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第 十八 話 決 着と融 和

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壱 術中、失われし天津の力

「若、天津の力を宿した者達が数名この京都に姿を見せました。いかがいたしましょうか?」
安倍陽久に仕える一人が、畏まった居住まいで武達の所存を尋ねていた。陽久は持っていた閉じられていた扇子を僅かばかり開き、また閉じる。其の動作をゆったりと繰り返しながら、情報の詳細を把握しようと尋ね返していた。
「フンッ、そうか・・・、其奴らはいかような力を継承した者たちぞ?・・・・・・・・・、成る程な。我々の計画も最終段階に入った。あやつ等共に邪魔されるわけには行かぬ。丁度良い、我等が皇の生贄として始末しておこうか、ククックックック。だが、我等が皇の完全なる復活にはあれが必ず必要だ、みなのモノに早く見つけ出せと伝えておけ」
「御意に・・・、それでは失礼いたしまする」
 京都、朱雀院の敷地内の一廓いっかくで安倍陽久と一人の女が会話を交えていた。その女は彼に武達のこの地の到来を報せ、次の行動の指示を仰ぐと直ぐにその身を消していた。
「もう、いかほどの奴も我々の行いは止められぬ。三千年も経て再びこの地は我々の元に戻るのだ。・・・、フッ、見ておれ天津等め、そして、其奴らと手を取った国津らの奴どもよ、鬼たちを含めて全部始末してくれるワッ・・・・・・」
 陽久は独り満面な笑みを作りそう呟いていた。そんな彼の思いなど知らず、武達一行は平将徳とそのお供数名、その中の杉田若菜の案内で彼等本来の目的を忘れ、京の都の観光を楽しんでいた。そして、彼等は何も知らずにその朱雀院の前を通りかかる。

 俺達が杉田さんの案内で陰陽師が集まるという京都の名所の前で説明を聞いていたときの事だ。歴史の教科書なんかで見るような平安時代の格好、烏帽子をかぶった中々伊達な着物姿の男が大きな開いた門の中から現れた。
「そなた等・・・、そこの若者らよ?この京の観光で参ったのか?」
「若しかして、アンタが陰陽師って奴か?初めて見るけどカッコいいぜ」
「フッ、あれが陰陽師と言う者か・・・、歴史の研究のために是非色々と話を聞かせて貰いたい物だな・・・」
「なあぁ、なあ、そこの人。俺様たちをこの中に案内してクンねえか?」
「牧岡さん、さっきも説明してあげましたよね?ここは普通の人は立ち入り禁止なのですよ」
「武さんもこのお屋敷の中を見学してみたいですか?」
「ふっふっふぅ、那波。武君を此れだけ広い場所のどこか陰に連れ込んでいかがわしい事を・・・、ウギャッ、痛ぅっーーー、いったいなぁ~~~、そんなに強く蹴る事無いだろう・・・」
「那波さん、いい加減に武から離れてっ」
「そだぁ~~~、そうだぁ~~~っ。ナナちゃん、タケちゃんから離れてクダサいっ」
 今まで俺達が相手をしていた蜘蛛神の連中がその男の配下だと知らない俺達はみんなそろって好き勝手、お気楽に言葉を交わしていた。
「そうか、そうか、この中を見学したいと申すか。本来ならばここは我等が陰陽師と呼ばれる役職の者達以外は足を踏み入れてはならのじゃが・・・・・・、このたびは特別許可して差し上げましょうぞ。ほっほっほっほぉ」
「そんなコト勝手に許可してもいいのかよ?」
「紹介、申し送れたな。我は邸内すべてを預かる安倍陽久と言うものだ。心配せずとも良い」
 俺達はその男が一体どんな策謀のためにその院の中に招き入れたのかも分からず入館させて貰っていた。
 一体、いつの時代に建てられたのか知らないけど古さを感じるが確りとした造りのようだった。
 俺は建物のあちらこちらに目を向け、自分の感性の尺度なんて当てにならないけど、建物の中の見るものがすべてが新鮮で、ああ、なんて表現したらいのカナ、とにかく凄いって感嘆を浮かべていた。他の皆もそう、いま目にしている光景を自分たちの解釈で楽しんでいるようだった。 もう、とにかく、目に入るすべてが驚きの連続。
 え?、妖怪や魑魅魍魎なんかと闘っているんだから、大抵のことじゃ驚かないじゃないのかって?それと、これとはべつだぜ。楽しむ中での驚きなんだから、そんなのと一緒にしてもらっちゃ困るぜ。 他の皆もそう、いま目にしている光景を自分たちの解釈で楽しんでいるようだった。
駆け出し陰陽師たちが勉強をしているところや儀式をしているところなど、色々見せて廻らせてもらい一時間くらい経過した頃、俺達は朱雀院中央の大広間に着ていた。
「どうであった?普段外界の者達が目に出来ぬ、我々の修行場は?」
「ああ、吃驚だぜ。俺達、かみっ・・・あががががぁ」
「驚いたものだ。俺達同じ人なのにあの様なことが出来る連中がいるとはな」
「そうだな、ラス・ヴェガスのマジックショーも掌返して讃称してくれると思うぜ」
 俺は経司に口を押さえられ、その言葉の続きを幼馴染みと大地が声にしていた。しかし、俺が言いたかった事からは外れている。
「そなた等よ、満足できたであろうか?」
「ウン、面白かったよ。見学させてもらった事、とても感謝しているよぉ、ボクは」
「私は何も見えなくて全然面白くなかったよォ~~~、それにどうしてなのかな・・・、何も感じ取れないし・・・」
「不満そうな娘が一人おるが、他は楽しめたという顔をしているの。其れでは其れを土産に持って冥府に旅立ちて逝かれよ」
「ぇえっ、なんだっ!」
「俺達、はめられたぞッオイッ、勇輔、それと照神先輩何も分からなかったのか?」
「クソッ、ボクとした事がこれは・・・?神眼が・・・」
「あれっあれ、あれぇ~~~、月読?つくよみ?其れと他の神様・・・」
「オイッ、児屋根!どこに姿晦ましたっ俺様たちのピンチだぞっ」
 今まで俺達に背を向けていた安倍と名乗る陰陽師宗主はこっちに振り向くと掌を俺らに向け蜘蛛の糸のような物を出していた。そして、それに俺達は絡まって一纏まりにされてしまう。
 その時の安倍って奴の俺達をしてやったりという、憎たらしい表情といったら、マジで腹が立つ・・・。だから、その怒りを力に変えようと武甕槌の力を使って断ち切ろうとしたが斬れない。いくら俺の中に居るはずのその神を呼んでも言葉を返してくれない。確かに、その存在は感じるはずなのに・・・・・・。
「フッフッフッフッふはあぁっはっはっはっはっはぁ~~~、其方等、天津の後継者共よ、いくら呼びかけても無駄だ。そなた等の力はここに辿り着くまで十分に封じさせてもらった。じゅぅ~~~ぶんになぁ~~~、それにそなた等がこの京の都に足を入れたときより我等が蜘蛛の術中に囚われていたのだよ、知らず・・・、そう知らずとなぁ。先読みの力も使えまい。我の策が見抜けるはずが無いであろうて。さあぁ、お喋りは此れで終わりにしてあげよう。その命、今まで我等が同胞を奪ったその力、我等が皇、蟒蛇に捧げてぇ・・・・・・くれよっ!」
 クソッ、今の今まで気付かなかった。畜生、神様に成っているクセにだらしないぜ、オレ。陽久って名乗っていたヤツに悔しそうな表情を作って向けてやるとほくそえむ様な顔を開いた扇の中から少しだけ見せてくれやがった。
 そして、其れを閉じて満足げそうに掌で打ち鳴らすと俺達を取り囲むようにそいつ等の仲間と思われる者達が押し寄せた。更に・・・、その中には経司も大地も俺も知っている姿があった。それは大取恭子さん。付け加えて八坂さんに倒されたはずの大城繁までも・・・。
「恭子さん、どうして・・・」
「た・け・る・・・、さん・・・・・・・・・、お許しください。私は矢張り同族を裏切ることは・・・」
「武?あの方はだれっ!それにそこのアナタ、どうして生きているのです!?」
 糸の団子になった状態で身動きが取れないまま俺達は驚きの表情を作る事しか出来なかった。
「六蟲の者、結界の力を更に強め、あの者達の力を削げ、それからじわり・・・、そう、じわり、ジワリと肉体の痛み、精神の痛み、死の恐怖を味あわせてなぁ~~~・・・、クックックックック、我々の偉業を奈落の底で見物させてやるとしようか・・・」
「そんなコトはこのボク、事代主が許さない」
「武さんたちはこの私、諏訪那波がお守りします」
「どうしてこんな事するのか知らないですけど、一方的なその態度・・・、僕のご先祖様に変わって成敗してくれます」
 諏訪兄妹はいつの間にか十握剣を出し、どうやったのか知らないけど、平さんはどこからか取り出した刀で俺達に絡まっていた人の手では断ち切る事の出来なかった其れを断ち切っていた。
「何故、そなた等は力が使えるのだ?!我等が封の結界術が効かぬというのか」
「残念だけどね、僕たち兄妹は天津や国津の神様たちを降ろしてるわけじゃないんだ。神眼が封じられちゃっていたのは予想外だけどね」
「そうです、私達、人から建御名方、事代主と呼ばれている神様の生まれ変わり。その様な術が聞くはずありません」
「ボクは神様とかじゃないからそんな術掛かるはず無いんですよね、多分・・・」
「そなた等、三人程度が動けるようになった程度で我々に勝てるとお思いなのかね?其れが理解できぬほどに事代主、建御名方、そちらは愚か者なのか?其れとそこの人とは違う人間よ」
「確かにそんなコト分かっているよ、ボクは。でもね、それでも今はこの命が尽きちゃっても武君たちを護らないといけないんだッ!那波ッ、ここはボクと将徳さんに任せて・・・」
「でも、それでは勇輔お兄様・・・」
 那波ちゃんはそこで言葉を止めると勇輔が何を考えているのか理解したようで内の姉ちゃんと照神先輩を抱きかかえると宙に飛び上がり、俺達のいる場所から去ろうとしていた。
「逃がすとお思いか、者共そやつらを捕らえよ」
「そんなコトさせないよっ!」
「勇輔お兄様、私達が戻りますまで皆さんを絶対お守りしてくださいね。全員ですよ、そうしないとお許ししませんから。それと死なないで・・・」
「大丈夫、ボクは那波と武君の子供が見れるまでは死ぬ積り無いよ」
 その兄妹はそんな会話を俺の耳に届くような声の大きさですると那波ちゃんは俺に顔を向けてから本当に飛び去って行ってしまった。
 戦いが始まろうとするその場でオレ、経司、大地の三人はただ見ている事しか出来なかった。
「お前たち、あの女等を追え、けして逃がすでないぞ。・・・・・・、何を企てようが戦う事の出来ない其方にいかようにして、その者達を護ろうというのかね?他の天津や国津がここへ来る頃はそなた等はもうこの世の者ではなくなるというのに、クックック」
「僕を見くびってもらっちゃ困るよ。僕が戦えない?そんなのは只のデマゴギーだ、神眼が使えなくても僕の神憑りの力を見せてあげるよ。・・・・・・武君、もし僕が見事、君たちを守る事が出来たら僕のお願い聞いてくれないかい?」
「那波ちゃんの彼氏になってくれ、ってのは駄目だぜ」
「そんなコトじゃないよ、彼氏じゃなくてもらって頂戴、結婚してよ」
「莫迦いってんじゃネエゼ。それの方がもっと駄目に決まっているっ!」
「その者達よ、くだらない会話だな。もうよかろう?現世での戯れは。続きは奈落に居る者達にでも聞かせてやってくれ」
「そこに向かうのは僕たちじゃなくて、そっちの方だ!将徳さん、それとサイキッカーの皆さん、どうか武さん達を護るのにその力貸してください。でも無理もしないでくださいね」
「言葉のお遊びもここまでだ、死に逝け」
 陰陽師の総元締めが嫌味な笑みを武達に向けると持っていた扇を彼等に向かって強く振り、それと一緒に今まで待機していた陰陽師達を襲うよう仕向けていた。
「さて、さて、今回は何が僕の中に来てくれるかな・・・、力強いものだと良いけど・・・・・・、淒流刀スルト、それがキミの名前なんだね?キミの力、武君たちを護る為に貸してください」
 勇輔はそう囁いてから何かをぶつぶつと唱え始めていた。そして、彼に何かが降りる。それはとても刹那な時間だった。
「おっ、オイ、経司。俺の目は可笑しくなっちまったのか?なんか勇輔の奴でかくなってるぜ」
「いや見間違いのようじゃない。確かに勇輔は大きくなっている、牧岡もそう見えるだろう?」
「俺達は変身できないんとちゃうんかったのか?勇輔の野郎・・・・・・、羨ましい」
「ウオヲォおぉぉおぉおぉオォォオオおぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーッ」
 その場に居る者総ての聴覚異常をきたしそうな壮絶な咆哮を勇輔は上げていた。武達はその雄叫びを耳を手で塞いで避け様としていたが然程それは効果を見せず苦痛に顔を歪めていた。身体が二、三倍にも膨れ上がっていた勇輔、その体から揮われる巨大化した十握剣の力は凄まじく、数少ない攻撃で八町*はっちょうもある広大な敷地の朱雀院内の建物を半壊させていた。
*八町=一丁若しくは一町の八倍、長さの単位で一町約一〇九・〇九メートル。

「オイ、ここって重要文化財と違ったんじゃないのか、さっき杉田さんがそう言ってたような気がしたんだけど・・・」
「しゃあないだろ、こんなところで戦おうって考えてんなら全壊覚悟しねえと」
「壊れたら、後で建築の神にでも直してもらえば良い」
 勇輔や将徳たちが戦っているところを見ている事しか出来ない三人の天津の戦士はその場に似つかわしい言葉を交わしていた。
「良いですねえ、神様の力は・・・、でもボクも鬼神の血が半分も色濃く残っているんです。侮らないでください。怒おりゃァーーーッ」
 鬼斬り―常陸ひたちという刀を振るう将徳。その力、今まで数多くのいくさの経験が彼を強くしていた。その成長した力はいまや天国津の戦士たち武達には及ばなくとも雑魚程度のあやかしなら独りで数千体くらい相手できるほどにまで達していた。
「クッ、我としたことが戦う場を間違えたか、我等の大事な住まいが・・・、幹久、六蟲師よ、鳳転移の術、良いな・・・」
 陽久の声で六蟲師と呼ばれる者達、大姫佳織(おおき・かおり)、風見麻依子、脇永聡、大取恭子と大城繁、それと優形緝。何かを考えてそうしているのか、それともそうでないのか?暴れ狂う勇輔と武達をその六人は素早く取り囲み、更に安倍陽久と賀茂幹久が宙で印を組み術を放つ。
 そうするとその場にいた総ての者達が朱雀院から別の場所へと移させられていた。その場所は嵐山。
 いつの間にか陰陽師だけでなく、あたり一体に魑魅魍魎までもが憑いて来ていた。
 場所が移って力が使えると思った武達。しかし、矢張り内にいる筈の天津神たちに呼びかけても言葉は還ってこない、まるで熟睡しているかのように。
「フン、いくら呼びかけても無駄だ。我々が六蟲師がいる限り貴様たちの力は使えんぞ」
 今まで一度も言葉を交わすことのなかったそれ等の者達。それは武たち、天津神の力を封じるための術をかけていたからだ。そして、再び無言になる。
「勇輔、その術をかけている奴、誰でも良いから倒せっ!」
「経司君、だれでも良いんだね?・・・、それじゃ少しだけ武君たちの場所離れるけど、将徳さん、それと他の皆さんそれまで三人を宜しくお願いいたします」
「分かりました、ボクとサイキッカー江戸川生徒会組にお任せください・・・、久藤くん、それと美景さん、いいですね?それと若菜ちゃんはもう少し武さん達の方へよってください」
「物の怪の方が出てきやがったな?それなら何とかこの我輩、久藤靜馬の力も役に立ちそうだ」
「それは私にも言えることです。杉田さん、そこのお三方を確りお守りしていてくださいね。わたくしも攻撃へと転じます。それでは圓野美景、可能な限りこの炎で瘴気を祓って見せましょう」
「同胞たちよ、何をやっておる。我々がこうして奴等の力を抑えているのだ。さっさと片付けてしまわぬかッ!人の姿など借りぬで本来の姿で奴等をしとめよ」
 陽久のその言葉で多くの陰陽師たちは人型からそれとはまったく別の異形な姿へと変わってゆく。そして、その姿になる事により本来持つ大きな力を扱えるようになっていた。
 諏訪勇輔が六蟲師の一人、優形緝に襲い掛かろうとしたとき本来の姿に戻っていた陰陽師たちによって阻止されていた。段違い桁違いに格が上がったその異形な姿の者達を払いのけながら、傷だらけになりながらも前進しようと勇輔は必死に十握剣を振る。しかし、その場から一歩も前に進む事はなかった。将徳の方は護りながら戦うという事がいかに難しい事であるか今身を持って体験していた。傷付く彼を心配する表情を浮かべながら見守っているだけの若菜。
「チクショォーーーッ!俺達は何も出来ないのかよっ武甕槌答えてくれ。このままじゃ、勇輔も平さんも他のみんなだって・・・」
「経津主、俺達は今まで何のために戦ってきた。ここで彼等を失う為か?違うだろ、早く目覚めろ」
「コヤネッ、オレ様が悪かった。だからいじけてねえぇでお前の力を貸してくれよっ、なぁっ?」
 それ等三人の言葉もむなしく独り言のように散って行くだけだった。彼等は何も出来ず、彼等を護る為に戦う仲間は陽久たちに倒され、彼等もまた、一矢も報えずしてその命を摘まれてしまうというのだろうか?だが、しかし、ただ残酷に無駄に時間だけが過ぎ去ってゆく。
 
弐 逆転の鍵、それは・・・

 武達のもとから去っていた那波たち三人は京都からだいぶ離れたところへその身を移動させていた。結界の力から解き放たれた照神と美姫は戦える仲間と天津、国津の主神を呼ぶためにその場所へと向かって行く。そして、那波は直ぐに武達がいる筈の朱雀院に戻っていた。
「武さん・・・・・・、勇輔お兄様?皆さん・・・、まさか・・・、そんなまさか。いいえ、その様なことあるはずが。一体どこへ」
 半分以上建物が崩れ去っている朱雀院を上空から眺め、その敷地内に誰もいない事を知った彼女は愁眉な顔を見せ、一瞬の焦りと、僅かな戸惑いを感じていた。
 不安で胸元で少しばかり左手を握り締める、彼女。周囲に顔を振るが、どの視界にも誰一人彼女の瞳に映る者無し。焦燥感に煽られながらもどこか別の場所に移って戦っているのだと思い、兄、勇輔の神気を探りその場所へ急行しようとした。しかし、どうしてなのか勇輔の気の波を辿る事が出来なかった。
 更に不安に駆られる那波、彼女はどうしていいのかも分からず、その場でしどろもどろするが直ぐに京都の地域一帯をくまなく探し始める為の行動に移った。
 縦令にそれがどれだけ非効率で賢くない方法だと分っていても、今の那波に出来るのはそれだけだった。
~ 宇羅靖神社 ~

「紘治さん、愛美さん・・・、彼等を、天津の皆様を助けに行って差し上げてください」
「場所はどこなんですか?賢治さん」
「賢治、お前はまだ動かないのかよ」
「今私が動いて戦ってしまえば蟒蛇の復活を手助けしてしまうかもしれません。ですから・・・」
「しゃあねえな。わかったよ、行ってやる。他の連中、連れて行ったほうが良いのか?そいつ等危ないんだろう?早く場所教えろよっ!」
「嵐山です、急いでください。お二人にお供させるのは組長たちだけにして下さい」
「解かりました。紘治さん、急ぎましょう」
 その二人の鬼神は温羅王の命により、武達救出に向かって行く。

~ 嵐山・山頂付近 ~

 蜘蛛神本来の姿に戻っていた下級陰陽師達の猛攻に武の傍まで後退させられていた勇輔、防ぐのだけで手一杯の将徳、力を使い果たした彼の仲間、靜馬と美景。それらの者達が陽久たちの力の前に屈してしまうのはもう時間の問題。
「ゆうすけ・・・」
「武君、心配ないよ。経司君や大地君はどうでも良いけど、どんな事があっても君だけは那波のために護って見せるから」
「オイッ、勇輔てめえなぁ~~~」
「俺はどうなっても良い。勇輔、武だけは絶対守ってくれ」
「うん、わかってる。武君はボク達のこれからの本当の戦いの要だから・・・、絶対、絶対僕の命に代えても守らなきゃいけないんだ・・・」
 勇輔は喋りながら向かってくる蜘蛛神の眷属を薙ぎ倒していた。しかし、払い退けるだけでその命を奪う事までは出来ていなかった。更にその相手たちは異常な速さで受けた傷を癒してしまっていた。
「この化け物たちは一体どういう体の構造しているんですか?斬っても切っても・・・、クッ、まるで蜥蜴や蛭みたいだ」
 勇輔、将徳、その二人だけで六人の仲間を背にして護っていた。二人の間を縫ってそれらに攻撃を加える隙間は大きかった。しかし、今までまだ一度もそれはさせていない。
勇輔、将徳両名、満身創痍に成りながらも、不屈の闘志で挑み来る物を払い続けていた。だが、限界は見るに明らかだった。
「チッ、しぶとい国津神の野郎だ。だが此れで終わりにしてやるよ」
「中途半端な鬼神の分際で舐めた真似しやがってさっさとおっちんじまいなぁっ!」
 多くの下級蜘蛛神の眷属の中で最も強そうな何人かがその二人に一斉の襲いかかろうとした。
「クッ、やられる。ゴメン、武君・・・」
「僕の力じゃ、敵わないのか・・・・・・」
 勇輔の心臓に、将徳の首元に人の知る物とは思えない程の硬度の爪が、牙が、その二人に突き付けられようとした。しかし・・・、
「おおぉ~~~っと、そうはさせネエゼ、せりゃぁーーーっ!」
「駄目ですよ、それ以上のおいた私がお許ししません」
「あんた達は一体?・・・、でも助けてくれてアリガトだぜ」
「紹介は後々、こいつら片付けしてからだ。おい、野郎共手加減しねえで暴れてくれて良いぜ」
 突然現れたその男女二人とそれに伴ってきた十人は人の姿から転じて人ではない姿に転身していた。
 頭上、上空で武達に結界を張っていた六蟲師、それと幹久と陽久。そのうちの一人が姿を見せた余所者に驚き声を上げ、
「あの者達は・・・、酒顛っ!・・・・・・陽久、僕は戦うよ、いいね?」
「その様なほどにあの馬鹿そうな鬼と決着を付けたいのか、幹久よ?」
「ハイ、彼を始末しなくてはたとえ、僕たちの皇がご復活なされても僕の気持ちは晴れない」
「そこまでいうのであれば構わぬ。だが本気を出せよ。そして、その力で皆もろとも始末してくれ。・・・・・・、麻依子、そちは動くな、結界が崩れるぞ」
「妾としたことが・・・・・・・・・、申し訳に御座いませぬ、陽久様」
 幹久は頷き空中からその相手に向かって降下して行く。そして、それを追いかけようとする風見麻依子だったが宗主に止められ苦虫を噛み砕くような表情を作ってからその行動を止めた。
「グウォーーーーーーーーッ!しゅぅてんっどうじぃ~~~ッ!」
「誰ダッ!・・・・・・?手前ハッ、オイ愛美、こいつら頼んだぜ・・・。もしかすっともうオレ戻って来れねえかもしんねえが」
「紘治さん、それは駄目です。必ず戻ってきてください、賢治さんが泣いてしまわれますから」
「そんくれぇで、鬼様の王のあいつが泣くかよ。ウンじゃ、そういう訳で・・・、確か賀茂って奴だったな?この前の続きしようぜっ!今度は本気の本鬼でな」
「望むところです。僕の本当の姿を見て恐怖して、逝ってください。我が名は駕不夏巣カフカス
 幹久はそう言葉にしてその真の蜘蛛神の姿を現した。それは・・・今、勇輔がしている姿の優に五、六倍、黒光りする茶色の外皮に無数の小さな棘、どれだけの硬度を持つのか知れない二対の動く角とその中央に巨大な刀のような角、その姿はまるで甲虫こうちゅう
「・・・・・・、オレかってかな?しゃあないな、あんまし人様の前で化け物の姿になりたくねえけど俺も本当の姿見せてくれるぜ」
 酒門紘治はこの前見せたのとは違う姿を形成していた。身体の大きさはこの前と然程変わらなかった。しかし、犬歯が牙となり、両手の爪は鋭さを増し、両腕の肘と両足の膝から此れも硬そうな角が生えていた。さらに彼の背中からはなんと左右二本ずつ腕が出現していた。彼の姿は例えるなら仏教の阿修羅のようだった。
 その姿を見た武はまるで夢を見ているのではと、大地は好奇心な眼差しを向け、戦っている者以外は驚き腰を抜かしていた。しかし、いたって経司は冷静にいつでも戦えるように刀を磨いていた。
 幹久と紘治が戦うたびに嵐山の地形は徐々にその形を山から・・・、平地へと変わって行く。このまま戦いが続けは山は消え去り、その場所は大きな堀になってしまうかと言うほどの戦闘を繰り広げていた。
「紘治さん、私達がいる事を考えて戦ってくださいよぉ~~~」
 などと戦いながら愚痴をこぼす愛美だったがそんな言葉が彼の耳になど届くはずが無い。

 決着のつかないその二人。だが、互いに受ける被害は致命傷のように見える。鬼のような強度を見せる紘治の体を鋭利な角で貫いて腕を何本かもぎ取る幹久。その触れるだけで怪我を負いそうな鎧に身を包んだ幹久のそれを毟り取り、触っただけで切れてしまいそうな動く鋭利な角を圧し折っていた。だが、そんな状態になりつつも形勢的には幹久の方が勝っていた。それはあと一撃で紘治の命を奪ってやれるくらいの差であった。
 そして、更に危険を迎えていたのは武達を護っていた愛美もそうだった。鬼神族で三番目に強いはずの彼女、しかしその力の差は大きく開きがある。そんな彼女でも本来の姿を見せた数多くの下級の蜘蛛神を相手にするのは至難な事だった。何人か倒れてしまった鬼神の仲間もいる。
 傷付く愛美や勇輔、将徳の間を縫って武達の命を奪おうと攻め込んできた蜘蛛神たちが数体が間近まで迫っていた。そして、遂にその手が武、経司、大地に掛かろうとする。
「武甕槌ぃーーーーーーッ!」
「くそがぁーーーっ、ここまで頑張ってきたのにオレ様も、もう駄目なのかよっ」
「駄目か・・・、経津主、奈落でたっぷりと説教くれてやる」
 己等の死を悟ったその三人は最後にその様な言葉を上げていた。悔しそうな、表情を向ける愛美、力の足りなさを呪う将徳、そして、何故か勇輔は・・・、笑っていた。
「武さんには指一本触れさせませんっ!消え去りなさい。八十やそ神、その猛きあらぶる力を・・・、ハァーーーーーーアッ!」
「皆さん、遅れて申し訳御座いません。それと武さん、ご無事で何よりです。みなさまの傷付いたそのお体、私の御光で癒させて差し上げます。陽の具現、天照の名に於いて・・・」
「月読、今度はちゃんと力を貸して、みんなの力を戻してあげて・・・、蒼き月の光・・・・・・、その抱陰の光を、総ての邪衝じゃしょうを打ち砕いて・・・」
「素盞鳴尊様がいなくとも、私だけで十分です。櫛名田姫、その力を示しなさいっ!」 
「なぁ~~~によっ、大地!アンタのその顔は?助けに来てあげたんだからもっと嬉しそうな顔しなさいよ‼それと感謝くらいしなさいね」
「勇輔クン、何とか耐えてくれていたようですね。もう休みなさい、私と甕星があとは引き受けようぞ」
「蜘蛛神達よ、我々と同じ道を共に歩んではくれぬのか?そうやってこの地に禍するというのなら、我、天津甕星の昔の考えは捨てる。封じてくれようぞ」
 総ての天国津たちではないが多くの仲間達が彼等を助けるべく駆けつけてくれた。その場に来なかった者達は蟒蛇対策のため日本各地を飛び回っている者達。
 天国津等の出現を目のあたりにした陽久等は悔恨の炎をその双眸に映していた。
「ぬぬぬっ、きゃつ等逃げおおせていたか。天照メ・・・、それと月読、アヤツがおっては我々のこの術は意味がなかろう。皇の復活まであと少しだ。蟒蛇様が甦れば我々は不死。それまで時間を稼ぐといたそう。この長年、数千年の間に得た新たな力を天津の連中に見せてくれるとしよう、向かうぞ」
 陽久が口にした言葉に従い六蟲師は術を解き本来の姿に戻りながら敵対する神々に挑み掛かって行くのだった。
 現在、蜘蛛神の頂点に立つ陽久が何かの術をかける事により、格下でもかなり強い力を見せていた蜘蛛の眷属達の能力が一段と上昇していた。更に陽久の口寄せの術で多くの魑魅魍魎が姿を見せた。その数なんと現日本人口の十二分の一よりも多い。上空、太陽の光を遮るくらい黒く覆い尽くし、嵐山が別の形に見える程、隙間が無いくらい埋め尽くすほどのそれらが群がっていた。
 小笠原の島々で争った国津と天津の戦いより更にそれの上を行くいくさが京の都、西の山で繰り広げられようとしていた。それはその都が消滅してしまうくらいの戦いか・・・。
「このままでは街の中にまで被害が及んでしまう。月読を宿すその娘よ、隔絶の結界を張る。私に君の力を貸してくれぬか?」
「言葉にしなくとも私分かっているよ、タクちゃん。月読、蒼月のさざなみをこの地に」
 時の国防省長官であり、大国主の神を宿す目上の者に堂々とあだ名で呼ぶ照神は見えない瞳を瞼で閉じ、両手を組んで祈り、結界を張るための言葉を唱え始めた。
 それを促がした琢磨も嵐山一帯と京の都の空間を隔てるための力、その神気を両拳に集中させる。
 天国津たちは己のすべき行動を理解し、それぞれのその動きを見せていた。そして、天照と月読の登場で本来の力を取り戻した武達も戦いに参加しようとする。
「那波ちゃん、助けに来てくれて有難う。もう駄目かと思ったよ。武甕槌、今まで散々オレの言葉無視しやがってちゃんと今度こそお前の力かしやがれ」
〈武、済まなかったな。後れは私達、イクサガミとしての働きで返そう〉
「経津主、分かっているな」
〈ハイ、経司殿。他の者達に負けぬよう、頑張るといたしましょうか・・・〉
〈大地様、申し訳御座いません。僕の力が至らないばかりに。・・・沙由梨様、なんとも勇ましくなられまして・・・、僕はとても嬉しく思います〉
「オイッ、児屋根何をくだらねえ、挨拶をサユサユ何かにしてやがる。ソンなのはあとだ、戦うぞ」
 今までじっと我慢し戦えなかったその三人が争いに身を投じる事により闘争は激化を極めて行く。果たしてその戦いの行方はどのような決着がつくのであろうか?共有の道を計ろうとする神々か、それともそれに恨み逆らい、蟒蛇と呼ぶ皇の復活を望むみ願う神々か?その結果を見る事は神眼を持つ神すらも今は叶わない。
 
参 あいれぬ神々

 戦の神を再び取り内に戻した主人公、武。彼がその力を向けるものは・・・。
「唸れ、五十鎚いかづち。雷神剣、デリャぁーーーーーーーーーッ!」
 オレはいまだに上手く形作れない十握剣を手に今使える最大の神の剣技を放っていた。そして、俺の戦いの対象は蜘蛛神たちではなく魑魅魍魎の方だった。蜘蛛神の多くは安倍陽久と名乗るヤツの命令で仕方がなく戦っているだと勝手に思い込み、無駄にその命を奪いたくなかったからだ。
 月読の女神様の照神先輩と国津側の主神、国防の御偉いさんのお陰で、どんなに大きな力を使っても人の世界に影響の出ない空間にいる俺達。持てる力最大限に揮う俺の神技、一撃で消え去る物の怪は軽く一万をいく。だけど・・・、一向に減る気配は無いんだ。
 経司、大地、那波ちゃん、姉ちゃんの美姫、勇輔、天津甕星それとも八幡七星って言ったらいいのか?それと助人に来てくれた鬼神の人達で一番強そうな男女一組。
 その二人と俺達天国津のなかで強大な力を有する神様達も一回の攻撃で俺とほぼ同等の数の魑魅と魍魎を浄化させていた、蜘蛛神とも戦いながら。
 他の仲間たちだって一度の攻めで一人一神約、千弱は祓い除けるくらい奮闘している。だけどそれでも現世界と隔離された空も地上も当たり一帯は物の怪だけが占拠していた。
「クッ、全然減らないぞっ!どうにかなんないのかよ。・・・こんな時に八坂さん、素盞鳴尊がいてくれればどんなに心助かるか・・・・・・・・・、武甕槌、もっと強力な技は無いのか?」
〈あるぞ、だが・・・〉
「捨て身の技って奴か?それでも構わないぜ。やるぞ」
〈それだけではない。今のこの世で成功するかどうか私は知らん。何せ、その力私も一度しか使ったことが無いのだからな〉
「ソンくらい、俺の願掛けで何とかしてやるさっ。いくぞ、どうするんだ?・・・・・・・・・、そうか、分かったぜ。・・・、詠華さん、出雲長官さん俺に力を貸してください。大地、お前もだ。経司、少しばっかり無理してくれよ。美姫姉ちゃんもそれに那波ちゃんも頼むぜ」
「フッ、手短に頼むぞ」
「分かったわ、私は無理してあげますけど、武は無理しては駄目よ・・・、経君も」
「わかりました其れまでココは私が引き受けます。心配しないで神力を練ってください」
「ショウちゃん、今から私、武さんに力を貸します。それまで私達を護ってください」
「エイちゃんにそんなコトを言わなくても分かってるの。私は月読女神なんだよ」
「鹿嶋少年よ、私の準備はいつでも良いぞ。甕星、我々の守護を頼んだぞ」
「安心するが良いぞ、父殿よ。我等が力信頼せよ」
「児屋根、武が何したいか分かってんなっ!サユサユ、俺様のこと確り援護しやがれよ」
〈勿論です、大地様〉
「アタシにお願いするんならもっと気持ち込めなさいよ、バカ大地。べぇ~~~だっ」
 呼び掛けた三人は俺のしようとする事を理解してくれたようだった。そして、俺達にとって最も近しい存在に俺達の守りをお願いもしていた。
 俺達四人は一つの場所に集まり、それを囲むように七星、那波ちゃん、経司、沙由梨ちゃん、照神先輩、それと美姫姉ちゃんが十握剣を両手で確りと持ち護衛の壁を作っていた。
「妾波天津賀主神、天照。妾賀願宇波家神乃頼、妾乃祈声聞衣志奈良婆天乃高乃空尓御座世志天津等予、妾乃為尓其乃姿乎見世良礼予」
「吾波此乃地尓降里志、国津乃祖、吾予里出須部手乃雲、吾賀子良再美吾尓還里志一都尓成良吽・・・、昇君キミの準備も良いかね?」
 詠華さんの天性の歌声と琢磨さんの威厳のある口振り、それから聞える祝詞らしき物に上空の様子が変化して行く。更にそれに続くように大地と天児屋根の神の祝詞が始まった。
「チッ、可愛いしかめっツラしやがって。沙由梨のやつムカつく・・・・・・、謳うぞ、児屋根」
『我与衣良礼志其乃勅命、我乃言葉波主神乃詞、我乃命波天照大御上乃鳴、其礼従宇波天津乃理。御神賀招伎志天乃遣者、我命逗留波神合。北都尓賀茂別雷、南都尓賀茂建角身、四方四陣尓八雷上。来多礼予、彼乃下尓・・・、天神招霊』
〈来たぞ、いいか?武ッ!「任しときなっ」〉
『我、雷乃神皇、武甕槌。我、統部留波力乃厳霊。我、司留波鳴神須部手。我命逗留波雷神集伊志其乃怒。我願宇波一致収雷乃宴。汝等此処尓来多里手今我刀共尓地辺降良吽』
 神力を使う祝詞を言葉にしながら雷鳴が轟く天空高く上昇し、俺の丹田に神気を溜め込んでいた。そして、みんなが集めた力の頂点に達すると眼下を眺めやり、大声を上げる。
「テンジョォォォー、テンガァ~ッ(天上天下)ほおぉぉぉぉぉぉとうっげきっらぁ~~~いっ。(迸刀激雷)やあぁぁぁーーーーーーってやるぜえーーーぇっ!ヌゥヲォリャァーーーーーーッ」
 頭上に力強く掲げていた右手人差し指を地上へ向けて渾身に叩き降る。俺の神気を受けた雷霊はそれに呼応するように龍の形を作り咆哮するように轟音を響かせながら地表へと急降下し、周囲を敷き詰めるように数多くの雷龍が降り注ぐ。
 今まで頭上を真っ黒く染めていた空を飛ぶ魑魅はその龍の大きな口に噛み砕かれ、鋭い爪に引き裂かれ、強靭な尾で跳ね飛ばされ、地に這いずる魍魎はその巨体に巻き締められ、潰し叩かれ、煌く角に串刺しにされ、その存在を消滅させられて逝った。
 三人の力で集まった多くの力、俺のありったけの神気で放ったその力、その雷龍は仲間まで巻き込むように全体にただ闇雲にその力を揮うのではなく、魑魅魍魎と蜘蛛神だけを喰っていた。更に俺は残る神気を放ち剛深爆雷しながら地上を目指していた。
 雷龍が消え、俺が地に降り立った時、殲滅とまではいかないけど初めにいた百分の一にまで、若しかするとそれ以上に減らす事が出来ていた。なんとも末恐ろしい神力。だけど、蜘蛛神の中で別格の奴等にはてんで効いていない様でもあった。
 地に足を下ろしたとき途方も無い倦怠感に襲われる。体はまるでセメントの中に埋められたように硬直してしまった。そして、そんな状態の俺に絶好の機、待ち望んでいたような表情を作った陽久と六蟲師の内三人が襲い掛かってきた。
「クハァハッハッハッハ、其方の首ワレがいただいたぞぉーーーっ」
「貴様等の力の要、この私が戴くっ!」
「私達の同胞の命奪った武甕槌の後継者よッ!その償い、消滅を持って知りなさい」
「眷属たちが命を散らして作った好機を」
「・・・・・・・・・」
 声も出せない、顔の表情すら変えることも出来ない、何も出来ない俺の命を取ろうと蜘蛛神四人が鋭い刃を突きつけ様とした瞬間、俺を庇うように助けてくれたのは経司でも大地でも美姫姉ちゃんでも伊勢野姉妹でも他の仲間たちでもなく・・・。
「ゥゥグッ、グハァアッ、カハッ・・・」
 どうしてか知んないけど目の前に現れた俺の十倍ほども大きく艶やかな程に真っ白な大蛇。
 蜘蛛神の仲間だと思うそれは俺に襲い掛かってきていた四人の蜘蛛神の攻撃を一身に受けていた。貫かれた部分から人と同じ赤い血を垂らしながら徐々にその体を縮め人の姿へと戻って行く。そして、俺が目にしたその姿は・・・?
「あぁ・・あぁ・・・・・・、キ・・・、キョ・・・ウ・コさん?」
 俺の方を向いてニッコリと微笑んでくれたその人、顔が確認できる。・・・だから、少しばかり動かす事が出来たその口で声を出してその人の名前を告げていた。俺を助けてくれたのは他でもない大取恭子さんその人だった。
「おおとりぃーーーッ、そなたっ、我々を裏切る積りかッ!」
「ワタクシにはその様な積りは御座いませぬる。ですが・・・、ですが・・・、武様だけは・・・・・・、どうか・・・、タケルさまだけは・・・けほっ、ゲホッ、ウウングッ・・・」
「何を申せば。恭子、そんなコトを俺達が許すと思うか」
「眷属離反の罰を輪廻無き滅を持って受けなさい」
「天津ごときの後継者に心奪われたか?愚か者め、消えよ」
「大取よ、我等が好機をけしてくれたその償い其方の命だけでは足りぬぞ」
 恭子さんに刃を突き刺していた四人の蜘蛛神は俺の目の前で残酷な程にその力を恭子さんに入れる。その人の後姿、顔を正面に向けてしまっていた彼女の背中しか見えない今の俺。一体彼女がどんな表情を作っているのか窺う事は出来ない。死ぬほど苦しいんだろうけどその状態のままで恭子さんは俺に言葉をくれる。
「ワッ、わたくしは・・・、今こうして、ゲホッ、グフッ。武様、ウングッを助けられて・・・、も・・・、若し、ふ・た・たび・・・、め・・・ぐり・あうこと・・・ができれば・・・わたくしはたけるさまを・・・ウッグハッ」
「きょっ、恭子さん?きょうこぉさァァアぁーーーーーーッンガワァアアァアァアァァアァッ」
 恭子さんの言葉を最後まで聞けないまま、彼女の首が俺の目の前から消え去っていた。恭子さんが何を伝えたかったのか俺は直ぐに理解できた。そして、恭子さんの命を奪った者達に対して人が持つ以上の憎しみと怒りを覚える。標的を恭子さんから俺に向けた四人の刃が俺を貫こうとする。
 そんな状況下に置かれた俺を誰も助けにることは無い。当然だぜ、俺が念でみんなの助けを拒否したからだ。そして、更に蜘蛛神四神の攻めは俺に届く事も無い。
 恭子さんの無残な死を知って、何故か失われていた俺の神気は極限まで回復し、体の疲れも消し飛んでいた。更に両手に十握剣が一振りずつ・・・、やっぱり形は不恰好なそれを出して、迫り来るそれらを滅多斬りにしていた。四体の内、二体は完全に息を絶えさせ、翼を持っていた大きな鳥人はその羽を失い、陽久もまた後一撃を加えればその命を奪える状態までに陥るようにしてやった。
 その攻撃をした時間は一秒の十分の一も刻まれる事の無い極小の時の流れだった。今のおれの強さは文句なく、武神の名に相応しいほど思えるほど力の奔流が俺の身体の中を駆け巡っている。十握剣をこの場にいる蜘蛛神の大将に突きつけ、言葉を投げる。
「おまエッ、何で・・・、何でそんなに簡単に仲間の命が奪えるんだっ!何でだよっ、こたえろぉーーーッ」
「ングッ、ウヲッ、グハッ・・・、き・・・きまってお・・・ろう。裏切り者には・・・ウハッ、し・・・死罰。そっ・・・それが・・・我々の・・・・・・、おき・・・て。はぁ、はぁ、はぁ。其方、ウグハッ」
「フンッ、まだなにか言いたそうだな?良いぜ、続けてみろよ」
 少しの時間を与えるだけで陽久は急速にその傷を癒して行く。だから俺はそれが回復しないように残忍にも再び瀕死の状態に追い込んでやった。そいつの歯軋りをするその表情、怨讐の眼差し、〝怨恨〟とか〝怨めしい〟そんな簡単な言葉じゃ表現できないような感じだったぜ。
「ウグッ、そなたら・・・人・・・とて同じ・・・・・・ではない・・・か?我欲のため、己が欲望のために・・・、摂理を犯す者、戒律を犯す者、おきてを犯す者、法を犯す者。そなたらもそうしているではないかっ!死刑を持って罰を与えてるではないか」
「確かにそうだけど・・・、そうだけど・・・、だけどっ、ウワぁーーーーーーッ」
 安倍陽久の口から出る答えに反論できなかった。どうして良いのか分からないやり場の無い憤りが両手に握られる剣を無作為に動かす。それが向けられる相手は答えをくれた者。だけど、相手の命を奪うことは出来なかった。
 何故ならそれはいつの間にか傷を癒し陽久の壁になっていた大怪鳥が居たからだ。その姿を維持できなくなった蜘蛛神は徐々に俺達と同じ人の形に成って行く。そして、その姿もまた恭子さんと同じくらい絶美の女の姿だった。
「陽久様、どうかワラワ達の悲願を・・・」
「かおりっ?カオリぃーーー、佳織ッ!佳織しっかりするのだ。目を開けるのだ。我を置いて先に逝くなど許すわけが無いであろうっ我々の願いを見ずして逝く積りか?佳織よっ・・・・・・・・・、おっ、ウヲノレェーーー、たけみかづちぃーーーーーーっ」
 そいつを庇った女が事切れたのを知った蜘蛛神は俺が恭子さんの死を知った時の様に怒りを露わにして、初めて人の形から化け物の形へと変容していった。
 今まで出していた力は本気のモノじゃなかった様だ。
 陽久が変わってゆくその姿、体の大きさ、顔の形は殆ど人のままだった。違うのはその男の髪が黒色から橙色へ、短かった頭髪は尻の辺りまで伸び、まるで生きていて意思があるように蠢いていた。腕は通常に二本存在する場所だけじゃなく、背中に左右三本ずつ。しかし、そのうち四本の先端は拳じゃなくて鋭く太い一本の爪だった。更に各関節からは場所によって疎らな長さの角が生えていた。
「この場に居る者達全員の命を奪う積りはなかったのだがな。・・・・・・、だが気が変わったぞ。皆殺し、皆殺しにしてくれるわっ。そして我らが皇、蟒蛇様の血肉としてくれる。死に至られよっ!皆の者、動くではないぞ、我が一人ですべ手を喰らって見せよう」
 まだ数多く生き残っている蜘蛛の眷属たちに真の姿を現した陽久がそんな風に命令を下していた。そして、それが終わると俺に凍て付くような視線を向ける。
 その男にとって俺が命を奪った女はよっぽど大切な人物だったんだろう。・・・、だが、今の俺に後悔の念は微塵にもない。
「みんなっ、俺一人にだけやらしてくれ。武甕槌、行くぞッ!」
 会話の途中から俺を護るように囲んでいた那波ちゃんや美姫姉ちゃん、それに大地や経司を押し退け前に出てそう言葉にしていた。はっきりと言って勝てるかどうか分からないけど差しの勝負だ。戦闘開始の合図なんかない。でもお互いに一気に間合いを詰める様に前方へ走り出していた。
 俺は二本の剣を神技と共に振る動作に移り、陽久はその八本の腕で襲い来ようとする。陽久という男が俺に向けようとしていたのは徒手空拳だけじゃなかった。持っていた貧弱そうな扇子が魔術か、奇術か俺が握っている無粋な剣と違った立派なそれに形を変えさせ手にしていた。
 お互いの刀剣の振りぬく瞬間はほぼ同時だった。右よりも左からの動きが僅かばかり早かったおれの腕、その手に握られた剣が陽久の右胴を狙って空を走るが、奴の腕の一本がその動きを読み、防がれ、陽久の刃が俺ののど元を射貫こうと突進するが右手の剣の軌道を無理やり方向転換させて、それを弾く。おれの腕は二本。武器もその数と同じ、だが相手は違う。俺の塞がった両腕、反撃できない態勢。陽久の残りの腕が俺の顔面や胸中に襲いかかって来ようとするが、俺の身体はその動きに反応してくれて瀬戸際で何とか掠り傷程度で切り抜けた。
 刹那な時間に目に捉えることが出来ないほどの攻防。
 仲間の目には互角のように見えるその闘い。しかし、押されているのは俺の方だった。手数が違いすぎる。馬鹿な俺でもわかる単純計算で四倍。お互いの一手の速さが同じなら四倍の速度で動いて俺は陽久に対して互角。此奴に勝とうと思うなら、それ以上の速さで動き、剣を繰り出さないと無理。そんな速さに体が付いてこられる訳がない、無茶な事は承知それでも、俺は懸命に刀を振り続け、相手に致命傷を負わそうと接近戦をやりあったまま時は一秒を千八百回刻む。
 そして、その間に繰り返された攻めと防ぎはその秒を刻んだ回数の十八倍。俺も陽久も掠り傷や多少の大きな傷を負い、負わせていた。だけど陽久も俺もその怪我を直ぐに回復させていた。相手は異常な自然治癒から来るものだろうけど・・・・・・、多分、俺の方は詠華さんの持つ癒しの力、若しくは琢磨さんと井齊博志さんのどちらか、か?それともその三人全員が治癒の神力を全力で放っているんじゃないかと思う。
 俺、一人一神で戦うなんってでかい事を言ったけどさまざまな守護の力を俺の身に感じていた・・・、だから負けるわけにはいかないぜ、この身が砕けても。
 奴の速さを超えるんだっ!!
「どうした?その程度の力では我は殺れんぞっ!観念、覚悟して消え逝け、武甕槌」
「お前が何を企んでいるのか俺は今でも判っちゃいないけど、それを止めるんならその肉体だけを消して、魂まではとらないぞ」
 はっきりと言って相手に気をつかってやれる余裕なんてなかった。だけど、俺の根底にある性格、甘っちょろい理想が言葉となって口から洩れていた。
「コゾぉーーーガァッ、生意気を抜かすなぅあーーーーーーぁっ!」
 陽久は憤怒の顔を作り、蠢く長い髪の毛を操ってそれを俺の両腕、胴、両足、そして首に絡めてくる。それは徐々に各部を締め上げてきた。更にそれと同時に攻撃も仕掛けてくる。
「うがぇあぁ、こっ、このていどぉーーーーーー・・・、雷陣」
 即行で周囲の雷霊をいるだけ呼び寄せ、神気を乗せ其奴にそれを食らわしてやった。ほんの一瞬だけ、締め上げられていた髪の力が緩まる。どんなに僅かな時間でもそれは次に動作をし終えるのには十分な時間。だから、その隙に両手首を返してその頭髪を断ち切ってやった。付け加えて渾身の蹴りを加え、突き飛ばしてもやる。
 俺はそれを追いかけるのではなくて逆の方向へ大きく後退して次にどう動くか考えた。蜘蛛神の奴もこっちの様子を窺っているようだ。有り難いぜ。
「武甕槌、まだ試していない神技あったよな?この二刀流でそれできるか?」
〈私は一刀でしか試した事が無いぞ、分からぬ。だが、武の才があればそれも可能かもしれぬな〉
「ウンじゃ、やらしてもらうぜ。確りと俺の体、動かしてくれよ。残りの神気ぶちまけてやる」
 二本の剣を八双に構えて、神技を放つ体勢に入ると大きく間合いを取っていた陽久は俺が何をしようとしているのか理解した様で真剣な表情に変わっていた。それが俺の双眸に映る。
 しばらくの間、俺はその場から動かないでこの隔絶空間に残っている雷霊をすべて俺の十握剣に集めていた。その間に相手の蜘蛛神が動く事はなかった。俺が放つ一撃を打ち負かしてから反撃をしようとでもしているのか?それとも何か考えがあって俺の様子を見ているのか知らないけど、俺にとっては好都合だった。
「いくぞ、武甕槌!〈汝が望むままに〉イカヅチッ俺にくだれっ」
 言葉と一緒に八双に構えていた剣を垂直に天に向けると真っ白な稲妻が俺に向かって落ちて来た。それを受けると同時に地面を蹴って蜘蛛神大将の方へ向かって行く。俺が動く時を待っていたのか陽久もその場から動きすべての拳に何かを作っていた。
「轟きぃ~~~、唸れぇーーーーーーーーーッ!しぃ~んっ、ろあぁ~~~いっおおぉーーーっけぇーーん(神・雷皇剣)」
 本来雷を纏わり憑かせた剣で頭上からの振り下ろしで始まり神速で八方、四連撃する必殺の神技を、先に左手に持つ剣で横薙ぎ一文字に払い、右手に持つ剣を下方から切り上げるように振り上げ、更に返す刃でバツの字に交差するように切り降ろす。そして、その神技は陽久に決まっていた・・・。だが、それだけじゃなく陽久の放つ技も俺は喰らっていた。相討ちって奴だ。
「口惜しや・・・、我らが悲願成就する前に・・・・・、我等が・・・皇の姿を見る前に・・・・・・・・・、其方らに・・・ま・・・かされ・・・・ぐふぉわっ、だが、我の身を蟒蛇様に・・・・・・、さ・・・さ・・・・・・ウヲエアッ・・・」
 雷撃を帯びた陽久の肉片から異臭が漂う。普通の生き物がその臭いを鼻にしたら卒倒どころじゃない、死んでしまいそうな猛毒な感じのそれをあたりに散らしていた。
 体を八つに切り刻まれても一体どんな生命力をしているのか最後にそんな言葉を俺に向けてからその息を引き取った。だが、そんな蜘蛛神の言葉は俺には届いていない。
 中途半端な形の十握剣で放った神技のせいで俺はその場で気を失い、更に上半身、右肩から右腹部まで俺のそれを構成する組織は消失させられてもいた様だった。
 そのあと残った蜘蛛神たちがどうなったのか、知る事が出来ない。俺は気絶したまま修学旅行で泊まっている宿の一室で部屋一杯、歩く場所が無いくらいの仲間に見守られながら寝かされていた。・・・、だけど、若し、蜘蛛神の大将を倒した事で戦意を失っているような相手だったら無理に命だけは奪って欲しくない。・・・・・・・・・、その事を知るのは俺が目覚めてから。
 
肆 交わされる手と手

 武が目覚め、一日を置いた次の朝、武達一行は酒門紘治の案内で宇羅靖神社に足を運んでいた。
「それでは天津様の詠華さんも、国津様の琢磨さんも私達、隠忍族の願いをかなえてくれるのですね?それは本当なのですね」
「ハイ、この私、詠華が天照大神の名の元にその言葉が嘘で無いよう誓います」
「我々はもとよりキミたちとの共存を考えていた。それは建前ではないぞ・・・、其れともう我々は天津や国津ではなく、天国津という、本来の呼び名に戻している」
「そうですか、それは失礼いたしました」
「良かったなァ、温羅王。此れで俺達の上手く人に化けられない多くの仲間もこそこそしないで陽の下で暮らせるって訳だ」
「本当に良かったですね、賢治さん。これから私達、隠忍も人や天国津でしたよね?その方々の子孫と交じり合う事も出来るのですよね」
「それはない、ない。愛美、お前みたいな凶暴な奴を好きになる人様も人間様もいやしねえよ。・・・・・・ぐふぉッ、チッ、手加減しやがれ」
「紘治さん・・・・・・、このような場でその様な下世話な。大変申し訳に御座いません」
「クスクスクスッ、お気になさる事はないのですよ。ですが・・・、先ほど交わしましたお約束の一つですけど、それはこの国の治安が整ってからでも遅くはないのですよね?」
「詠華君の言う通り、私どもはこの国全体の自然環境の修復、悪霊払い、いまだに密度の濃い瘴気の浄化、八岐大蛇の復活の阻止、疎遠に成りつつある外の世界との交友などしなければならない事が多く残っている。その後になるが、それでも構わないというのだな?」
「私が生きている内になら構いません。魑魅魍魎の討伐には私の隣にいますこのお二人とその仲間にも手伝わせてください。それと蟒蛇についてですがそれは私自身協力いたします。もう時間が有りません」
「ウム、其れについては我々、天国津も今日明日中には準備できよう」
 宇羅靖神社には現在、天国津と呼びなおしている者達が隠忍族と獣神の六神がこれからの日本で共存しようと協和の調印の様な物を交わしていた。
 その会談の中に少なからず蜘蛛神も交ざっている。それらの蜘蛛の眷属の多くは陽久と幹久が倒れた事によりその戦意を失い天国津神や鬼神に下る事にしたようだった。陽久との決戦後、武が望んでいた事は現実となっていた。
 だがしかし、すべての蜘蛛神が人との共存を図った訳ではなかった。いまだに敵対する物も多く居るという。この場に居る者、この場にいない蜘蛛の眷属たちで人と人間側についた者達は人々等に危害を加える同族の説得、話し合いが不可能であるならば戦う事を決意していた。そして、その誓いを天国津神たちに表明もしていた。
「俺はまだ今一、天津を信用していない。天照・・・、いや詠華といったほうが良いな。あなたの言葉が嘘で無いなら俺の前で鬼族とそこの蜘蛛族のガキに手を交わしてみろ。そして俺の仲間のこの女にもな・・・」
「わたし、詠華がですか?」
「何を言っているのですか、里美さん。詠華さんの言葉だけで十分です。その様な事をしなくても」
「天照のただのお付のアナタは黙っていてもらいたいな。でどうなんだ?出来るのか?出来ないのか?」
「詠華さん、頼むぜ。せっかくここまできたのにまた争うなんって。・・・詠華さん、天照大神様の為に俺も武甕槌も絶対忠誠を誓ってこれからも頑張るからさ。だから・・・」
「武さん・・・、そんな顔をしないで。わっ私、嫌で手を交わさなという訳ではないんです。あのですね、本当は今でもこうして皆さんの前に居るのが・・・、男の人達に囲まれているのが怖いんです。歌っている時以外は・・・、だから、武さん、私の手を握っていてくださるなら・・・」
 詠華は自分の言葉の稚拙さにはにかみすべての者から視線を反らしてしまう。小さく下唇を噛み、恥ずかしさで表情を幾分赤らめているその様な彼女に罵声を浴びせようとするもの敵二人と小姑に成りうる一人。
「エイちゃん、何を馬鹿なこと言っているの?タケちゃんにそんなコトさせないもん。そんなのみんなが許しちゃっても私は認めないんだから」
 瞳を瞼で隠した表情で目くじらを立て妹を睨む姉、照神。
「ハナちゃん、何を言っているのかしら?アナタが私の武の手を握ろう、だなんってテルが武に抱きつく以上に許せないわ」
 過保護の上を更に行く、弟に執着心が強すぎる武の姉は物凄い剣幕と気迫で脅すように訴え、
「そうですよ、天津神の主神の方がなにを口にするかと思えバッ、アッ武さん・・・」
 前二人とはややかわり控えめな口調でるが強かに訴える友達以上、恋人未満な中途半端な位置に立たされている那波。
 三人の野次りに小さくなり、自分の言った事に対して余計に小さくなってしまう詠華。
 彼女の表情が翳りを見せると、本当に晴天だった天候も大きな雲が見え始め、太陽を隠そうとゆっくりと其の方へ向かっていた。
 彼女の願いを非難するその三人を無視して武は彼女の手を包むように優しく握っていた。
 武の其の行動にすぐに気が付いた三人は詠華の手を払おうと動き出すが、大事な協調の調印に成りうるこの場をこれ以上乱すわけには行かないととっさに彼女等を経司達は取り押さえた。
「此れで良いのか?詠華さん。うるさい連中が居るから直ぐに頼むぜ」
 武は鼻の頭を軽く掻き恥ずかしそうにそっぽを向きながらぶっきら棒に詠華にそう伝える。彼の其の行動で、今までの言動や仕草は演技だったのかと思えるほど、彼女の表情は一気に太陽を取り戻し、極上の輝きを見せていた。
 天からも後光が彼等の居る場所へ降り注ぐ、神秘的な情景がその場を包んだ。
「クスッ、有難う御座いますね、武さん。それでは鬼神の代表賢治さん、清志狼さんに代わって其れをしてくれる九条さん、それと蛭子さん。これからはこの日本が多くの種族たちと共存できるような世界を作っていきましょう」
 完全ではないがこうして、多くの異なる種族の者達が手を取り合い、まったく新しい日本を作り上げようと誓い合ったのだ。
 しかし、それは難しく険しい道。これから先どれだけの時間を要するのだろうか?現時点ではまだ誰もわからない。月読を宿す、照神が見る一つの可能性の未来も、事代主の生まれ変わりの勇輔が見る将来も同じ物であるのだろうか?
 だが、その未来に辿り着くにはまだ、やらねばならない事が彼等には多く残っている。特に八岐蟒蛇の事に関しては。
 果たして、本当に多くの協力を得た天国津たちは其れの復活をとめる事が出来るのか?本当に蜘蛛神の宗主と言われたほどの男が天津神の一人の戦士に倒されてしまう物なのか?それは・・・。
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