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第一章 大東亜戦記

覚醒

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 時に一九四四年七月十三日、呉海軍工廠。フィリピン沖海戦の三ヶ月前のこと。

「脳に接続したアンテナは……順調に作動中。人工心臓が少々出力不足か。まあ後で調節すればよかろう。神経拡張装置はぬかりないな。万事支障はない」

 軍服を着た若い男は質素な鉄の台に横たわる異形の少女の周りをグルグルと回って、彼の被造物をつぶさに確認する。少女の頭には二本の鬼のような角が生え、体中に配線が繋がれ、尻尾のような鉄塊が臀部から飛び出していた。

「岡本大佐、これで……よろしかったのですか?」
「無論だとも。諸君はこの無茶な計画を完璧に遂行してくれた。我々は魂を創造するという神の業を成し遂げたのだ」
「努力の甲斐があったというものです……」
「それでは、最終段階に入ろう。電気ショックの用意を」
「はい。いつでもいけます」
「よろしい。では始めてくれ。諸君、距離を取るように」

 感電の危険があるので技術者達は少女から離れた。そして一人の技術者がレバーを下すと、けたたましい機械音と共に少女に高圧電流が流された。貴重な電力の浪費である。少女の体はビクビクと跳ね、少々焦げ臭くなる。貴重な電気を大量に使った電気ショックは予定通り10秒ほどで止まった。

「さて……。もしもし、聞こえるか?」

 岡本大佐は目を閉じたままの少女に呼びかける。少女は僅かに呻き声のような音を出して応えた。

「ああ、返事をした……生きている……生きているぞ……!」

 岡本大佐はそれを認めた瞬間、内心おもちゃを与えられた子供のように舞い上がっていた。表面上そんな心情は隠そうとするが、顔に出ている。

「大佐殿、落ち着いてください」
「あ、ああ、そうだな。さて、ゆっくりと起き上がるんだ」
「あ…………」

 岡本大佐は少女の背に手を回し、その体を丁寧に抱き起こす。少女は薄い布のような服を一枚着ているだけであった。

「そのまま上体を維持するんだ。できるか?」

 大佐はゆっくりと、少女の背中を支える手を離す。

「う……あ…………」

 少女は上半身を起こした姿勢を維持することができた。

「私の言葉が分かるか?」
「……は、い…………」

 少女の意識はまだぼんやりとしているようだ。視線は虚空を向いており、返事も上の空である。

「意識もあるようだな。君は……そう、まだ生まれたばかりの赤子のようなものだ。それで問題ない。少しずつ、記憶を呼び覚ましていこう」
「き、おく……?」
「そうだとも。自分の名前を言えるか?」
「名、前……私の、名前は…………」

 少女は必死に思い出そうとして、口をパクパクと動かす。だがそれが発せられることはなかった。

「記憶がまだ定着していないか……よかろう。君の名は『瑞鶴』だ。何か、思い出すことはあるか?」
「ずい、かく……ずいかく、瑞鶴……そう、私は、瑞鶴…………うっ……!」

 瑞鶴と呼ばれた少女は苦しげに頭を抱えた。

「ああ、大丈夫だ、大丈夫。焦らなくてもいいんだ。ゆっくりと――」
「いいえ、思い出したわ……。私の名は、瑞鶴。誇り高き、帝国海軍の航空母艦。或いは……翔鶴お姉ちゃんの、妹……あれ……?」

 意識を明瞭にしたと思われた途端、瑞鶴は再び静止してしまった。岡本大佐は誰よりも不安そうに彼女の感情の推移を見つめている。

「そうだとも。君は五航戦で、翔鶴型航空母艦の二番艦だ。他に思い出せないことは――」
「ねえ……?」

 瑞鶴は鬼気迫る声で尋ねる。その目は岡本大佐は見つめる。

「ん? 何だね?」
「お姉ちゃんは……? 翔鶴お姉ちゃんはどこにいるの? 教えて?」
「そ、それはだな……」

 岡本大佐は珍しく困惑を顔に出してしまう。

「大佐殿、これは一体……」
「恐らくは記憶が不完全に構成された結果だろう。問題はない。時間をかければ修正できる。――ごほん、瑞鶴よ」
「お姉ちゃんはどこ?」
「君の姉は――」


「瑞鶴、目覚めたのですね! よかった!」

 その時、瑞鶴と同じように角と尻尾を生やした少女が手術室に飛び込んで来た。少女は瑞鶴と違い、白を基調にした立派な和装をしている。

「あ……お姉ちゃん!」
「瑞鶴っ!!」

 もう一人の少女の名は、瑞鶴の姉の翔鶴だ。正真正銘、瑞鶴の『お姉ちゃん』である。翔鶴は瑞鶴に駆け寄ると、周囲の技術者達には目もくれず、渾身の力で瑞鶴を抱きしめた。

「よかったです。もう二度と目覚めないかもって……」
「お、お姉ちゃん、痛いって……」
「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん嬉しくって」
「私もだよ、お姉ちゃん」

 翔鶴の頬には涙が伝っていた。

「大佐殿、これは一体……。瑞鶴は翔鶴と会ったことはないのでは?」
「欠落した記憶を勝手に補ったのかもしれない。やはり記憶とは不思議なものだ。我々の理解を超えている」
「そういうものですかね……」
「機能すれば何でもいい。観察と記録は欠かさないことだ」
「無論です」

 岡本大佐は彼の前では一度も見せなかった笑顔を咲かせている瑞鶴の前に立った。

「さて瑞鶴、帝国の戦況が日ごとに悪化していることは分かっているか?」
「……ええ。分かっているわ」

 二年前のミッドウェイ海戦で航空戦力に大打撃を負った日本軍は敗退を重ね、開戦直後の快進撃で占領した土地の大半を失い、今や連合軍はフィリピンに迫っている。遠からぬうちにアメリカ軍はフィリピンを再占領すべく攻勢を仕掛けて来るはずだ。

「そのために――君達を遊ばせている余裕はない。瑞鶴、肩慣らしをしよう」
「それは構わないけど、翔鶴お姉ちゃんは……」
「またいつでも会える。今は急いでくれたまえ」
「行ってらっしゃい、瑞鶴。応援していますよ」
「分かったわ。行ってきます」

 翔鶴に名残惜しそうに手を振りながら、瑞鶴は岡本大佐に連れられ呉の軍港のドッグへ向かった。
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