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第三章

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「ご両親に、挨拶とかいいの?」
 静香は圭の家族に会ったことがない。結婚の報告さえ彼はしていないようだ。何年も会っていないとは言っていたけれど、それが普通ではないことくらい静香にだってわかる。
 自分たちは結婚式すら挙げる予定はない。静香は誰に言われることはないが、圭はいいのだろうか。
「両親はいないって思って。そのうち、ちゃんと話すから」
 圭は苦笑気味に言った。圭が着ているスーツや、身につけている時計はどれも高級品だ。圭とプライベートを過ごすうちにわかったのだが、おそらくそれなりの家なのだろう。だとしたら余計に結婚の挨拶は欠かせないと思うのだが、彼は頑に実家に帰ることを拒んだ。
「それより……お腹触っていい?」
「うん……いいけど」
 まったく膨らんでいない静香の腹部に触れた圭は、それはもう嬉しそうに相好を崩した。本当に彼は自分の子として育ててくれる決意をしているらしい。
「男の子か女の子か、いつくらいにわかるんだろうな」
「六ヶ月とか七ヶ月くらいじゃないかな」
「静香はどっちがいい?」
「性別はどっちでもいいかなぁ。無事に産まれてくれるだけで」
 悪阻がひどい分、心配も大きかった。なるべく頑張って食べるようにしているのに、体重はどんどん減っていく。これでお腹の子に栄養が与えられているのだろうか。静香が肩を落としたのがわかったのか、圭は静香の膝の上にゴロンと頭を乗せると腹部に頬をすり寄せながら手を上に伸ばしてきた。
「大丈夫だ。あんまり食べられなくても、赤ちゃんにちゃんと栄養はいくって先生も言ってただろ? むしろ悪阻が終わってからの食べ過ぎに注意しろって言われたじゃないか」
「そうだったね……終わるのかな、これ」
「無理はしないように。あ、今日なに食べたい? つか、なんなら食べられる?」
「私なにか作るよ。あ、材料買ってこなきゃね」
 仕事を辞めたのだから、静香が家事を担当するべきだろう。けれど、空腹なのに食べ物を思い出すだけで胃が不快感を示すのだから参ってしまう。
「無理するな。なんか適当に買ってくる。静香は、パンはそこそこ食べてたよな?」
「でも……」
「今まで一人暮らししてたんだから俺だって料理できるし。今日は引っ越し当日だから面倒だろ? 仕事辞めたからって、全部静香にさせようなんて思ってない」
 静香の膝から起き上がった圭は、財布を手にして立ち上がった。
 待ってろと言って静香の頭を撫でると、リビングを出ていった。玄関の鍵がかかる音が聞こえて、静香は深くため息をつく。
(私が……こんな幸せで、いいのかな……)
 いくら子どものためとは言え、一人で頑張ると言っておきながら結局は圭に頼っている。しかも、圭は本心から静香との結婚を喜んでくれているのだ。
 奈津子には圭と結婚することを話した。お腹にいるのが史哉の子だとはとても言えなかったが、勘のいい奈津子のことだ、おそらく察していただろう。
(史哉は、知ってるのかな……)
 圭が話しただろうか。それとも、異動になってからは連絡を取っていないのか。
 自分たちの間には不自然なほど史哉の話題はでない。静香も意識して出さないようにしていたし、圭もまた然りだ。
 静香が退職したことで、もう彼に会う偶然すらもないだろう。それでよかったのだ。

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