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第 一 章 ブロークン・ハート

第三話 有難い嫌がらせ

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2001年9月10日、月曜日

 俺の知らない内に新学期が始まり既に一週間近く過ぎようとしていた。
 新学期を向かえた事を知っていたとしても春香がいない学校へなんて行く気が起こらなかった。
 その言葉どおり確かに学校には行っていなかった。だけど、毎日欠かさず彼女の所には足を運んでいた。
 そこに行くたび、眠っている春香に会うたびに〈早く目覚めてくれ〉と心の中で強く念じていた。しかし、その俺の行為は何の役にもたっていなかった。
 今、彼女の所から自分のマンションに戻り部屋で何も考えず唯、ボーっと天井を眺めていた。そう、何も考えないで。
 どれだけ時間が経ったなんて、どうでもよかったがいつの間にか窓から差し込む陽の光は少なくなっていた。
 何も考えたくなかったのに、突然、インターフォンの音が聞こえてきた。
 誰が来たか知らないけど、出る気なんて全然ない。そんな事を思っているのにも拘らず、容赦なく扉を叩く音がする。
 扉を開けはしない。だけど、覗き窓から誰が来たのだけは確認しておこう。
 そう思って体を起こして、玄関へと向かった。そして、その穴からそれを確認する。・・・、八神慎治。俺の親友の一人慎治だった。
 心配してくれてここまで足を運んだのだろう。だが、口上手な奴と顔をあわせればイランことを聞かれそうで怖かった。だから、一度リヴィングに戻り白紙に、
〔誰にも会いたくない、帰れ〕と書きそれを玄関の下から外に流し込んだ。
 それを見て慎治が何をどう思うか知る事は出来ないがこれ以上奴に構わない。それだけすると部屋に戻りベッドに身を投げていた。そして、闇の中へと落ちて行く。

2001年9月13日、木曜日
 今日も春香の見舞いに帰って来た、丁度その頃に慎治が俺の所へ来ていた。
 二日前、そして昨日と慎治が来ても相手にしてやらなかった。しかし今日の奴はやたらと回収屋のように執こい。
 慎治は玄関のドアを叩くと同時にインターフォンを連射しやがる。ウルサイったらありゃしない。それでも俺は奴を無視し続けていた。

*   *   *

 時が刻まれる事そろそろ一時間くらいか?さすがの俺も出ない訳にはいかない。
 近所迷惑で甚だしい。人にあって話す、って気分じゃないが仕方がなく慎治の相手をしてやる。
 玄関前に立ってはじめにスライドロックを掛けてからキーロックを開け少しだけ扉を開く。そしてその隙間から奴に言葉を発してやった。
「迷惑だ、消えロッ!」
 しかし、俺の口から出た言葉は慎治と話すものではなく追い返す言葉だった。
 その言葉に奴はムカついたのか、スライドロックが掛かっているとも知らずに強引に扉を開けようとした・・・、開く訳が無い。
 扉を開けるのを諦めたのかドア越しに慎治は何か話しかけてくるようだった。
「外に、出てこなくて良いからそこで聞いてロッ!」
「何だ」
 これ以上無下に奴を追い返すのも俺に更なる心傷を与えるだけだと思って話だけは聞く事にした。
「クラスのみんなお前が来ないから心配してるぞ」
「それで?」
 どうだろう、本当にクラスの連中は俺の事なんか心配しているのだろうか?ある訳が無い。どちらかと言うとクラスの問題児だぞ、俺は?
 きっと俺が来なくなって清々しているんじゃないのか?
 その考えが正しいかどうか実際学校に顔を出していない俺にとって判るはずもなかった。
「クラスの、みんなもそうだけど。貴斗、隼瀬、藤宮さんも皆すごくお前の事を心配している。いっとっけど無論、俺もだからナッ!」
 ソッカ、ダチ連中は俺の事を心配してくれているんだな。だが、とりあえず慎治に突っ込みを入れておく。
「だからなんだ!」
「うるせぇ、突っ込むな!最後まで黙って聞いて置け!」
「続けてくれ」
 やれ、やれ突っ込みされるのが好きなくせに今回に限ってそんな風に返してきやがった。仕方が無い真面目に続きを聞いてやろう。
「貴斗、ヤツは凉崎さんの事故の事を凄く、悔やんでいる自分の所為だって」
「馬鹿、言ってんじゃネェ。何で奴のせいなんだよ」
「だから、今からそれを説明しようとしてんジャンか黙って聞いてろ」
 その言葉で黙って慎治の話しを聞く体勢を整えた。

*   *   *

 慎治が言った事に対して何も言えなかった。そして奴の言葉はまだ続く。
「オマエ、貴斗のそんな風に思わせて置いていいのか?お前はそれでいいかも知れない。記憶喪失中のヤツに負担かけさせるなっ!約束しただロッ!俺たちで貴斗の存在を肯定してやろうって!」
「お前はそれでいいかも知れない。そんな状態のヤツと付き合っている藤宮さんが可哀相だと思わないのか?」
 奴の言ってきた言葉は貴斗の彼女である藤宮の事と少しだけ隼瀬の事だった。
 まるで奴の口はマシンガンのように俺に言葉を乱射する。
「だからナッ、授業何って、まともに受けなくていい。顔だけでも出してくれよ、頼む宏之!」
「話はそれだけか?」
「あぁ、大体こんなもんかな。なぁ、そろそろ、いい加減ドア開けてくんねぇか?」
 そして、やっと奴の話が終わったようだ。
 慎治の事を今度は本当に無視するようにドアを閉め部屋の奥へと向かっていた。
 ベッドに寝そべりながら慎治の言った事を考え始めた。
 貴斗の事。なぜアイツがあの時、病院に居たのか納得がいく答えを慎治がくれた。
 慎治から今、ソイツがどんな風に思っているかも聞かされた。
 あの日アイツは春香の電話の相手をしていた。
 俺が遅れたせいで暇を持て余していた彼女が、暇潰しの為、貴斗に連絡をとっていた様だ。
 いつもなら長電話が嫌いな貴斗だがその日に限って長電話をしてしまったらしい。
 その長電話の理由は慎治も聞かされていないと教えてくれた。
 アイツはその長電話のせいで春香を事故に巻き込んでしまったのだと思い込んでいるらしい。だが、悪いのは貴斗じゃない電話を掛けた俺の彼女の方だろ?・・・、それも違うな、結局悪いのは俺自身。
 俺が遅刻しなければそんな事がなかった。
 今ソイツはそんな罪の意識にさいなまれていると慎治が俺に教えてくれた。
 そのため貴斗の彼女、藤宮がアイツの事を凄く心配しているって言っていた。
 間接的に俺は藤宮を傷つけている・・・、俺って最低だ。
 自分の彼女にあんな目に合わせたのにもかかわらず、親友の彼女まで痛めつけている。
 そんな俺がどの面下げてみんなの前に出ればいいんだ?
 それに貴斗は記憶喪失で己の存在の希薄さに悩んでいるのを慎治と俺は知っていた。だから、二人でそんなヤツの思いを消してやろうって誓ったんだ。
 けど、貴斗に会って春香の事を話し合ってもヤツを余計に苦しめちまいそうで・・・、ヤツの存在の希薄さの思いに拍車をかけちまいそうで・・・・・・、顔見せ何って・・・、出来る筈がない。
 色々とそんな事を考えていたら余計に俺の心は重くなっちまった。
 次の日、昨日で慎治も来る事は無いだろうと思っていた。だが奴は今日も説教たれに来ていた。
 聞きたくなんてなかった。だけど近所迷惑されるのも嫌だったからドア越しに奴の話を聞いた。
 慎治の言っている事は大して昨日と変わらなかった。そんな奴の問いかけに俺はただ返事だけを返すだけだった。こんなやり取りがこれから数日続いていた。

2001年9月16日、日曜日
 何も出来ないまま、日付だけが無意味にすぎていた。そして、今日も無気力なまま、春香の見舞いへと足を運んでいた。
 いつもの様に春香の前に座り彼女の手を握りながら彼女を見つめていた。
 そんな行動をとっていると知らないうちに翠が窓際に座っていた。
 彼女は俺に話し掛けてくるが答える気なんか起きてきやしない。そんな状態のままただ時間だけが流れて行く。
「凉崎春香さんの友達の八神と言います。お見舞いに来ました」
 俺の背後から知っている奴の声が聞こえてきた。
「ハァ~~~イ、どうぞお入り下さいですぅ」
 さっきまでしょんぼりしていたくせに態度を急変させ可愛らしい声で奴に翠は返事をしていた。
 ほんの僅かな時間だったけど、慎治は俺に気付かなかったのか彼女と会話していた。
 やっとの事で俺に気付いた奴は間の抜けな声で言葉をかけてきた。
「お前、来ていたのか宏之?」
「あぁ・・・」
 振り向きはしなかったが取り敢えず返事だけはしてやった。
 奴はそのあと俺を無視するかのごとく翠と談笑をしてやがっていた。
 その間もずっと春香の手を握り彼女を見ているだけだった。
 ある程度の時間が流れ居場所の無さを感じた俺は覇気の無い声でそこにいる二人に口を動かす。
「俺帰るわっ、また来ていいよな?春香のところに」
「ハイ、もちろんですぅ」
「そうか・・・、それじゃな」
 翠の返事に対してそう答えると重い足取りでフラフラと病室を出てやった。
 まだ残暑が残るクソ暑い外に丁度出た時、俺を追ってきたのか慎治の奴が声を掛けてきやがった。
「ちゃんと見舞いにだけは来てるんだな、お前」
「あぁ」
「宏之、とりあえず口をは挟まねぇで聞け!」
「あぁ」
 何も考えず奴の口にする事に対して力無く唯、相槌をしてやるだけだった。
「隼瀬も、藤宮さんも、貴斗も学校でテメエの来んのを待ってんだぞ。
今回も同じ事を言うけど、もちろん、俺もだからナッ。テメエが口にする友情ってヤツが口だけじゃないなら行動で示して見せロッ!明日は必ず学校来いやぁ。必ずだからナッ!・・・・・・、若し来なかったら、俺とお前の関係もそんなモンだって解釈するからな。そんじゃぁ、アバヨ!」
 最後、俺を突き放すような言い方でそれを口にすると慎治は姿を消した。・・・『友情』か・・・。
 友情って情は、本当は一体何なんだろうな・・・。

2001年9月17日、月曜日
 目覚めたときは既に昼が過ぎちまっていた。
 春香があんな事になってから今まで以上に俺の生活は不規則になっちまっていた。
 こんな駄目状態になっても腹は減る。
 昨日、帰りに買ってきたコンビニ弁当を普段よりかなり遅い速度で平らげていた。
 その間、昨日、慎治が言っていた言葉の意味を考えていた。
 俺にとって大事な友達、慎治と貴斗。
 春香がいなくて今こんな状態なのに彼奴等が俺の前からいなくなってしまったら・・・、自分の存在意義を本当に失っちまう。そんなのは嫌だ。
 いま少しだけ貴斗のヤツがいう存在の希薄さと言うのがどんな感じなのか理解し始めたんだ。だけど、学校へ足を運ぶ気力が起きないのも事実だった。
「フワァ~~~~~~~~」
 割り箸を口に銜えながら重く大きな溜息を吐いてしまった。
 飯を食った後、最終的に俺は聖陵の制服に着替え、何も詰まっていないカバンを持って家を出ちまっていた。
 学校へ移動中の俺はどこと無く足元がおぼつかなかった。
 気力も体力も無くなり始めているそんな感じだった。

*   *   *

 やっとの事で学校に到着した時は四時限目の授業が始まる数分前だった。
 教室の開いている扉をそのまま通過する。
 幾人かのクラスの達が俺の登場に驚きの色を見せていたがその変化を無視していた。
 それは俺の事を心配してくれていた奴が他にもいたって証拠なのに無視しちまっていた。
 有り難く、嬉しい事のはずなのに俺の心の中はどんよりしたままだった。
 最初に言葉を掛けてきたのは俺を学校に来るようまく仕立てていた慎治だった。
「ヨッ、来たんだな、俺はお前が来てくれるって信じてたぜ!」
「そうかぁ」
 奴は俺が来た事がそんなに嬉しかったのか言葉が弾んでいた。しかし、俺の返事は気の無いものだった。
「それにシッ・・」
 慎治は何かを喉に詰まらせるように途中で言葉をやめ苦笑していた。
 俺にはなぜこいつがそんな事をしたのか知る由も無かった。
 続いて俺に声を掛けてきたのは隼瀬だった。
 夏休みのあの日以来だった。
「宏之、ソンナとこで立ってないでさっさと席すわんなよ!」 彼女はいつもと変わらない笑顔でそんな事を言ってくる。
 その前に彼女が作っていた表情を俺は知らない。
 一生知る事は無いだろう。
 隼瀬の言葉を聞いた後、貴斗の方に振り向いていた。
 ヤツの態度は俺の事など気にすること無く、窓から校庭のほうを眺めていた。
 俺も言えた義理じゃないがアイツは不器用なヤツだから多分、ヤツなりの照れ隠しなのだろう。だが、このとき知らない、貴斗がどれほど俺の事を心配してくれていたのかを。
 アイツの彼女、藤宮がどれだけ傷ついていたのかを・・・、この時はまだ知らなかったんだ。

*   *   *

 もう直ぐで面会時間が終わる午後8時を回ろうとしていた。
 春香の病室でいまだ目を覚ます事が無い彼女に今日、久しぶりに学校に出向いた事を報告していた。
「ハハッ、今日、久しぶりに学校に顔出ししたぜ。慎治の奴が近所迷惑なくらい毎日俺に説教垂れてくれるから・・・、ハハッ、実際近所迷惑だったけど」
 慎治はそうまでして俺を学校に来させたかったんだろう。
 それほど俺の事を心配してくれたんだろう。
 奴の行為は迷惑だけど有難かった。
「ほら、春香の同じクラスの藤宮さん、彼女凄く心配している」
 今日ここへ来る前、彼女とあって話していたんだ。そして彼女がどれほどお前を心配してくれているか教えてもらった。
「トロイ、オマエをからかえないってな」
 俺のこんな中傷にも春香は文句を返してくる事はなかった・・・・・・。唯、静かに寝息を立てているだけだった。
 今しがた俺が口にしていた事は嘘だった。藤宮がそんな事を口にするはずないだろ。
 本当、彼女は、
『春香がいないと楽しく授業もお受けできないし、他の子達にお話しを掛けれましても虚しいだけです』って言っていたんだ。
「お前が倒れた事で隼瀬も相当ショックを受けている」
 そんな風な気がしただけだった。
 今日、なんとなくだけで隼瀬の行動が空回りしているようにそんな風に俺は見えていた。
「俺はそのみんな以上に悲しいんだ、不安なんだ、心配なんだ」
「また来るよ、春香」
 それだけを言い残すと面会時間を少し過ぎたこの場所から去って行く。
 混沌とした未来へと俺は進んで行く。
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