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第 三 章 過ぎる時の中で

第九話 その二人の絆

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       ~ 2004年7月21日、水曜日 ~

 部活が終わって春香お姉ちゃんのお見舞いをしてから家へと帰ってきた。
「ママァ~~~、ただいまぁ~~~」
「翠、お帰りなさい。お腹空いているでしょ?夕食は出来ていますから早く着替えて食べてくださいね」
「はぁぁあぁ~~~いっ」
『ティロロ、ティロロ、ティロロ』
 言葉を返して、お部屋がある二階の階段を駆け上がろうとした時、階段脇に置いてあった電話が鳴りだした。
 ママよりその近くにいたから、登るのを止め電話の受話器を取った。
「もしもし、藤宮詩織と申します。涼崎さんのお宅でしょうか?」
 詩織さんは懇切丁寧に名前を告げそう言ってきました。
 先輩の声なら名前なんって告げなくても分かるのにって思ったけど何も余計なことは言わないで普通に対応した。
「アッ、詩織先輩どうしたんですか」
「元気そうですね、25日の日曜日、臨海副都心のテーマパークに行こうと思っているのですけど翠ちゃんもご一緒にどうかしら、と思いまして」
「私を何処か遊びに連れて行ってくれるんですか」
「ほら、来月は地区大会に出ませんで直ぐに関東大会に翠ちゃん出場しますよね?その前に一息ついてリラックスしてもらいたいと思ったのですけど」
「詩織先輩、有難う御座います・・・、所で貴斗さんも来るんですか?」
「ハイ、勿論です。それと八神慎治君、翠ちゃんも一度はお会いしていると思いますけど覚えています?」
「ハイ、春香お姉ちゃんのお見舞いに来てくれた面白い方ですね?それに貴斗さんと一緒に何度かお会いしています」
「あらっ、そうでしたの?・・・、それは初めてお聞きしました・・・。その方もご一緒します・・・、それともう一人私の大学の先輩も来ます」
「結構大所帯ですネェ~~~」
「皆さんとご一緒の方が楽しめると思いまして・・・」
 それから詩織さんは何所に行くのかを教えてくれました。
 場所はウォーター・ワールドと言うテーマパーク。
 学校以外の場所で泳ぐのも良いかなって思って、
「楽しそうですねぇ~、是非一緒に行かせてくださぁ~~~~いって言うか絶対ついていきますねぇ~~~、だって・・・うぅん楽しみ、楽しみ」と陽気な声で先輩に答えていた。
 本当はそういう場所には貴斗さんと二人きりで行きたいと思うんだけど私は彼の恋人じゃないからそれは無理。
 貴斗さんは私の仮のお兄ちゃんをしてくれている。だけど、妹として甘えてそういう場所に連れ出すのも無理。
 貴斗さんと二人きりでデート出来たのは今年のあの冬の時だけ。
 それ以降、色々な手で貴斗さんを誘ってみたけど警戒されちゃって殆ど失敗に終わってしまっている。
 強固で鉄壁なガードですネェ。その硬すぎる防御力を今の私に崩すすべはないのです。
 それに偶然、成功しても詩織さんや八神さんと言ったお邪魔虫が同席して下さって二人だけで、っていうのは無理でした。
 だから、回数は少なくても今は誰が一緒についてこようと貴斗さんとどこかにお出掛け出来るならそれでも嬉しいと思っていた。
 でも、本当のところ貴斗さんが余りお出掛けしてくれない理由は春香お姉ちゃんにあるんですよ。
 どうしてなのか知らないけど貴斗さんは二年前の夏ぐらいから殆ど毎日の様にお姉ちゃんのお見舞いに来てくれているんです。
 それも私や他の来客がいない時間を狙ってですよ。
 貴斗さんの事だから春香お姉ちゃんに変な事をしていないと思うけど・・・、私がたまに時間をずらして行くと彼は病室の中程に立ってお姉ちゃんを見詰めているだけだったんです。
 余計な事べらべらと並べて見たけど要するにお姉ちゃんの見舞いが出来ないような遠出は余りしないと言う事ですね。
 そして、それを詩織さんは知らない。

        ~ 2004年7月23日、金曜日 ~

 今日は学校の終業式、そして、明日からは夏休みだけど部活に入っている私には夏休みってあんまし関係がなかった。
 だって夏の大会のために一生懸命練習だけに打ち込むんだもん。
 それに大会が終われば夏休みの宿題とかしなければいけないから殆ど休める日なんて私にはなかったです。
 今日は部活が無かったので弥生と将臣と三人で帰宅しているところ。
「やったぜっ!明日から夏休み・・・、なにすっかなぁ~~~」
「あんたはお気楽でいいネェ、まったく能天気にも程があるって」
「能天気で良いじゃないか、それに今年は高校最後の夏休みだ!めぇーーーいっぱい、あっそぶぞぉ~~~」
「将臣お兄ちゃん、部活に出なくていいのぉ」
「僕は春の大会で引退したから関係ないよ」
「お兄ちゃん部長やってたんでしょ?後輩の指導とかし無くていいの?」
「弥生ちゃん、将臣のそんなこと、言っても意味ないよ!」
「そう、そう、翠の言うとおりだ!意味ない、意味ない」
「自分で言うな!・・・、ッてこんな自分勝手なお猿さんは放って置いて弥生ちゃんに話しあるんだけどさぁ」
「なあに?みぃちゃん」
「私、25日の日曜日部活、休むから後輩の指導お願いね・・・。それと、その日は詩織先輩もコーチに来ないから」
「エッ、どうして?だって関東大会再来週の月曜日なのに練習でなくていいの・・・、それにどうして詩織先輩まで来ないって分かっちゃうのぉ?」
「練習に力を入れる前の一休みってヤツかなぁ?それと詩織先輩が来ないのはその日、私と一緒にお出掛けだからです」
「ねぇ、ねえ、みぃちゃん、もしかして貴斗さんも一緒とか?」
「そうよ、羨ましい」
 勝ち誇った表情で弥生のそう言って上げた。
「えぇ~~~、良いなぁ~~~貴斗さんと一緒なんって羨ましいよぉ。私も部活、サボって着いて行っちゃおうかなぁ」
 彼女は本当に羨ましそうな表情でそう言ってきた。
 弥生も貴斗さんには恋人である詩織さんがいる、っていうの分かっているくせに私と一緒で貴斗さんに片想いしていたんだぁ。
 弥生のその気持ちを知っていたから余り彼に彼女を近づけたくなかったのも事実。
 そんな意地悪な私の気持ちを悟られたくなかったから明るく強気な口調で弥生の言葉に返す。
「部長の弥生ちゃんがサボるのなんって言語道断!だから駄目ぇ~~~」
「みぃちゃんだって副部長だよぉ~~~、だから日曜日はサボっちゃ駄目です」
「副部長はいいの私は単なる部長のオマケでしか無いからサボってもおぉ~けぇ~~~ってねぇ」
「ずるいよぉ、かってにきめちゃってるぅ」
 それから弥生には色々と言われてしまったけど取り敢えずその日は部活に出ない事を教えたから多分、問題ないかな。
 それに、弥生はやっぱり真面目っ子だから、私を優先して公を蔑ろにしようなんて考えることないから、部活をおサボるすることはないでしょう。
 一緒に歩いていた将臣は私と弥生の会話中、何度も話しかけていたけど、彼女と二人して無視していたら独り、寂しそうな顔をしていた。
 最近の将臣は張り合いがない。
 どうしてしまったのか?と疑問に思うけど、私は将臣なんて、構っていられないから気にしない事にしていた。
 お家に帰ってから、水着を買いに909と言う大きなショッピングモールに出掛けた。
 遊びに行くのにさすがにスクール水着って訳にはいかないし、それに去年のじゃもう着られないからね。
 909に到着するといつも利用している『エーテル』って言うスポーツショップに向かった。
 そこで約二時間もかけてどういうのを選んだら貴斗さんを悩殺できるかなぁ~~~って思いながら新しい水着を探していた。
 それで結局、選んだのは今回、生まれて初めて着るビキニタイプの物でかなり大胆なカットのヤツを買っちゃいました。
〈ハハッ、こんなの貴斗さんの前で着るのは恥ずかしいかも〉
 心の中で苦笑しながら袋に入っているそれを確認していた。

        ~ 2004年7月25日、日曜日 ~

 昨日は遅くまで弥生と一緒に部活の練習をして疲れているはずだったけど早起きの得意な私は寝坊しないで約束の時間十五分前に貴斗さんのマンション前の路上に来ていた。
 その場所には既に詩織さん、貴斗さん、それと八神さんがいましたよ。
「詩織お姉さま、貴斗お兄ちゃん、それと八神さん、オハヨウ、御座いますぅ」
「おはよう御座います。今日も元気ですね、翠ちゃん」
「おはよう」
「よっ、翠ちゃん、お久しぶりアンドおはよう、ってな」
「ハイッ、今日も元気いっぱいで~~~っす。それと八神さん、久しぶりィ~」
 そう皆さんに挨拶してから詩織さんの言っていたもう一人の方を待っていた。
 時間ぎりぎりでその人が登場したんだけどなぜか貴斗さんは不審な顔をして、その人を見ていたの。
 詩織さんの言っていたその人は神無月焔さんって言って彼女の大学の学部の先輩で貴斗さんとも八神さんとも面識があるみたいでした。
 全員が揃うとさっそくテーマパークに出発。移動は八神さんのステーションワゴン。
 席の配置はどうしてなのか貴斗さんは私と詩織さんを避ける様に助手席に座りこんでしまった。
 後部座席は真ん中に私その隣に焔さんと詩織さんと言う形になった。
 前の方にいる貴斗さんに喋り掛けると八神さんの運転の迷惑になると思ったから大人しくしていました。
 まっ、まさかそれが貴斗さんの狙いだったの・・・、しかし、その真意は知る事ならず。




            *   *   *



 人工の綺麗な海のパラダイス、ウォーター・ワールド、目的地に開園一時間前に到着。
 車から降りて正面玄関に辿り着くと何所に連れて行かれるか知らなかった貴斗さんは驚愕して真っ白くなっていた。
 たまに見られるそんな変容した貴斗さんの仕草がたまらなく好きだった。
 開園と同時に私は詩織さんと更衣室に向かって着替えを始めました。
 直ぐに泳ぐの判っていたから既に服の下に水着を身に付けていたんです。
 だから、着替えは直ぐに終わる。
 更衣室から出て、まだ着替えの終わらない詩織さんを待っていた。それから六分くらい経ってヤット先輩も登場。
 詩織さんが私を見ると刹那、驚いた顔を見せてくれました。
「どうしたんですかぁ?詩織先輩」
 だから、不思議に思ってそう彼女に聞いてみました。
「何でもないのですよ、早く皆さんの所へ参りましょう」
〈ウゥ~~~、せっかく大胆な水着を選んだのに詩織お姉さまのプロポーションには敵わないですぅ〉
 この時、詩織さんがどんなことを思っているのか知らないで、私はそんな風に心の中で不貞腐れていました。
 急に詩織さんがその言葉を口にすると歩き始めてしまった。
 私も直ぐに歩き出して先輩の隣に立ち並び男の人達が待つ方へと向かったんです。
 待ち合わせの場所に辿り着くと最初にそこにいる人達に声を掛けたのは詩織さんでした。
 後に続く様に私も挨拶をすると始めに私達の姿を褒めてくれたのは焔さんだった。
 それから、それに続く様に八神さん。
 でも貴斗さんは小さな溜息を付くだけで黙ってしまって何も答えてくれません。
 それに大きなサングラスを掛けているからどんな目をして私達を見ているのかも窺えません。
 私が貴斗さんと初めてお会いした時もどこかに泳ぎに行く時だった事を思い出す。
 そういえば、その時も彼はサングラスを掛けていた。
 あの時は〝陽射しが強いから〟なぁ~~~んって言っていたけど、本当はもしかして、貴斗さんって案外恥ずかしがり屋さん?やっぱり隠デレ
 まあ、そんなことは置いておきましてぇ。
「・・・・・・、フゥ」
「ねぇ、貴斗、どうしてしまったのかしら?」
「たっかっとぉさぁ~~~んっ、私の水着姿どうですかぁ?」
 黙ったままの貴斗さんに色仕掛けで迫る様に詩織さんは彼に近づいて行く。
〈私だって負けないもん〉
 心の中で詩織さんへ、変な対抗意識を燃やし、科を作って貴斗さんに詰め寄ってみました。
「フッ、二人とも凄く似合っているかっ可愛い・・・」
「アリガトウネ、貴斗にそう言ってもらえて嬉しい」
「やったぁ~~~ッ、貴斗さんが私のことを褒めてくれましたスッごく嬉しいですぅ」
 この水着を着たまま彼に飛び込んで抱きつきたかったけど、そんなことをしたら詩織お姉さまのお怒りを買ってしまうことはわかっていた。
 だから、動き出した足を無理やり止め、その代わり満面な笑みを貴斗さんに向けて差し上げました。



            *   *   *



 貴斗さんと一緒に行動したかったけど詩織さんが邪魔しないでって言う目で私の事を見るから二人に割って入る事が出来なかったんです。
 だから、私は焔さんと一緒に行動をしていた。
 軟派とかする様な人じゃないって思っていましたけど八神さんはどこかにそれをしにお出掛けした様子です。
「皆さんばらばらになっちゃいましたね」
「そうですね・・・。でも、皆さんがそれぞれ、楽しめればそれでよろしいのでは?」
「貴斗さんと一緒じゃないと私はつまらないです・・・、お邪魔してこようかな」
「藤宮さんと藤原君の仲を邪魔するのはよろしくありませんね。そんな事するようであればいくら貴女が可愛らしい女の子でも容赦しませんよ」
「どうして、そんなことを焔さんに言われないといけないんですか?」
「それは教えられませんけど、それでもあの二人の邪魔はしないでくださいね」
「そんなの私の勝手です!焔さんには関係ありませんっ!」
 少しだけ昂ぶってしまった感情でそう言ってしまったけど私の話し相手はいたって冷静だった。
「確かに貴女の勝手ですけどそれでも認められませんね。ハァ~~~、同じ年頃なのに私の妹違ってやり辛い」
「焔さんの妹さんがどんな人か知らないけど一緒にされるのは困ります」
「そうでしたね、失礼致しました」
 この人も詩織さんの肩を持つみたいだった。
 八神さんもそうだけど詩織さんと親しい人は殆ど陽子先輩も、詩織さんの幼馴染みも、何度か会った事のある詩織さんの大学のお友達全員、貴斗さんと彼女の仲を邪魔し様とする存在を遠ざける傾向があったんです・・・。
 私も弥生の事をそうするからその中に含まれるんですけどね。
 だけど、多分それを知らないと思う詩織さんの事がとても羨ましくも思えたし、不公平とも思えた。
「分かりました。今日は貴斗さんと詩織先輩が私たちと一緒に行動してくれるまで我慢します」
「涼崎さん『今日は』でなく、ずっとそうしてください」
 私はその人に何も答えないで首に掛けていた水中眼鏡を付けて私の感情を隠す様にマリンブルーの人工の海の中に飛び込んだ。
 独り、誰にも相手されなくその中を遊泳していた・・・。一人?だけ私の相手をしてくれるモノがいた。それは白いイルカちゃん。私は白いイルカなんって初めて見た。
 彼は私が背中に抱き付いても嫌がる素振りは見せないで一緒に私を乗せて泳いでくれた。とても可愛らしい。
 イルカちゃんは海の中を海岸の方へ向かって泳いでいた。
 その近くに到着すると彼は器用に私を乗せたまま一回転した。
 まるでそれは私に降りろ、って感じだったんです。
 淋しかったけど、イルカちゃんから離れ岩場へと身を乗り出した。
 するとそれを見計らった様にイルカちゃんも海面から顔を出して私の方を見てくれた。
『キュルルゥッルゥ~~~』
 彼はそう可愛らしい鳴き声を上げた後、二、三回その場で飛び跳ねて海の奥へ行ってしまった。
 イルカちゃんとさよならして、私はどのくらい海の中にいたのか時計を見て確認した。
 長く泳いでいたと思っていたけど一時間も経っていなかった。
 それでも、もうお昼時。
 だから、みんなを探しにこの場を移動しようと思ったら近くに仰向けになってサングラス越しに空を見ている貴斗さんを見つけた。
 直ぐに駆け寄って声を掛けたんです。
「貴斗さん、ここにいたんですねぇ。そろそろお昼にしましょっ!」
「そうだな」
「ところで詩織先輩はどこに行ったんですかぁ?」
 てっきり、貴斗さんは詩織さんと一緒だと思ったのに目の見える範囲にいなかったからそう尋ねてみたんです。
 そうすると彼は指を水辺に指していた。
 その方向を確認したんですけど詩織さんの姿はどこにも見当たらなかった。
「ぇえっ?いませんよぉ」
「なわけないだろ・・・・・・・・!?どこだ詩織!」
 彼は身体を起こし海辺を確認すると必死の形相で恋人の名前を叫んでいた。
 そして、何を思ったのか海の中に飛び込もうとした。
「貴斗さん、これっ!」
 私は貴斗さん達がどれだけ海の中を泳いでいたかしらないけど念のため私が使っていたアクアラングをそう言って渡した。
 それを受け取った貴斗さんは直ぐに海の中へ飛び込む。
 さっきのイルカさんは若しかして、詩織さんに何かあった事を報せるため、貴斗さんが居たこの場に私を運んできたのかもしれませんね。
 岩場から離れ、私は若しもの為に八神さんと焔さんを探して、必要な物を持って、その場に戻ってきていたんです。
 持ってきたのはいっぱいのお湯とビニールクッション、それとバスタオル数枚。
 私と残り二人がその場に到着すると同じくらいの時に海面から詩織さんを担いだ貴斗さんが姿を見せてくれました。
「詩織先輩は?」
「貴斗、藤宮は無事か?」
「藤原君、早く上がって彼女を」
 私の後にそのお二人さんもそれぞれ詩織さんを心配して言葉を掛けていた。
 八神さんは言葉と一緒に詩織さんを担いだ貴斗さんの手を取って引き上げる。
 貴斗さんは私達が用意していた物を見ると直ぐにそこに詩織さんを寝かせ迅速の速さで気道を確保し必死に心臓マッサージをしていた。
 その時の彼の顔はとても男らしかった。
 詩織さんを確認すると足が硬直している様だった。
 溺れた原因、強直性痙攣ですね。
 だから、私は詩織さんの硬直している大腿からふくろはぎ、足首間接に持ってきたお湯を満遍なく掛けマッサージを開始。
〈もぉ、詩織お姉さまッたら、貴斗さんと二人きりだからって燥いで泳ぐからこうなるんですよ〉
 事態の深刻さを知らずそんな事を思っていたんです。
 私の方のマッサージは完全に終え、詩織さんの足は正常に戻すことに成功しました。
 だけど、貴斗さんが必死に心臓マッサージをしているのに彼女は全然反応を示さない。
 貴斗さんは凄く詩織さんの事を心配しているのか、息を吹き返さない詩織さんを見て酷く辛そうな表情をしていた。
 そんな貴斗さんの姿を瞳の中に映してしまって、そんなに心配されている詩織さんを見てしまって私は言い様のない痛み、とても胸が張り裂けそうだった。
「クッ、どうすればイインダ」
 私が心の中でモヤモヤしていると手の施しようのなくなった彼はそう叫んでいたんですよ。
 私は、貴斗さんのその言葉に、言葉を漏らす。
「人工呼吸」
 どんなにそれが尊敬する先輩であっても、たとえ貴斗さんと詩織さんが名実共に恋人同士であっても私の好きな人が緊急時だからって目の前で口を重ね合うのなんって見たくなかった。
 だけど・・・、だけど・・・・・・、小さく最終手段を貴斗さんに告げてあげたんです。
 だって、詩織お姉さまも、貴斗さんとは別の意味で大切な人だから・・・。
 その言葉に彼は優しい表情を詩織さんに向け人工呼吸を開始した。
 それを見るのが耐えられなくて目を逸らし、心の中で疼くの気持ちを抑える様に下唇を噛んでいた。
 八神さんと焔さんは・・・、面白いモノでも見るかの様に貴斗さんのそれを眺めていた・・・。
 二人とも破廉恥さんです。
 それから、暫くして詩織さんが咳き込んだことにより先輩が息を吹き返したことに背を向けていたけど確認で来たんです。
 それが分かると、二人の方へ振り返る。
 その時の貴斗さんが詩織さんに掛ける優しい言葉、詩織さんの貴斗さんに対する行動。
 その二人の絆。
 誰がどうしたって断ち切れないのを感じてしまう絆。
 どう仕様もなく惹かれあっている二人。
 私の入りこめる余地なんてないのにって理解してしまったけど・・・、それでも、私は貴斗さんのことが大好きでしょうがなかった。
 それは・・・、甘えられるお兄ちゃんと思うのじゃなくて、異性としての・・・・・・、想いです。
 叶わない片想いほど苦しい物はなかった。
 香澄さんも、柏木さんと春香お姉ちゃんを見ていて、ずっと私と同じ気持ちを心の中に抱きかかえていたんだって思うと・・・、・・・、・・・、お姉ちゃんが事故をして、目を覚まさない日々が続いて、弱り続ける柏木さんを見て、あんな行動を取ったんだなって本当に理解できた。
 でも、でも・・・、ヤッパリそれは、どんなに綺麗事を言っても、お姉ちゃんを裏切った事実は変わらない。
 目の前に意識を回復させた詩織さんがいる。
 だけど、もしも、詩織さんが・・・になってしまったのなら、私は香澄さんと同じ行動をしてしまうんだろうって感じちゃいます。
 今、目の前に無事な詩織さんがいるから、私の考えはただのありえない未来、似非リアル。
 目の前の二人は非常にとても良い雰囲気を醸し出していた。
 だから、そんな空気をぶち壊したくなって、嫌な自分だって分かっていたけど二人にできるだけ陽気に悪戯な言葉を掛けちゃいました。
 これは今私ができうる、最大限で細やかな詩織さんに対する反抗。
「アァあぁ、涼しい場所のはずなのに何だかとぉ~ってもっ、暑くなってきちゃったなぁ~~~」
「オウ、オウ、貴斗、見せつけてくれやがって、妬けるねぇ」
「ハァ~~~、感動の御対面も宜しいですがもう少し周囲を気にして下さると有難いのですが」
 八神さんも焔さんも私と違って負の感情なんかないただ、その二人を馬鹿にするようにそう口にしていたんです。
 そんな私達の言葉に冷静になった貴斗さんは直ぐに詩織さんから離れていた。
 すると彼女はこわ、怖ぁ~~~な目を私達に向けてきた。
 一度苦笑してから残っていたバケツのお湯を詩織さんの頭からぶちまけてやっちゃいました。
「きゃ、翠ちゃん、急に何をするんですか!」
「あははっ、詩織先輩のお冷えしてしまいましたお体を温めようと思いましてぇ」
 悪戯な顔で先輩に彼女の口真似をした言葉で言って差し上げたんです。
「こらっ、翠ちゃん、おふざけも程々にしてくださいね」
 詩織さんは大量のお湯がかぶってしまった長い黒曜石の煌きを放つ髪から水気を払う様に手で梳きながら、私にそう言ってきました。
「ハッハァ~~~~イッ」
 元気に返事を返すけど、それは空返事。
 詩織さんが復帰してからみんなでお食事をして午後からはみんなさんと一緒に行動したけどなんだか貴斗さんと詩織さんは妬くのが馬鹿らしくなるくらいベッタリしていた。
 ハァ~~~、今日はトータル的にすごく楽しかったけど・・・、貴斗さんと詩織先輩の絆の深さを見せつけられちゃってとっても哀しくもなっちゃいました。
 あぁ~~~、絶対叶う事のない片想いって辛いよね・・・どうして私、貴斗さんのこと好きになっちゃったんだろう。
 理由なんってない・・・、好きになっちゃったんだからしょうがないよ。
 だって人を好きになるのに理由なんて要らないってよく聞くし、それに私が誰を好きになったって自由だよね・・・。
 だから、今は片想いでも貴斗さんの事を好きでいたいの。
 優しい先輩に甘えていたいの。
 我侭だって分かっているけど・・・、春香お姉ちゃんが目を覚ますまでは恋人じゃなくてもお兄ちゃんでいいからずっと私の傍にいて欲しい・・・。
 夜遅く帰って来てお風呂に浸かりながらそんな事を考えていた。
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