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序章 フィリピン沖海戦

瑞鶴出撃

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「中将閣下、瑞鶴が勝手に動いています!」

 当然ながら小澤中将は、瑞鶴が反乱紛いの行動を起こしたのを即座に察知した。

「……そうか」
「止めに入らないのですか?」
「それが彼女の選んだ道ならば……それもいいんじゃないかな。すぐに護衛を出すんだ。潜水艦に沈められたら笑いものだぞ」

 小澤中将はすぐに瑞鶴の行動を追認した。それは瑞鶴の可能性を信じたからなのか、最初からそうして欲しかったのか、真相を知る者はついにいない。

 ○

 定員千七百人に対して五百人程度の乗組員しかいない空母は艦隊を離れ、全速力で南下する。

「前方千キロ、敵艦隊を捕捉したわ」
「流石だな、瑞鶴」
「このくらいチョロいものよ」

 世界で唯一の艦上偵察専用機『彩雲』。その圧倒的な速度と航続距離を活かし、遥か地平線の向こうの米艦隊を捕捉することに成功した。

「さて、では行きましょう。艦載機、発進」

 飛行甲板の艦載機が一斉にプロペラを回し始める。そしてパイロットの一人も乗せずに次々と飛び立ち始めた。飛行甲板の艦載機を出し切ると格納庫から次の艦載機が次々上がってくる。

「これほどの数を動かすんだ。君の負担も大きいだろう」
「このくらい……大したこと、ないわ……」

 と言いつつ、強い負担に頭を押さえる瑞鶴。彼女の頭には、飛ばした76機の各種艦載機の位置、状態、状況が流れ込んできていた。空母型船魄は全ての艦載機を一つの頭脳で操るのである。

「やはり、全機を一斉に飛ばすのは厳しいか」
「何のこれしき……! 制御して見せる!」

 目を閉じ、意識を集中させる瑞鶴。意識が艦載機と深く同調するに連れ、その翼、機首、尾翼の感覚がまるで自分の手足の感覚のように感じられてくる。だが脳への負担もその分大きくなっていく。

「お姉ちゃんも、頑張ってるんだから……!」
『瑞鶴、頑張って!』
「お姉ちゃん……もちろん!」

 翔鶴の声に奮い立つ。瑞鶴は更に同調を深めていく。と、その時だった。

「っ! 敵機!」
「初の実戦だな。慌てずに、訓練通りに全て撃ち落とせ」
「ええ、もちろん。アメリカ人め、一人残らず殺してやる!」

 彼女の編隊を阻む米軍機はおよそ二百。戦いの火蓋は切られた。

 ○

「ボーガン少将、敵襲です!」

 瑞鶴の進む先には、アメリカ海軍第38任務部隊第2群、ジェラルド・ボーガン少将率いる機動艦隊があった。旗艦たる空母イントレピッドを含めた4隻の空母、2隻の戦艦など27隻から構成された大艦隊である。

 その中でも特に、戦艦ニュージャージーは今回の作戦の総司令官であるハルゼー大将の座乗艦でもある。アメリカ軍の大将首だ。

「アウトレンジ戦法……。マリアナで大失敗に終わった策を二度までも使うとは、日本の司令官にはマトモな人間が残っていないらしいな」
「まったくですね」

 緊張感もなく、ボーガン少将は部下たちと笑い合った。

「迎撃せよ。私がわざわざ指示するまでもないだろうがな」

 ボーガン少将は高を括っていた。百にも満たない日本軍機――戦闘機ならば更に少ない――などわざわざ自分が指揮を執るまでもなく殲滅できるだろうと。だが戦況は思っていたのとは全く違う方向に推移する。

『聞こえるか!? 奴ら普通じゃな!!』
『あの動き、とても人間業じゃ――ぐああ!!』
『こんな化け物とどう戦えって言うんだ!?』
『隊長が死んだんだ! お、俺が交代を――』
「お、おい、誰か、応答してくれ……」

 戦端が開かれて10分程度で、艦隊の空母から出撃した戦闘機からの連絡が一切途絶えた。その事実が伝わると、艦隊は徐々に恐慌状態に陥っていく。

「狼狽えるな! 残りの艦載機を全て出撃させ、対空戦闘を――」
「閣下! 敵が!」
「何!? 早過ぎる!」

 既に目視できる距離にまで日本軍機は迫っていた。艦隊は一斉に対空砲火を開始。鉄の暴風を吹かせ敵機を撃墜せんとする。だが、日本軍機は緻密な対空砲火の間を縫って急速に接近してくる。

「う、嘘だろ……どんなエースパイロットがこの砲火を躱せるんだ……っ!」

 その時、イントレピッドに大きな衝撃が走った。

「な、何だ!」
「被弾しました! クソッ! 飛行甲板が吹っ飛ばされてます!」
「魚雷です! 左舷中央に被弾!」

 次々と爆音が響き、その度に大きく揺れる艦体。イントレピッドは左に傾き始め、ボーガン少将はあまりに激しい揺れに倒れ込んでしまう。

「だ、大丈夫ですか!?」
「私は平気だ。それよりも、我が艦隊は――」
「失礼します、閣下。今すぐ脱出して下さい! 復旧見込みは最早ありません。この艦はもう持ちません!」

 10分と持たずに下った総員退艦の命令が下る。当然、少将もこの艦を捨てることになる。

「クソッ。旗艦をやられるなど、こんな屈辱……!」
「閣下、早く逃げてください! このままでは艦が傾き、脱出不能になる虞があります!」
「いいや、私は残るぞ! 君達はとっとと逃げろ!」

 少将は兵士達にそう宣言した。兵らは一瞬彼が何を言っているのか理解出来なかった。

「な、何を仰るのですか!?」
「私だって艦長の仕事くらい出来る。未来ある君達は逃げろ! これは命令だ!」
 艦長も含めて乗組員に総員退艦を命令した。本来イントレピッドに対する命令権はイントレピッドの艦長にしかないのだが、ボーガン少将はこの空母をひったくってしまったのである。
「さて、イントレピッドよ、一人で死なせはしないぞ」
 だが次の瞬間、艦橋を貫いた250キロ爆弾がボーガン少将の目の前で爆発した。
「は、ははっ…………」

 イントレピッドはたちまち轟沈した。ボーガン少将と逃げ遅れた数百名が運命を共にした。辛くも逃げ延びた兵士達は内火艇に乗って海を漂っていたが、日本軍機は彼らに見向きもしなかった。

 ○

「よしっ! 正規空母一隻撃沈!!」

 同刻、数百キロ先の瑞鶴は珍しく感情を露にしてはしゃいでいた。

「素晴らしい戦果だ。しかし、油断はするな」
「――え、ええ、もちろんよ。次は戦艦ね」

 まずは一隻。調子は上々だが、まだまだ敵は残っている。
 瑞鶴の頭には、戦場の全てが入り込んでいた。敵艦隊、飛び回る直掩機、ハリネズミのように張り巡らされた対空砲火、風速と風向。あらゆる情報が手に取るように分かり、そしてどうすれば脅威を回避し、敵を殺せるかが分かる。

 瑞鶴は再び目を閉じ、意識を最前線に集中させる。そして次の目標を定めた。イントレピッドの近くの戦艦である。

 瑞鶴は狙いを定めた。艦上爆撃機「彗星」で目標の戦艦に急降下爆撃を仕掛け、獲物を追い詰めるようにその対空兵装を破壊していく。周囲の空母から放たれる直掩機は零式艦上戦闘機で排除。人間が操縦する戦闘機など瑞鶴の敵ではないのだ。

 しかし、彼女の力を以てしても完全に全ての攻撃を回避することができるわけではない。

 ――痛っ……被弾した……

 零戦と比べれば彗星は動きが鈍い。どうして対空砲火を回避しきれず翼に被弾。それと同時に瑞鶴本人に痛みが伝わった。感覚を同期しているということはつまり、艦載機へのダメージが痛みとして知覚されるということだ。

 とは言え、ちょっとつねった程度の痛み。大したことではない
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