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第 十七 話 小さな休息

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壱 季節外れの修学旅行

 現在この俺、鹿嶋武は学級の連中全員とバスに揺られながら高速道路を走り、西へと向かっていた。どうしてかって?決まってんだろう、学校の行事、修学旅行って奴さ。それで京都に向かっている所。しかも冬真っ只中の如月の月にね。
 まったく内の学校の邇邇芸の神様を宿した校長は何考えてんだか?俺達、天津神は和解した国津神とあやかし退治に専念しなきゃいけないって言うのに・・・、骨休みをして来なさいって事を口にしてやがった。しかも俺達の中に宿している神様と一緒に。お気楽なもんだぜ、まったく。
 まあ、でもいいや、今俺達の学年は神様が多いから向かう先々で惨事があっても何とかなるだろうぜ・・・。
「なに武、時化た面してんだ?ほら、那波ッチから早くカード抜けよ」
「ぇえっ、ああ、うん・・・・・・ゲッ・・・、ババア、もらっちまったぜ」
「クスクスクスクスッ。武さん、ジョーカーを引いても口に出してはいけませんよ。ウフフッ」
「よっしっ、次は僕が武君からカード引く番だね・・・、絶対僕は大丈夫、っと」
「勇輔、人の遊びだ、神眼など使うなよ」
「経司君、ひどいなぁ~~~。ぼっ、僕はそんは卑怯な事しないよ」
「勇輔、良いから早く引け」
 後方の席に俺、経司、大地、其れと諏訪兄妹で占拠し、トランプをしていた。飽きる頃までさまざまなゲームをそれでし、其れを止めてからはどうしようもないくらい下らない事を喋りながら笑って会話の華を咲かせていた。久々に平和なひと時を感じるぜ。
 他の学級の連中は俺達が国津だ、天津だって分かれて戦っていた事なんって知らないだろうし、勿論化け物たちと戦っているコトだって分かっちゃいない。羨ましいくらい平凡な時間を連中は過ごしている。だけど、武甕槌が俺に降りてきてからの日々をけして後悔している訳じゃないぜ。
「ねえ、武君。向こうに着いたらさぁ、ちゃんと那波の相手してあげてね。二人っきりでデートする事許してあげるからさぁ。人気の無いどっかに連れ込んでもう何でも好きなことやっちゃって良いからね、クックック・・・・・・・・・、グフェッ」
 何かを妄想しながら勇輔はそんな事を口にしてきやがった。そして、其れを耳に入れた那波ちゃんは無言のまま力の入った裏拳を奴にくれていた。
「何で勇輔はそういった那波ちゃんに対して変な事を考えながらしか喋れないんだっ!」
「武、ユウスケにそんな事を言っても無駄だ。コイツのスケベは筋金入りのようだからな」
「まったく、よく此奴、こんなんで学級の女の子からの支持が下がんねえぇのか不思議でしょうがねえよ。連中、コイツの見た目に完全に惑わされてんな。まっ、別に俺様には関係ねえけど・・・・・・。おっ、そろそろ泊まり場所に着く時間みたいだ」
 大地がそう言ったから俺は時計で現在の時刻を確認した。すると予定表にあった宿の到着時間、数分前だった。
 その宿泊施設に到着し様としていた頃、俺達の乗るバスを追う影が二つ、寒空の曇った彼方上空に存在していた。
「テル、何で貴女がついてくる訳ですか?」
「それはこっちのセリフだよ、ミッキー。散々今までタケちゃんやケイちゃん達のことホッタラカシにしていたくせにいぃ~~~、貴女はさっさと学校帰って受験勉強でもしてちゃってください」
「テル、そういう貴女こそ戻りなさいよ」
「ミッキーと違って、わたしは良いんですよぉ~~~ダッ。だってもう、ミッキーが学校おサボりしている間に推薦で大学決まっちゃったもんねぇ。だからそんな心配要りませえぇ~~~ん」
「ハイ、そうですか。・・・・・・あのね、一つ言っておきますけど貴女がいくら武の事を慕ってくれても絶対あげませんわよ。それはハナちゃんにだって同じです」
「ミッキー、いつまでそうやってタケちゃんを過保護にして、ブランコ注1してくれちゃうの?其れの所為でタケちゃんはアンマリ異性に興味なくしてくれちゃっているのよ。わたしの方がミッキーとタケちゃんとのインセ注2なんって絶対に認めないんだから・・・。学校卒業する前にミッキー、いい加減にそっちを早く卒業しちゃってね」
「嫌です、武は私の物。なんと云われても嫌、絶対誰にも渡しません」
「ミッキーがそんなコト言ったってタケちゃんと幸せな未来を掴むのは私・・・、ああぁあぁっ~~~、ケイちゃん可哀想だなぁ、こんな性的異常な子に惚れちゃうなんてぇ」
「うるさいわよっ!テルッ」
 そう言って美姫は照神の両頬を力強く引っ張っていた。照神も照神で美姫に同じような事をし、その不毛な決着は付かず、空中浮遊していた場所から動き出して、武達のバスが停車した大きく作りの良い優雅な旅館の近隣へと降り立っていた。

注1、ブランコ=ブラコン=ブラザー・コンプレックス
注2、インセ=インセスト=incest
 
 姉ちゃんの美姫や照神先輩の到来なんか知らない俺はバスから降りるとき那波ちゃんが〝手を握ってください〟なんてお願いしてくるから其れをしていた。
 学級の男連中は俺と彼女がそんな事をすると羨ましさと恨めしさを混ぜたような暴言を口にしていた。そんな奴等に言い返したのは俺や那波ちゃんじゃなくて経司だった。
 いまだに経司は俺を裏切って国津側についた本当の理由を教えちゃくれないけど何だかんだ言っても俺の事を色々考えて一番に思ってくれている幼馴染みで親友だった。その親友、学級委員長の経司の言葉で学級の男共が俺に向けていた言葉は消え、ゾロゾロと旅館の中に入って行く様だ。
 さっきまで那波ちゃんの近くにいた勇輔は女子の連中に囲まれ旅館の中に入らず、外で会話を交えている。
「チッ、うちの女連中ときたらユウスケ、勇輔ってまったく、うっせえぇんだよな」
「どうした、牧岡?女子のお前に対する支持率が下がって不満とでも思っているのか?」
「うんなわけねえぇだろ?香取。そんなこっちゃァ、気にしてないさ、俺様は。大抵の女なんか所詮はヒップ・ライトだからな。さアッ、こんなトコに突っ立ってないで中に行こうぜ」
 最後列にいた俺達は大地のその言葉で旅館の玄関を通過しようとした。でも、その時、俺の目に聞き覚えのある文字が今日の入館団体を示す電光掲示板に〝サイキッカー江戸川生徒会組♡〟と映っていた。文章末の二つの記号を見て俺は思わず小さく笑い出してしまう。そして、そんな表情を浮かべたのは俺だけじゃない。更にそんな表情のまま玄関ホールまで足を運んでいた。
 単なる偶然か?誰かの陰謀か?天国津神達の内の誰かの戯れか、それとも他の国の神様の興じか?掲示板に記されていた異能力集団が俺達の前に姿を見せていた。
「アッ、キミたちは鹿しまっ・・・」
「なんだ、手前等アン時の神社の神様三人じゃねえぇか」
「そう言う、お前等こそ江戸組みの連中じゃねえか?こんなトコで何してんだか?」
「あぁあぁ~~~、また私達の呼び名勝手に約しちゃってるよォ~~~」
「そちらこそ、忘れているのではないか?俺達は経津主―香取経司とそっ・・・」
 それ以上言葉にしようとする幼馴染みの首を絞め、俺のほうから口を出した。
「そんな呼び名、どうでも良いぜ。えぇ~~~と、確か平将徳さんだったよな?何でこんな所にそのメンバーで居るんだ?学校は?」
「そういうキミたち、鹿嶋君こそどうして?京都なんかに?」
「単に修学旅行、ちなみに全然俺達の紹介ちゃんとしていなかったから分かんないと思うけど俺達は靖華城学院って所の生徒だ」
「なんだ、同じ東京の出身だったんだね、鹿嶋君たちは・・・・・・、僕たちはね、僕のご先祖様が禍の元凶がここにあるからって知らせてくれたから其れを調べに生徒会費ふんだんに使って足を運んだって訳だよ。・・・・・・・・・、ねえ、鹿嶋君たちはいつから自由行動できるの?若し良かったら一緒に行動してくれないかな、僕と?若菜ちゃんは京都出身の女の子だからここの地理はばっちり詳しくて役に立つよ」
「俺達四人と、もう一人いるんだけど・・・、特別ずっと自由行動さ。でも何もそんな目的があってきている訳じゃないからそんな事を言われてもねぇ~~~」
「会長、アタシ達を差し置いて平会長だけ神様たちとご一緒しようなんってズルイですね」
「キミたち、勝手な判断してくれては困る。武は一言もそちらの生徒会長さんと行動を共にするとは言って無い」
「ええぇえぇーーー、香取さん駄目なんですか?其れと牧岡さんでしたよね?」
「俺様は相棒、武の判断に任せてるから、此奴が〝うん〟って言えば別にかまわねえぇけどな。そんかわし、行動一緒にするならメチャ美味な飯屋連れてってくれよ」
「ハイ、私、若菜にお任せください」
「そこの彼女も、大地も勝手に話し進めないでくれよ」
 ホールの中央に突っ立ったまま判断をこまぬいていると今の今まで其れの気配を気付けず、旅館内で兇悪な猛獣に背後から襲われてしまう。
「がるるるるるっるるるるるっるうぅ~~~、タケちゃん捕まえましたアァ~~~」
「テル、やめなさい。武から離れなさい。其れとそこの貴女、武から手を放しなさいっ」
「・・・?伊勢野先輩に武さんのお姉さん・・・、先輩何をしてくださっているのですか武さんにそんな事をしないでください、離れてください」
「二人にそんな事言われる筋合い無いよォ~~~、タケちゃん、私のことラヴってくれてるもん」
「はぁ~~~、この旅館はサービス悪いぞ、兇悪モンスター放し飼いオッケーなんって。俺だけ別の場所に泊まろうかな・・・・・・、それよりも何で姉ちゃんも照神先輩もこんなトコ来てんすか?学校の授業は?サボってんじゃネエゼ、まったく」
 先輩にかぶりり付かれた状態のまま、其れを振り解きもしないで無気力な感じで姿を見せた二人に声をかけていた。しかし、声が聞えていないのか皮肉を言ってやった先輩は俺の胴に腕を回したまま、俺の背中で頬擦りしてやがるし、姉ちゃんは怖い目で那波ちゃんを睨んでからそんな先輩を引き剥がそうと必死になっていた。
「美姫さん、どうして京都なんかに・・・、ハァッ、でも良かった。美姫さんはもう俺達のところへ戻って来てくれたんだな・・・」
「経君・・・、今までご心配掛けさせてスミマセンでしたね」
「良いんですよ、美姫さんが俺達のところへ戻って来てくれただけで満足ですから・・・」
「其れより、経君この子を武から放すの手伝って!」
「照神先輩と武、お似合いじゃな・・・・・・、ハイ、分かりました」
 何故か俺と先輩、もしくは詠華さんを恋仲にさせようとしている経司の奴は美姫姉ちゃんと那波ちゃんに睨まれると照神先輩の首筋に手刀を食らわし、気絶させてしまった。まったく、経司の奴、内の姉ちゃんの言葉には従順に従ってくれやがって・・・。
 俺は倒れてしまった先輩を抱え起し、江戸組の頭に言葉を掛けていた。
「ごめんな、平さん。うち等こんなに騒がしくて・・・」
「騒がしいのは僕のところも同じさ・・・、其れよりもさっきの返事聞かせてくれないかい?」
「こんな連中と一緒でよかったら、別に構わないぜ。・・・、其れと今来たこの二人は俺の姉ちゃん、美姫って言うのと学校の先輩で照神さんって言う人だ。付け加えるなら二人とも神様」
「何だ、神様って僕が思っている以上に多いんだね」
「ふぅんッ、この俺様が良いこと教えてやるぜ。言っとくけど、テメえらがその神様って言うのここに居るだけじゃない、今んところ百二十三も居るんだぜ」
「えぇぇーーーっ、そんなにいるのかよ?マジで吃驚どころじゃないよな」
「そこのお前、ソンくらいの事で驚いてんじゃねえよ。この国、日本ってな八百万の神様っていって俺達くらいの人数じゃ、足りないくらいそういうのが居るんだ、覚えて置けよ。ソンじゃ、こんなところでダラダラしてねえで椿先生に報告して行動しようじゃねえか」
「そうだな・・・、それじゃ平さん、どこに行こうか?」
「平、俺達も一緒に連れていきやがれ」
「駄目、駄目ですよ。そんな大人数で行動できるわけ無いでしょ?皆さんは各々に僕がお願いした事をちゃんと進めてください。・・・・・・・・・、そうですね、若し、其れが片付いた方は同行しても良いかな?僕の居場所は連絡取り合えば分かるだろうし・・・」
「よおぉ~~~しっ、その一番は俺だねぇ、それじゃ任務遂行してくるよ」
 江戸組の一人がそう言葉にして、動き出すと他の仲間も馬車馬のように走り去っていってしまった。
「鹿嶋君、それじゃ、僕たちも行くとしましょうか?」
「ウンじゃ、京都グルメツアーに洒落こもうとしまっか?」
〈はぁ良いですね、大地様。僕もこの世界の食と言うものを味わってみたいです・・・〉
〈フフッ、天児屋根よ。それは幾ら私達が神と崇められている存在でも無理な事だな〉
「オイ、大地、目的がちがってんぞ。それに天児屋根の神も、武甕槌、お前も何を言ってんだか?まったく」
 愚痴をこぼす、大地の中の天国津に俺も愚痴をこぼし返してやってから岸峰先生に平将徳と言う人物と行動を共にする事を伝え、旅館の中から外へと足を向けていた。
 
弐 夜の中に忍ぶ闘争、それ即ち百鬼夜行

 ここ京都、千数百年も前の昔から何度となく狂の都、魔都などと不名誉な呼び名を付けられた都市の夜。昔から何代も代を重ねてこの都の地に生き付く人々は魔物や凶事と言った事に耐性が出来ているのだろうか?往来の真っ只中でその様なモノが現れても驚く事も恐怖して怯え逃げ惑う事もなく、普通に己の行動を取っている風に見受けられた。そして、そんな中、そんな人々を護って戦う集団があった。
「まったくこの町に住んでいる人様はクレージーだぜ。俺等よか、よっぽど肝据わってんじゃねえのか?信じられないぜ。それとも、自分が死ぬ事何ちゃぁ、なんとも思ってねぇのかねぇ・・・。オウ、野郎共、さっさと片付けちまうぞ。それと温羅王がウッさく言うから器物はあんま壊すな。よぉっし掛かれッ!」
 十人くらいの仲間を引き連れたその男はそれ等と一緒に魑魅魍魎と戦闘を繰り広げていた。その集団のリーダー格の男は酒瓶片手に嬉しそうに戦っている。
「アハァ~~~、何でこんなに化け物連中、増えっちまったんだろうねぇ?先祖様が生きていた大昔はこんなでも無かったらしいけど・・・」
 そう口にする彼は人以外に取り憑いた化け物以外は総てその憑依媒体ごと消滅させていた。
 仲間と共にその辺一帯の物の怪掃除をし終えるとその力のある集団はまた新たな其れを求めてどこかへと移動して行く。
 その似たような力を持つ集団は百組が存在し、一組、十人構成だった。今までずっとその集団が新撰鬼組と自らを称し京都に夜な夜な姿を見せるあやかしの殆どを退治していたのだ。
 真夜中、午前十二時を過ぎた頃に上京区の今は誰も住まないとても広大な廃屋の中にその集団、十組が揃い、その広大な敷地を埋め尽くさんばかりの魑魅魍魎と二人の人物と向き合っていた。
 物の怪を従えるその二人は安倍陽久の弟子、六蟲師の一人、風見麻依子(かざみ・まいこ)と陽久の片腕、賀茂幹久(かも・みきひさ)であった。
 それに面と向かって強気な目を向ける集団のリーダー格は酒門紘治、彼の隣に居るのは神奈愛美。
「オイッ、貴様等、そろそろいい加減に悪さすんの止めてクンねえか?めちゃくちゃ温厚なうち等の頭もそろそろ切れちまうぜ」
「そうですよ、もう無駄な争いはやめてくださいよ」
「鬼神の中ノ二強とも言われたあなた達が人などと言う生き物のために力を貸すなんって。でも所詮あなた達、鬼も外から来た者達、けして妾達の苦しみなど分からないでしょうね」
「はっきりって俺はそんなこちゃぁ~~~どうでも良いけど、内んとこの温羅王はちゃんと理解しているぜ、貴様らの心をな、虐げられるって気持ちがどんなものかな。何せ、俺達一族の祖先は侵略者との戦いに負け、追われてこの地に逃げてきたんだからよぉっ・・・」
「其れが分かっているなら何故ボク達、蜘蛛の一族とその眷属に力を貸してくれないんだ?」
「分からないのですか?それは争いは争いしか生まないからですよ。アナタ達にも其れくらいのコト理解できていると思うのですが・・・」
「僕たちはもう後には退けないんだ。君達が僕等の邪魔をするなら・・・」
 幹久が言葉を掛けると一斉に物の怪が紘治たちに襲い掛かって行く。
「そんなもんで俺達、鬼の一族が殺れるってかよっ!蜘蛛、貴様ら自身掛かって来やがれッ」
 紘治の動きに合わせる様に愛美も攻撃に身を転じ、仲間達も其れに従う。
 百の鬼と数万の魑魅魍魎、数的には後者の方が圧倒的に有利だった。しかし、紘治達の持つ力は尋常ではない矢張り鬼神の如き強く、百倍以上の相手をたったの五、六分程度で片付けていた。
「ばかな・・・・・・・・・、バッ、化け物メっ!」
「言ってくれやがって、貴様らだって俺達と似たようなもんじゃねえか、違うのかよ?おらよッ!貴様ら自身で俺達に勝負挑んで来たらどうだ?この俺、酒門紘治、酒顛様が差しで相手してやるよ。どっちが戦うんだ、そっちのまな板胸女か?それともそっちのボクちゃんか?」
「酒顛、よくも妾が気にしている事を・・・、死んで詫びてもらいましょう。妾があの殿方と戦います。良いですね、幹久様?」
「無理しないでください、僕等は今陽久のために一人として欠く事が出来ないんですから・・・、それじゃボクはあちらのお嬢さん、茨木と殺らせて戴きます」
「おいてメえら、久しぶりに本気出せそうだ。手出しすんじゃねえぞ。そんじゃあ、いっちょ、マジでいってみっか」
 紘治は拳と首の関節を鳴らすと威嚇する様な眼を麻依子に向けていた。
「紘治さん、張り切りすぎてこの場所これ以上壊さないでくださいね。ココ重要文化何とかに指定されているみたいですから・・・」
「そんな人様が決めたこと知ったこっちゃねえよ。それに全力で殺ンねえと負けるかも、だぜ」
「酒顛、妾に勝負を挑んでおきながらいつまで口を動かしているお積り?」
「フンッ、言ってくれるぜ、たっぷり可愛がって殺っから後悔すんなよ。ウヲリャァーーーッ!」
 紘治は相手に向かって走りながらその身を人から隠忍、鬼へと変えて行く。角や牙などは生えてくる事はないが身体は元の二倍も三倍も大きくなり、着ていた衣服は弾け跳んでいた。皮膚の色は日本人特有の黄色から茶褐色に変わり、隆々とした力強そうな筋肉が見えていた。
 紘治の相手、美しい着物姿の風見麻依子の方は人の姿のまま戦うようだった。彼女は彼の攻撃をまるで風吹く柳の如く舞い、ひらりと躱して風を操りかまいたちを作りそれで打って返していた。しかし、紘治の金剛の様に強靭な肉体には然程、効果を見せていない。
 賀茂幹久に挑む神奈愛美は人の姿のまま身体機能だけを強化して戦っていた。彼女の並外れた素早さで幾度と無く彼に攻撃を加えていたのだが風を伴った速さを生かした強力な一撃が当たっているのにも係わらず、幹久は平気な顔を見せていた。そして、愛美に技を当てようとする幹久だが彼女の動きが彼を何倍も上回り、それを決める事は出来ないようだった。
「紘治さん、此れでは駄目です。全然、勝負つきませんよォ~~~、交換してくださいッ!」
「言われなくたって、分かってる。チッ、オイ、女、そういうこった。今度はアイツの相手してやってくれ」
「妾を侮辱してくれたお礼を差し上げるまでは逃がしません事よ」
 逃げる紘治に麻依子は巨大な氷柱を作り、其れを投げつけていた。しかし、二人の間に割って進入してきた愛美によってそれは砕かれる。その動作で一瞬身動きが取れなくなった彼女に幹久は襲いかかろうとしたがそれは紘治によって受け止められていた。
 戦う相手が交代して剛力と強力ごうりき、迅速と迅風の戦いに転換していた。闘う相手が変わった事でその四人の間に先ほどより大きな力の流れが生じていた。そして、攻撃を仕掛ければお互いに傷付いてゆく。
「コンチクショォーーーっ、喰らえよっ、オレのホノオっ」
「その程度で僕を殺れると思うなッ!燃え尽きてしまえ、ハアァっ、僕の拳にまとえ鬼祓い」
 その二人の拳から現れた色違いの炎は相手に向かって喰らい付き、当たった場所の表皮を焦がし、その下の組織まで破壊する。焦げた場所から人が嗅いだら気絶所じゃ済まなそうな異臭が漂う。だが、お互い痛みもその臭さも感じていないのだろうか?闘い続けていた。
「ハァ~~~、はぁ~、ハアァ~~~。貴女、中々やるわね。でもその力で人様を脅かそうとするならけして私負けませんよ。必ずお倒しして見せます」
「それは世迷い言です事よ。フフッ、倒されるのは妾では無くて、貴女の方じゃなくて?」
 紘治のように鋼の様な硬い肉体ではない愛美、無数の氷の刃や数え切れないほどのかまいたちを喰らっていた彼女は全身多くの場所に切り傷を作っていた。衣服もかなりボロボロになっている。傷口から出る血の色は人と同じ赤色だった。
 愛美から打撃を喰らっていた麻依子、彼女の表面からでは分からないだろうが体のあちこちに内部出血や骨折を起こしていた。そして右腕一本を完全に砕かれていた。さらに口元からは体内で出血したものが伝っている。色は二種類、人と同じ色と白い血。
 男二人と一緒で女二人とも受けた傷は大きいはずなのに痩せ我慢の積もりか顔は平気そうにしている。傷付いた体のまま彼女等は動き出し、今度こそは致命傷になるように攻撃してやろうなどと思いながら相手の行動を予測し自分等の間合いを作ろうとしていた。
「いつまでこの俺様に抗ってんだ。さっさと殺られちまってくれってんのッ」
「酒顛、キミこそ早く僕の力の前に下って死んでください」
「ナマ言ってんじゃネエゼ、ボクッ!」
「僕を子供を呼ぶようにそう云うなッ!これでもボクはキミより年上なんだぞ。敬えっ」
「俺より、弱いヤツを敬えるカッ!地獄に逝っちまいなぁーーーッ」
 酒顛を襲名する男は力任せに相手に殴り掛かるのではなく、致命傷を与えるべく急所だと思われる一点だけに狙いを定め打ち付けていた。それは相手の蜘蛛神の眷属も同じであった。しかし、お互いの攻撃はそこを狙っているのが分かっている様で上手く躱したり、防いだりして中々、的を射れる物ではなかった。
 鬼神の女も蜘蛛神の女も彼等と同じようで思う様に攻撃を加えられず、暫くの間、膠着状態が続いていた。
 そして、戦いの決着が付かないまま既に二時間以上の時が刻まれようとしている。
「麻依子さん、これ以上の戦いは無意味のようです。撤退しましょう」
「ですがしかし幹久様・・・、分かりました。そういたしましょう。酒顛の名を継ぐ貴方、そして茨木の生まれ変わりの其方そなたも次にお会いしますときに必ず決着を付けさせてもらいます」
「其れまで君達が生き残っていれば次回こそ僕が酒門紘治君、キミの命を戴くよ。それでは」
「待ちやがれっ、逃がすかってんだ!」
「紘治さん、無理しないでください。向こうが退いてくれると言ってるのですから。・・・皆さん、彼を止めてください」
 逃げようとする二人の陰陽師を追いかけようとする紘治。しかし、それは愛美の言葉で今まで待機していた仲間たちによって取り押さえられ阻止された。
「畜生がっ悪役みたいなセリフ言って逃げやがって。今度あったらぜってえ返り討ちにしてやるぜ、覚えテロっ!」
 見えなくなった逃走者にむかって紘治はそんな言葉を吐いていた。
「もう、紘治さんそんな事を言ってくれて・・・・・・、そういう言葉だって何だか悪人っぽいですよ・・・。其れよりも早く賢治さんの処へ帰って傷の手当てしてもらいましょう?誰か紘治さんに肩を貸してあげてください。其れと私にも・・・」
 紘治は男仲間数人に担がれ、愛美は女仲間二人の肩を借りて卜部賢治の住まう神社へと帰って行く。
 その社の境内まで辿り着くとその場所の中央、大きな方陣が描かれた中に瞑想して座っている賢治がいた。多くの同族の気配を感じた彼は瞼を閉じたまま傷付いた紘治と愛美に言葉をかけていた。
「お帰りなさいませ、紘治さん、愛美さん。・・・・・・お二人とも手酷くおやられしてしまったようですね。治癒して差し上げますので私のところまで・・・。其れと皆様、今日もご苦労様でした」
 呼ばれた二人は賢治の前まで来るとその場に座り込み、他の者達は族の王に敬礼をしていた。
「ああ、今日は久しぶりに本気で戦ったぜ。何せ相手も蜘蛛の連中の最高位の奴等だったからな。そいつ等にでかい口叩いちまったけど退いてくれなかったら向こうもこっちも共倒れしちまったかも知れないくらい強かったぜ」
「そうですよ、賢治さん。私負けちゃうかと思いましたよ。はぁ~~~、何だか私自信なくしちゃいます。これデモ私、一族の中では賢治さんや紘治さんの次に強いのに・・・」
「そうですか・・・、その様なほど強い方々が・・・」
「確かに強かったけど、温羅王、お前なんかの相手する程じゃねえから心配スンナ。其れより、仲間の情報で新しいものが入ったぜ」
「それはどのような事でしょうか?紘治さん」
「聴いて驚け、信じ難い事なんだがな、なんと国津と天津の連中が和解したそうだ。それとその連中の何人かがこの京都に来ているってよ。何の目的で現れたのかは不明だけどな」
「そうですか・・・、それは良かったです。この前、素盞鳴尊様が姿をお見せしてくれた時に天津神様を殲滅するような事を口にしていましたから其れが避けられてとても良かったです」
「ねえ、賢治さん?天津さんも国津さんもそうなったみたいですけど、私達は矢張り静観したままでいるのですか?」
「いいえ、私達も国津神様と天津神様と行動を共にします。蟒蛇が復活しようとしているのに黙っている訳には行きません。あれが甦ってしまえばこの日本が無くなってしまうかも知れませんから・・・、二度と私たちの故郷をなくしたくありませんから、わたくしも・・・、私達も戦うのです」
「どんな化け物だかしらねえけど、そんなに恐れるほどすげえ化け物なのか?」
「はっきりと申しまして、次元が違いすぎます。伝承では素盞鳴尊様、一神で倒したと伝わってしまっているようですが・・・、あの方と其れに従う何万と言う程の軍勢かみがみ、そして私たちの数多くの祖先が挑んで生き残ったのは素盞鳴尊様と数名の参戦した私達の祖先だけです」
「オイ、オイ、そんなヤバいもん出てきちゃ、今の俺達の数と神様連中の数足しても万なんって単位に到底届かないぞ」
「だから、復活などさせてはならないのです」
「賢治さん、それではいつ私達は国津さんたちと行動を共のするのですか?」
「はい、それはですね。里美清志狼さんの方から報せがきてからです。なんでも蟒蛇を復活させないためには三種の神器と呼ばれるものが必要らしいようで・・・」
「ふうう~~~ん、里美の奴がねぇ、アイツ獣神なのに神様連中と連るんでいたのか?知らなかったぜ。まあ良い、その事はアイツにあって聞いてみるか、新しい杯貰うついでにな・・・。ウッシ、傷も癒えた事だし、化け物狩りに再出陣スッか」
「ええぇ~~~、また行くんですか?これ以上の夜更かしは美容の毒ですよぉ~~~」
「なに言ってんだ、愛美?オメエそんな事気にする顔じゃねえだろ」
「何とでもいってくださぁ~~~い。もう紘治さんの中傷なんか気にしないことにしましたから」
 彼女はそう言葉にしていたが渾身の力で彼を殴りつけていた。
「お前言ってこととやってる事と天と・・・、血の差・・・、グふぁ・・・・・・・・・」
「クスッ、紘治さん余り、愛美さんを言葉で苛めないでくださいね・・・。それよりも、もう今日は皆さんお休みしたら如何いかがですか?私の鬼力きりょくで皆さん以上にこの場所から魑魅魍魎を祓った積りですから」
「温羅王、言っとっくがな、俺達の相手は別に瘴気に取り憑かれたモノばかりじゃないぞ。獣神だって蜘蛛神だって人に仇なす奴等全部対象にしてんだ。そこんとこ忘れんじゃないぜ」
「そうでしたね。ですが出来れば生あるものとは争いたくないのですが・・・・・・・・・」
「まったく、お前はいつもそう無理難題を吹っ掛ける。まあ、お前のワガママは今に始まったことじゃないから気にして無いけど・・・、それじゃもう行くぜ。オイ、お前等、帰って休みたい奴だけ、帰って良いぞ。まだ闘えるって奴だけ付いて来てくれ」
 そう言葉にすると紘治は境内から走り去っていった。そして、それに約三分の一の仲間が追いかける。それ以外の者達は鬼の王に挨拶を交わしてから其れ等の住処へと帰ってゆく。
「ふわあぁああぁ~~~、さぁ~、って私ももう寝ますよ。それではお休みなさいませ、賢治さん」
 大きな欠伸をし、片腕を解す様に頭上に大きく伸ばしながら社の方へと愛美は歩みだしていた。そして、賢治は瞳を閉じ方陣の中で再び、朝を迎えるようだった。
 
参 獣を狩る獸
 それは武達が京都に滞在して三日目の事だった。
 草木も眠る丑三つ時、とそう呼ばれた時代はもう数百年も昔のことである。午前二時、今その時間帯に瞼を下ろす生き物たちは多くない。そして、人と言う種はその様な時間帯でもその精力は盛んだ。
 その時間、鹿嶋武達、天国津の修学旅行一行と平将徳率いるサイキッカー江戸川生徒会組の数名は魔都に潜むあやかし退治へと徘徊していた。
 だが、眠らないで活動しているのは彼等ばかりではない。

  ~ 京都市左京区・吉田山 ~
 煌々と蒼い満月が見える海抜一〇三メートル、山と呼ぶには些か小さな丘に二本足で立ち、人の言葉を喋る、人とは違う姿をしている者達が十数体、睨み合いをして対峙していた。
「あなた達、今がいったいどういう時だかわかっているか?俺等が争っているときではない」
「銀狼、奴等の下僕となった手前に、ウキッ、そんなこと言われる筋合いねえぞ。オラ達は絶対人をゆるさねえぞ。ウキキキッ、自分達が一番偉いなどと思い上がっている何ってゆるさねぞ、ウキッ、食ってやる、喰らってやる。オラ、根絶やしにしてやるぞ。お前達も食ってやるぞ」
「粋がってんじゃないよ、猿如きが!あんたら、わかってんのかい?あれが甦ったらあたし達だってただじゃすまないんだよ」
「我等が太祖、あのお方が復活されるのであれば我々の多少の犠牲など、どうと言う事でもないワッ!その生贄として貴様等裏切り者をくれてやる」
「にゃぁ~~~にいってるにゃぁ、アタイ等に裏切りもクソもにゃいにゃ」
「数百年昔は散々人様に悪さしていた貴様等、化け狐も化け猫も何を掌返した様に人様のためだ、甚だおかしくてヘソ上で湯が沸けちまうぜ」
馬面うまづら鹿目面しかめっつらが馬鹿いってんじゃないよ。そう言う、あんた等こそ何さっ!いままで多くの人々に崇められながらそれを忘れて食い殺そうなどと・・・・・・、こんな化け物のアタシを愛してくれたあの人が大好きだった人様達に、その子孫達が生きるこの人の世界をあんた等なんかの自由にはさせないよ、絶対」
「ウフフフフフフッ、下らないですね。その様な百年以上も前の情などに縛られて。ハッ、私には愛情などと言うその様な下らない心など理解できませんですね。我欲のまま好きな男を捕らえて力を持って屈服させる方が断然面白いですよ」
「そんなんじゃ、よくないんだにゃあ、男の子には甘えるのが一番なんだにゃァ~~~」
「何をいつまで下らない会話をしている、九条、三条。・・・里美、知能の下がったこの者等に話し合いでの解決など無用だ。さっさとこの者らを片付けて増えすぎた人に危害する悪獣を狩るぞ」
「そうだな、熊谷。・・・、今宵は良い月が出ている。あなた達、手加減などせぬぞ、いいな?」
「フンッ、それはこっちのセリフよ」
「猫の分際で犬に勝てると思うなっ!」
「妖狐ちゃん、アタシ猫だにゃァ~~~」
「ニャァ~、ニャァ~~~、うっさいわね、雅。アンタはアタシ等の仲間でしょ?アタシが向こう側に言っている言葉など気にするじゃないよ」
「ごめんだにゃぁ~~~」
「そこのバカ猫、マジ、ニャァ、ニャァ、煩いってんだ。いつも僕ら鼠はな、お前等より弱っちいなんって思われているようだけどそれが嘘だってことはっきり見せ付けてやるよ」
 犬神の白銀の狼は猿神の綿の様に白い狒々ひひと、狐神の黄金色の肢体の妖狐は虎神の純白に黒い縞のある白虎と、猫神の三つの尾を持ち真っ黒な妖猫はくすんだ雲の様な毛並みの鼠神と、猪神で針のように尖って硬そうな表皮のその神は鹿神という鋭い多枝にわたった角を持ち白肌に黒いぶちがある鹿神と、黒光りする姿態と金剛の様な角を持つ牛神に睨みを利かせるのはざくろの様な真っ赤な瞳と白雪の様な綺麗な毛を生やす兎神、そして最後に白い巨体に首元に黒い月がある熊神と力と瞬発がありそうな筋肉を見せる馬神がそれぞれ睨み合いから戦闘へと転じていた。
 獣の神と呼ばれるその者達、天国津、蜘蛛、鬼ほどの力を持たないがそれでも〝神〟と言う名が付く者達、矢張り人では持ち得ない特殊な力を有していた。

「ウキキ、ウキキキッ、銀狼っ!オラ達は何千年経っても争っているぞ。オラ等よりバカな人に仕えるお前らなんって嫌いだ」
「バカな猿に好かれようなどと思わん。俺達狼(犬)は俺達が認めた者達だけに従って共に生きてゆく。今はそれが人と言うだけだ。俺達と上手くやっていきたかったら人様くらい賢くなりな」
「ウキキキキキキキッ、ちょぉ~~~ムカつくキィーーーッ、人なんかよりオラたちの方が賢いぞ」
「そんなことを口にしている間は当分バカだな。無駄話は止してくれ・・・、その白雪のような毛並み何かに使えそうだな・・・・・・、戴く」
 狼男である里美清志狼は蒼い月の光に照らされながら疾風のような速さで猿神に襲い掛かっていた。だが、猿神の巨体な割に柔軟な体はその攻撃をさらりと躱す。そして、その状態から長い手を伸ばし清志狼を捕らえようとしていた。しかし、彼はそれを払い退けて空中で一回転してから地表に着地していた。
「フッ、所詮は猿か・・・、本気を出さなくても勝てそうだが時間が惜しいのでな・・・、遊びは終わりにする。天抜戸、封の力を貸してくれ」
〈あんまし、我輩は力を使いたくないんじゃが・・・、しょうがないのォ~~~。そのかわし、帰ったら良い作品ものつくれよ〉
「心得た・・・」
「銀狼ッ!ウキッ、オラ、無視して何独り言してる、キキッ。許さないぞ、ウキキキッ」
「猿は去る、祖源の猿に戻れ・・・、封玉幇助ふうぎょくほうじょ
 清志狼がそう言葉にすると猿神の動きの自由は奪われ、徐々に姿を変えてゆく、そしてその変化が止まると人と同じような姿になっていた。しかし、一部分だけ違う点がある。それは臀部上の辺りに尾が有ると言うことだった。
 その様な姿になってしまった猿神は力は人並み、動きも人並み。獣神の中ですべての能力に於いて最も均衡の取れていた犬神にとってそう成ってしまった猿神などものの一秒でその命を奪っていた。
「ウキキキ、ウキキッ!オラが、オラがお前なんかに負けるなんって・・・、うきき、そんなこと・・・、あるはず・・・な・・・・・・」
「そうやって他人を見下すから負けるのだ。万都羅まんとらよ、奈落の何処かでその考え改めろ」
 清志狼は冷静な言葉で命を摘み取った猿神にその様な死別の挨拶を贈っていた。
 彼の使った天抜戸神の力は猿神だけでなくその場に敵対していたすべての獣神に及んでいた。そのため清志狼の仲間だと思われる獣神も簡単に決着が付いていたようだった。
「清志狼、アンタ、便利な力を持ってるね。アタシにも貸してくれよ」
「残念だな、この力は貴女には仕えない。俺だけのモノだ」
「それよりもにゃぁ~、これからどうするにゃァ~~~、里ちゃん」
「あなた達は感じないのか?この胎動が、この蟒蛇の息遣いが?もう時間がない。天津麻羅があと六人は必要だ。その力を有した人を直ぐにでも探してくれ」
 清志狼が仲間に頭を下げてそう願うとそれを受け入れた獣神たちは直ぐにその場を離れどこかへと去っていた。
 犬神もその場所から去ろうとした時、既に息が絶えている敵対していた相手の躯に濃厚な瘴気が寄り付き憑依していた。更にそれに惹かれるように多くの魑魅魍魎が姿を見せる。
「チッ、抜かったか。さっさと焼き払っていればよかったか・・・」
 人型に戻っていた清志狼がそう言葉にして、再び人狼の姿に変化した時にそこに武たち一行がぞろぞろと押し寄せて来た。
「そんなにイネえ見たいだな、さっさと片付けちまおうぜ。それ終わったら夜食、食いに行くぞ・・・、おい、あれってなんだ?」
「人?違うよな?かっ、かっけぇ~~~、若しかしてあれってワー・ウォルフってヤツじゃないのか?」
「牧岡も武も何を言っている?さっさとあれ等を祓うぞ!あの人狼は俺達に敵意を示していないようだ・・・」
「あのさあぁ、鹿嶋君たち余り張り切りすぎて僕等、江戸組の出番を失くさないでくださいね」
「将徳クゥ~~~ン、駄目ですよォ~~~、リーダーの将徳君が勝手に私達の名前約しちゃァ~」
「一体、あなた達は?・・・、そうなのか、天抜戸・・・、彼方達が・・・、力を貸してもらわなくても俺独りで片付けられるが時間が惜しい。アナタ達の天国津の力を貸せ」
 清志狼が武たちにその願いを声にすると彼等は頷いて、直ぐに物の怪祓いを開始した。
 小さな山の上に人狼一体と天国津七人七神、それと自らサイキッカーと名乗る連中が五人程。物の怪の数は先ほど獣神たちによって倒された獣神の死体に憑依したそれら六体と瘴気と伴うように姿を見せた魑魅魍魎数千体。しかも瘴気の濃いモノを纏った者達だった。
 数的には今の彼等にとってそれ程多くないものであったから戦闘が終わるのに一〇分と掛からなかった。そして、それが終わると武が清志狼に言葉を掛けていた。
「始めてみたけど獣神って言うやつだろう?・・・、銀髪の狼男なんって話ン中だけだと思っていたけど・・・、かっけえぇ~~~、マジかっけぇ~~~すよッ!」
「なあ、なあ、なあ、児屋根?俺もあんな風に変身出来ねえのか?」
〈大地様、無茶言わないでください。僕にその様な力ありませんし、その様な変化を叶えられるような方は僕の仲間にはいませんよ〉
「フッ、天照もそうだったが・・・、天津はガキが多いようだな。しかも武神と刀神がこのような者達だとは・・・」
〈天照より聞きしてはいたが・・・・・・、まさか本当に獣神に天抜戸が降りていようとは〉
〈武甕槌、経津主、天児屋根、随分と久しいのォ~~~。しかしなんじゃ?天照の小娘だけじゃなく、お前らもこんな子供等に降りよってからに〉
〈天抜戸殿、お言葉ですが武殿や経司殿、大地殿等は天抜戸殿がお思いしているような人間ではないのですよ。ですからその様な言いようは慎んでもらいたい〉
「天抜戸、少し黙っていてくれないか?まあ、いいさ。俺はアナタ達が何故か気に入った・・・。国津と本当に手を取り合っているようだな。それを記念にオレの出来の良い絵皿をくれてやろう」
「何だよ、唐突にそんな事言って?そんなもん、いらないぜ」
「武甕槌の後継者、遠慮するな。誰もが手に出来るものではないぞ」
「・・・、武?若しお姉さんの覚え違いじゃなかったらこの方、人間国宝の里美清志狼さんって方よ。絵皿一枚、作品によっては値が付けられないほどとか・・・」
「サユサユのあの人の芸術を超越した料理に使ってみたら案外いけたりして・・・」
「まっ、まじっすかぁ~~~~、是非ください!」
「武、おまえなぁ・・・」
「正直なヤツ目、なお更気に入った。お前らに話しておきたい事があったからな、俺の陶芸場まで一緒に来い」
 清志狼の言葉に従って彼等は徒歩でその場所へと向かって行く。
 犬の獣神、清志狼が言葉にしていた〝八岐蟒蛇復活まで時間がない〟とはあとどのくらいの事なのであろうか?武達、天国津たちは蜘蛛神たちの陰謀と鬼神や獣神すら恐れるそれの復活を阻止することができるのだろうか?
 急げ、武達よ。君等に残された時間は君らが思っているほど多くはないぞ・・・。
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