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番外編(プレゼント用小冊子掲載)

朝川夫妻は似たもの夫婦

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 イジワル上司の甘く艶めく求愛 番外編
 朝川夫妻は似たもの夫婦



 朝川ホールディングスでは年に一度、社員旅行が企画される。社員数が多いため、年ごとに参加部署を決めている。ちなみに自由参加だ。
 今年は法務部、営業部、店舗開発部、経理部、マーケティング部の参加となり、人数は社員の家族合わせて二十名ほど。
 社員旅行と聞くと面倒だと思われがちだが、わりと人気である。毎年、自由参加にもかかわらず二十人から三十人は必ず集まる。
 というのも、宿泊先は個人では滅多に止まれない高級旅館。そして宴会はなく、各部屋での食事に希望者以外は現地解散という自由度の高さ故だ。宴会の場で上司にお酌をする必要がないとあって、特に女性陣から喜ばれているらしい。
 役員側として参加が義務づけられている朝川は、面倒そうな顔を隠そうともせずに、社員旅行のメールを読んでため息をついていた。
 法務部からの参加者は朝川夫妻と数人。だが凜は、夫には申し訳ないと思いつつも旅行に行けるとあって楽しみにしていた。
 行き先は、一泊二日で那須高原。貸し切りにした旅館の近くには那須フラワーパークや那須どうぶつ王国もあり、観光地として栄えている。
 貸し切りバス内では、社員旅行の幹事を務める新入社員の男性と朝川が隣り合って座り打ち合わせをしているほかは、部署ごとに集まり座っていた。

 ***

 旅館は、二階建ての純和風建築の建物で、部屋は十と少ない。だが、そのすべてが豪華絢爛なスイートルームで広々とした室内だ。夫婦の凜と朝川はもちろん同室。
 ほかは男女で分かれ、二、三人の部屋割りとなった。同じ部署や顔見知りで部屋を調整しなければならなかった幹事の苦労は計り知れない。
 凜は早速、荷物の整理を終えると、大浴場へ行く準備をする。だが浮かれている凜のすぐ近くで、幹事との連絡を終えた朝川がベッドに腰かけて深いため息をついた。
 幹事の新入社員も大変そうだが、その彼に指示をする朝川もすでに疲れた様子だ。彼にとっての社員旅行は仕事のようなものだから仕方がないのだろう。
「お疲れ様。亨はしばらく部屋で休んでる?」
 凜はいそいそとベッドの上に乗り、朝川の肩を揉む。彼と結婚してすでに五年が経った。
 一男一女をもうけた凜は、育休を終えて今年の四月から仕事に復帰したばかりだ。子どもたちは、せっかくだから孫の世話をしたいという社長夫妻に預けてきた。凜の両親も義父母も子どもたちを大変可愛がってくれている。
「風呂に行くのか? 部屋にもあるだろ」
 高級旅館とあり、各部屋には専用の露天風呂がついている。和室と洋室、部屋は二部屋あり、洋室はベッドルームとなっていた。
「部屋のも入るけど、大浴場も入りたいでしょ?」
「そうか?」
 気持ち良さそうに凜のマッサージを受けていた朝川が、突然身を翻す。
「ちょっと、なに?」
 呆気なくベッドに押し倒されて、肩を揉んでいた手が頭上で一つに括られる。
 朝川の顔が近づき、慣れたキスの合図に凜は目を瞑った。
「ふ……っ」
 唇の隙間から舌が滑り込み、舌を絡め取られる。くちゅっと唾液の絡まる音が立ち、身体に覚えのある熱が生まれる。
「と、おる……お風呂、行きたい……のっ」
「わかってる」
 キスを繰り返す朝川が自分の思うとおりに事を進めるなど今さらだ。止めて、と言ったところで、本気の拒絶でもない限り止まる男ではない。
 朝川の舌が顎を通り、首筋をねっとりと舐める。ぞくぞくとした痺れが生まれベッドの上で身悶えていると、ちりっとした痛みと共に唇が離された。
「もっ……目立つところにつけないでって言ってるのに!」
 凜はベッドから身体を起こし、首筋を押さえた。彼はしょっちゅうキスマークをつけたがる。旅行前に気をつけてと言ったはずなのだが。
「目立つところじゃなきゃいいんだろ。髪で隠れてるから見えない」
 素知らぬ顔で言う朝川は、きっと少しも悪いと思っていないのだろう。凜の緩く巻かれた髪を手に取り、口づけてくる。
「アップにできないじゃない」
「しなくていい。ほら、早く行ってこい。夕食の時間になるぞ」
 凜は唇を尖らせながらも時計を見て、慌てて部屋を出る。このまま部屋にいては、ベッドに押し倒されて……なんて状況にもなりかねない。
 法務部の同僚である兼森《かなもり》と、大浴場に一緒に行こうと約束をしているため、隣の部屋をノックする。すぐにドアが開けられて、兼森が顔を出した。
「遅くなってすみません」
「ううん、むしろ来られないかもと思ってたわよ。旅行中はずっと専務が独り占めして離さないかなって」
 ぐっと親指を立てられて、兼森の言葉通りになりそうだった先ほどの一幕を思い出し、凜は引き攣った笑みを浮かべた。
「ほら、早く行こう!」
「あ、はい」
 天然温泉百パーセントの掛け流しだという大浴場の湯は、美肌効果や神経痛などに効能があるらしい。更衣室は早速風呂に入ろうとやってきた女性社員たちですでに混雑していた。各部屋に貸し切り風呂がついているのだが、やはり広々とした風呂に入りたいと思うのは皆同じなのだろう。
 凜は服を脱ぎ、結婚指輪を外すと、なくさないように財布の中に入れておく。ロッカーに鍵をかけて、大浴場へ足を踏み入れた。
「みんなどこの部署だろうね」
「あの人たちはマーケティング部だと思います。名前はわからないですけど」
 朝川ホールディングスの社員には違いないが、顔は知っていても仕事で関わりがないと名前を知る機会はなかなかない。受付にいた凜でさえも、話したことのない人の方が圧倒的に多かった。
 体を洗い終えて、髪を一つに結い上げた。先ほどつけられたキスマークは耳の後ろだから、よほど近くで注視しない限り見えないはずだと思うも、視線が気になって仕方がない。
(亨のばか……)
 凜は浴場の湯に手をつけて、熱さを確認した。温めの温度に設定にされているようで、ゆっくり長く入れそうだ。
「どうも、お疲れ様です」
 すでに湯に浸かっている数人に挨拶をしながら足をつけると、会釈が返される。
「あ、お疲れ様でーす」
「どこの部署ですか~?」
「法務部です」
「あぁっ! 朝川専務の!」
 凜は苦笑しながらも頷いた。法務部と言えばほとんどの社員から「朝川専務の」と返される。それだけ朝川が外見も仕事でも目立つ男だということなのだが、妻である凛としては若干おもしろくない。
「朝川専務、怖いって聞きますけど、大変じゃないですか?」
「ね~顔はいいのに!」
「もちろん仕事には厳しいですけど……」
 プライベートではそうでもない、と口に出しかけて押し黙る。これではまるで彼女たちを牽制しているようだ。彼女たちに気づく様子はなく、凜はほっと息を吐いた。
「昔、告白したくて社内メールで専務を呼びだした女の子がいたんですけど、呼びだしても来てくれなかったみたいで」
「あ~知ってる、その話! メールに社内規定が添付されてたってやつでしょっ?」
「そうそう! 後日、社内メールの私的利用について云々って長文メールを専務からもらったって聞いて。大爆笑!」
 凜は肯定も否定もできず曖昧に笑っておく。その話は朝川本人から聞いた覚えがあった。
 メールの私的利用を含め、休憩時間でもないのに勝手に外出したその新入社員に対して憤慨した様子だった。
結婚してから彼を呼びだす女性社員がさらに減ったため、なんというチャレンジャーだと驚いたものだが、相手は朝川が結婚していることも知らなかったそうだ。
「そういえば、専務の奥さんって同じ法務部の人なんですよね? どんな人なんですか?」
 隣で我関せずといった様子で湯に浸かり、目を瞑る兼森に助けを求める視線を送ると、なにを勘違いしたのか彼女たちはぎょっとした様子で目を見開いた。
「え、えっ……この方が奥さんですかっ?」
 兼森が朝川の妻だと勘違いしたのだろう。凜は違う違うと首を振った。自分だと名乗りを上げるべきなのか、こういう場ではいつも困ってしまう。堂々と妻だと言えばいいと朝川は言うが、凜はそもそも小心者なのだ。朝川ほど目立つことに慣れていない。
「私、もうのぼせそう~ごめん、先に上がるわ」
「あ、私ももう出る。じゃあ、すみません、お先で~す」
 彼女たちの一人が、顔を仰ぎながら風呂から出ていく。すると、釣られたように全員が大浴場から出ていった。凜は胸を撫で下ろしながら、ようやく肩の力を抜く。
「私が妻ですって胸を張って言えばいいのに」
 黙っていた兼森がようやく口を開く。
「わかってるんですけどね……言ったら言ったでいろいろ聞かれそうで」
「あ~それはそうね。だって私も知りたいもの。プライベートの専務」
「兼森さんまで……勘弁してください」
 仕事での朝川が厳しすぎる男だからか、結婚して妻を持った彼をなかなか想像できないらしい。法務部のメンバーからは、家ではどんな感じなのと朝川のいないところで度々聞かれている。凜はいつもそれを誤魔化していた。
 彼が自分に甘くなるところをほかの誰かに知られたくないという理由が一つ。もう一つはどう語っても惚気になるだろうという理由だ。
「高嶋ちゃんは秘密主義なんだから。専務の方がまだわかりやすいわよ。そうだ、夕食後にラウンジ行かない? お酒、自由に飲んでいいんだって。法務部メンバー誘っておくから。専務も来れるようなら連れてきて」
 朝川がわかりやすい? どこがだろう。あれほど公私をはっきりわけている人もいないと思うが。凜は引っかかりを覚えながらも、なにかの間違いだろうと聞き流した。
「わかりました……来るかな?」
「来るでしょ。高嶋ちゃんが来るなら」
 凜は大浴場の前で兼森と別れ、部屋に戻った。
 朝川は部屋の露天風呂に入ったようで、浴衣姿である。見慣れたはずの彼の色気にあてられそうだ。四十近くなってもいい男って変わらないんだな、などと考えながらソファーに腰を下ろした。
「大浴場どうだった?」
「広くて気持ち良かったよ。あとで亨も行ってみたら?」
「俺がいたら周囲が落ち着かないだろ」
 それもそうか、と凜は頷く。煩わしさもあるのだろうが、これでいて夫は部下に対してかなり気を使っている。おそらく、以前にセクハラだかの女性問題があったからだろう。
 ただ実際、朝川と話したい部下たちは大勢いる。実は、プライベートの誘いをかけない上司として、若手の男性社員からかなり人気があるのだが、知らぬは本人ばかりだ。
 誘われないと話してみたくなるものなのか、飲み会に朝川が参加しないと落胆する社員がいまだに後を絶たないという。
「そうかな、喜ぶと思うけど……あ、夕食終わったらラウンジで少し飲もうって」
「兼森か?」
「うん、ほかの人も来るみたい。亨も誘ってって言われた」
「お前は行くんだろ?」
「そのつもりだけど」
「なら、俺も行く。酔っ払ったら心配だからな」
 血行が良くなり赤らんだ頬を軽く撫でられる。
 情欲を伴わない触れあいにさえ、いまだに胸をときめかせてしまう。きっと凜は何年経っても彼に恋をしているのだろう。
「物欲しそうな顔してるな、凜」
 朝川がくっと喉を鳴らしながら笑みを浮かべて言う。
 ばればれかと恥ずかしくはなるものの、夫婦となって五年も経てばあしらう術も覚えた。
「亨はいらないの?」
「いらないわけないだろう」
 どちらからともなく唇を触れあわせていると、扉をノックする音が響いた。夕食が運ばれてきたのだろう。
 テーブルには、サザエの壺焼きやカツオの刺身、和牛の鉄板焼きなど、季節を感じさせる料理が食べきれないほど並べられている。
 仲居が部屋を出ると、頼んでいた冷酒で乾杯をする。ご飯をよそい朝川に手渡すと「ありがとう」と返された。
当たり前のように繰り返される毎日のこの一瞬を幸せだと感じる。凜はふふっと声を立てて笑い、自分の分のご飯も茶碗によそう。
「あとでラウンジ行くなら飲み過ぎるなよ?」
「わかってます」
 注意しなければと自分でもわかっている。
 酒癖が悪いわけではないが、大好きなワインを飲み過ぎて寝室に運ばれるのはしょっちゅうだし、翌朝ふてくされた朝川と対面したのも一回や二回ではない。
 ただ、朝川と二人だからこそ、誰に気を使う必要もなく酔っ払える。彼もそれをわかっているのか、二日酔いにならない程度ならば止めてこない。
 食事を終えて、ほろ酔い気分のまままったりしていると、兼森から凜のスマートフォンに連絡があった。そろそろラウンジに行かないかという誘いだ。凜は早速OKの返事を出して、用意をする。
「亨ももう行ける?」
「あぁ」
 二人は貴重品と鍵だけを持ち、部屋を出た。
 隣室の兼森に声をかけて二階にあるラウンジへ行くと、すでに酔っ払った社員たちが多数いた。とはいえ、これは社員旅行。おかしな酔い方をしている社員はいない。
 凜は兼森と空いたソファー席へと腰を下ろす。朝川も当然そこに座るものだと思っていたら、男性社員たちから口々に声をかけられて、別のテーブルへ連れて行かれてしまった。
「あーあ、やっぱり」
「こういう場に顔出さないから、亨が来たらこうなるってわかってましたけどね」
 兼森と凜は顔を見合わせて笑った。
「どうも~」
 ワインや日本酒を飲みながらほかの同僚と話をしていると、突然、後ろから声をかけられる。声を主は男性のようだ。
 隣の空いた席に男性は腰かけた。たしか営業部の人だ。
 仕事上の関わりはないが、いつかのエレベーターで彼に新入社員と間違われ話しかけられたため、よく覚えていたのだ。
「みんなどこの部署の人なんですか?」
 いつの間にか、部署ごとにテーブルを囲んでいたグループが徐々にバラバラになっている。こういう機会でもなければ別部署の人と話すことはほとんどないため、皆、席の移動をして各々楽しんでいるのだろう。
 兼森も歓迎しているようで、新しいグラスに彼の酒を作り、手渡した。
「私たちは法務部ですよ~」
「営業部の谷崎《たにざき》さん、ですよね」
 名乗ろうとしていた男性が驚いた様子で凜を見つめる。
 凛と兼森も自己紹介をして、何度目かの乾杯をした。
「高嶋さんは、どうして俺の名前を知ってたんですか?」
「私、人の顔と名前覚えるの、けっこう得意なんです」
「へぇ~すごい特技ですね。そういえば、法務部って言えば朝川専務がいるところですよね?」
 また来たか、と兼森と顔を見合わせて笑う。
「そうですね」
「やっぱりあの人モテモテなんですか? 部署内の女性で取り合うとかありません? たしか何年か前に結婚したんですよね?」
「仕事中にそんな会話したら、一刀両断にぶった切られますからね~。モテモテと言えばそうですけど、朝川専務の奥さん、うちの部署にいますし」
 兼森がさもこの場に朝川の妻はいない、というように伝えてしまったため、凜もそれに合わせるしかなくなった。
「奥さん、同じ部署にいるんですかっ? じゃあ、隠れて付きあってたって感じ? やりますねぇ~」
 恋愛ネタを話題にしているからか、谷崎の口調がどんどんと崩れてくる。近くに朝川がいることにも気づいてなさそうだ。
「まぁそうね、隠れて付きあってたんだと思うわよ? そんなこと専務に聞けるチャレンジャーうちにはいないからわからないけど」
 兼森は口元をにやにやと緩ませながら凜を見つめる。
 まったくもう、と兼森を睨むも、まったく意に介さない。
「それじゃあ高嶋さんは? ああいう人タイプです?」
「えっ?」
 急に話を振られて、凜は驚きつつ会話に加わった。
 話のネタになっているのは自分で、あまりにいたたまれない。
「どうでしょう? あの……そもそも結婚してますし」
 凜は迷った末に口に出した。そもそも私と結婚してますし、そう言ったつもりだったが、谷崎はそうは取らなかったようだ。
「ですよね~。俺も不倫は嫌い」
 凜の結婚指輪は温泉に入るために外したままで財布の中だ。だが、この社員旅行が終わればそこまで谷崎と会話することもないだろう。
(結婚相手が私って気づいたら、この人も気まずいだろうし……やっぱり黙っておこう)
 凜は誤解を解くことを諦めて、薄く笑った。
 隣にいる兼森はすでにべつの同僚と話をしている。凜は谷崎と会話を続けるしかなさそうだ。
「高嶋さん、明日の自由行動……二人でどこか行きません?」
 谷崎が声を潜めて言ってくる。
 凜を見る谷崎の視線で、下心を持たれていることにはなんとなく気づいていた。
 自分が他人にどう見られているかこれでも少しは自覚した。「まさか私なんかが」と思ってしまうものの、何度も男性から声をかけられると、さすがに蘭ほどとは言わないまでもそこそこ見目が好いのだと気づかされる。
 愛する夫が、毎日飽きもせずに可愛いと囁いてくるから、惚れた欲目だろうとなかなか信じられなかったのだ。
 けれど、もう三十を過ぎていて子どもも二人。
 常に身だしなみには気を使っていても、二十代には見えないはずだ。谷崎は二十代後半。「若いっていいわね」と呟きたくなるくらいの年齢差だ。本気で凜を誘っているとは思えない。
 強く拒絶できないのは、冗談を本気で拒絶する痛いオバさんだと思われたくないからかもしれない。
「明日はべつの人と約束していて、すみません」
 自由解散の後は、朝川と二人で観光して回る予定だった。
「あ、ほかの誰かと観光するんですか? 俺も一緒にっていうのは図々しいですよね」
 谷崎は、図々しいですよねと言いながらも、凜が断りにくいように話を持っていっている気がする。さすがは営業マンと褒め称えればいいのか、呆れるべきか。
 図々しいですね、と返すわけにはいかず、凜は「はぁ」とあやふやに返事をしながらもどうするかと悩んでいた。
「もしほかの女の子何人かいるんなら、俺も同僚誘いますし……どうですか?」
 窺うような目で見られると、尚更断りにくくなる。
 すると、隣でなぜか噴きだしそうな顔をした兼森がようやく助け船を出してくれた。
「高嶋ちゃん、そろそろはっきり断らないと、あとで怒られるんじゃないの?」
 兼森がニヤニヤ笑いながらも、二つほど離れたテーブルにいる朝川に視線を向けた。凜も釣られて朝川を見て、ぎくりと肩を強張らせる。
 朝川は鋭い目をしてこちらに顔を向けていたのだ。
(いつから見てたの……あぁ~亨、怒ってる……)
 おそらく兼森は、朝川の視線に気づいていたのだろう。ならばもっと早く教えてほしかった。
 仕事中は公私をはっきりわける朝川だが、愛する妻が絡むとそうでもないことを凜以外の法務部の社員は皆、気づいている。兼森もその一人だ。
 愛想笑い一つしなかった男が、凜と出会い、恋をする普通の男に変わった。それを年嵩の社員たちは微笑ましく見守っている。若手に至っては、朝川の凜に対する態度を見て、ただただ驚いているのだが。
「怒られるって誰にですか?」
 谷崎はなにも知らず話を続ける。
 朝川に背を向けているため、彼の射殺さんばかりの眼差しにはまったく気づいていないのだろう。凜はため息を押し殺して立ち上がる。
「私、そろそろ部屋に戻りますね。ごめんなさい、明日は夫と約束がありますので」
「夫?」
 なんだ結婚してるのか、という残念な顔を隠しもせずに、谷崎はさらに爆弾を落とす。
「せっかくの旅行なんだし、羽目を外しちゃうってのは? だめですよね?」
 先ほど「不倫は嫌い」とか言っていただろうに。「お願いだからもう黙って」と叫びたくなったのは、この後に不機嫌だろう夫の機嫌を取られなければならない自分を思ってだ。
「だめに決まってます」
 凜は、逃げるようにラウンジを後にした。
 そして兼森が男性社員になにかを耳打ちすると、男性は背後にいる朝川に視線を向けて蒼白な顔で全身を震わせたのだった。

 ***

「困るよな……何年経っても魅力的すぎる妻を持つと」
 ぱしゃんと水の弾ける音が外に響く。
 朝川のことさら低い声が耳を掠めて、びくりと腰を震わせてしまう。
「あっ……ひ、あぁぁっ……もう……や」
 凜は、露天風呂の中で縁に手をつき、腰を突きだすような体勢で貫かれている。深い部分ぐっと押されて、背中を弓なりにしならせながら甲高く喘いだ。朝川の雄々しく勃ち上がったもので隘路を抉るように穿たれては止められる。
 幾度となく絶頂へ上り詰めそうになっているのに寸前で止められ、狂おしいほどのもどかしさでどうにかなりそうだった。
「そんなに声上げると、隣に聞こえるぞ」
 凜が思わず唇を噛むと、湯の中で花芽を弄っていた手が離されて、声を出せと言わんばかりに口をこじ開けられる。
「や、だぁっ」
 これでは、あえて聞かせているようではないか。背後に視線を向けるが、嫉妬に駆られた男が手を緩めるはずもなかった。
 それに、朝川の嫉妬は凜にとっても嬉しいもので、いやだと言いながらも悦んでしまう自分がいる。外でなんてはしたないと思うのに。
「外だと、いつもより開放的になるよな」
 朝川はそう言って、繋がったまま身体を反転させ、凜を膝の上に座らせる。縁に腰かけて、背後から凜の太ももを抱え上げる体勢だ。
「あ、や……なにっ?」
「お前は俺のだって、あの男に見せつけてやりたい」
 そう言いながら、彼は凜の首筋を強く吸う。
「見せつけてって」
 窓ガラスに映った、己のあまりに淫らな姿に息を呑む。恥部を見せつけるように足を大きく開き、彼のものを受け入れている自分の姿。
 ぼやけていても、気持ち良さそうに恍惚とした顔をする自分の表情ははっきりと窓ガラスに映っていた。
「恥ずかしい……から……」
「気持ち良くなりすぎて、泣きながら喘ぐところなんて、何度見ても飽きないな」
「そ、んなの……亨、だけ……っ」
「見たいと思ってる男は、どれだけいるんだろうな。もっとたくさん痕を残しておけばよかった」
 嫉妬に駆られた男の声に、背中からぞくぞくとした痺れが湧き上がる。
 胸元に散らばった赤い花弁を一つ一つ指でなぞられる。これではもう大浴場は利用できない。明日の朝も入ろうと思っていたのに。
「見せるわけ……ないっ」
 雁首ぎりぎりまで引きずり出されて、勢いよく押し込まれる。ぐじゅっと卑猥に愛液が弾けて、湯の中に滴り落ちた。
「ひ、あぁ……っ!」
 目の前が真っ白く染まる。一気に絶頂に押し上げられた凜は、悲鳴のような声を上げながらびくびくと腰を震わせた。
「達っちゃったの、待って……待って、お願い」
「いつも、これしてるだろ?」
 達した直後にもかかわらずさらに激しく腰を振り立てられる。凜は涙をこぼしながら濡れた髪を振り乱した。
「や、それ……おかしく、なる、から……っ」
「おかしくなれって。お前がそうなるのは、俺の前でだけなんだから」
「だめ……声、出るの……我慢、できなっ……ん、あぁっ」
 手のひらで口を塞がれるが、効果はあまりない。シンと静まりかえる露天風呂に凜の甲高い声と朝川の荒い息遣いが響いている。
「激しくするの、好きだろ。我慢するなよ」
「ん~あ、あっ……気持ち、い……っ」
 このままでは理性をなくしてしまう。凜は涙を滲ませながらも、いやいやと首を振る。
 下から叩きつけるように穿たれて、弱い部分を容赦なく擦られる。彼の腰の動きに合わせて、ぐちゅ、ぐちゃっと愛液がかき混ぜられる。
 朝川の先走りと混ざり合った白濁がぽたぽたと湯で弾け、さらに抽送の勢いが増していく。はしたなく腫れる淫芽を指でくにくにと摘まみ上げられ、爪の先で弾かれる。
「ふ……っ、ぅ、んんっ」
 朝川の手のひらの中で漏れそうになる嬌声を必死にこらえる。が、淫芽を弄る指の動きはますます激しさを増していき、耐えられない。
「俺にお仕置きされて喜んでるんだろ?」
「ち、ちが……っ、お願い……イジワルしないで」
「そんな俺が泣くほど好きなくせに」
 耳朶を甘く噛まれて背中を仰け反らせる。背後から顎を掴まれて、貪るように唇が塞がれた。
「ん、んんん~っ!」
 するとさらに腰を素早くねじ回され、弱い部分を擦り上げられる。悲鳴じみた喘ぎ声は彼の口の中に呑み込まれた。愛液にまみれた花芽を指の腹で捏ねられ続けると、過ぎ去ったはずの絶頂の波がふたたびやってくる。たんたんとリズミカルに腰を穿たれて、全身が総毛立つほどの快感に襲われる。
「もう、達きたい?」
 ぶんぶんと首を縦に振ると、ふっと鼻で笑うような息遣いが聞こえる。滾った怒張にこれ以上ないほど深い部分を抉られて、凜は呆気なく限界を迎えてしまう。
「は……んんっ!」
 思わず自分の手のひらで口を塞いだものの、指の隙間から嬌声がこぼれ出る。ぴしゃりと愛液が噴きだし、湯の中に落ちた。脈動する屹立を弾みで締めつけてしまい、背後から呻くような声が聞こえる。
「もう、出すぞ」
「んんん~っ」
 恥ずかしいと感じる暇もなく、続け様に抜き差しされる。朝川の艶めかしい声にすら感じてしまいふたたび気分が高まっていく。
 温かな精が胎内に注がれた瞬間、凜も何度目かの絶頂に達していた。
「すぐ三人目、できるかも、な」
 荒々しい息遣いの中、緩やかに腰を動かしながら朝川が言う。精を放出し終えた後も萎えない肉棒をぐりぐりと押し込まれ、すぐさま律動が始まった。
「私の妊娠中に、浮気しない?」
「俺が? すると思ってるのか?」
 凜は首を横に振る。彼が浮気をするなんて考えられない。
 だが、男性社員に囲まれている朝川を見て、尊敬すると同時に彼は自分の夫なのにと思ってしまった。自分たちはきっと嫉妬深い似たもの夫婦なのだろう。
「男性社員にモテモテだったくせに」
「お前の嫉妬する相手は男なのか」
 朝川はさもおもしろそうにくつくつと声を立てて笑う。
「何年経っても魅力的すぎる夫を持つと、妻は大変なの」
 凜が言うと、甘く唇を塞がれた。
 この夜に三人目……とはいかなかったものの、それから数年後、二人目の男児を産むことになるのはまた別の話。

 了
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