15 / 68
第一章
第十四話 ミレーネ救出
しおりを挟む
西のダンジョン、二層目。最初に到達した部屋にて【シャドウ・ボーナー】達の奇襲を退けた後。
此処に来た目的のひとつが、ずっと探していた要救助者が、まさかこの場で見つかろうなどと誰が予想しただろうか?
「ミレーネ! ミレーネ……っ!」
妹の名を必死に呼びながら、デイアンさんの姿が五つ目の土塁の向こうに沈む。その傍では、シェーナが緊張の面持ちで立っている。カティアさんも少し遅れながら彼女達の居る場所へと到着し、ゆっくりとその腰を落とした。
私も、悪戦苦闘しながらどうにか残りの土塁をよじよじと乗り越え、ようやくそこへ辿り着く。そして恐る恐るミレーネさんの様子を窺った。
「わっ、綺麗……!」
思わずそう口に出してしまう程の美少女が、ぐったりと土塁に背を付けた状態で座り込んでいた。ウェーブがかったブロンドの髪も、衣服も、白い肌も、返り血やら土埃やらで汚れてしまっているが、伏せられたその横顔は大変にあどけなく、美しい。しかし何処と無く、デイアンさんの面影があるように見えた。
「ミレーネ……! ああ良かった、自力で此処まで逃げてきたんだな?」
兄の呼び掛けに対して一向に応える気配が無いものの、ようやく探し求めた妹の姿をその目で確認することが出来て、デイアンさんは声を潤ませる。
だがそんな安堵の空気を遮るように、カティアさんがにじり寄っていった。
「離れて」
「え? でも……」
「良いから、早く!」
カティアさんの意外な剣幕に圧され、デイアンさんがやむなくミレーネさんから身を離す。それと入れ替わるように、カティアさんがずいっとミレーネさんの前に進み出た。
「聖なる力よ、この者に魔の気配が無いか探り給え――」
何をするのかと思えば、カティアさんは自分の【聖なる護り石】を手に持ってミレーネさんに向けて翳している。彼女の唱える呪文と共に、石は聖なる白い光を発してミレーネさんに降り注いだ。
「シェーナ、カティアさんは何をしているの? ミレーネさんの治療?」
「いいえ……。彼女に、魔物や魔族の悪影響が出ていないかを確かめているのよ」
シェーナは、若干言い難そうに答えた。デイアンさんが驚きの眼差しでシェーナを見上げる。
「ミレーネに、魔族の悪影響が……!? 一体、どういうことなんです!?」
「魔物の中には人体に取り憑いたり、精神を汚染して人格を歪めたりする存在も居るのだ、デイアン殿」
シェーナは、意を決したようにデイアンさんと向き合った。
「魔族の場合は、魔法で他者の精神に干渉して意のままに操ると言われている。ミレーネ殿が、そのいずれかの影響を受けている可能性は……否定し切れない」
「そんな……!?」
デイアンさんは愕然と目を見開いた。私の背筋にも冷たいものが走る。
「貴殿も見た筈だ。此処はつい先程まであの魔物どもの巣窟だった。ミレーネ殿がこうして同じ部屋に居るのは、不自然だ」
シェーナの言うことは正論だった。もしミレーネさんが前から此処に居たのなら、あの【シャドウ・ボーナー】達に気付かれていないのはおかしい。普通なら真っ先に標的にされ、私達が此処に辿り着くより前になすすべなく生命を奪われていただろう。気分の良くない話だが、そう考える方が自然なのだ。
戦闘の最中に彼女が入ってきたという可能性もあるにはあるけど、正直言って蓋然性は低い。室内の状況が良くわかっていない段階でノコノコ入ってくることなんて、冒険者の彼女がするだろうか? 仮にオーガに追い立てられて逃げていたのなら、今頃はオーガも姿を見せている筈。それとも、此処でこうして倒れていることから、ひとり前後不覚の状態でどうにか逃げてきて、半ば無意識的に……。
「ねえシェーナ、さっきの《スキル》発動中に、ミレーネさんらしき気配は感じなかったの?」
「感じなかった……と思う。【シャドウ・ボーナー】との戦いに集中していて、気付かなかっただけかも知れないけど」
「戦闘の最中にミレーネさんがふらふら~っとこの部屋に入ってきた、とかは?」
「流石にそれだったら気付くわよ。彼女は最初から此処に倒れていたと考えるべきだと思うわ、シッスル」
……やはり、無理がある。だけど、それでも私はシェーナに食い下がらざるを得なかった。
「でもシェーナ、だからと言ってまだミレーネさんが魔物の術中に陥っているとは決まっていないんじゃ……?」
「無論よ、だからああやってカティアが聖術で確認しているの」
シェーナは、ミレーネさんに向かって護り石を翳し続けているカティアさんを硬い表情で見つめている。私とデイアンさんも、それに倣うしかない。
皆で、カティアさんの作業を固唾を呑んで見守った。
やがて、彼女が護り石を握っていた手をゆっくりと下に下ろす。額に掛かった自分の赤髪を指先でちょいと払い、カティアさんは静かに告げた。
「……魔の残滓は感じられないわ。どうやら、彼女は大丈夫なようね」
息が詰まりそうなくらいに張り詰めた空気が、一気に弛緩する。
「よ、良かったぁぁぁ~~……!」
「カティア殿、ではミレーネは……?」
「所々に小さな傷は付いてるけど、他に目立った外傷も無し。今彼女の身体を検めたついでに、簡易な治癒術も施しておいたからすぐに目を覚ますと思うわ」
デイアンさんの顔が、見る見る晴れ渡る。カティアさんに顔をくっつけんばかりに身を乗り出して、声を弾ませた。
「ミレーネは、妹は無事なんですね……!?」
「ああもう、顔が近いわよ! 心配しなくてもあんたの妹はちゃんと生きているわよ。あのモードって男よりずっとマシな状態でね」
「なんとお礼を言ったら良いか……! この御恩は一生忘れません!」
「言ったでしょ、私のこれは仕事。治療の代金も納付税から賄われるから気にしないでって。私よりも、もっと他にお礼を言うべき相手が居るんじゃない?」
デイアンさんは、即座に私達に向き直って深く頭を下げた。
「シェーナさん、シッスルさん。あなた達が危険を冒して先に進むと言ってくれたからこそ、こうして妹を助けることが出来ました。御二方の勇気と誠心に、心より感謝致します! 《鈴の矢》のメンバー一同、この度の行動を深く反省すると共に、御二方には――」
「ちょ、ちょっとデイアンさん待って待って! そんな話より、今はミレーネさんを連れて此処を出る方が先決ですよ!」
かしこまった謝意を述べるデイアンさんを押し留めて、私は急いで言った。横でシェーナも大きく頷く。
「ミレーネ殿が見つかったのは僥倖だ。これで目的のひとつは達した。二層の偵察は切り上げて、我々はすぐにも地上へ戻るべきだろう」
「そうね、オーガが野放しなことには変わりがないもの。今此処でアイツと遭遇するのは御免だわ。さっさと撤退して、後は元気な他の騎士達に任せちゃいましょ」
「同感です。それでは、ミレーネは僕が……」
「私も手を貸そう、デイアン殿」
と、デイアンさんとシェーナがぐったりしたままのミレーネさんを両脇から抱え上げようとした時だ。
「――っぅ! う、ううぅ……!」
ミレーネさんの身体が、軽い電気を浴びたカエルのようにピクリと動き、か細い声が漏れた。
「ミレーネ!?」
急いでデイアンさんが妹の身体を再び土塁の背に預ける。
「気が付いたのか!? 僕だ、デイアンだ! ミレーネ、僕が分かるか!?」
「ぅ……!? に、にい、さん……?」
ミレーネさんがゆっくりと首を持ち上げ、胡乱な目でデイアンさんを見た。少しの間、目をパチパチと瞬かせていたが、次第にその瞳に色と生気が戻ってくる。
「にいさん……兄さんっ!」
完全に目元に力を取り戻したミレーネさんが、がばっと身を跳ね上げてデイアンさんに抱き着いた。
「無事だったのね!? 良かった……!」
「それはこっちのセリフだ! ミレーネ、済まなかった! お前を置いて、俺達だけで……!」
声を詰まらせながら、ミレーネさんを優しく抱擁してその頭を撫でるデイアンさん。感動的な兄妹の再会に、私も胸が詰まりそうになった。
「デイアン殿、喜ぶのは後にしよう。まずはダンジョンから出ることを優先しなくては」
シェーナが、控えめに横から促した。ミレーネさんがシェーナを見る。
「兄さん、この人は……?」
「守護聖騎士団のシェーナさんだ。それにこちらは同じくカティアさん、それから魔術士のシッスルさんもご一緒して下さった。皆、お前を助ける為に力を貸してくれたんだぞ」
「そうだったんですか……。どうもありがとうございます。この度は――」
「だぁぁ、もう! お礼も挨拶も後にしなさい! とにかく、さっさと帰るわよ!」
カティアさんが痺れを切らしたように地団駄を踏む。
「ほら、とっとと歩く! 遅れたら置いていくから覚悟しなさい!」
「分かった、分かったからそう癇癪を起こすなカティア」
シェーナがプンスカと語気を荒げるカティアさんを宥めつつ、再びミレーネさんの傍にしゃがみ込む。
「ミレーネ、立てるか?」
「ん……。なんとか、大丈夫そう」
土塁に手をついて、ミレーネさんが自力で腰を浮かせる。まだ、僅かながら動ける力は残っているみたいだ。体勢を入れ替えて地面に膝を付き、どうにか身体を伸ばそうとしている妹へ、そっと兄の手が差し伸べられる。
「僕とシェーナさんが肩を貸そう。まだ辛いと思うが、出口まで頑張ってくれ」
「そんなに心配しないでよ、兄さん。私だって《鈴の矢》の一員なんだから。……弓と矢は、失くしちゃったけどね」
デイアンさんとシェーナに両脇から支えられて何とか立ち上がったミレーネさんは、それでも少しおどけた様子でウィンクしながらぺろりと舌を出した。
「はは、冗談を言える余裕があるなら良かったよ」
そんな妹の様子に、デイアンさんの張り詰めた表情も少しだけ緩むのだった。
私達は来た時以上に土塁に悪戦苦闘しながら、それでも時間を掛けてミレーネさんに全ての土塁を越えさせることに成功し、どうにか部屋を後にした。
生命に別状は無かったとは言え、やはりミレーネさんは激しく体力を消耗していたようで、ひとつ土塁を跨ぐごとに顔色が悪くなっていった。部屋を出る頃には、もう一歩進むだけでも辛そうに脚をがくがくと振るわせてしまっていた。デイアンさんとシェーナは、そんな彼女を懸命に両脇から補助して少しずつ足を前に運んでいたが、これでは埒が明かないと思ったのかデイアンさんが提案した。
「ミレーネ、やはり僕がお前をおぶって行こう。その方が早い」
「兄さん……。でも……」
「でもじゃない。歩ける力が残っているならと思っていたが、これ以上お前にそれを求めるのは酷だ。進みが遅くて、皆さんの迷惑にもなってしまう」
「そうだな、それが良さそうだ。こんな時なのだミレーネ殿、遠慮せず兄上殿を頼ると良い」
「シェーナさん……。はい、分かりました。兄さん、悪いけどお願い」
「大丈夫だ、任せろ」
ミレーネさんは少し迷った様子だったがやがて遠慮がちに頷き、目の前でしゃがんだデイアンさんの背中にその身を預ける。妹がしっかりと自分の背中に乗ったことを確認したデイアンさんは、彼女の両腿をしっかりと手で支えながら立ち上がった。
「兄さん、ごめんね。重くない?」
「全然。これでも《鈴の矢》のリーダーだからな。お前ひとりを背負って歩くくらい、別にどうということも無いさ」
泰然とした兄の言葉に、ミレーネさんは何処か安心したようにはにかんで、身体を更にデイアンさんの方へと寄せた。
「えへへ、ありがと」
耳元に囁きかけるようにミレーネさんが言うと、デイアンさんは少し照れくさそうにわざとらしく声を掛けた。
「懐かしいな、昔はこうして良くお前をおぶったものだよ」
「もう! それは子供の頃の話でしょ! 今は仕方無く、なんだから……!」
私達の前で急に幼い頃の話を持ち出されてミレーネさんは顔を赤く染めたが、何処かまんざらでも無さそうだった。
そんなやり取りに、不器用ながらも確かな兄妹の絆が垣間見えたような気がして、私はひとり密かにくすりと笑うのだった。
此処に来た目的のひとつが、ずっと探していた要救助者が、まさかこの場で見つかろうなどと誰が予想しただろうか?
「ミレーネ! ミレーネ……っ!」
妹の名を必死に呼びながら、デイアンさんの姿が五つ目の土塁の向こうに沈む。その傍では、シェーナが緊張の面持ちで立っている。カティアさんも少し遅れながら彼女達の居る場所へと到着し、ゆっくりとその腰を落とした。
私も、悪戦苦闘しながらどうにか残りの土塁をよじよじと乗り越え、ようやくそこへ辿り着く。そして恐る恐るミレーネさんの様子を窺った。
「わっ、綺麗……!」
思わずそう口に出してしまう程の美少女が、ぐったりと土塁に背を付けた状態で座り込んでいた。ウェーブがかったブロンドの髪も、衣服も、白い肌も、返り血やら土埃やらで汚れてしまっているが、伏せられたその横顔は大変にあどけなく、美しい。しかし何処と無く、デイアンさんの面影があるように見えた。
「ミレーネ……! ああ良かった、自力で此処まで逃げてきたんだな?」
兄の呼び掛けに対して一向に応える気配が無いものの、ようやく探し求めた妹の姿をその目で確認することが出来て、デイアンさんは声を潤ませる。
だがそんな安堵の空気を遮るように、カティアさんがにじり寄っていった。
「離れて」
「え? でも……」
「良いから、早く!」
カティアさんの意外な剣幕に圧され、デイアンさんがやむなくミレーネさんから身を離す。それと入れ替わるように、カティアさんがずいっとミレーネさんの前に進み出た。
「聖なる力よ、この者に魔の気配が無いか探り給え――」
何をするのかと思えば、カティアさんは自分の【聖なる護り石】を手に持ってミレーネさんに向けて翳している。彼女の唱える呪文と共に、石は聖なる白い光を発してミレーネさんに降り注いだ。
「シェーナ、カティアさんは何をしているの? ミレーネさんの治療?」
「いいえ……。彼女に、魔物や魔族の悪影響が出ていないかを確かめているのよ」
シェーナは、若干言い難そうに答えた。デイアンさんが驚きの眼差しでシェーナを見上げる。
「ミレーネに、魔族の悪影響が……!? 一体、どういうことなんです!?」
「魔物の中には人体に取り憑いたり、精神を汚染して人格を歪めたりする存在も居るのだ、デイアン殿」
シェーナは、意を決したようにデイアンさんと向き合った。
「魔族の場合は、魔法で他者の精神に干渉して意のままに操ると言われている。ミレーネ殿が、そのいずれかの影響を受けている可能性は……否定し切れない」
「そんな……!?」
デイアンさんは愕然と目を見開いた。私の背筋にも冷たいものが走る。
「貴殿も見た筈だ。此処はつい先程まであの魔物どもの巣窟だった。ミレーネ殿がこうして同じ部屋に居るのは、不自然だ」
シェーナの言うことは正論だった。もしミレーネさんが前から此処に居たのなら、あの【シャドウ・ボーナー】達に気付かれていないのはおかしい。普通なら真っ先に標的にされ、私達が此処に辿り着くより前になすすべなく生命を奪われていただろう。気分の良くない話だが、そう考える方が自然なのだ。
戦闘の最中に彼女が入ってきたという可能性もあるにはあるけど、正直言って蓋然性は低い。室内の状況が良くわかっていない段階でノコノコ入ってくることなんて、冒険者の彼女がするだろうか? 仮にオーガに追い立てられて逃げていたのなら、今頃はオーガも姿を見せている筈。それとも、此処でこうして倒れていることから、ひとり前後不覚の状態でどうにか逃げてきて、半ば無意識的に……。
「ねえシェーナ、さっきの《スキル》発動中に、ミレーネさんらしき気配は感じなかったの?」
「感じなかった……と思う。【シャドウ・ボーナー】との戦いに集中していて、気付かなかっただけかも知れないけど」
「戦闘の最中にミレーネさんがふらふら~っとこの部屋に入ってきた、とかは?」
「流石にそれだったら気付くわよ。彼女は最初から此処に倒れていたと考えるべきだと思うわ、シッスル」
……やはり、無理がある。だけど、それでも私はシェーナに食い下がらざるを得なかった。
「でもシェーナ、だからと言ってまだミレーネさんが魔物の術中に陥っているとは決まっていないんじゃ……?」
「無論よ、だからああやってカティアが聖術で確認しているの」
シェーナは、ミレーネさんに向かって護り石を翳し続けているカティアさんを硬い表情で見つめている。私とデイアンさんも、それに倣うしかない。
皆で、カティアさんの作業を固唾を呑んで見守った。
やがて、彼女が護り石を握っていた手をゆっくりと下に下ろす。額に掛かった自分の赤髪を指先でちょいと払い、カティアさんは静かに告げた。
「……魔の残滓は感じられないわ。どうやら、彼女は大丈夫なようね」
息が詰まりそうなくらいに張り詰めた空気が、一気に弛緩する。
「よ、良かったぁぁぁ~~……!」
「カティア殿、ではミレーネは……?」
「所々に小さな傷は付いてるけど、他に目立った外傷も無し。今彼女の身体を検めたついでに、簡易な治癒術も施しておいたからすぐに目を覚ますと思うわ」
デイアンさんの顔が、見る見る晴れ渡る。カティアさんに顔をくっつけんばかりに身を乗り出して、声を弾ませた。
「ミレーネは、妹は無事なんですね……!?」
「ああもう、顔が近いわよ! 心配しなくてもあんたの妹はちゃんと生きているわよ。あのモードって男よりずっとマシな状態でね」
「なんとお礼を言ったら良いか……! この御恩は一生忘れません!」
「言ったでしょ、私のこれは仕事。治療の代金も納付税から賄われるから気にしないでって。私よりも、もっと他にお礼を言うべき相手が居るんじゃない?」
デイアンさんは、即座に私達に向き直って深く頭を下げた。
「シェーナさん、シッスルさん。あなた達が危険を冒して先に進むと言ってくれたからこそ、こうして妹を助けることが出来ました。御二方の勇気と誠心に、心より感謝致します! 《鈴の矢》のメンバー一同、この度の行動を深く反省すると共に、御二方には――」
「ちょ、ちょっとデイアンさん待って待って! そんな話より、今はミレーネさんを連れて此処を出る方が先決ですよ!」
かしこまった謝意を述べるデイアンさんを押し留めて、私は急いで言った。横でシェーナも大きく頷く。
「ミレーネ殿が見つかったのは僥倖だ。これで目的のひとつは達した。二層の偵察は切り上げて、我々はすぐにも地上へ戻るべきだろう」
「そうね、オーガが野放しなことには変わりがないもの。今此処でアイツと遭遇するのは御免だわ。さっさと撤退して、後は元気な他の騎士達に任せちゃいましょ」
「同感です。それでは、ミレーネは僕が……」
「私も手を貸そう、デイアン殿」
と、デイアンさんとシェーナがぐったりしたままのミレーネさんを両脇から抱え上げようとした時だ。
「――っぅ! う、ううぅ……!」
ミレーネさんの身体が、軽い電気を浴びたカエルのようにピクリと動き、か細い声が漏れた。
「ミレーネ!?」
急いでデイアンさんが妹の身体を再び土塁の背に預ける。
「気が付いたのか!? 僕だ、デイアンだ! ミレーネ、僕が分かるか!?」
「ぅ……!? に、にい、さん……?」
ミレーネさんがゆっくりと首を持ち上げ、胡乱な目でデイアンさんを見た。少しの間、目をパチパチと瞬かせていたが、次第にその瞳に色と生気が戻ってくる。
「にいさん……兄さんっ!」
完全に目元に力を取り戻したミレーネさんが、がばっと身を跳ね上げてデイアンさんに抱き着いた。
「無事だったのね!? 良かった……!」
「それはこっちのセリフだ! ミレーネ、済まなかった! お前を置いて、俺達だけで……!」
声を詰まらせながら、ミレーネさんを優しく抱擁してその頭を撫でるデイアンさん。感動的な兄妹の再会に、私も胸が詰まりそうになった。
「デイアン殿、喜ぶのは後にしよう。まずはダンジョンから出ることを優先しなくては」
シェーナが、控えめに横から促した。ミレーネさんがシェーナを見る。
「兄さん、この人は……?」
「守護聖騎士団のシェーナさんだ。それにこちらは同じくカティアさん、それから魔術士のシッスルさんもご一緒して下さった。皆、お前を助ける為に力を貸してくれたんだぞ」
「そうだったんですか……。どうもありがとうございます。この度は――」
「だぁぁ、もう! お礼も挨拶も後にしなさい! とにかく、さっさと帰るわよ!」
カティアさんが痺れを切らしたように地団駄を踏む。
「ほら、とっとと歩く! 遅れたら置いていくから覚悟しなさい!」
「分かった、分かったからそう癇癪を起こすなカティア」
シェーナがプンスカと語気を荒げるカティアさんを宥めつつ、再びミレーネさんの傍にしゃがみ込む。
「ミレーネ、立てるか?」
「ん……。なんとか、大丈夫そう」
土塁に手をついて、ミレーネさんが自力で腰を浮かせる。まだ、僅かながら動ける力は残っているみたいだ。体勢を入れ替えて地面に膝を付き、どうにか身体を伸ばそうとしている妹へ、そっと兄の手が差し伸べられる。
「僕とシェーナさんが肩を貸そう。まだ辛いと思うが、出口まで頑張ってくれ」
「そんなに心配しないでよ、兄さん。私だって《鈴の矢》の一員なんだから。……弓と矢は、失くしちゃったけどね」
デイアンさんとシェーナに両脇から支えられて何とか立ち上がったミレーネさんは、それでも少しおどけた様子でウィンクしながらぺろりと舌を出した。
「はは、冗談を言える余裕があるなら良かったよ」
そんな妹の様子に、デイアンさんの張り詰めた表情も少しだけ緩むのだった。
私達は来た時以上に土塁に悪戦苦闘しながら、それでも時間を掛けてミレーネさんに全ての土塁を越えさせることに成功し、どうにか部屋を後にした。
生命に別状は無かったとは言え、やはりミレーネさんは激しく体力を消耗していたようで、ひとつ土塁を跨ぐごとに顔色が悪くなっていった。部屋を出る頃には、もう一歩進むだけでも辛そうに脚をがくがくと振るわせてしまっていた。デイアンさんとシェーナは、そんな彼女を懸命に両脇から補助して少しずつ足を前に運んでいたが、これでは埒が明かないと思ったのかデイアンさんが提案した。
「ミレーネ、やはり僕がお前をおぶって行こう。その方が早い」
「兄さん……。でも……」
「でもじゃない。歩ける力が残っているならと思っていたが、これ以上お前にそれを求めるのは酷だ。進みが遅くて、皆さんの迷惑にもなってしまう」
「そうだな、それが良さそうだ。こんな時なのだミレーネ殿、遠慮せず兄上殿を頼ると良い」
「シェーナさん……。はい、分かりました。兄さん、悪いけどお願い」
「大丈夫だ、任せろ」
ミレーネさんは少し迷った様子だったがやがて遠慮がちに頷き、目の前でしゃがんだデイアンさんの背中にその身を預ける。妹がしっかりと自分の背中に乗ったことを確認したデイアンさんは、彼女の両腿をしっかりと手で支えながら立ち上がった。
「兄さん、ごめんね。重くない?」
「全然。これでも《鈴の矢》のリーダーだからな。お前ひとりを背負って歩くくらい、別にどうということも無いさ」
泰然とした兄の言葉に、ミレーネさんは何処か安心したようにはにかんで、身体を更にデイアンさんの方へと寄せた。
「えへへ、ありがと」
耳元に囁きかけるようにミレーネさんが言うと、デイアンさんは少し照れくさそうにわざとらしく声を掛けた。
「懐かしいな、昔はこうして良くお前をおぶったものだよ」
「もう! それは子供の頃の話でしょ! 今は仕方無く、なんだから……!」
私達の前で急に幼い頃の話を持ち出されてミレーネさんは顔を赤く染めたが、何処かまんざらでも無さそうだった。
そんなやり取りに、不器用ながらも確かな兄妹の絆が垣間見えたような気がして、私はひとり密かにくすりと笑うのだった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
最強魔導師エンペラー
ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。
光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。
ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…!
8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。
同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。
実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。
恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる