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本編
第12話 入港 後編
しおりを挟む「艦長、前方にタグボート視認。艇番号『ST94』。
ドッグマスターを乗せたウチのタグで間違いありません。」
ドッグマスターとは、艦艇が修理の為ドッグに入る際にその出入港作業を行う専門の人員のことである。
狭いドックや入り組んだ造船所付近の地形に長けた人材で構成されており、修理完了までの船の出入りを無事故で完遂する部署である。
「わかった。私は生徒会に提出する報告書の準備をするから、あとはアルマ、君に任せる。」
「了解しました。艦長出られます!」
アルマがそう言うと、艦橋内にいた人員すべて(見張りを除く)が颯華に敬礼した。
それに答礼しつつ、艦橋から出る階段に差し掛かった時ふと、颯華は思い出した。
(しまった……部屋にはあの子が寝てるんだった…………)
あの子、奏が寝ていることを思い出した颯華はややバツが悪そうな顔をしつつ頬を搔いた。
(しょうがない…………士官室で纏めるか。)
ひとまず士官室で作業をすることを決め、颯華は書類を取りに行くためひとまず艦長室に向かった。
一方で、颯華の去ったあとの艦橋内ではようやくの入港ということでやや弛緩した空気が流れていた。
1週間の長期実習に加え、今日の戦闘である。ある程度慣れているとはいえやはり見えない疲労が溜まっているのか、もうすぐ入港というこの状況で緊張の糸が切れ始めているようだった。
「さぁ、入港まであと少しよ!
最後まで気を抜かず締めていくわよ。」
そうした空気の引き締めたのは颯華にこの場を任された副長のアルマだった。
既にドックマスターの乗っているタグボートはアサマに横付けており、まもなくドックマスターが艦橋内にやってくる。
後はドックマスターに任せるだけとは言え、正義感の強いアルマはそうした気の緩みが事故の元になることを知っているため八江や夏美ら艦橋内の皆に注意をしたのだ。
「わかってますよ副長。しかしまぁ……あんなことがあったあとじゃ仕方ないんじゃないんですか?」
そう言ったのは羅針盤から目を離してアルマに振り返った八江だった。
朝の当直からここまで、今日1日のほとんどを艦橋で過ごしていた彼女はやや疲れたような顔をしていた。
「それが原因で怪我でもしたんじゃ元も子もないわよ八江。」
「確かに、八江ちゃんが医務室でグルグル巻きにされてる姿なんて見たくないよ私見たくないなぁ。」
アルマの言葉に続いて八江をからかうように笑いながらそう言った夏美。
2人にこうも言われては八江も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あとで律に栄養剤でも貰お…………」
そう呟く八江の言葉を聞いた者が居なかったのは彼女にとって幸いだった。
「ドックマスター入られます。」
そうしてる間にどうやらドックマスターが艦橋についたらしい。案内役をしたのだろう飛空士要員の娘は案内を終えるとそそくさと元の持ち場に戻っていったが、彼女の後ろにいた橙色の救命胴衣を着たドックマスター数名が艦橋に入ってきた。
「よろしくお願いします。」
アサマを代表してアルマがドックマスター達に挨拶をした。アルマの差し出した手を握り返しながら、ドックマスター達の責任者らしい1人が笑顔を向ける。
「佐空久々の朗報でしたからね。アサマのことは学校にいた皆が知ってますよ。」
「そうそう、英雄様の凱旋だーってね。」
アルマと握手をしたドックマスターとは別の少女がそういって笑いながら艦橋内のアサマ乗員を見た。
「英雄…………ですか?だから高後崎の時の通信でも…………
私達はやれることを精一杯やっただけですから……」
「入港したら覚悟しといた方がいいよ?噂じゃ広報部も動いてるらしいし。」
その言葉を聞いて一気にテンションの落ちるアサマ乗員。
なぜなら、広報部のインタビューは伝統的にかなりしつこい事で有名だったからだ。
「取りあえず、お話はここまで。
予定通りアサマは一度佐空工廠科の蛇島岸壁に入港後、燃料や弾薬を陸揚げした後に№4ドックに入渠します。」
「問題ありません。それとサワカゼの皆さんは?」
「蛇島岸壁に簡易医療テントを展開しています。佐世保病院へは工廠科の大型バスをチャーター済みです。」
「よかった……彼女達をお願いします。」
「万事抜かりなく。
さて弁天島も過ぎてまもなく入港です。私達は仕事に取り掛かります。」
「はい。
以降、アサマの指揮をドックマスターに引き継ぎます。」
「了解。ドックマスター、アサマの指揮を引き継ぎます。」
そうして、お互い敬礼した後ドックマスターは無線機をもってウィングへと出て行った。
ウィングに出る彼女の背を見ながら、アルマはひっそりと息を吐いた。後の入港までは彼女達ドックマスターがやってくれる。
次のアルマの出番は入港後からだろう。なんだかんだでアルマも疲労が溜まっていたようだった。
さて、佐世保女子飛空士学校は帝国海軍佐世保海軍工廠跡地に設立されている。
1886年(明治19年)に誕生した佐世保海軍工廠は、終戦まで戦艦や空母のような大型艦を建造したりはしていないが、工作艦明石をはじめとした補助艦艇や阿賀野型を含めた新旧軽巡洋艦や駆逐艦を建造しており、1913年(大正2年)完成の250トン大型クレーンは100年以上たった今でも現役である。
戦後は一時期『SSK(佐世保船舶工業)』に貸し出され、1962年には世界最大のタンカー『日章丸(3代目)』を建造している。
飛空艦の誕生と共にSSKは長崎造船所に合併し、敷地は国に返還され今の佐空の原型となる『佐世保飛空艦乗務員養成所』になっている。
また、戦後一時期米軍基地だった赤崎貯油所も佐空敷地となっており、各飛空学校の中でも広大な敷地を誇っている。
また、離れているが、陸上自衛隊相浦駐屯地に間借りする形で佐空航空科(固定翼、回転翼各科)が存在し、瑞雲を含めた水上機や飛行艇、ヘリコプターの専修をしている。
大和型をも入渠できる大型ドックを含めた大小7基のドック。
250トン大型クレーンを含む多くのクレーン
大型貯油施設
航空基地の所有
これらが佐空の敷地であり、歴史的価値から佐世保市との連携も行っている。
また、豆知識として佐世保の由来は湾の形が葉っぱに似ていることからである。『葉』の文字を崩しカタカナにすると『サ』『セ』『ホ』になることからである。
「蛇島岸壁まで水開き50m。曳船押し出し始めました。」
見張りの報告が艦橋に響き、アルマはハッとした。
どうやら少し意識を逸らしてしまっていたようで、慌てて腕時計を見ると数分ほど逸れていたらしい。
(集中しなきゃ……まだやることが一杯あるんだから!)
慌てて左右に首をふって集中するよう自分に叱咤する。
「ドックマスター、入港準備。サンドレット投擲始め。」
先ほど会話したドックマスターが無線で各員と連絡を取っていた。
サンドレットとは先端に重りをつけた索である。これを船から岸壁または横付けする船に投げ、相手が手繰ることで舫(もやい)と呼ばれる係留索を渡しボラードと呼ばれる突起に引っ掛けることで船を流されたりしないように係留する。
舫は大変重く、直径も中位で40mm、太いもので65mmほどもある。はっきり言って手投げで岸壁まで投げることが出来ないためサンドレットを投げて確実に渡せるようにするのだ。
艦橋の外では黄色いカポック(救命胴衣)を着たドックマスターが振り子の要領で手際よくサンドレットを投げていく。
本来修理に入る船は本来とは違い岸壁から舫を送るのだが、アサマは弾薬と燃料を陸揚げ次第ドックに入渠するため本艦から舫を送っている。
海水に浸かりやや黄ばんだナイロン製の舫が一本一本着実に岸壁のボラードにかかるのを見て、アルマは流石はドックマスターだと感心する。
サンドレットは初心者や下手がやってもうまく飛ばず、酷いときは投げたサンドレットが真下に飛んで甲板を直撃したりするのだが、そんなこと関係ないとばかりにドックマスターはポイポイと軽やかに投げていく。
「1番、6番舫係船機による詰め方始め。2~5番舫は詰めて届き次第サンドレット無しで係留開始。」
「曳船離脱開始、水開き35m。」
「了解。そのまま逐次教えて。」
「了解。」
大型モーターの大馬力に動かされる係船機によって、全長180.3m、基準排水量10.050tの巨体がゆっくりと曳船無しでもアサマは岸壁に寄って行く。
「3、5番舫係留よし。」
「了解。わずかに後進をかけ舫に張力をかける。各員舫の破断に注意。」
舫というのはただボラードにかけるだけではない。張力をかけ、船が潮流に流されないようにするのだ。
そのために係船機で舫を巻き取るのだが、船の後進を利用して舫に張力をかける荒業もある。
係船機を使用しない、または出来ない場合の強引な手だが、ドックマスターは元海自の教員から話を聞いて時短のためによく使用するようにしていた。
「水開き10m、防舷物接岸。」
「3、5番舫止めきりよし、2,4番舫係留始め」
「了解、1、6番も止めきり、桟橋準備。」
「了解。手空き乗員は桟橋準備!」
既に艦首艦尾には真横に伸びる離れ止めの1、6番舫と下がり止めの艦から前と斜めに張られた舫が伸びている。
これに上り止めの2、4番の斜め舫を張って入港作業は終了である。
その2、4番舫もすでに岸壁のボラードにかけられており、今は1、6番で使用していた係船機を使って巻き、張力をかけている所だった。
アサマはしっかりと岸壁に繋がれている。
「2、6番舫止めきり、前後部係留よろしい。体調異常者、怪我人なし。」
「了解。お疲れ様。副長さん?」
「は、はい!?」
唐突にドックマスターに話しかけられ、アルマはびっくりとしてしまった。
「艦長さんに報告を。彼女、出られるんでしょ?」
そう、颯華は入港次第速やかに報告書を持っていかなければならなかった。
すっかり忘れてドックマスターの動きを見ていたアルマはあっと声を出してしまった。
「もう数分で桟橋もかけ終わるわ。ドックマスター、アサマの指揮を返却します。」
そういって敬礼するドックマスター
「あ、ありがとうございました!」
慌てて敬礼するアルマに微笑みながら、ドックマスターは艦橋から出て行った。
アルマもドックマスターから少し間を置いてから、颯華を呼ぶべく艦長室へと向かっていった。
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