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第 十五 話 裏 切 り

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 俺達、日中学校に居る時はいたって平和な感じだった。対立しているはずの諏訪兄妹や他の国津になっちまった学校の連中、みんなして争っているのが嘘のように感じちまうくらい普通に顔を見せて、普通に学校生活を送っていた。
 天津神や国津神、あやかしとかの戦いなんてまるで俺が夢の中で見ているようなそんな不思議な感覚に囚われてしまうくらい席隣の勇輔と馬鹿馬鹿しく授業を受けたり、最近何かと気になり始めてきた那波ちゃんのこととか・・・・・・、彼女、最近は初め会った頃のように取っ付き難い感じはなくなってきたんだ。惚れちまう位に可愛い女の子だってのを知ったぜ。そのくらい平凡な時間をみんな送っていた。
 でも、俺の中に武甕槌の存在を感じるから神様とか物の怪とかがただの夢、虚空じゃない事を直ぐに認識できてもしまう。
「アッ、あの・・・、武さん?こんどの日曜日・・・・・・、その・・・」
「那波ッ!お兄さんは絶対許さないよ、武君とデートだ、なんてコト僕は絶対認めない。二人がアンなことやこんなことするなんって、アァああぁ、ボクの大事な那波がふしだらにぃ」
「なに勇輔、にやにやした顔して?変な想像すんじゃねえぜ、まったく」
「勇輔お兄様?そんなに早死にしたいのですか?」
 那波ちゃんは途方もなく怖い眼を兄である勇輔のヤツに飛ばしていた。でもそんな彼女の表情が俺には愛らしくて堪らなかった。・・・・・・・・・もっ、もしやこれが初恋ってやつかぁ~~~、って本当はこの気持ちがなんなのか自分でも良く分からないんだ。
「フッ、武。最近のオマエ、諏訪妹に肩入れしてるな?そのこと照神先輩や詠華さん達が知ったらどう思うだろうかね?フフフッ」
「香取、そんなこっちゃ決まってんだろう?盲目の美少女、伊勢野先輩、天下のスパー歌姫詠華、それと凄艶の那波ッチ、その三人の壮絶な武の奪い合いバトルの展開だろう。しかも、お三方ははっきり言ってつえぇから、血を見るようでかなり泥沼っぽいかな?いやぁだねぇ~~~、恐い、怖い。それでも見てみたもんだ。なぁ、た・け・る?俺の口からセ・ン・パ・イに報告してみようかなぁ」
「バッ、バカやめろよ、大地そんなことはそれに俺先輩にも詠華さんにも那波ちゃんにだって別に特別な感情なんって持ってないぜ、まったく」
「そうですよね・・・、矢張り、わたし、那波なんって武さんにとって・・・でしかありませんから、あなたがその・・・」
「たっ、武くんっ!那波にこんな顔させないでくれ。ボク、二人のデート許可するから妹に哀しい顔させないで。あんなコトやこんな事、ああしても、こうしても好きにしちゃっていいから那波の相手してやってぇ~~~・・・・・・、痛ったいなぁーーーーーーッ、そんなモノで僕を殴るな死ぬかと思ったよ、まったくぅ~~~」
「お兄様のドスケベッ!何処かへ消えてしまってください!」
「ななみぃ~~~、もう変な想像とかしないからそんなオアスジ立てて怒らないでヨォ~~~」
「フフッフッ、面白い兄妹だ。妹の機嫌をとるというものは中々どうして難しいものなのだな」
「何いってんだ、香取。テメには麻緒ッチが居るだろ?後数年もすれば扱い大変だぜ、内のサユサユ見たくならない事を祈ってやるばかりか?」
「肝に銘じておく」
「アッ・・・あのォ~~~、お話がそれてしまいましたが・・・、武さん、お返事を聞かせてはくれないのでしょうか?」
「それは・・・、俺と那波ちゃんは・・・た」
 俺が言葉を言いかけた時、放課後のホームルームが始まるチャイムと共に担任が教室へと入ってきた。それからと言うものさっきに話しは有耶無耶となり、諏訪兄妹はどこかへと行ってしまった。
 今日もまた俺はあやかし討伐そうじへと出かけて行く。最近はみんな単独でも多くのそれらを祓うことが出来る様になっていたから単身行動が多くなっていた。そして、それは俺の知らない所で起こってしまう。
 
 香取経司は東京近辺、千葉県佐原市の辺りで戦闘を繰り広げていた。
 武や大地と違って一対多数をそれほど得意としていなかったが其れでも今の彼が神気を込めた刀を一振りすれば仮令、濃厚な瘴気を纏った魑魅魍魎でも軽く二百体くらいは葬れていた。
 彼が独りで戦う場合の殆どが私服姿ではなく、学生服姿だった。
 学生服で捌く刀の彼のその姿の誠、凛々しき事、違和感を与えず、背景に溶け込んでいた。月光に照り返させられた燻し銀に輝く刀身。刀が通る道筋に其の閃きが残像として暫く空間に留まっている。その残影が消ゆるよりも早く、新たなそれが空間に産まれ、幾重もの刀の軌跡が中空を列挙した。寂寞の夜空を射る様に天高く突き付けられた経司の両手にしっかりと柄が握り閉められた刀。最後の一体を制する為にそれを力強く振り下ろす。
 初期に刀を揮った場所から剣舞の様な立ち振る舞いで少しずつ動き、倒すべき敵を切り伏せ、締めの一体を倒した時に、彼が立った場所は最初と同位置だった。
 その場所に存在して居たアヤカシを大体、二〇分位で祓い除けていた。空中に浮遊したまま経司は刀を拭い、大きく三回ほど深呼吸して、息を整えていた。そして、それが終わると空間に浮いたままの体勢で瞳を閉じ何かを考え始めていた。
「経津主、天津から俺は抜ける事にした。その行動に異議は無いな?」
〈私の意志と経司殿の意志は同じ物その様な言葉を交わしても無意味ですよ。それより、本当に武殿にはその事をお伝えしなくても・・・〉
「それはオマエだって同じだろう、経津主?武甕槌に何も告げないのか?・・・、俺達の心は一緒だ。武甕槌はどのように答えるか俺には判らない。だが・・・、武。アイツに俺が向こう側につくと口にしたら武の意志とは関係なしに付いて来てくれるというだろう。だがそれでは駄目なんだ。武自身が物事の理を見極めて決定してくれなければ・・・、あいつの為にはならない」
〈向こう側に寝返れば、経司殿、武殿と剣を交える事になるかもしれませんよ。其れでも宜しいのですね〉
「くどいな、わかっている事を聞くな、経津主。それはお前とて一緒のはず」
〈そうでしたね・・・〉
「経津主が俺の中に降りてきてから、あまり気に掛けなかったこの国の神話を調べ始めた。その事は経津主、お前も知っているな?それからオマエと総てを共有するようになって総てを知ってしまった。俺が住む国の歴史で何が正しくて、何が間違いだったのかを」
「天津がまた勝利を収めればまた同じ歴史が繰り返されるかもしれない。だから俺は違った可能性を手にするために・・・、多分、向こう側の本拠地は島根県だろう。向かうぞ、本当にいいな?」
〈経司殿こそくどいですよ。跳びます、いいですね?〉
 その一人一神は同族に気付かれないように体から放出される神気の波を歪めながら本州、最西端に神の足で跳躍していた。
 
 経司が千葉県で戦っていた頃とほぼ同じ時刻に別の場所で・・・。
「那波ッ!いや、建御名方キミはまた僕たちを裏切るのか?」
「ゆうすけ・・・、おにいさま・・・、私は建御名方でもあり、普通の人間の女の子、諏訪那波。私は矢張りどうしても武さんとは戦いたくないのです。彼に剣を向けたくはありません。もう、あの時みたいに私の手で傷付けたくないのです、武さんを・・・」
「それに天津や国津のすることなんって理解できません、私には。それがこの国のためになるか、ならないか・・・、どのような理由でも相手を総て討つというのなら・・・、その中に武さんも含まれているというのなら・・・、私は・・・」
「ボクは那波がどうして武君の事を好きなのか、どのくらい慕っているのか知っているけど・・・・・・、わかったよ。良い、行っても良い。琢磨様、妹がまたあの時みたいに離反してしまいますが僕のこの力と命を捧げます。ですから、それをお許しください」
「勇輔クンよ、案ずるな。キミの命を貰う積りはない。那波クン、天津に付くのではなく悪までもその男の下に付くというのだな?なら構わぬ、キミの好きにするがいい。だが、戦時においてその者が我々に討たれても恨む事はせぬように・・・」
「那波、ボクたちを裏切るコトそれがどういう事だか覚えていて欲しい。次の戦で敵同士だね。だから、僕は僕の手で命を賭して全力を持って那波を倒す、武君も一緒にね。それが今の事代主のボクの琢磨様への忠誠の証。其れでも構わないんだね、那波?」
「お兄様では私には絶対勝てません。武さんも私が護って見せます。勇輔お兄様がその気なら私だって遠慮はしませんよ!」
 建御名方の化身、諏訪那波は彼の兄、勇輔と大国主の琢磨、それと数人その場に居る同胞に最後、強く言葉を放つと空間跳躍をして姿を消した。
「この神波は・・・、天津の者?だれぞっ!何故この場所が」
 那波、彼女と入れ違うように香取経司がその場に姿を見せる。彼の姿にその場に居たものは十握剣を出現させ臨戦態勢をとった。更に経司はその様な構えを取る相手に対して威嚇するように持っていた刀を抜き矢張り、十握剣へと格上げをさせていた。
「経司君・・・、キミ独り、単身で乗り込んでくるなんて気でも違ったのかなぁ?今ここに七星様が居なくても琢磨様が居るんだよ。キミに勝てる道理はない」
「フンッ、戯言たわごとを。力の無い貴様等がどれだけ掛かってこようと俺は倒せない・・・・・・」
 目を閉じた状態で強く言い放ってから、抜いていた刀を鞘に納め、再び喋り始める。
「大国主・・・、八千矛やちほ大己貴神おおなむちのかみ?それとも姿を消した国防省長官、出雲琢磨さんと言った方がいいか?アナタなら俺がここへ来た理由、読めているのでは?」
「ふぅっはっははっははっはっはっはっはっは、これは面白いぞ。あの時のように建御名方が我々から離反したが、このたびはあの乱の切っ掛けを作った、汝が。私にこの国を譲れ、などと脅して、私を手に掛けた経津主、汝が我々の仲間になるというのか?」
「経司君が国津ぼくたちの仲間?それは本当名なのかい?経司君」
「他意はない。その主神が言うとおりだ」
「香取経司クンと言うのだな?我々の成そうとする事を理解した上で我々に下るというのか?」
「その様なこと聞かずしても分かっているのだろう?大国主の神よ」
「言葉での確認を取って見たまでだ。うむ・・・、そうか、我々の同胞になってくれるというのか・・・、香取君がこちらに居れば天照だけでは天津のあの戦神、本来の力を発揮できまい」
 出雲琢磨の口が止まった時、その場に新たな人影が差す。
「琢磨くん、人的被害が大きくなっているようです。早く、事を起さねば大切な国民達が・・・、これ以上の人口減少は・・・、アナタは?」
「博志君か?分かっている。今、事を起すきっかけが我々のところに参じた所だ。紹介しよう経津主の神を宿した香取経司君だ」
「ふ・つ・ぬ・し、経津主の神だって?天津の者ではないかっ!しかも、その者は過去に琢磨君の命を奪ったもんではないか?その様な者を加えるなどとは・・・、そこの貴方、一体何が目的で私達に近付いた?天照?それとも思兼、須賀原智弘君の策略か?」
「俺に他意はない己の意志でここへ来ただけだ。それを大国主の神は理解している」
「そうなのですか、琢磨君?」
「ああ、彼の心に偽りは無い。これより、香取君に天津の隠れ家を聞きだし、打って出る。それが終われば他の者達他の異種族たちと講和を計った後に自然と国土復興、そして今を生きるこの国の民ため、その子々孫々の繁栄と安寧のために我々の力を振るおうではないか。勇輔君・・・、いや、我が子、事代主よ、みなのものをここへ集めよ」
「琢磨様、大国主様の御心のままに・・・」
 勇輔は琢磨の言葉に従い、手を組み何かを唱え始めた。そして、それが終わると今居た場所からどこかの議事堂らしい場の広い会場へと移動していた。更にそこには他の国津の仲間達、おおよそ八十人くらいが揃ってもいた。
「経司君、キミの力を僕に貸して。僕等を裏切った妹にきついお仕置きをしてあげたいんです」
「那波さんの事か?勇輔、オマエ何か厭らしい想像しているな?俺が言えた義理じゃないが・・・、妹は大切にしてやれ」
「そうだよ、ボクってエッチだからねぇ・・・、でも駄目だよ、経司君。妹を甘やかしちゃ、付け上がるから」
「そこら辺の考え方は牧岡と一緒だな・・・、麻緒の事は総ての事を終えたらゆっくりと考える事にするさ」
「なあ、なあ、経司君、麻緒ちゃんってキミの妹は幾つなんだ?経司君の妹だから可愛いんだろうなぁ~~~きっと」
「節操が無いんだな、勇輔。お前が那波さんに斬られる前に彼女に代わって俺がここでそうしてやろうか?」
 経司は刀を抜き、それを素早く勇輔の鼻元寸前まで、振り上げる。
「ジョじょジョジョじょじょ、冗談だってばさぁ、経司君。そんな冷静な顔して、そんな物騒な者軽々と振り回さないでよぉ~~~」
「勇輔、貴様の場合は冗談には聞えん。少しは女に対して節操を持て」
「嫌だよ、僕は自分自身を偽ること何ってしないんだから」
「こんなヤツに国津の言霊げんれいの祖、神眼を持つ神、事代主が宿っていようとは、本当に世も末だな・・・、勇輔、オマエの神眼には何が見えている?俺達の行く末は?」
「駄目だよ、それは教えられない。それは例え大国主の神であっても。僕の見れるそれは悪までも一つの可能性にしか過ぎないんだよ。そうなるとは絶対限らない。だから、無用な混乱を避けるため口には出来ない。ごめんね、経司君」
「そうか・・・・・・、これ以上の無駄話はよそう。大国主の神が天津の本拠地を知りたがっているようだ」
 経司は勇輔との話を中断し、集まった国津の者達に演説をしていた琢磨に念波で天照が集まっている場所を伝えていた。天津と国津の決戦となるのも時間の問題、秒読みとなるだけ・・・。
 
 経司が勇輔たちに接触した頃、那波もまた武の前に姿を見せていた。
「那波ちゃん、どうしてキミがここへ?・・・、そうなんだな、・・・、俺達の仲間に」
 内に宿る武甕槌の意志を感じた俺はその意味を理解して目の前に現れた彼女にそう言葉にしていた。そして、那波ちゃんはそれを肯定するように頷いてくれる。
「それじゃっ、那波ちゃんをみんなに紹介したいから俺の仲間たちの居る場所に行こう」
「ハイッ、よろしくお願いいたします、武さん」
 その言葉を聞いて俺は彼女の手を握り、詠華さん達が居る場所へと神速移動して行った。

*   *   *

「タぁっケちゃぁん、おっかえりぃ~~~、それとごくろう・・・?そこのキミ、タケちゃんになしてくれちゃっているわけ?その手を放しなさい!」
 よくもまあ、目が見えないはずの先輩に俺と那波ちゃんがそうしているのが分かるのか不思議だ。膨れっ面を見せてくれる先輩を軽くあしらって天照大神に言葉を向けていた。
「照神先輩、少し黙っててくれ。詠華さん・・・、報告があって戻ってきたぜ」
「武さん?その方からその手を放す積もり無いのですか?」
 何故か、詠華さんまで不満そうに膨れながら俺を睨んでくる。このまま那波ちゃんとそうしているといらぬ不祥事が起きそうな予感がしたからその手を放していた。
 それから、彼女がどういった理由でこちら側に付いてくれたのかを聞き、今すぐに国津神たちが集まるその場へと向かい、決着をつけるべく、俺達は動き出そうとする。そして、・・・。
 天津、国津、両側から一人の裏切り者が出てしまった。それは互いに刀剣の神と呼ばれた者達。だが、武達はまだ其の事実を知らない。そして、蜘蛛神の中にも同胞を裏切ろうとした存在が一人あった。しかし、仲間意識の強いその眷属の者はその血に流れる定めに逆らう事が出来ず、陽久の前を去ること叶わず。
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