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第 拾参 話 恨む神々
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壱 蜘蛛と呼ばれる神
「あ・・・、アキ久・・・、さま・・・」
「ううん?戻ったか、脇永よ。・・・・・・、手酷くやられたものだな。その分だと交渉は決裂と言うところか」
「申し訳に御座いません」
「まあ良い。脇永よ、その傷を癒してこられなさい。話はそれからです」
特別な理由を除いて同属に対して恩情の深い陽久は、任務が失敗したからと聡を即刻切り捨てる事は無く、冷静な表情では有るが、其の双眸に宿る感情は相手を心配しているものだった。
陰陽師筆頭の言葉に脇永は頭を下げてその場を去っていた。それから程なくして仲間から治療を施された彼が再び、陽久の前へ現れる。
「現在、鬼神の王を襲名している卜部賢治殿は天津、国津、我々とも、共闘するという考えは持ち合わせていないようで・・・、付け加え我々が京都の者々に危害を加えるならば彼自身が我々を滅ぼすような事を口にしておりました」
「ウム、そうか。なら我々が直接人々に手を下さなければ動かんと言う事だな。なら、あれが見付かるまではしばらく我等がこの地の人の命を積む事を止めにして置こうぞ」
「我々が動かずしても瘴気を纏ったモノ達はおのが意志で生ある者を喰らうだろうからな、人にそれらを祓う力はない、故こちらの都合のままに死んでくれるだろうぞ。・・・だが天津が子孫の居るほかの地は徹底的にやれ、よいな!」
「陽久の御心のままに・・・」
聡は一礼し彼の言葉の命に従い直ぐにその場所から消え去った。
「怨めしいや、天津の者がこの地に降りなんだ、鬼族とはうまく共存出来た筈であろうに・・・」
陰陽師筆頭は持っている閉じた扇を強く握り締めながらその様な言葉を独り、吐いていた。
なぜ、蜘蛛神と呼ばれる一族は天津神等をこうも強く憎むのだろうか?
その原因は天孫降臨後の天津達がした蜘蛛等に対する仕打ち、それと現在まで天津の子孫が蜘蛛の子孫にした迫害の歴史が蜘蛛神一族が人や人間たちに対する憎悪を募らせていた理由だった。
その一族がどのような仕打ちを受けたのか?歴史的、且つ明確な記録などは残っている筈もなく人々がそれを知るすべは何処にもないのだ。
蜘蛛神と名乗る陰陽師達はいったい何を願って人や天津神たちに復讐をしようと言うのか、いまだ不鮮明である。そして、どのような事を安倍陽久は企んでいるのか今もって誰も知る者は居ない。
師走、自然環境破壊の所為なのか?全国的に零下、十数度以下になる日々が続くことも少なくない。その様な寒さの中、陽久の弟子達は彼の命を忠実に守り、忙しく動いていた。
ある者は最も濃密な瘴気、人が殺された時に生まれるそれを多く得るために物の怪を使って昼夜問わず、襲いかからせていた。
ある者は陰陽師筆頭が進めている計画が天津や国津等に勘付かれぬよう、それらの神々に上手く牽制を掛けていた。
陽久の策謀に必要な物を探しに遠く後まで足を運んでいる者も居る。さらに六蟲師と呼ばれる陰陽師が動けば必ずといっていい程、死人が出ていた。
そして、今も多くの人の命が六蟲師の一人とそれに操られていた魑魅魍魎によって摘み取られてしまった瞬間だった。
「クッソォーーーーーーーーーッ!間に合わなかったぜ、何でだよ、畜生がぁっ」
〈今の蜘蛛どもは一体どのような力を有しているというのだ?不理解だ〉
「チッ、またしてもやられたか」
「児屋根、一体なんでこれだけ多くの瘴気を感じ取れなかった!」
〈僕等が知らない結界のような力がまたここにも・・・〉
人々があやかしに襲われていた現場に遅れて現れた武、経司、大地の三人はその場一帯に無残に横たわる亡骸を目にしながら悔しそうな表情を作っていた。そして、そんな三人の顔を遠くで眺めていた一人の女性が高らかな笑いをあげながら彼等の前に姿を見せる。
「おぉ~~~、ほっほっほっほっほ。お初にお目にかかります、天の上の神様の方々。わたくし、大取恭子と言う者です。以後お見知りおきくださればこの上なく嬉しい事ですわ」
「げげげっ、マジッ、すげぇ~~~美人のご登場」
〈ダッ、大地様、何を不謹慎な事をお口にしているのですか?相手は蜘蛛族の者ですよ、見た目にだまされてはいけません〉
「うっせぇな、児屋根!見た目、第一印象ってぇ~~~のは大事だって言うの、わかんねぇかなぁ?」
「大取と名乗ったな。この場に倒れている者達、貴女がやったのに相違ないな?」
「あらあら、いやですわ。その様な怖い顔をしてくださってはご折角の美男が台無しです事よ。ウフフフフフフッ、ご三方とも私の好みで・・・、人体蒐集のためにあなた方を戴きますわ」
「誰がそんなモノになるかよッ、真っ平ゴメンだぜ!それより何であんた等は人の命をこうも簡単に奪うんだ」
「そのようなお決まりした事です。アナタ達の子孫とその庇護下にいるお方達が殺して差し上げたいくらい憎らしくて、怨めしく、お許しできないからですわ」
「ウンナッ、アンタ勝手な理由で殺されちまう人様の事を考えて見やがれっ!いくら絶世の美女のような姿をしていても俺はよおぉ~~~しゃしないから、覚悟しやがれってんだぁ~~~」
「そう易々とわたくしはあなた方にお殺られはしませんことよ。みなの者、天津達を捕らえ私の前に捧げよ」
大取恭子(おおとり・きょうこ)と名乗る蜘蛛神は連れていた物の怪を使役し、武たちに向かって攻撃の命を下していた。
「こんな奴等一気に片付けてやるぜ。大地、あれやるぞッ!経司それまで俺達の守護を任せるからな」
「当然だ、安心して神力を使え」
「児屋根ッ!気合入れていくぞぉーーーッ」
〈勿論、心得ていますよ。それでは神降ろしの祝詞を始めます〉
『神乃世七代、其礼予里生麻礼志水神、弥都波能売乃神・・・・・・・・・・・・・』
大地と天児屋根が祝詞を唱えている間、武は空中に浮遊したまま双眸を閉じ、全身に有りっ丈の神気を纏わりつかせるために精神統一を図っていた。そして、経司は独り、刀に神気を込め、相手の属性に合わせた神技を揮って二人を守護する。
「ハァーーーーーーッ!やっ、とおぉーーーーーーーーーっ」
『其乃精錬奈留清伎力。総手乎禊流須其乃力、言葉乃厳霊、天児屋根乃下尓命逗。・・・・・・・・・、水龍降来』
牧岡大地と天児屋根神の祝詞が詠い終ると曇っていた空はより一層に曇りを見せちらちらと雨が降り注ぎ始め、次第にそれは強さを増して豪雨となっていた。その降る雨水の清き事、それに触れた空間に浮遊する魑魅等も地表に這いずる魍魎達も立ち所に瘴気を削がれ、弱体化して行くのだった。だがしかし、彼の祝詞はこれで完遂したわけでも無し、それで完全に憑依媒体から憑依物を取り祓う事が目的でもなかった。
上空のどす黒い雨雲に惹かれて集まってきた数多くの雷霊が大きな叫び声、神鳴りを周囲に轟かせていた。
〈武ッ、準備はいいか!〉
「聞かれるまでもないぜっ、そんなこと。行くぞ!」
武甕槌の問いに武は強く答えを返すと元居た場所から上空に急上昇して行く。そして、その間に何かを唱えていた。
『主神天照乃御光乃下、我、神乃姿尓身乎帰志、其乃力放知揮留伊手、己乃賀総手乃邪乎祓宇』
言葉が終わると武は雨雲の中心にその身を置いていた。更にその言葉に惹かれて来たすべての雷霊達が彼に絡み憑いて行く。
「いっくぞぉーーーーーーーーーッ!、武甕槌」
〈武、汝が思うが侭にその力を解き放て〉
『しんしょぉーーーっ、らいっこぉ~~~うっ(神昇雷降)、ごぉ~~~しんばくらぁーーーいっ!(剛深爆雷)』
「逝っちまいなぁーーーッ!」
武は全身に纏わり憑かせた雷の精霊と共に上空から地上に壮大な爆音を鳴らし、雷の伴った神気を周りに放ちながら急降下して行く。その神気に触れた空中に漂っていた物の怪はたちどころに炭になり憑依媒体と一緒に消滅して逝っていた。彼が地上に到達した瞬間、総ての雷霊を解き放つ。四方八方へ散る霹靂の迸りは地上をうね奔る龍の如く、凄まじさで広域を圧倒した。そして、それにより地上に九千近く居た生ならざるモノ全てを一掃していた。その場にいた陰陽師、大きな傷を負った大取恭子だけが生き残っていた。その様な状態を確認した経司と大地が止めを刺そうと動き出していた。
「ダイチッ!ケイジッ、待ってくれぇーーーっ」
武の叫びに二人は寸前でその動きを止め少しばかり後退していた。
「どうした、武?伊勢野先輩や詠華を振ってこの年上の女にでも惚れたのか、いってえなぁ、本気で殴るなよ」
「こんなところでそんな冗談を言う大地が悪いんだ。・・・・・・・・・、恭子さん、であっているよな?聞きたい事があるんだ。答えてくれたら命はとらないぜ」
武の言葉に最も大きな傷口を手で押さえながら恭子は黙って睨みつけているだけだった。
彼女、衝撃で瞼上を切ったのだろう其の部分から血が滲み出ていた。
苦痛で身を屈め、顔を歪めていたが、その表情もまた婀娜っぽく、魅惑的だった。しかしながら、そんな態度をとる傷だらけの彼女に脅しの積りなのか平然と経司は鞘に収めていた刀を抜き、振り下ろそうとした。だが、それは武の手によって防がれる。
「そのお方様よ、ワタクシに・・・、哀れみのお積りか?」
「違うぜ。・・・、ただ、俺は本当の事を知りたいだけなんだ。何でお前たちはこんな事をするんだ」
「武様と御呼ばれしておりましたわね?・・・・・・・・・・・・、貴方様はその御身に天津をお降ろしになって何も知りませんとでも言うのですか?」
「分かっていたらこんなコト聞くかよ、まったく」
「・・・、そのようでしたわね。それではお答えいたしましょうか」
彼女がそう言ってから次の言葉を出すまでかなりの間が空いていた。その間、大地は苛々した表情を作り、武はそんな彼に何か言葉を出して宥めていた。そして、経司は我関せずと冷静な表情で鞘から刀を抜きそれを布で拭いていた。
三人の行動が終わった頃に再び、恭子の口が動き出す。彼女から語られるそれは・・・。
「何故わたくし共が天津達と人々を恨みまして、このような事をなすのかを・・・、隠忍(鬼)、国津とそれら様とご一緒に降りられた生き物等とそれからしばらく多くの時が流れた後に姿を見せました天津達よりもずっと昔から私共の祖先はこの地に生まれ住み着いておりましたわ。
国津様達がこの地に降りてきました頃はまだその様な心を祖先の方々はお持ちになる事はありませんでしたのよ。・・・、ですがそれはアナタ方が姿を見せる事により大きく変わりました」
天津もやはり、国津様らと同じ生き物をお連れしてこの地に降り立ったのです。私共の祖先等とご接触なさいましたアナタ方はその頃に祖先等のとっていた奇怪な姿、異種なチカラと生き方を拝見して、お連れしてきた生き物に禍をもたらすとでもお思いしたのでしょうね。アナタ方は天照と御呼ばれした御神の命によりその強大なお力を振るい・・・、それによりまして、私どもの祖先の多くの種族たちがこの地から消え去ったのですわ。
生き残った数少ない祖先様たちは身を潜め怯えるように長き時を過ごしていたのです。それから国津様等もアナタ様方もこの地から姿を消したとき祖先様等はその身を人の姿に変え陰陽術とよばれます力を持って当時の帝に取り入ったのです。その頃は祖先の間も二分していまして、あなた方様の子々孫々と人様に恨みを持つものそれと悔恨を捨て共存を願うもの後者の祖先らが前者の祖先から人様を護るための力を持って天の皇に取り入っていたのですわ。
しばらくの間、後者の祖先等は人々様らとお暮らしになることが出来たのです。ですがしかし、それも長くは続かなかったのです。あなた様方の神(真)の血を受け継ぎました皇が何処かに消え、紛いな王がこの地を納めるようになると・・・、妖怪討伐などと申して前者の祖先等を討ち滅ぼしまして、後者等の地位を奪い人とは思えません仕打ちをしてくださいましたわ。
それからといいますものの私共の祖先はなんらかしらの凶事があるたびに迫害を受け苦しめられ続けてきたのです。・・・・・・・・・、歴史的例えを上げますなら。
一四六七年、人様はこれを応仁の乱とお呼ばれしていますわね?私どもの祖先が最も多く住んでおりました京の都、その地で大きな戦を起され、それに乗じまして戦乱の最中、東軍とお呼ばれしていました兵たちは上の命により、都に住んでおりました私どもの祖を・・・。
一六三七年、島原の乱と記されていますその騒動。それにおいても私共の祖先は悪魔と称され、人様になんら危害を加えていなかった同胞様達が焼き討ちを・・・。
一八六三年、幕末と御呼ばれした時代、矢張り京の都に置きまして新撰組とお呼ばれします集団がお姿を現しになって当時、攘夷側についていました祖先等様はその集団によりまして・・・、されたのでございます。
あなた様方がこの地に足を踏み入れましてから・・・、どのような時代に置きましても私どもは苦しい思いを受けるだけでしたわ。・・・、その苦しみといいますものがいかほどの物でしたかあなた方にはお分かりしまして?私どもは転生を繰り返し、前世での記憶を色濃く残しまして再び、この地の舞い降りるのですよ。そのたびに・・・」
「そんなこったぁ~~~、今を生きる俺達にはかんけぇ~~~ネェだろうがッ!」
「だいち・・・」
「アナタ方は知らないのですわっ!どのような些細な争いごとでもその渦中の被害者の多くは私共、蜘蛛の一族なのですよッ!長い月日を隔てまして人の血と交ざり、人間として生きてゆく、蜘蛛の子達、異種な力をお失いしました方々はそれを知らずにして命を落としてゆくのですよ・・・」
「恭子さん。・・・、恭子さんは蜘蛛神の血が濃いのか?放っておけば助からないって思うほど酷いはずだったのに・・・、もう傷がいえているみたいだ。恭子さんが話してくれたことが本当だか、どうだか俺には分からない。でも・・・、それでも今生きる奴等の命を奪うなんて間違ってるぜ。俺は恭子さんの命はとらない。だから、アナタもそれをやめてくれ」
「武様・・・」
「もし、恭子さんに仲間が居るなら伝えて欲しい。これ以上無用な混乱を止めてくれ、って。俺は好きで戦っているんじゃないんだ。だから出来るなら・・・」
「今頃その様な事を言われましても・・・、ワタクシは・・・、私は・・・」
「さっさと行けよ、お前。早くここら去らねぇと武が許しても俺がやっちまうぜ」
大地はにやけた顔を作りながらその様な言葉を恭子に吐き捨てていた。経司は双眸を閉じたまま黙ってその場に立っているだけだった。その時の彼の心中を友の二人が知ることはない。
恭子は崩れるように座っていた場所から立ち上がり、武を捕らえ、深いクチスイを交わしてから彼等の前から姿を消した。
「フフフッ、いつまで硬まっている武?今の出来事、照神先輩や詠華主神が知ったらどのような顔を見せてくれるだろうなぁ~~~?」
「けっ、経司ッ!いやな笑みを浮かべながらそんなこと言うな。親友で幼馴染みでもその事をあの二人に言ったら絶対許さないぜ」
「しょうがない。こんどばかりは口を閉ざしてやろう、俺は。だが・・・、牧岡、コイツはどうか知らないぞ」
経司は苦笑した表情のまま親指で大地の事を指していた。その彼の表情は武の弱みを握ったような感じの笑みを作っていた。
「おっ、オイ、大地!頼むよ、絶対あの双子には口にするんじゃないぜ。そんなことしたら」
「そんなことしたらなんだ?いっておくけどな、俺の口は巨大な風船と同じで変に突付くと大きな音を立てて割れるぞ。ニッヒッヒッヒッヒッヒィ~~~」
「まっ、マジで頼むぜぇ、だいちぃ~~~」
「まあぁ、それは武、おまえ次第だネェ。さあぁ~~~って我等が主神様のところへ、お帰りしますとしますかぁ?」
にやけた表情のまま大地はその顔を武に向けてから、残りの力を使って神速移動を始めた。そして、それを追いかけるように付いて行く武。
だが、経司だけはその場を直ぐに動くことはなかった。しばらくの間、経司は裡に宿る経津主に言葉を交わしながら周囲に横たわる死体を火属性の神気を込めた刀で斬り祓っていた。そして、それが終わると二人が向かった先に行くために戦いの地から姿を消していた。
彼が裡に宿る者と一体どのような会話をしていたのか武も大地も知る由もない。
弐 人間国宝、それは天津を降ろせし神
武達とは別の命を天津主神に下されていた山石健吾(やまいし・けんご)と言う男教師は京都の地に足を置いていた。その美術教師の探す人物がその都に居るというのを遂に突き止め、その場所に向かっていたのである。
「この場所にかんじるのですね?天石門別の神」
〈はい、この場所に天抜戸様が・・・、ですが別の気の波のモノも・・・〉
「まさか・・・、その様なことありえるとは思えないのですが。まあ、あってみれば分かるでしょう。芸術をたしなむ者としてその人物に合えるのはとても嬉しいことなんですよ」
その会話の後、健吾は外から建物の中に入り、受付で目的の人物に会えるか確認を取っていた。
*
「清志狼様、お客様がお見えになっていますがいかがいたしましょうか?」
「何奴だ?そのものは」
「はい、あめの・・・、いわとわけ?と清志狼様にお伝えくださいと・・・」
「フンッ、天津の奴等か・・・・・・。わかった、これが仕上がり次第会ってやろう。一時間ほど待てと伝えておけ」
「ハイ、かしこまりました。清志狼様、それでは失礼いたします」
作業場から出た清志狼の秘書は彼から聞かされた言葉を健吾に伝えていた。それからと言うもの時間が来るまで健吾はその女性に案内され、清志狼が創作した陶芸品を見てまわっていた。そして、ついにその時間を迎える。
「はじめまして、人間国宝といわれている里美清志狼さんに合えてボクは光栄ですよ。えぇ~~~、と僕の名前は山石健吾といいまして高校で美術の先生をやらしてもらっています」
「無駄な、自己紹介など無用だ。アナタはその教師としてきたのではなく、天石門別として、俺にではなく天抜戸に会いに来たのであろう?」
「なら、話し早いですね。主神がお呼びです直ぐに出頭してください」
「山石健吾といったな?アナタは俺が一体何者なのか知っていてここへ来たのか?」
「ええ、今こんなに近くにあって確信しました。まさか、人間でなく獣神に天抜戸の神が・・・」
「そうか・・・、だったら、先ず獣神、里美清志狼として答えを返そう。あなた達に力を貸す気など毛頭ない。俺は貴方たち人を許せんのだ。次に俺に降りてきた天津の声を聞かせてやる。天抜戸、答えてやれ」
〈石門別とその継承者よ、こうして会話を交えるのは千数百年ぶりじゃな?あの小娘はこの時代に降りてもまだ偉ぶっておるのか?まったく持って怪しからん。我輩に頼み事あらば、自ら顔を見せよ、とそう天照に伝えて置けじゃ〉
〈どうして、天抜戸様は獣神如きにお降りになったのですか?〉
「そうですよ、何故天孫の子達等ではなく・・・」
「獣神如きだと?許せん言葉だな」
〈まあ、待て、清志狼。食い殺そうなどとは思うな。このバカどもに我輩から伝えてやるヨじゃ。聞け、今の天津子々孫々に降りても我輩の力を引き出すことは到底出来まい。それとはっきりと言ってじゃなあ、我輩はもともとあの我侭な小娘が嫌いなんじゃよ、今回は力など貸してやらん。まあ、清志狼が手を貸すと言うのであれば別ジャがな〉
「里美さん、あなたはどうなのです?ボク達に協力してくれるのですか」
「俺に願いを乞いたいのなら主神自ら出向けと伝えろ。今これ以上言葉を交わす意味はない。帰られよ、俺にはやらなければならない仕事が腐る程ある」
「天照様をお連れすれば里美さんの気も変わるというのですね?分かりました。では、今一度ここにもどります。その時は必ずあってください」
清志狼は健吾の言葉に鼻で笑い、その場から姿を消す。それから再び二人が顔を合わせるのは三日経った後のことだった。
現在、清志狼の前に健吾と詠華、そして、彼女のマネージャーの平潟が居た。
「ワタクシが天照大神となりまして今、天津の皆様を導いています伊勢野詠華と申します。先日は誠に無礼を強いりまして、恐縮しております。その謝罪を込めて、この度は私自ら足を運ばせて頂きました次第です。それでは先日に健吾さんが里美清志狼さんと天抜戸にお伝えしてある言葉のお答えを聞かせてくれないでしょうか?」
「フンッ、天抜戸の言う通り、本当に小娘だな」
〈貴様、天照様に失礼、極まりないぞ!〉
〈そのようですわ、高が獣如きの神が天照大御上様に無礼です。非礼を詫びなさい〉
「あなた様が陶芸界において弱冠二十四歳にして人間国宝に認定されました里美清志狼さんで宜しかったのですよね。その様な著名な方が詠華さんを知らないのですか?」
「知ってる、歌い手だろう?だが、俺はガキには興味ない。俺の好みは歌ではなく、器楽曲だ・・・、それとアナタ達、二人に降りている奴等、天抜戸の力で高天原に帰れぬよう封じてやろうか?」
「清志狼さん、天石門別と大宮能売が・・・、出来ればお許しお願いします」
「詠華さん、貴女が頭を下げることはないのですよ」
「平潟マネージャさん、今日はお仕事を取り止めて、私達はお願いがあってここまで足を運んだのですよ。大きな態度をしては相手に対していい印象は与えないでしょう?」
「十八にしては中々、聡明で出来た娘の様だな。・・・・・・・・・・・・条件付でならあなた達に俺は従ってもいいかもな。天抜戸、それでいいか?」
〈お主の好きなようにすればよかろう?この娘を見る限り、天照はこの子そのものの様じゃ。我輩が知るあの頃とは違うようで口酸っぱく文句を言っても意味がないじゃろうて・・・〉
「清志狼さん、その条件とは?」
「フッ、簡単な事だ、乱獲者を、俺と同胞がそいつ等を狩る事を黙認するだけでいい。既に人の手によってこの世から完全に死滅した獣神の護るべき動物達のことでお前等を恨むことは消して止め、それがその動物等の運命だったと諦めてやる。だがこれからは違うぞ。いいか?無作為に自然に生きるそれらを興じの為だけに殺すというのならその報いを人にも受けてもらう。それと今俺達の間でも勢力が二分していてアナタ等の子孫にひどく恨みを持っている者達がいる。そいつ等は獣神の本来の目的を忘れ行動している。その者達をあなた達が討つと言うのなら俺は何も言わない、何もしない、あなた達に好きにすればいいさ。言いたい事はこんなものだ」
「分かりました、その条件を受け入れましょう」
「本当に良いのか?俺は人を狩るといったのだぞ」
「そのこと自身、限定的なことですよね?皆様にその様な事をさせないように導いて行けば良いのです。そうすれば清志狼さんはそうしないのでしょう?」
「口約束だぞ?それでもいいのか?」
「清志狼さんが口にした言葉に嘘があるのなら、その時は昔と違って完全に獣神を滅ぼさせてもらいます、いいですね?」
「ふっ、フフッ、その可憐な顔に似合わず強気だな、面白い。良いだろう、今回は力を貸してやる。天津麻羅の連中も俺が集めておいてやるとしようか。・・・、どれくらいの日時があればいい?」
「今はできるだけ早くとしか言えないのです」
「ああ、わかったできるだけ早く集めてやろう。話は済んだ、俺はこれから新しい作品作りに入る。次に会うのはそれらが集まった時だ。一つ忠告しておくアナタ等に恨みを持つ神は蜘蛛や鬼以外にも居る事を覚えて置け」
言い終えた清志狼はその場にいる者達に別れの挨拶もしないでどこかに消え去ってしまった。
「詠華さん、本当にあの様な答え方でよかったのですか?」
「主神よ、いったい何を考えておられるのです」
「今はこの国から早くこの淀んだ瘴気を消し去らないと大変なことが起きてしまうと天照様もショウちゃんの中の月読様が言っているのです。ですから、本当にあの様な事を決めるのはそれが片付いてからですよ。それでは・・・、皆様が待つ、東京へ戻りましょう」
詠華は三人の周りに暖かな光を生み出しそれで包む。そして、その光が消えた時には彼女たちは京都にある清志狼の陶芸場から姿を消していた。
「あ・・・、アキ久・・・、さま・・・」
「ううん?戻ったか、脇永よ。・・・・・・、手酷くやられたものだな。その分だと交渉は決裂と言うところか」
「申し訳に御座いません」
「まあ良い。脇永よ、その傷を癒してこられなさい。話はそれからです」
特別な理由を除いて同属に対して恩情の深い陽久は、任務が失敗したからと聡を即刻切り捨てる事は無く、冷静な表情では有るが、其の双眸に宿る感情は相手を心配しているものだった。
陰陽師筆頭の言葉に脇永は頭を下げてその場を去っていた。それから程なくして仲間から治療を施された彼が再び、陽久の前へ現れる。
「現在、鬼神の王を襲名している卜部賢治殿は天津、国津、我々とも、共闘するという考えは持ち合わせていないようで・・・、付け加え我々が京都の者々に危害を加えるならば彼自身が我々を滅ぼすような事を口にしておりました」
「ウム、そうか。なら我々が直接人々に手を下さなければ動かんと言う事だな。なら、あれが見付かるまではしばらく我等がこの地の人の命を積む事を止めにして置こうぞ」
「我々が動かずしても瘴気を纏ったモノ達はおのが意志で生ある者を喰らうだろうからな、人にそれらを祓う力はない、故こちらの都合のままに死んでくれるだろうぞ。・・・だが天津が子孫の居るほかの地は徹底的にやれ、よいな!」
「陽久の御心のままに・・・」
聡は一礼し彼の言葉の命に従い直ぐにその場所から消え去った。
「怨めしいや、天津の者がこの地に降りなんだ、鬼族とはうまく共存出来た筈であろうに・・・」
陰陽師筆頭は持っている閉じた扇を強く握り締めながらその様な言葉を独り、吐いていた。
なぜ、蜘蛛神と呼ばれる一族は天津神等をこうも強く憎むのだろうか?
その原因は天孫降臨後の天津達がした蜘蛛等に対する仕打ち、それと現在まで天津の子孫が蜘蛛の子孫にした迫害の歴史が蜘蛛神一族が人や人間たちに対する憎悪を募らせていた理由だった。
その一族がどのような仕打ちを受けたのか?歴史的、且つ明確な記録などは残っている筈もなく人々がそれを知るすべは何処にもないのだ。
蜘蛛神と名乗る陰陽師達はいったい何を願って人や天津神たちに復讐をしようと言うのか、いまだ不鮮明である。そして、どのような事を安倍陽久は企んでいるのか今もって誰も知る者は居ない。
師走、自然環境破壊の所為なのか?全国的に零下、十数度以下になる日々が続くことも少なくない。その様な寒さの中、陽久の弟子達は彼の命を忠実に守り、忙しく動いていた。
ある者は最も濃密な瘴気、人が殺された時に生まれるそれを多く得るために物の怪を使って昼夜問わず、襲いかからせていた。
ある者は陰陽師筆頭が進めている計画が天津や国津等に勘付かれぬよう、それらの神々に上手く牽制を掛けていた。
陽久の策謀に必要な物を探しに遠く後まで足を運んでいる者も居る。さらに六蟲師と呼ばれる陰陽師が動けば必ずといっていい程、死人が出ていた。
そして、今も多くの人の命が六蟲師の一人とそれに操られていた魑魅魍魎によって摘み取られてしまった瞬間だった。
「クッソォーーーーーーーーーッ!間に合わなかったぜ、何でだよ、畜生がぁっ」
〈今の蜘蛛どもは一体どのような力を有しているというのだ?不理解だ〉
「チッ、またしてもやられたか」
「児屋根、一体なんでこれだけ多くの瘴気を感じ取れなかった!」
〈僕等が知らない結界のような力がまたここにも・・・〉
人々があやかしに襲われていた現場に遅れて現れた武、経司、大地の三人はその場一帯に無残に横たわる亡骸を目にしながら悔しそうな表情を作っていた。そして、そんな三人の顔を遠くで眺めていた一人の女性が高らかな笑いをあげながら彼等の前に姿を見せる。
「おぉ~~~、ほっほっほっほっほ。お初にお目にかかります、天の上の神様の方々。わたくし、大取恭子と言う者です。以後お見知りおきくださればこの上なく嬉しい事ですわ」
「げげげっ、マジッ、すげぇ~~~美人のご登場」
〈ダッ、大地様、何を不謹慎な事をお口にしているのですか?相手は蜘蛛族の者ですよ、見た目にだまされてはいけません〉
「うっせぇな、児屋根!見た目、第一印象ってぇ~~~のは大事だって言うの、わかんねぇかなぁ?」
「大取と名乗ったな。この場に倒れている者達、貴女がやったのに相違ないな?」
「あらあら、いやですわ。その様な怖い顔をしてくださってはご折角の美男が台無しです事よ。ウフフフフフフッ、ご三方とも私の好みで・・・、人体蒐集のためにあなた方を戴きますわ」
「誰がそんなモノになるかよッ、真っ平ゴメンだぜ!それより何であんた等は人の命をこうも簡単に奪うんだ」
「そのようなお決まりした事です。アナタ達の子孫とその庇護下にいるお方達が殺して差し上げたいくらい憎らしくて、怨めしく、お許しできないからですわ」
「ウンナッ、アンタ勝手な理由で殺されちまう人様の事を考えて見やがれっ!いくら絶世の美女のような姿をしていても俺はよおぉ~~~しゃしないから、覚悟しやがれってんだぁ~~~」
「そう易々とわたくしはあなた方にお殺られはしませんことよ。みなの者、天津達を捕らえ私の前に捧げよ」
大取恭子(おおとり・きょうこ)と名乗る蜘蛛神は連れていた物の怪を使役し、武たちに向かって攻撃の命を下していた。
「こんな奴等一気に片付けてやるぜ。大地、あれやるぞッ!経司それまで俺達の守護を任せるからな」
「当然だ、安心して神力を使え」
「児屋根ッ!気合入れていくぞぉーーーッ」
〈勿論、心得ていますよ。それでは神降ろしの祝詞を始めます〉
『神乃世七代、其礼予里生麻礼志水神、弥都波能売乃神・・・・・・・・・・・・・』
大地と天児屋根が祝詞を唱えている間、武は空中に浮遊したまま双眸を閉じ、全身に有りっ丈の神気を纏わりつかせるために精神統一を図っていた。そして、経司は独り、刀に神気を込め、相手の属性に合わせた神技を揮って二人を守護する。
「ハァーーーーーーッ!やっ、とおぉーーーーーーーーーっ」
『其乃精錬奈留清伎力。総手乎禊流須其乃力、言葉乃厳霊、天児屋根乃下尓命逗。・・・・・・・・・、水龍降来』
牧岡大地と天児屋根神の祝詞が詠い終ると曇っていた空はより一層に曇りを見せちらちらと雨が降り注ぎ始め、次第にそれは強さを増して豪雨となっていた。その降る雨水の清き事、それに触れた空間に浮遊する魑魅等も地表に這いずる魍魎達も立ち所に瘴気を削がれ、弱体化して行くのだった。だがしかし、彼の祝詞はこれで完遂したわけでも無し、それで完全に憑依媒体から憑依物を取り祓う事が目的でもなかった。
上空のどす黒い雨雲に惹かれて集まってきた数多くの雷霊が大きな叫び声、神鳴りを周囲に轟かせていた。
〈武ッ、準備はいいか!〉
「聞かれるまでもないぜっ、そんなこと。行くぞ!」
武甕槌の問いに武は強く答えを返すと元居た場所から上空に急上昇して行く。そして、その間に何かを唱えていた。
『主神天照乃御光乃下、我、神乃姿尓身乎帰志、其乃力放知揮留伊手、己乃賀総手乃邪乎祓宇』
言葉が終わると武は雨雲の中心にその身を置いていた。更にその言葉に惹かれて来たすべての雷霊達が彼に絡み憑いて行く。
「いっくぞぉーーーーーーーーーッ!、武甕槌」
〈武、汝が思うが侭にその力を解き放て〉
『しんしょぉーーーっ、らいっこぉ~~~うっ(神昇雷降)、ごぉ~~~しんばくらぁーーーいっ!(剛深爆雷)』
「逝っちまいなぁーーーッ!」
武は全身に纏わり憑かせた雷の精霊と共に上空から地上に壮大な爆音を鳴らし、雷の伴った神気を周りに放ちながら急降下して行く。その神気に触れた空中に漂っていた物の怪はたちどころに炭になり憑依媒体と一緒に消滅して逝っていた。彼が地上に到達した瞬間、総ての雷霊を解き放つ。四方八方へ散る霹靂の迸りは地上をうね奔る龍の如く、凄まじさで広域を圧倒した。そして、それにより地上に九千近く居た生ならざるモノ全てを一掃していた。その場にいた陰陽師、大きな傷を負った大取恭子だけが生き残っていた。その様な状態を確認した経司と大地が止めを刺そうと動き出していた。
「ダイチッ!ケイジッ、待ってくれぇーーーっ」
武の叫びに二人は寸前でその動きを止め少しばかり後退していた。
「どうした、武?伊勢野先輩や詠華を振ってこの年上の女にでも惚れたのか、いってえなぁ、本気で殴るなよ」
「こんなところでそんな冗談を言う大地が悪いんだ。・・・・・・・・・、恭子さん、であっているよな?聞きたい事があるんだ。答えてくれたら命はとらないぜ」
武の言葉に最も大きな傷口を手で押さえながら恭子は黙って睨みつけているだけだった。
彼女、衝撃で瞼上を切ったのだろう其の部分から血が滲み出ていた。
苦痛で身を屈め、顔を歪めていたが、その表情もまた婀娜っぽく、魅惑的だった。しかしながら、そんな態度をとる傷だらけの彼女に脅しの積りなのか平然と経司は鞘に収めていた刀を抜き、振り下ろそうとした。だが、それは武の手によって防がれる。
「そのお方様よ、ワタクシに・・・、哀れみのお積りか?」
「違うぜ。・・・、ただ、俺は本当の事を知りたいだけなんだ。何でお前たちはこんな事をするんだ」
「武様と御呼ばれしておりましたわね?・・・・・・・・・・・・、貴方様はその御身に天津をお降ろしになって何も知りませんとでも言うのですか?」
「分かっていたらこんなコト聞くかよ、まったく」
「・・・、そのようでしたわね。それではお答えいたしましょうか」
彼女がそう言ってから次の言葉を出すまでかなりの間が空いていた。その間、大地は苛々した表情を作り、武はそんな彼に何か言葉を出して宥めていた。そして、経司は我関せずと冷静な表情で鞘から刀を抜きそれを布で拭いていた。
三人の行動が終わった頃に再び、恭子の口が動き出す。彼女から語られるそれは・・・。
「何故わたくし共が天津達と人々を恨みまして、このような事をなすのかを・・・、隠忍(鬼)、国津とそれら様とご一緒に降りられた生き物等とそれからしばらく多くの時が流れた後に姿を見せました天津達よりもずっと昔から私共の祖先はこの地に生まれ住み着いておりましたわ。
国津様達がこの地に降りてきました頃はまだその様な心を祖先の方々はお持ちになる事はありませんでしたのよ。・・・、ですがそれはアナタ方が姿を見せる事により大きく変わりました」
天津もやはり、国津様らと同じ生き物をお連れしてこの地に降り立ったのです。私共の祖先等とご接触なさいましたアナタ方はその頃に祖先等のとっていた奇怪な姿、異種なチカラと生き方を拝見して、お連れしてきた生き物に禍をもたらすとでもお思いしたのでしょうね。アナタ方は天照と御呼ばれした御神の命によりその強大なお力を振るい・・・、それによりまして、私どもの祖先の多くの種族たちがこの地から消え去ったのですわ。
生き残った数少ない祖先様たちは身を潜め怯えるように長き時を過ごしていたのです。それから国津様等もアナタ様方もこの地から姿を消したとき祖先様等はその身を人の姿に変え陰陽術とよばれます力を持って当時の帝に取り入ったのです。その頃は祖先の間も二分していまして、あなた方様の子々孫々と人様に恨みを持つものそれと悔恨を捨て共存を願うもの後者の祖先らが前者の祖先から人様を護るための力を持って天の皇に取り入っていたのですわ。
しばらくの間、後者の祖先等は人々様らとお暮らしになることが出来たのです。ですがしかし、それも長くは続かなかったのです。あなた様方の神(真)の血を受け継ぎました皇が何処かに消え、紛いな王がこの地を納めるようになると・・・、妖怪討伐などと申して前者の祖先等を討ち滅ぼしまして、後者等の地位を奪い人とは思えません仕打ちをしてくださいましたわ。
それからといいますものの私共の祖先はなんらかしらの凶事があるたびに迫害を受け苦しめられ続けてきたのです。・・・・・・・・・、歴史的例えを上げますなら。
一四六七年、人様はこれを応仁の乱とお呼ばれしていますわね?私どもの祖先が最も多く住んでおりました京の都、その地で大きな戦を起され、それに乗じまして戦乱の最中、東軍とお呼ばれしていました兵たちは上の命により、都に住んでおりました私どもの祖を・・・。
一六三七年、島原の乱と記されていますその騒動。それにおいても私共の祖先は悪魔と称され、人様になんら危害を加えていなかった同胞様達が焼き討ちを・・・。
一八六三年、幕末と御呼ばれした時代、矢張り京の都に置きまして新撰組とお呼ばれします集団がお姿を現しになって当時、攘夷側についていました祖先等様はその集団によりまして・・・、されたのでございます。
あなた様方がこの地に足を踏み入れましてから・・・、どのような時代に置きましても私どもは苦しい思いを受けるだけでしたわ。・・・、その苦しみといいますものがいかほどの物でしたかあなた方にはお分かりしまして?私どもは転生を繰り返し、前世での記憶を色濃く残しまして再び、この地の舞い降りるのですよ。そのたびに・・・」
「そんなこったぁ~~~、今を生きる俺達にはかんけぇ~~~ネェだろうがッ!」
「だいち・・・」
「アナタ方は知らないのですわっ!どのような些細な争いごとでもその渦中の被害者の多くは私共、蜘蛛の一族なのですよッ!長い月日を隔てまして人の血と交ざり、人間として生きてゆく、蜘蛛の子達、異種な力をお失いしました方々はそれを知らずにして命を落としてゆくのですよ・・・」
「恭子さん。・・・、恭子さんは蜘蛛神の血が濃いのか?放っておけば助からないって思うほど酷いはずだったのに・・・、もう傷がいえているみたいだ。恭子さんが話してくれたことが本当だか、どうだか俺には分からない。でも・・・、それでも今生きる奴等の命を奪うなんて間違ってるぜ。俺は恭子さんの命はとらない。だから、アナタもそれをやめてくれ」
「武様・・・」
「もし、恭子さんに仲間が居るなら伝えて欲しい。これ以上無用な混乱を止めてくれ、って。俺は好きで戦っているんじゃないんだ。だから出来るなら・・・」
「今頃その様な事を言われましても・・・、ワタクシは・・・、私は・・・」
「さっさと行けよ、お前。早くここら去らねぇと武が許しても俺がやっちまうぜ」
大地はにやけた顔を作りながらその様な言葉を恭子に吐き捨てていた。経司は双眸を閉じたまま黙ってその場に立っているだけだった。その時の彼の心中を友の二人が知ることはない。
恭子は崩れるように座っていた場所から立ち上がり、武を捕らえ、深いクチスイを交わしてから彼等の前から姿を消した。
「フフフッ、いつまで硬まっている武?今の出来事、照神先輩や詠華主神が知ったらどのような顔を見せてくれるだろうなぁ~~~?」
「けっ、経司ッ!いやな笑みを浮かべながらそんなこと言うな。親友で幼馴染みでもその事をあの二人に言ったら絶対許さないぜ」
「しょうがない。こんどばかりは口を閉ざしてやろう、俺は。だが・・・、牧岡、コイツはどうか知らないぞ」
経司は苦笑した表情のまま親指で大地の事を指していた。その彼の表情は武の弱みを握ったような感じの笑みを作っていた。
「おっ、オイ、大地!頼むよ、絶対あの双子には口にするんじゃないぜ。そんなことしたら」
「そんなことしたらなんだ?いっておくけどな、俺の口は巨大な風船と同じで変に突付くと大きな音を立てて割れるぞ。ニッヒッヒッヒッヒッヒィ~~~」
「まっ、マジで頼むぜぇ、だいちぃ~~~」
「まあぁ、それは武、おまえ次第だネェ。さあぁ~~~って我等が主神様のところへ、お帰りしますとしますかぁ?」
にやけた表情のまま大地はその顔を武に向けてから、残りの力を使って神速移動を始めた。そして、それを追いかけるように付いて行く武。
だが、経司だけはその場を直ぐに動くことはなかった。しばらくの間、経司は裡に宿る経津主に言葉を交わしながら周囲に横たわる死体を火属性の神気を込めた刀で斬り祓っていた。そして、それが終わると二人が向かった先に行くために戦いの地から姿を消していた。
彼が裡に宿る者と一体どのような会話をしていたのか武も大地も知る由もない。
弐 人間国宝、それは天津を降ろせし神
武達とは別の命を天津主神に下されていた山石健吾(やまいし・けんご)と言う男教師は京都の地に足を置いていた。その美術教師の探す人物がその都に居るというのを遂に突き止め、その場所に向かっていたのである。
「この場所にかんじるのですね?天石門別の神」
〈はい、この場所に天抜戸様が・・・、ですが別の気の波のモノも・・・〉
「まさか・・・、その様なことありえるとは思えないのですが。まあ、あってみれば分かるでしょう。芸術をたしなむ者としてその人物に合えるのはとても嬉しいことなんですよ」
その会話の後、健吾は外から建物の中に入り、受付で目的の人物に会えるか確認を取っていた。
*
「清志狼様、お客様がお見えになっていますがいかがいたしましょうか?」
「何奴だ?そのものは」
「はい、あめの・・・、いわとわけ?と清志狼様にお伝えくださいと・・・」
「フンッ、天津の奴等か・・・・・・。わかった、これが仕上がり次第会ってやろう。一時間ほど待てと伝えておけ」
「ハイ、かしこまりました。清志狼様、それでは失礼いたします」
作業場から出た清志狼の秘書は彼から聞かされた言葉を健吾に伝えていた。それからと言うもの時間が来るまで健吾はその女性に案内され、清志狼が創作した陶芸品を見てまわっていた。そして、ついにその時間を迎える。
「はじめまして、人間国宝といわれている里美清志狼さんに合えてボクは光栄ですよ。えぇ~~~、と僕の名前は山石健吾といいまして高校で美術の先生をやらしてもらっています」
「無駄な、自己紹介など無用だ。アナタはその教師としてきたのではなく、天石門別として、俺にではなく天抜戸に会いに来たのであろう?」
「なら、話し早いですね。主神がお呼びです直ぐに出頭してください」
「山石健吾といったな?アナタは俺が一体何者なのか知っていてここへ来たのか?」
「ええ、今こんなに近くにあって確信しました。まさか、人間でなく獣神に天抜戸の神が・・・」
「そうか・・・、だったら、先ず獣神、里美清志狼として答えを返そう。あなた達に力を貸す気など毛頭ない。俺は貴方たち人を許せんのだ。次に俺に降りてきた天津の声を聞かせてやる。天抜戸、答えてやれ」
〈石門別とその継承者よ、こうして会話を交えるのは千数百年ぶりじゃな?あの小娘はこの時代に降りてもまだ偉ぶっておるのか?まったく持って怪しからん。我輩に頼み事あらば、自ら顔を見せよ、とそう天照に伝えて置けじゃ〉
〈どうして、天抜戸様は獣神如きにお降りになったのですか?〉
「そうですよ、何故天孫の子達等ではなく・・・」
「獣神如きだと?許せん言葉だな」
〈まあ、待て、清志狼。食い殺そうなどとは思うな。このバカどもに我輩から伝えてやるヨじゃ。聞け、今の天津子々孫々に降りても我輩の力を引き出すことは到底出来まい。それとはっきりと言ってじゃなあ、我輩はもともとあの我侭な小娘が嫌いなんじゃよ、今回は力など貸してやらん。まあ、清志狼が手を貸すと言うのであれば別ジャがな〉
「里美さん、あなたはどうなのです?ボク達に協力してくれるのですか」
「俺に願いを乞いたいのなら主神自ら出向けと伝えろ。今これ以上言葉を交わす意味はない。帰られよ、俺にはやらなければならない仕事が腐る程ある」
「天照様をお連れすれば里美さんの気も変わるというのですね?分かりました。では、今一度ここにもどります。その時は必ずあってください」
清志狼は健吾の言葉に鼻で笑い、その場から姿を消す。それから再び二人が顔を合わせるのは三日経った後のことだった。
現在、清志狼の前に健吾と詠華、そして、彼女のマネージャーの平潟が居た。
「ワタクシが天照大神となりまして今、天津の皆様を導いています伊勢野詠華と申します。先日は誠に無礼を強いりまして、恐縮しております。その謝罪を込めて、この度は私自ら足を運ばせて頂きました次第です。それでは先日に健吾さんが里美清志狼さんと天抜戸にお伝えしてある言葉のお答えを聞かせてくれないでしょうか?」
「フンッ、天抜戸の言う通り、本当に小娘だな」
〈貴様、天照様に失礼、極まりないぞ!〉
〈そのようですわ、高が獣如きの神が天照大御上様に無礼です。非礼を詫びなさい〉
「あなた様が陶芸界において弱冠二十四歳にして人間国宝に認定されました里美清志狼さんで宜しかったのですよね。その様な著名な方が詠華さんを知らないのですか?」
「知ってる、歌い手だろう?だが、俺はガキには興味ない。俺の好みは歌ではなく、器楽曲だ・・・、それとアナタ達、二人に降りている奴等、天抜戸の力で高天原に帰れぬよう封じてやろうか?」
「清志狼さん、天石門別と大宮能売が・・・、出来ればお許しお願いします」
「詠華さん、貴女が頭を下げることはないのですよ」
「平潟マネージャさん、今日はお仕事を取り止めて、私達はお願いがあってここまで足を運んだのですよ。大きな態度をしては相手に対していい印象は与えないでしょう?」
「十八にしては中々、聡明で出来た娘の様だな。・・・・・・・・・・・・条件付でならあなた達に俺は従ってもいいかもな。天抜戸、それでいいか?」
〈お主の好きなようにすればよかろう?この娘を見る限り、天照はこの子そのものの様じゃ。我輩が知るあの頃とは違うようで口酸っぱく文句を言っても意味がないじゃろうて・・・〉
「清志狼さん、その条件とは?」
「フッ、簡単な事だ、乱獲者を、俺と同胞がそいつ等を狩る事を黙認するだけでいい。既に人の手によってこの世から完全に死滅した獣神の護るべき動物達のことでお前等を恨むことは消して止め、それがその動物等の運命だったと諦めてやる。だがこれからは違うぞ。いいか?無作為に自然に生きるそれらを興じの為だけに殺すというのならその報いを人にも受けてもらう。それと今俺達の間でも勢力が二分していてアナタ等の子孫にひどく恨みを持っている者達がいる。そいつ等は獣神の本来の目的を忘れ行動している。その者達をあなた達が討つと言うのなら俺は何も言わない、何もしない、あなた達に好きにすればいいさ。言いたい事はこんなものだ」
「分かりました、その条件を受け入れましょう」
「本当に良いのか?俺は人を狩るといったのだぞ」
「そのこと自身、限定的なことですよね?皆様にその様な事をさせないように導いて行けば良いのです。そうすれば清志狼さんはそうしないのでしょう?」
「口約束だぞ?それでもいいのか?」
「清志狼さんが口にした言葉に嘘があるのなら、その時は昔と違って完全に獣神を滅ぼさせてもらいます、いいですね?」
「ふっ、フフッ、その可憐な顔に似合わず強気だな、面白い。良いだろう、今回は力を貸してやる。天津麻羅の連中も俺が集めておいてやるとしようか。・・・、どれくらいの日時があればいい?」
「今はできるだけ早くとしか言えないのです」
「ああ、わかったできるだけ早く集めてやろう。話は済んだ、俺はこれから新しい作品作りに入る。次に会うのはそれらが集まった時だ。一つ忠告しておくアナタ等に恨みを持つ神は蜘蛛や鬼以外にも居る事を覚えて置け」
言い終えた清志狼はその場にいる者達に別れの挨拶もしないでどこかに消え去ってしまった。
「詠華さん、本当にあの様な答え方でよかったのですか?」
「主神よ、いったい何を考えておられるのです」
「今はこの国から早くこの淀んだ瘴気を消し去らないと大変なことが起きてしまうと天照様もショウちゃんの中の月読様が言っているのです。ですから、本当にあの様な事を決めるのはそれが片付いてからですよ。それでは・・・、皆様が待つ、東京へ戻りましょう」
詠華は三人の周りに暖かな光を生み出しそれで包む。そして、その光が消えた時には彼女たちは京都にある清志狼の陶芸場から姿を消していた。
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