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本編
第0話 飛空艦の始まり
しおりを挟むこれは本来の歴史とは違った今の物語
1945年8月15日。大日本帝国は連合国に対して無条件降伏を宣言。同年9月2日に連合国に受理されたことによって、遂に6年と1日に及ぶ第二次世界大戦は終戦となった。
犠牲者は軍民合わせて約220万人に上り、各国合計約6200万人にもなった………
そんな大戦争が終わり、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって占領されながらも平和への1歩を踏み出し始めた時、日本政府はGHQからとある命令を受けさせられてしまった。
『Commercial and Civil Aviation』(商業および民間航空)
一般的には『航空禁止令』と呼ばれている命令で、政府や民間の航空関連の組織の解散等に続けて、1945年12月31日以降の航空機や関連部品、施設などの購入・所有等を、ワーキングモデル(作業用模型)も含めて航空機に関係する全てのものを禁止するとしたものだ。
これを受けて政府は酷く動揺した。当時、既に航空機は軍民問わず無くてはならない物へと変貌しており、戦後の自国防衛、人員物質の輸送手段として重要視されていた物であったのだ。
この航空禁止令は最終的に、1952年(昭和27年)にサンフランシスコ講和条約を締結したことによって解除されたが、日本はそれまでの約7年間で世界から技術的、人材的に大きく遅れてしまうこととなってしまった。
さて、どうしたものか………
航空禁止令を受けて政府は頭を悩ませた。航空機が戦略的、戦術的に無くてはならない以上、国土防衛に絶対的な不信が残ってしまうのだ(この時はまだ自衛隊の前身たる警察予備隊は存在していなかったが)
翌1946年3月、とある元帝国海軍造船技官が政府を尋ね、とある計画を政府のお偉い方々に持ちかけた。
もしもこの時、この元帝国海軍の技官が政府のお偉方に会いに来なければ歴史は変わらなかっただろう。
計画名『空中艦隊整備運用計画』
秘匿名『白鯨計画』と呼ばれたこの計画に直ぐ様飛び付いた政府首脳部は、GHQからの厳しい監視から悟られぬよう隠しつつ密かに計画を進め、1950年8月10日の警察予備隊発足したことにより更なる予算増額を以て更に推し進められた。
白鯨計画とは、ありたいに言えば高性能な対空武装を大量に積んだ硬式飛行船を多数建造し、その長い航続距離と大戦によって進歩した対空兵器を使用して敵航空機に対抗しようと言う計画だ。飛行船は飛行機ではなく船舶ですと言うゴリ押しに近い物であったが……
事実、硬式飛行船(骨組みや外皮をアルミ合金等の軽合金で作られた飛行船)自体は第一次世界大戦で既に戦略爆撃用として使用されていたし、アメリカでは戦闘機を搭載機した空中空母なる飛行船も2隻が建造されていた。
しかし実際問題として、飛行船というモノは構造上被弾に対してとても脆弱であり、天候にも左右され易く、兵器としての性能、運用を考えた場合非常に扱いにくい代物である。
それに加え、飛行船内部には気嚢と呼ばれる浮力確保の為の風船があるのだが、中身は基本的に比重の軽い水素である。
この水素は非常に可燃性が高く、下手をすれば戦闘機の機銃弾1発で水素に引火、飛行船ものとも大爆発を起こしかねない危険な代物。そこで代用品として不燃性のヘリウムガスに計画を変更されたのだが、ヘリウムは水素より比重が重く、飛行船自体を浮かべる事は出来てもペイロード(搭載量のこと)が縮小し、飛行船に対空兵器を大量に載せる当初の兵器運用としての満足な性能が発揮出来なかった。
結局、現状の技術力では当初の白鯨計画を成功させることは叶わず、1952年4月26日海上警備隊(海上自衛隊の前身)が発足されたと同時に計画中止される事となった。
しかし、ただ1人諦めて居ない技術者がいた。
そう、最初に提言した元海軍造船技官だった。
彼は己の知りうる全ての技術技能を駆使し、足りない物は1から研究するなど最早狂気とも言える執念で1人白鯨計画を進めた。
誰もが彼を笑い、陰で貶めた。
ある者は
『白鯨なぞ夢物語だ』
と言った。
またある者は
『彼は現実を受け入れられないらしい』
と言った。
しかし、彼は諦めなかった。
毎日毎日誹謗中傷に耐え、自分が未来を救うんだと自己暗示しながら、研究に研究を重ねた。
ある日、彼は飛行船の外皮用に使う高防弾性軽合金装甲の実験を行っていた時の事だ。
その日は土砂降りの雨で稲光が真上で轟くほど酷い日だった。
実験の最中、雷が彼の居た研究所に落ちた。
無論、雷による被害により研究所は停電、実験に使っていたモーターを初めとした機器類は可搬式発電機で動かしていた為無事だったのは不幸中の幸いだっただろう。
分厚い雨雲のせいで太陽の光は微かに実験室を照らす程度で、暗く殆ど何も見えない中、発電機とモーターの駆動音のみが室内に響いていた。
数分ほど経った時だろうか。研究所の別の所員が予備発電機を回したのか室内に明かりが戻った。
彼は安堵しつつ再び実験に戻ろうとしたが、実験用の装甲板に目を戻した時にそれを見てしまった。
なんと、複数の実験用の装甲板の内、1つだけが机から数十cmほど空中に浮き上がったていたのだ。
彼は驚き、体が石になったかと思う程身動きが取れなかった。
フラフラと、数分ほど空中に浮いていた装甲板は、やがてゆっくりとまた元の机の上へと降りて行き、そして再び浮かぶ事は無かった。
やがて硬直から再起動した彼は一心不乱に唯一浮いていた装甲板を研究した。
何故浮いていたのか?
他の装甲板との違いは何なのか?
再び浮かばせるにはどうしたら良いのか?
何日も何日も……
彼は不眠不休に近い生活をおくっては研究に没頭した。
トイレに行くときも、風呂に入っている時でさえ頭の中はあの装甲板のことで一杯だった。
1年ほど経った時、彼はようやく原因究明を知ることが出来た。
結論から言えば、それは装甲板に混入していた不純物とも言うべき成分不明の結晶体だった。
この薄水色の水晶の様な見た目をした結晶体は、本来装甲板の中には存在しない物である。
生憎、当時の技術レベルでの顕微鏡では視認出来ない程に小さな粒子が装甲板に含まれて要るだけであり、少なくとも実験前は目に見えるほどの結晶体としては存在していなかった。
この結晶体を研究し、彼はその結果として、結晶体にとある特定の電圧と振動を与えると、SF風に言ってしまえば反重力エネルギーとも言うべき未知のエネルギーを放出する事が解ったのだ。
どうやら、あの日『不運にも』研究所に落ちた雷の大電圧が『たまたま』施工不良だったアース線を逆流して、『偶然』近くにあったあの装甲板に大電圧が流れた事、可搬式発電機の振動が『運良く』特定振動で合った事が、この未知の粒子が結晶化して浮遊する原因だったのだ。
始まりは結局の所、ただの偶然だったのだ。
そして何より、この結晶体はかなりの可能性を秘めていた。
あの実験で生まれた結晶体は僅か1.0g。
しかし、たったそれだけの量で当時警察予備隊の主力だったアメリカ製のM24軽戦車を軽々と空中に持ち上げるだけの力があったのだ。
彼は確信した。
『これがあれば白鯨計画を完遂、いや更にはアメリカをも圧倒する空中艦隊を建造出来る』
そこからの彼の行動は速かった。
再び勇み足で政府の門を叩いた彼を皆呆れや蔑み、計画書を読んでも懐疑的に見ていたが、一度その光景を見せられては誰もが再び白鯨の復活を確信してしまった。
丁度、この年にはサンフランシスコ講和条約が締結されたことにより、航空禁止令も解除され日本は再び独立国として歩み始めていた。
新・白鯨計画とも言うべきこの極秘プロジェクトが開始され、まずは結晶体の量産が計画された。
単純に考えれば、1gで重量18.4tの軽戦車がもちあがるのだ。
200gの結晶体があれば3680tの重量を持ち上げる事ができる。駆逐艦一隻分だ。
しかし、1から手探りでの量産体制の確立は困難を極めた。
まず大電圧を掛ける為には大規模な発電所と変電所がいる。
当時はまだ石油の輸入がアメリカやイギリスに牛耳られていた為に、石油よりも効率の悪い、石炭による火力発電しか方法が無かった。
しかも、日本の石炭は硫黄分を多く含み、粉末状にするなど対策をしないとそのままでは不完全燃焼による燃えカス等で直ぐに煙突が詰まってしまった。
また、特定の振動を与えながら電圧をかける設備が上手く成功せず、安定した量産が可能になったのは1950年から始まった朝鮮戦争により、米国が石油を自由輸出に変更した後の事、1953末の事だった。
こうして試作された『量産試作結晶体一號』と名付けられた200g結晶体は、数度の浮遊試験の後に量産体制と同時進行で設計、建造されたいた飛行船に取り付けられる事になった。
全長120m
基準排水量2800t
武装として当時海上警備隊で運用されていたアメリカ製のタコマ級フリゲートに搭載されていた50口径3inch単装砲を3門、ボフォース40㎜連装機関砲を1基を搭載している。
船体構造はいたってシンプルな硬式飛行船だったが、船体外皮を26㎜の高防弾性の特殊軽合金装甲を全体的に施しているほか、浮遊機関用の発電機として蒸気タービン機関を搭載しており、船体後部上側に小さくではあるが煙突があるのが特徴だろうか。
本飛行船は『さかき型飛行警備艦1番艦 さかき』と名付けられ、旧佐世保海軍工廠にて1954年8月15日に就役、処女航海を行った。
その日は雲1つ無く、素晴らしい天気だった。
榊の浮遊機関発電用の蒸気タービンが唸りを上げ、黒々とした排気煙がまるで鼻息を荒くするかのように猛々しく舞う中でゆっくりと、榊は空を登って行った。
僅か半日の短い処女航海は事故無く終わり、榊は最高高度六千m、最大速力120ノットを記録した。
その後、荒天航行試験、実弾発射試験等様々な試験を行い、全ての試験を合格した。1946年計画開始からの8年、ここに来てようやく白鯨計画のスタートラインに立ったと言えよう。
蒼空高く泳ぐまだ小さな白鯨を病院の一室から眺めながら、己の全てをかけ続けた男は静かに息を引き取った。
己の信念が間違いではなかったと、そう満足そうに呟いたのを、彼を看取った1人の看護婦は後にそう語った。
事実、洋上艦より格段に速く飛行機よりも多くの物資を運べる新型飛行船、『飛空艦』と後に定められた新しい艦種は、正しく新たな歴史を切り開き、戦後未だ発言力の弱い日本が世界各国と対等以上に渡り合える強みとなったのだから。
政府はこの浮遊機関の正式採用する際、名前に対し、己の全てをかけた元海軍造船技官の名前を取って
『宮藤式浮遊機関』
と命名した。
これは本来の歴史とは違った過去の物語
とある男が全てを注ぎ込んで歴史を変えた今の物語
そして
蒼空の航路を渡る若き乙女達による、未来の物語だ。
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