたが、その全てが赤子の手をひねるように叩き潰されていた。
「ハリー、君は悲観主義者のようだね。まだ3割も残っているのだ。まだまだ戦えるじゃないか」
「お言葉ですが、こんな残骸のような艦隊をぶつけても、たちどころに殲滅されるのは目に見えています。大統領閣下、失礼ですが、お気は確かですか?」
トルーマン副大統領はルーズベルト大統領の姿勢に甚だ懐疑的であった。日本軍がニューギニアを奪還しようとしている今、彼の戦争指導に疑問を持つものは国内外に数多く存在する。
「私が気狂いに見えるかね?」
「……見えはしませんが、一体何をお考えなのです? 勝利の秘策でも日本との講和でも、何でもいいからお考えをお聞かせください!」
「講和はあり得ない。そして勝利の秘策なら、用意してあるとも」
「……秘策?」
「ああ。マンハッタン計画は破棄し、グローヴス君には違う仕事を与えた」
原子爆弾開発を目指すマンハッタン計画。グローヴスはそれを率いる軍人である。
「は? わ、我々は何も聞いていないのですが?」
「敵を騙すにはまず味方からと言うだろう。君達も見ていてくれたまえ」
大統領と軍部は結託し、政府にも無断でとある計画を遂行していた。その名はブルックリン計画である。その発端は二か月前のことである。
○
「大統領閣下、第4艦隊を犠牲にしましたが、今回は日本軍機を鹵獲することに成功しました」
「ほう」
「これがその機体の写真です」
士官は大統領に何枚かの写真を手渡した。
「最も特徴的なのは、コックピットに機械が詰め込まれていることです。つまりこれは、完全な無人機として改造されているということです」
「無人機? 馬鹿な。有色人種にそんなものが作れるとでも?」
ルーズベルトにはとても信じられなかった。
「――このコックピットの機械が機体を制御しているものと思われます」
「日本人が電算機をここまで小型化したとでも言うのかね?」
「いえ。それは……電算機ではありません。しかし、我々の予想を超えるものでした」
士官が差し出した写真は、ルーズベルトをして恐怖せしむるものであった。
「――それで、これを再現することは可能かね?」
「日本人でもできたんです。私達ができない筈がありませんよ」
「ふはは、その通りだな! 何としてもこれを我が国で建造せよ」
ルーズベルト大統領は計画への支援を惜しまなかった。その計画は後に、瑞鶴にとって最大の敵を生み出すことになる。
○
一九四五年四月七日、呉海軍工廠。
瑞鶴と翔鶴の活躍により、南太平洋における米軍の活動はほぼ壊滅した。戦況の安定を受け、瑞鶴は一度本土へと帰港し、大規模な整備を受けることになった。だが瑞鶴本人を修復することは誰にもできなかった。
「痛い……痛い…………」
ベッドに横になった瑞鶴は譫言を繰り返していた。米軍も黙って殲滅されてはくれず、瑞鶴に対しある程度の対抗策を講じていた。つまり他のあらゆる攻撃手段を捨てての徹底的な対空砲火であるが、これによって瑞鶴の艦載機も既に40機程度が落とされ、その度に瑞鶴は肉体的にも精神的にも苦痛を味わってきた。
「瑞鶴……私はどうすればいいんだ?」
その様子をただ見守ることしか、岡本大佐にはできなかった。
「閣下、我々は精神科医ではありません。事態をこれ以上悪化させないためには、今のところは静観するしか……」
「そうだ、精神科医でも呼べばいいじゃないか」
「いいえ、閣下。瑞鶴の機密は徹底されています。外部の人間をここに入れることは軍令部に禁止されています」
「――冗談だ。せめて翔鶴が何かをしてくれればな……。期待するのは酷だが」
「彼女に期待するしかないのでしょうか……」
自分達の無力さを痛感する岡本大佐達であった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる