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シャワーヘッド
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水没したスマホを見つめ、私は頭を抱えた。
ほんの一瞬油断してしまったのだ。お風呂に入っている最中に動画に見入っていた自分が悪いのだ。防水用の袋が破れて浴槽に真っ逆さまに落ちていった。
最近、動画投稿サイトにはまっていた私は入浴中も手放せなくなってしまっていた。スマホ中毒だと自分でもわかっているが、やめられない。
ひとまずこの絶望的な状況を打破しなければいけない。
急いで風呂を上がると着替えて部屋に戻った。可能な限りスマホから水を抜いて何度も電源を入れてみたが、応答はない。完全に壊れてしまったようだ。
「とにかく修理しなきゃ」
私はケータイショップへ連絡をしようとして目の前のスマホに手を伸ばした。
「これは相当ね」
自らの習慣に絶望した。
翌日、ケータイショップを訪れた。店員にデータの破損を確認してみたが、問題ないとのことだった。不幸中の幸いだった。その場で新機種のスマホを契約し、今までよりも快適な生活がスタートすることになった。
「だがしかし、対策を打たなければ」
さすがの私もバカではない。もうスマホを風呂場に持っていくことはしないと決意した。その代わり、風呂場で動画を見られる環境を作ろうと考えた。
最も簡単な方法は、防水加工されたお風呂用テレビやタブレットを購入することだが、種類が豊富で探すのが難しい。家電量販店を見て回ってもピンと来る製品は見つからない。せっかくなら快適な環境を作ろうとすると理想が高くなるのだ。
決めかねてフロアをウロウロしていると不意に声をかけられた。
「もしかして、防水加工のモニターをお探しですか?」
振り向くとそこにはメーカー営業の男性が立っていた。長身痩躯で黒縁眼鏡をかけている。
「ええ、お風呂でインターネットを使えればいいなと思っているんですが、これといった物が見つからなくて」
男性は相槌を打っては神妙な顔をしている。
「防水加工と言えども水没させれば壊れてしまいますから、完全防水の品を選べば安心ですよ」
「そうなんですけど、ただモニターを買うのもつまらないなと思っているんです」
「では、弊社が開発したシャワーヘッド型モニターはいかがでしょうか?」
シャワーヘッド型?
「こちらです」
男性が手に持っているのは何の変哲もないシャワーヘッドと付属の小型映写機だった。
「どうやって使うんですか?」
私は訳が分からずにきょとんとしてしまっている。
「実はこのシャワーヘッド、日常的にお使いになられるモードと映写モードと言われる霧を発生させる機能がございます」
「霧ですか」
「滝に虹がかかっているのを見たことがありますでしょう。あれと同じ原理を用いて霧の上に映像を映し出すのです。タブレットでは小さな画面でしか動画を見ることはできませんが、このシャワーヘッドと映写機を使えば大きなスクリーンを創り出すことができます。お風呂場にミニシアターが設置できると想像していただければわかりやすいかと思います」
男性は随分とこの製品に入れ込んでいる様子で嬉々として説明をしてくれた。
私もミニシアターと言われて好奇心を揺さぶられてしまった。
詳しく話を聞いてみると設置方法も簡単で私でも十分に活用することができそうだったし、値段もタブレットを買うのとあまり違いはなかった。
「買います」
私はその場で即決して、さっそく自宅で準備に取り掛かった。
自宅の浴槽は出窓がついていて、その向かい側が洗い場になっている。そこで出窓に映写機を設置し、シャワーから霧を発生させて私は浴槽の中から洗い場を向く。すると壁に霧がかかっているように見える。映写機のスイッチを入れると、見慣れた動画投稿サイトの画面が表示された。やや傾いており、湾曲していたのでシャワーヘッドと映写機の位置を微調整した。
「うん、いいね」
長方形のスクリーンが出来上がり、非常に満足だった。
そして、映写機のボタンで再生してみると、いつも暇さえあれば眺めている可愛らしい猫や犬の姿が壁一面に映っていた。
「すごーい」
こんな大画面で大迫力の映像が見られるなんて驚きだった。さらに霧に立体感があるため、動物たちの躍動感がリアリティを増して伝わってくるのだ。こちらへ向かって走ってくるシーンでは本当に霧の中から飛び出してくるようで夢中になって見てしまう。
いい買い物をしたなあとしみじみと実感してしまった。
その日から毎日のようにお風呂で動画を見るようになった。動画投稿サイトだけではなく、映画やバラエティ番組も見ながら、ジュースを飲みながら、リラックスして過ごした。
以前よりもお風呂に入る時間は長くなり中毒性が増しているように思えるが、その反面半身浴もできるし、霧が立ち込めているので美容効果にもつながった。
そう、とてもいい事だらけなのだ。
ただひとつ、水道代が跳ね上がったことを除いては。
ほんの一瞬油断してしまったのだ。お風呂に入っている最中に動画に見入っていた自分が悪いのだ。防水用の袋が破れて浴槽に真っ逆さまに落ちていった。
最近、動画投稿サイトにはまっていた私は入浴中も手放せなくなってしまっていた。スマホ中毒だと自分でもわかっているが、やめられない。
ひとまずこの絶望的な状況を打破しなければいけない。
急いで風呂を上がると着替えて部屋に戻った。可能な限りスマホから水を抜いて何度も電源を入れてみたが、応答はない。完全に壊れてしまったようだ。
「とにかく修理しなきゃ」
私はケータイショップへ連絡をしようとして目の前のスマホに手を伸ばした。
「これは相当ね」
自らの習慣に絶望した。
翌日、ケータイショップを訪れた。店員にデータの破損を確認してみたが、問題ないとのことだった。不幸中の幸いだった。その場で新機種のスマホを契約し、今までよりも快適な生活がスタートすることになった。
「だがしかし、対策を打たなければ」
さすがの私もバカではない。もうスマホを風呂場に持っていくことはしないと決意した。その代わり、風呂場で動画を見られる環境を作ろうと考えた。
最も簡単な方法は、防水加工されたお風呂用テレビやタブレットを購入することだが、種類が豊富で探すのが難しい。家電量販店を見て回ってもピンと来る製品は見つからない。せっかくなら快適な環境を作ろうとすると理想が高くなるのだ。
決めかねてフロアをウロウロしていると不意に声をかけられた。
「もしかして、防水加工のモニターをお探しですか?」
振り向くとそこにはメーカー営業の男性が立っていた。長身痩躯で黒縁眼鏡をかけている。
「ええ、お風呂でインターネットを使えればいいなと思っているんですが、これといった物が見つからなくて」
男性は相槌を打っては神妙な顔をしている。
「防水加工と言えども水没させれば壊れてしまいますから、完全防水の品を選べば安心ですよ」
「そうなんですけど、ただモニターを買うのもつまらないなと思っているんです」
「では、弊社が開発したシャワーヘッド型モニターはいかがでしょうか?」
シャワーヘッド型?
「こちらです」
男性が手に持っているのは何の変哲もないシャワーヘッドと付属の小型映写機だった。
「どうやって使うんですか?」
私は訳が分からずにきょとんとしてしまっている。
「実はこのシャワーヘッド、日常的にお使いになられるモードと映写モードと言われる霧を発生させる機能がございます」
「霧ですか」
「滝に虹がかかっているのを見たことがありますでしょう。あれと同じ原理を用いて霧の上に映像を映し出すのです。タブレットでは小さな画面でしか動画を見ることはできませんが、このシャワーヘッドと映写機を使えば大きなスクリーンを創り出すことができます。お風呂場にミニシアターが設置できると想像していただければわかりやすいかと思います」
男性は随分とこの製品に入れ込んでいる様子で嬉々として説明をしてくれた。
私もミニシアターと言われて好奇心を揺さぶられてしまった。
詳しく話を聞いてみると設置方法も簡単で私でも十分に活用することができそうだったし、値段もタブレットを買うのとあまり違いはなかった。
「買います」
私はその場で即決して、さっそく自宅で準備に取り掛かった。
自宅の浴槽は出窓がついていて、その向かい側が洗い場になっている。そこで出窓に映写機を設置し、シャワーから霧を発生させて私は浴槽の中から洗い場を向く。すると壁に霧がかかっているように見える。映写機のスイッチを入れると、見慣れた動画投稿サイトの画面が表示された。やや傾いており、湾曲していたのでシャワーヘッドと映写機の位置を微調整した。
「うん、いいね」
長方形のスクリーンが出来上がり、非常に満足だった。
そして、映写機のボタンで再生してみると、いつも暇さえあれば眺めている可愛らしい猫や犬の姿が壁一面に映っていた。
「すごーい」
こんな大画面で大迫力の映像が見られるなんて驚きだった。さらに霧に立体感があるため、動物たちの躍動感がリアリティを増して伝わってくるのだ。こちらへ向かって走ってくるシーンでは本当に霧の中から飛び出してくるようで夢中になって見てしまう。
いい買い物をしたなあとしみじみと実感してしまった。
その日から毎日のようにお風呂で動画を見るようになった。動画投稿サイトだけではなく、映画やバラエティ番組も見ながら、ジュースを飲みながら、リラックスして過ごした。
以前よりもお風呂に入る時間は長くなり中毒性が増しているように思えるが、その反面半身浴もできるし、霧が立ち込めているので美容効果にもつながった。
そう、とてもいい事だらけなのだ。
ただひとつ、水道代が跳ね上がったことを除いては。
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