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第十五章

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第十五章
 静香が眩しさに目を覚ますと、途端に消毒液の匂いが鼻をついた。そして手のひらに温かな感触があり、そちらに目を向けて思わず口元が緩む。
「幸太……史哉……」
「ん……」
 病室にもう一台ベッドが運び込まれていて、静香のベッドとピタリとくっ付けられていた。そこには昨夜帰ったはずの史哉と幸太が眠っている。二人とも静香の手を握りながら。
 いつ病院に来たのか、朝日が差し込んでいても深い眠りに落ちたまま目を覚まさない。
「心配……かけちゃったよね」
 頭が割れるような痛みはもうない。気分はスッキリしていて、もう会えないと思っていた幸太の顔を見れば、死ななくてよかったと思うのだから、本当に自分は救えないほどのバカなのだろう。
(この子を残して……死のうなんて……)
 そっと幸太の頬に触れると、静香の手を握ったままの小さな手がぴくりと反応を見せた。
「ママ……?」
「幸太、おはよう」
 ベッドに寝転んだまま身体を幸太の方へと向けて告げた。幸太は安心したようにヘラリと笑って静香のベッドへと入り込んでくる。
「ママ、もう痛いの治ったの?」
「うん。もう治ったよ」
 幸太の声に史哉もぼんやりと目を開けた。けれどまだ完全に覚醒してはいないのか、幸太ごと静香の身体を抱きしめてくる。
「はよ……幸太、昨日遅かったのに、よく起きれたな」
「僕もう小学生だもん。早起きできるよ」
 静香と史哉の間から得意げな幸太の声が聞こえる。そういえばいつのまにか朝すんなりと起きて学校に行くようになった。
 この先ももっともっと成長していく幸太の姿を見られるのだ。生きてさえいれば。そんな未来を自分から閉ざしてしまうところだった。
「いつ病院に来たの?」
「あ~二時過ぎか。戸澤の家に行って、マンション戻って……幸太連れて病院来た」
 そう告げる史哉はまだ寝足りないのか、幸太を胸に閉じ込めて静香を抱きしめたままうつらうつらし始める。
「よく入れてもらえたわね。面会時間過ぎてるのに」
「そりゃお前。自分がしたこと考えれば当然だろ」
「あ……それもそうね……」
 自殺しようとした人間を一人で病室にいさせるはずがない。だから特別に個室にベッドを運び入れることも許可されたのだろう。
「それもそうね、じゃねぇよ。もうあんなの御免だ。生きた心地がしなかった」
「ごめんなさい」
「ママ、悪いことしたの?」
 幸太がダメだよと嗜めるような顔をして聞いてくる。
「うん。ちょっとね、ママ、間違えちゃった。大人なのにね」
「大丈夫だよ。史哉くん、優しいから許してくれるよ」
 いい子いい子と幸太にまで背中を叩かれて、これではどちらが子どもかわからないなと苦笑する。史哉も同じことを思っていたのか、クツクツと声を立てて笑っていた。
「話はつけてきた。謝ってたよ……悪かったって」
 圭の母は悪くない。孫だと信じていた子どもと血の繋がりがなかったと、裏切りがあったとわかれば普通平静ではいられない。けれど、もう自分のせいだとは言えなかった。そう言えば、今度は史哉に怒られそうな気がしたから。
「ありがとう……本当に。でもどうやって?」
 圭の母親が素直に説得に応じるとは思えなかった。史哉に迷惑をかけてなければいいのだが。
「まぁ、大したことはしてない。二度と会いにも来ないそうだ。ただ、どうしてもお前たちの写真が欲しいと言っていた。圭はずいぶん実家には帰ってなかったからな。もしお前が許せるのなら、何枚か渡してやれないか?」
「それはもちろん、いいわ。でも、ほとんど私も幸太も写ってるけど、いいの?」
「お前と幸太も含めて、圭の幸せそうな顔が見たいんだろうよ。あの家は……長いこと冷え切ってるからな。それより、今日の午後には退院していいってことだから、そろそろ着替えよう」
「あ、うん」
 静香が着替える間、史哉は幸太を連れてナーススーテーションへと挨拶に行っていた。荷物を持って、静香もナーススーテーションに向かう。
「あ、戸澤さん……退院、よかったです」
 看護師たちの表情がどこか硬いのは、静香が自身で命を断とうとしたと知ってのことだろう。事情は話してはいないが、看護師たちの目がもう同じことはするなと訴えているような気がした。
「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうですか。退院おめでとうございます」
 静香がそう言って頭を下げると、看護師たちもホッとしたのか笑みを向けてくれる。


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