独立不羈の幻術士

ムルコラカ

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第二章

第二十二話 深夜の訪問者

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 イミテ村を脅かしていた脅威を排除し、後は宿に泊まって寝るだけだと思った矢先にこの訪問者の報せ。タイミング的に何か得体のしれない居心地の悪さを覚える。

「私達に会いたがっている者だと? 確かか主人、その者の名は? どのような風体だ?」

 同じように警戒したシェーナが、扉越しに宿の主人に問い質す。

「お名前は申されませんでしたねぇ。お歳の頃は三十手前くらいの、こう……ローブを着込んだ如何にも魔術士ってな男の方で。お客様と同じ、守護聖騎士団の方がお傍に付いておられたので多分そうじゃないかなと」

 魔術士? そうだとしたら私と同じだ。しかし三十前後の男性の魔術士に知り合いなんて居ない。私の反応を窺っているシェーナに、ふるふると首を横に振って見せる。

「守護聖騎士? 私と同じ格好の人物ということか?」

「はい、“お限り様”のシンボルを描いた青いサーコートに白いマント。正しく騎士様の装いでございました」

 守護聖騎士の装束は国によって決められていて、もし無関係の人が同じ格好をすれば厳しく罰せられる。だから守護聖騎士は、一目見ればすぐにそれと分かるのだ。

「人違いでは無いのか? その付き人が間違いなく守護聖騎士だとして、その魔術士とやらに覚えは無いんだが」

「いえ、先方は確かにシッスル様、シェーナ様と。お連れの騎士様とご一緒に下の食堂でお待ち頂いておりますが、如何致しましょうか?」

 私とシェーナは再び顔を見合わせる。

「……どうしよう、シェーナ」

「愉快じゃないわね。何処で私達の所在を掴んだのか知らないけど、他人を訪ねてきて名乗らないなんて非礼も良いところよ。ただ、その男が本当に魔術士で、守護聖騎士と一緒に此処まで来たと言うのなら少なくとも素性は割れているわ。会うだけなら危険、ということも無いと思う」

「会った方が良いかな?」

「ここで追い返しても不安と不気味さが残るだけだと思うわ。向こうは私達のことを知っている、なら私達も相手のことを把握しておく必要があるんじゃないかしら」

 シェーナの考えは明晰だった。名乗りもせずにいきなり訪ねてきた人達のことは正直言って気味が悪いけど、会わずに済ませたらきっとモヤモヤが残る。守護聖騎士が一緒だと言うなら、もしかするとそっちはシェーナとも顔見知りかも知れないし。

「分かったよ、その人達に会おう」

「主人、伝言ご苦労だった。シッスルと一緒に下へ降りていくから、先方には少し待つよう伝えてくれ」

「承知致しました」

 主人の離れていく足音を聴きながら、私は外していた短刀を再び身に帯びるのだった。


◆◆◆


 この宿は、階段から一階の食堂の様子が手に取るように分かるような構造になっている。

 シェーナと一緒に階下に降りた私は、すぐさま窓際の席に腰掛けて何やらお酒らしき飲み物を飲んでいる紺のローブを着込んだ男性と、その傍らに立つ刺繍入りの青いサーコートに白いマント姿の騎士を見つけた。

「あれがそうか、一目瞭然ね」

 他に客は居ない。私達は迷うこと無く彼らの方へ足を進めた。近付くにつれ、ツンと尖った酸い匂いが鼻を刺す。間違いなくお酒の匂いだ。こちらから声を掛けるより先に、私達が来たことに気付いた紺ローブの男性が顔を上げる。

「……ん? おお、これはこれは夜分遅くにご足労痛み入ります」

 締まりの無い顔をした男だった。酒が入っている所為か頬には赤味が差しており、トロンと眠そうな目を数回瞬かせながらおもむろに手を上げて私達を手招きする。

「我々に用があると聴いた。間違い無いか?」

 私を庇うように前に立つシェーナが、まずは相手の意図を確認する。

「ええ、ええ。【任務ミッション】の為にイミテ村くんだりまでやって来たんですがねぇ、聞けばあんた方もこの辺りで【依頼クエスト】に励んでるというじゃないですかい。良い機会なんで、ちょっくらご挨拶を……とねぇ」

 紅潮した頬や鼻を恥ずかしげもなく晒して、ぶはーっと熱い息を吐くローブの男。人を食ったような態度に、シェーナの苛立ちが募ってゆくのを感じた。

「まず名乗れ、貴様は何者だ? 何故私達のことを知っている?」

「おっと、こりゃ失礼。あっしはギシュールっていうしがない魔術士でさ。こっちはあっしの専属として付けていただいた守護聖騎士の――」

「サイラスだ、第三隊所属。そちらのシェーナ殿とは、二度ほど合同訓練で見えたことがある」

 ギシュールと名乗った酔いどれ男の紹介を待たず、傍らに立つサイラスさんは自分で言った。彼の言葉を受けてシェーナが軽く目礼する。どうやら彼女の方も彼を覚えているらしい。

「で、どうしてあっしがあんたらを知っていたかと言いますと……」

 話に割り込まれたことを気にする風でもなく、ギシュールさんは淡々と話を続けた。

「特に入り組んだからくりがあるワケじゃございやせん。自然と耳に入ってくるんですよ。なんてったってあんたら、有名人なんですから。西のダンジョンで魔族と交戦して生き残った、勇気ある少数精鋭のパーティ様ってね。ご存知無いかも知れやせんが、アヌルーンの場末の酒場とかじゃよく講談師が面白おかしく語っているんですよ」

 初耳だった。人の口に戸は立てられないとは言うが、私、シェーナ、カティアさん、デイアンさんの四人でミレーネさん救出に動いたことがいつの間にか市井の間で語られている。仕方のないことかも知れないが、気分は良くない。

「今みたいに、場末のちっぽけな飲み屋で酔っ払っていたらその話が耳まで流れてきたというところか。目に浮かぶようだ」

 皮肉たっぷりにシェーナが吐き捨てた。声音から、相当に腹を立てているのが分かる。

「それで、わざわざ挨拶の為だけにこんな夜中に女性を呼び付けたというのか? 魔術士でありながら、相当に高貴な御身分であるとお見受けする」

「いやいやまさか。あっしがだらしないことは否定しやせんが、流石にうら若きお嬢さん方をそんな理由で尋ねるほど非常識じゃありやせんや」

 シェーナの皮肉にも動じることなく、ギシュールさんは喉を鳴らして笑う。それからふっと笑みを消し、私達を見据えた。

「《捷疾鬼オーガ》がオーロラから現れ、またそこに吸い込まれるようにして消えたってのは、ホントの話ですかい?」

 出し抜けに放たれた言葉に、私達は息を呑む。流石に……その情報は機密事項だった筈だ。

「何故、貴様がその話を知っている?」

「蛇の道は蛇、ってね。あっしにも、こうして守護聖騎士のお仲間が居るんですから」

 押し殺したシェーナの問いに、ギシュールさんはあっけらかんと答えて傍らのサイラスさんに酔眼を向けた。

「サイラス殿、貴殿は……!?」

「待てシェーナ殿、誤解しないでもらいたい。ギシュールの頼みで繋ぎを付けたのは確かだが、その情報を授けてくださったのは総長閣下のご判断によるものだ」

「ウィンガートさんが!?」

 驚きのあまり素っ頓狂な声が出た。この何処からどう見てもだらしない男に、あの人がオーロラの話をしたというのが信じ難い。

「本当の話だ。先程、【任務】の為にイミテ村まで来たとギシュールが言っただろう? あれがそもそも、総長閣下直々に依頼されたものなのだ」

「どういうことだサイラス殿、閣下はこの男に一体何をさせようとしておられるのだ!?」

「ああ、ああ、そんなに憤らんでもちゃーんと話しますって。ですからどうか頭を冷やしておくんなさいな。……一杯どうです?」

 シェーナの怒りにまったく動じていない風情で、ギシュールさんは酒瓶を差し向けてきた。

「いらん! そんなことより理由を話せ!」

「やれやれ、怒りっぽい姉ちゃんだねぇ。リョス・ヒュム族ってのは皆こうなんですかい?」

 ぐいっと、一気に自分の盃を干してからギシュールさんはようやく語り始めた。

「あっしはね、教国から魔術士として認定されてからこの方、ずっと国の魔術士専門教育機関で過ごしていたんですよ。言うまでもなく、魔術士ってのは魔界との結び付きを危険視されて常に監視される運命にある奴らだ。あっしもご多分に漏れず、親と引き離されて強制的に施設に入れられましてね。随分と聖職者様達のお世話になりましたよ。で、やっと念願かなって出所したらしたでこうしてサイラスを引っ付けられて、四六時中このムサイ男と一緒に居なきゃならないハメになりやした」

「むさいのはお互い様だ、ギシュール」

 酒に酔った相方に、サイラスさんが鋭くツッコミを入れる。それを無視してギシュールさんは話を続けた。

「どーせ何処に居ても監視されるなら、いっそ国が運営している魔法研究所にでも入れてもらって、そこで幾ばくか貢献でもしてやる代わりにしっかり庇護してもらおうって考えたんです。目論見は、まあ当たりましたよ。教国が誇る魔法研究所――ああ、通称『エクスペリメンツ』って言うんですがね――そこであっしは、【オーロラ・ウォール】について研究してたんです。首都防衛機構だか何だか知らないが、あんなもんがいつどうやって現れたのか、またその本質的な正体とは何なのかってところに興味をそそられましてねぇ。オーロラの実体に近付くことは上の方から固く禁じられていたんで、専ら文献や公的記録を漁っての調査に留まってましたがねぇ」

 意外にもしっかりと呂律の回った舌でそこまで語ると、ギシュールさんは一息入れるようにまた酒をあおった。

「そんなある日、魔族であるオーガがダンジョンに現れたってんで大きな騒ぎがありやした。事件の顛末を耳にするとこれが中々どうして腑に落ちない。で、自分なりに調べてみたんです。するとどうやら、ダンジョン内部に不審な光が現れ、しかもそれがオーロラに良く似ていたらしい……と分かってきた。あっしはピンときましたよ。きっとこの一件、あの【オーロラ・ウォール】と何か関係がある、とね。それで、あの手この手を駆使して守護聖騎士達を束ねるウィンガート総長に接触を図ったんですわ」

「ギシュールはこう見えて、一度やると決めたことはとことん追求する男だ。何度か妥協するよう言ったが聴きもしない。あまり無茶をやられて処分ということになればこっちの責任問題にもされるので、面倒事になるよりは手助けした方が良いと見て協力した」

「理解のある相棒が居て幸せ者ですよ、あっしは」

 サイラスさんはフンと鼻を鳴らしてギシュールさんを見下ろす。お互いに皮肉が籠もっているが、そこには何処か気安さが見て取れた。案外、良い関係を築けているのかもしれない。

「ウィンガート総長と実際にお会いした時、彼は意外なことを言いましたよ。“【オーロラ・ウォール】とダンジョンに現れた謎の光の因果関係について調べているから、是非協力してもらいたい。君がこれまで培ってきた知見を是非とも役立ててほしい。”ってね。こちらから切り出す前に、まるで抜き打ちのようにいきなり率直に申されるもんですから流石のあっしも度肝を抜かれましたよ」

「まさか……!?」

 ウィンガートさんの大胆さに、私もシェーナも圧倒された。形式や立場に囚われない柔軟な思考の持ち主だと思っていたが、まさかここまで無頓着に機密を明かしてしまえる人だとは。良いか悪いかは別として、決断力に溢れていることに違いは無い。だからこそ、総長という要職が務まるのかも知れなかった。

「総長閣下もあっしと同じ読みでしてねぇ、たちまち意気投合したんですわ。んで、その場で彼から【任務】を発行してもらって、こうしてオーロラ近くのイミテ村までやって来たってワケです。接近禁止令の方も彼のお陰でクリアになりましたからね、思う存分に励めるってもんです」

 グビッ、ともう一度盃を傾けてからギシュールさんはそう締めくくった。

「……なるほど、理由と経緯については納得した。そんな大事な仕事を任されたというのに酒浸りになっている、という点を除けばな」

 シェーナは深く頷きながらも、ギシュールさんの現状に鋭い毒を投げ込んだ。が、それに対しても帰ってきたのは余裕のある笑い声だけだった。

「はっはっは、それはごもっとも。ですがリョス・ヒュムのお嬢さん、これはいわゆる景気付けの一杯ってトコでさ。あれこれと節制を強要されてきたあっしが、初めて自分のやりたい仕事をさせてもらえるんです。それも総長閣下の肝入で。これで気分を高揚させるなってのは無理があるってなもんでしょう。逸る気持ちを抑えるためにも、今夜は呑むって決めたんです」

「ギシュールは酒好きだからな。こんな奴だが、今回の【任務】に対して他意はない。どうか誤解はしないでやってほしい」

 しょうがない奴だ、と言わんばかりのサイラスさんではあったが、ギシュールさんを擁護するその声音は優しい。

「さて、それじゃ本題に入りやすかい」

 ギシュールさんが盃を起き、俄に居住まいを正した。彼が放つ雰囲気が僅かに変わったことを感じ取り、私もシェーナも身構える。

「シッスルさん、シェーナさん。あっしがこんな夜更けにあんた方を尋ね、眠りを妨げたのは何もこれらの経緯を説明しようって思ったからじゃありやせん。今回の総長から下された【任務】、オーロラの調査にあんた方の協力を仰ぎたいと考えたからでさぁ」

 ここまでの話を聴けば大体想像がつく。あの事件の当事者である私達二人に、最初から接触を図るつもりでギシュールさんはこのイミテ村にやって来たのだ。

「……最初から私達の動向を掴んでいたんだな? 総長閣下が教えたのか?」

「ええ、彼からのあんた方宛に書簡があります。あっしの調査に加わるよう、文面でお願いしておりやすね」

 わざとらしく畏まった所作で、ギシュールさんは懐からその書簡を取り出した。

「ご存知の通り、守護聖騎士団は行政の方にも融通が利くかなりの万能組織でありやすからね、ギルドを通じてお二人の所在を把握するのはワケもありやせん。おっと、怒らないでおくんなさいな。これも公共の福祉に関わる大事ゆえ、個人情報もそれなりの扱いをされるんですよ」

「総長閣下の書簡があるなら、最初から出してくれれば話が早かったのでは? そうでなくとも、店の主人に言付けておけば良いものを」

 書簡を受け取りつつも、シェーナは不満そうに口を尖らせる。

「逆に訊きますがね、総長の内意を受けているってことを安々と部外者に明かしても良いんですかい? 今、この場にはあっしらしか居ないと確信出来たからこそ、あっしも真意を打ち明けたんでさあ」

「む……」

 言葉に詰まったシェーナが辺りを見回す。宿屋の食堂には、私達四人以外に人の姿は無い。念の為に階段も見上げてみたが、そこにも誰も居なかった。ギシュールさんは、話しながらも周囲の様子をそれとなく窺っていたということか。酒が入っているとは思えないくらいの慎重さだった。だらしなく見えていても、思考や行動には相応の理知がある。

 この人は、信用出来るかも知れない。

「分かりました。そのお話、私達も協力します」

「シッスル!?」

 出し抜けに言った私の言葉に、シェーナが心底驚いたような声を上げる。

「ほう……」

 ギシュールさんが私を見る。酔ってとろけた彼の眼差しは、しかし底光りするような意思の強さを覗かせている。

「ようやっと話してくださいやしたね。交渉は全部このリョス・ヒュムの姉ちゃんにお任せするつもりかと思っておりやしたよ」

「シェーナは私の騎士で、掛け替えのない親友ですが、お守り役じゃありません。自分の意見は自分で言います」

 こちらを絡め取らんとするかのような目を、私は正面から見返した。

「オーガの一件は、私にとっても重大事です。解決の糸口が掴めるのなら、その機会を逃すつもりはありません」

「…………」

 四人だけの食堂を、しばらく沈黙が包んだ。窓から差し込むオーロラの光と、微かに吹き込む夜風の音だけがこの空間を支配する。

 やがて、引き結ばれていたギシュールさんの口元が、静かに綻んだ。

「決まりですな。早速明日から調査です、よろしく頼みましたよシッスルさん」

 差し出された彼の節くれだった手を、私はしっかりと握り返した。
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