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第 捌 話 失 踪

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 国津神、事代主の魂《いし》を継承した諏訪勇輔は靖華城学院を中心として付近に一つの結界を張っていた。その結界とは天津神の適合者たちにそれが降りる事を抑制する物だった。其れの所為なのか彼がその学校に転校して以来、新たな天津の覚醒者は出現していなかった。
 だが、しかし・・・。
「ハァ~~~、天津の主神の適合者はいったいどこにいるのでしょうか?何処かの巌戸《いわど》の陰にお隠れしてしまったのですかねぇ~~~、まったく困ったものですよ、本当にぃ。アァ~~~、でも若し天照の適合者がスッゴク可愛い子だったどうしよう?ちゃんと僕に始末できるかなぁ?」
 勇輔は〝のほホぉ~ン・抹茶〟と印字されたボトル入りの緑茶を飲みながらのほほんとした締まりのない表情をし、そんな愚痴をこぼしていた。
 学院内の殆どの生徒と教師に接触を図っていたのだが一向に彼が目的としている人物に遭遇することはなかった。
 見つけられなかったのは勇輔だけじゃなく、いまだに天津陣営の武たちも同じだった。
 
 其れは武がいまだ天照大神とも新たな他の仲間たちとも遭遇することが出来なかった神無月半ばのことだった。

 俺、武は今日も部活が終わった後、校門前で毎度の如く、経司と美姫姉ちゃんを待っていた。現在は大地も一緒だ。
 夏休みの初めごろに加わった天太玉あめのふとだまの神の意志を継いだ先生が、今まで広範囲守護結界の支援に当たっていた大地に代わって其れをしてくれている。
 結界の維持なんかよりも俺達と一緒に戦っていた方が面白いなんて、不謹慎な事を言ってくれるけど大地がいるとやかし、との戦闘が結構楽だったりする。
「香取の奴遅くねぇか?」
「経司、部長だから俺たちと違ってやることあるんじゃないのか?それにここに来てまだ10分も経っていないぜ」
「そうかもしんねぇ~けど、オレッチ達には時間の余裕はないじゃんか?今も何処かで俺たちの助けを待つやつらの〝きゃァーーーッ〟ってな感じの悲鳴が・・・」
「大地からそんな言葉が聞けるとは世も末だぜ、まったく」
ちなみにあやかしってには妖怪や魑魅魍魎の全体的総称の事だぜ。
「武にゃァ~~~、そんな言葉言われたくないねぇ」
 大地とそんな下らない、言い合いをしていると幼馴染みが姿を見せた・・・?
「経司、部活お疲れさん・・・?あれ、美姫姉ちゃんは?」
「美姫さん、今日部活の後輩指導に出なかったらしいんだ。だから一緒ではない」
「香取も来た事だし、ササッと家に帰っていつもの任務遂行と行きますかぁ~」
「牧岡、其れと武それじゃ、いつもの場所で落ち合う事にしよう」
「エッ、と・・・、今が7時18分だから7時30分に集合しようぜ」
「よっしゃ、ウンじゃ、本当に帰ろうぜ」
 大地の言葉で俺たち三人は校門前から歩き出すのではなく、神速移動で自宅へと俺達は帰ってゆく。武甕槌との魂の同調が上手くなかったから、初めのころはそういった行為自体でもかなり身体的負担が掛かっていた。
 でも、今は全然平気だ。武甕槌の言いつけ通り、鍛錬をした結果だろう。着実に俺は強くなっているみたいだ。そして、それは経司や大地にも言えることだった。
 武甕槌と会話をしながら移動していた。
「なアァ、武甕槌?本当に天照大神ってのは降臨しているのか?其れと月読神だっけ?」
〈降りていてもすんなりとは姿を現してくれないのかも知れん・・・・・・、天照様はなにぶん、わずか、ばかりワガママな方だからな〉
〈其れと月読だが、カノジョも陰に隠れるのがお好きな方だから〉
「ええぇえっ、彼女?月読神って男じゃなかったのか?」
〈月読にダン・ジョとイウ属性はない。中性神と言うべきか・・・〉
「それじゃ、男に降りるか女に降りるか分からないのか?」
〈武の言う通りその様な感じだな。だが、降臨してくださるなら天照様と近しい関係にあるものであろう〉
 そんな会話を一秒にも満たない時の間に武甕槌と交わしていた。
 自宅前で神速移動をやめ、そこから普通に玄関から帰宅の挨拶を声に出しながら自宅へと入って行く。そして、出迎えてくれたのはミサ婆ちゃんだった。
 婆ちゃんと話しながら玄関の靴置き場を確認していたら・・・?姉ちゃんの登校靴が無かった。
「ミサ婆ちゃん、まだ美姫姉ちゃんは帰ってきてないのか?」
「わたくしはてっきり武ちゃんと一緒にお帰りになってくるのだと思っていたのですけど・・・」
「経司の話では今日、部活には出ていなかった、って言っていたけど。誰かと一緒なのか?」
「美姫さんには連絡してみたのですか?」
「あっ、そういえばそれはしてないや。・・・、でも、居もしないし、ありえないと思うけど彼氏とかといちゃついている時だったらかわいそうだから電話、掛けない事にするぜ」
「武ちゃん、美姫さんにその様な事を言ってはおかわいそうですよ。美姫さんだってお年頃なのですから・・・」
 その会話の後、婆ちゃんに即席でおにぎりを作ってもらい其れを持って経司達が待っている高円寺公園跡に向かった。
 爺ちゃんや婆ちゃんにはいつも部活の用事だって伝えて夜外出している。心配させたくないから本当のことを言っていないんだ。
 ヤッパリ公園に向かうのも人の足の速さでなく神の足の速さで移動していた。
 時間に無頓着な大地が俺よりも先に来ていた。そして、時間に厳しいはずの経司が遅刻してきた。理由は彼の妹の麻緒ちゃんのことらしい。最近やっと経司は亜由美おばさんと麻緒ちゃんとのわだかまりがなくなって来たようだ。其れは幼馴染みとして嬉しいことだった。

 霧島校長達が強い結界を張れば、張るほど、数は少ないがより念深い魍魎や強大な力を持った妖怪が跋扈し始めていた。
 現在は結界範囲内が関東甲信越、其れと東北まで延びている。
 結界内のそれらの退治は他の連中に任せて、効果範囲外で強敵がはびこっていると噂が流れてきた近畿方面へと出張っていた。
 人気ひとけのない山中などにそれらを誘き寄せ、その場所で対峙して、退治する。
 その場所なら一般人が傍に居ないから存分に力を発揮できる。なぜなら大きな神の力を行使すれば人的被害も免れないからだ。人様を救うのに逆の事をしては意味がない。それに他にも理由がある。それは・・・。

「今日もズバッといくぜぇ~~~ッ!覚悟しやがれよ、貴様等ぁーーーッ」
〈大地様、その様な言葉をお吐きになったからには確りとしてくださいね〉
「悪いがその命これで散らせて貰う。この剣の錆びとなれ」
〈経司殿、相手の力を見余らぬよう努々ゆめゆめご注意してください〉
「おまえらなぁ、そんな決めゼリフ言ってもしょうがないだろうが、まったく」
〈武。良いではないか、其れが経司と大地の意気込みの言葉であるのならば。汝もその二人に負けぬようにな〉
 武甕槌に言われて俺も既に行動を起していた二人に倣って神気を練って技の準備に取り掛かった。
 俺も経司も、大地も、他の天津の意志の継承者、人あらざる力を手にして、人にあだなす敵を討つ。そんなチカラを持った俺達は〝人〟と呼べる者なのだろうか・・・。
〈武、こころが乱れているぞ。汝の疑問、今考えるべきことではない。すべての暁にしかと考えればよかろう。・・・、だから、今は戦いに専念する事を私は願うぞ〉
「ハハッ、そんな事を考えるなんって俺じゃないよな?ゴメン、武甕槌。奴等を倒す其の力を俺に貸してくれ」
〈承知!〉
 今日は久々に武甕槌神から新しい神技を伝授させてもらった。技名は雷神拳、その威力街中でなんか使えない。小さな山一つ吹き飛ばしてしまったぜ。
 破壊してしまった自然を治せないのかと武甕槌神に聞いてみたけど、返って来た答えは担当みたいなものがあるらしくて今仲間になっている仲間にそれが出来る者はいないという事だった。
〈我々には死んでしまった生き物を甦らせることは出来ないが自然を回復させることは可能だ。だから武、心配するな。すべての事がなし終え、その後に国土復興に力を入れようではないか・・・〉
「武!オマエにはそんな悩みにあわねぇぜぇ~~~」
「俺たちに今はそんな事を悩んでる暇はない。出来る限り多くの人々を救い、国津神と決着を付けるまでは」
「二人とも・・・、そうだな、俺に悩み事なんて似合わない。前向きに行かなきゃ、俺じゃないぜ」
「其れでこそ、俺の知っている幼馴染み、鹿嶋武だ」
「よっしっ、気合いれて次ぎ向かおうぜ!」
 親友二人のその励ましに再び、気合を入れなおし、新たな標的を求めて移動を開始した。

 戦うことだけにひたすら専念して、其れが終わって自宅に戻って来た頃は丑三つ時を更に一時間くらい過ぎた時だった。
 家の中の明かりが点けっ放しだ。中に入ると俺が帰ってくるのを待っていたのか、双樹爺ちゃんとミサお婆ちゃんが姿を見せた。
「武ッ!大変じゃ。美姫が・・・、美姫が帰ってこんのじゃよ」
「誰かの家でも泊まっているんじゃないのか?連絡とかなかったの?」
「武ちゃんがお出かけした後からも美姫さんからは・・・、こちらからも連絡を入れたのですけど繋がらないようなのです」
 ミサ婆ちゃんに言われてズボンのポケットから携帯情報端末を取り出して、姉ちゃんに連絡を入れてみた。だけど、繋がらない。たまらない不安に駆られて、いつの間にか家を飛び出していた。
 移動しながら経司に連絡を入れる。
「俺だ、武だ。美姫姉ちゃんが、姉ちゃんが・・・」
 幼馴染みに緊急の用を伝えると瞬間転移で姿を見せてくれた、血相を変えた表情で。俺、以上に心配しているような感じだ。
「たっ、武、美姫さんが帰ってこないって本当か?」
「嘘で、こんなこと言えるかよ。・・・、頼む、探すの手伝ってくれ!」
「当たり前の事を言うな。美姫さんは絶対俺が探してやる、絶対に・・・、牧岡も呼ぼう」
「大地にまで、姉ちゃんの迷惑かけられないよ」
「あいつはこういう事を除け者にしておくと、後でしつこく嫉まれぞ」
 経司のその言葉で直ぐに大地に連絡を入れると、耳に端末を当て、にやけた状態で瞬間的に今いる場所に現れた。
「さすが、二人とも俺のこと判ってるジャンか。早速先輩探そうぜ。児屋根、もち、チカラ貸してくれるんだろう?」
〈失せ者探しは得意ではありませんが分かっております、大地様〉
「ふつぬ・・・」
〈経司殿みなまで言葉にしなくとも分かっています。私は意識を共有しているのですから〉
「二人とも有難う。それじゃ、姉ちゃんを手分けして探そう」
 その言葉の後、親友二人は直ぐに散開して行動を起した。
「武甕槌、姉ちゃんは大丈夫だよな?あやかしなんかに襲われて・・・」
〈美姫の事が心配なのは分かる。だが、心を平静に保て。汝と私の魂を同調させて、ここら辺一帯に探りを入れて気配を感じてみようではないか〉
 其れからは俺の中に宿っている神様にしたがって、人各々が有する個人特有の生の気配を探って美姫姉ちゃんの其れを捜していた。
 場所を変えて何度も何度も其れをやっていた。しかし、一向に姉ちゃんの気配を捉えることはできなかった。ただ、無駄に時間が過ぎるだけだった。
 周囲が徐々に明るみ始めてきた。もう直ぐで夜が明けてしまうそんな時間まで迫っていた。
「見付からないぞ、武甕槌!本当に姉ちゃんは無事なのか?」
〈焦るな、武。人が彼奴等に襲われ命を落としたとすれば確実に念痕が残ると教えたはず。美姫には強力な守護壁をヌシの願いで張っておいたではないか〉
〈この邇邇芸が張る結界の内では美姫を傷付けるなど不可能なことだぞ。其れはあやかしの者でなく人の手でさえも〉
「分かっているけど、どうしようもなく不安なんだ。不安でたまらないんだ」
 完全に夜が明けてしまった頃、経司と大地の二人から連絡が入った。しかし、其れはどちらも俺を安心させてくれる報せではなかった。
 そして、不安をかき消せないまま、新しい一日が始まってしまう。

 俺自身はとっても不安だったけど、祖父母には出来るだけ安心させるような言葉をかけ、学校へと経司と一緒に登校した。
 校門前で毎度の如く照神先輩もうじゅうに襲われたけど、美姫姉ちゃんの存在を感じ取れなかった先輩は不安げな表情を作って見せてくれた。しかも〝昨日の晩、姉ちゃんが帰ってこなかった〟などと一言も口にしていないのに心を読まれたのか?
「ミッ、ミッキー、昨日お家に帰らなかったの?そうなのね、タケちゃん」
「何で、そんなこと照神先輩が分かるんだよ!おかしいぞ」
「それは、ヒ・ミ・ツ♡」
「ハイ、はい、そうですか。・・・、経司、先輩なんってほっといて行こうぜ」
「今、先輩を相手にしてられるほど時間の余裕を持ち合わせていないからな」
 二人してそう照神先輩に言葉を残すと校舎の方に向かって歩き始めた。
「あぁあぁ~~~ん、まってよぉ、ふたりともぉーーーっ」
 校舎の中に入ると向かった先は俺達の教室ではなくて職員室だった。そして面会するのは担任じゃなくて岸峰椿先生。
 先生に美姫姉ちゃんの失踪を伝え、姉ちゃんの探索をするため学校をサボらせてくれるようお願いしていた。
「そう、ソレハ困ったことね。・・・、今が異常時だけに放っては置けないわね。校長先生にはわたくしから伝えておきます。ただし、美姫さんの捜査は陽が昇っている内だけですよ。陽が沈んでしまってからは・・・」
「先生、それ以上は口にしなくても・・・、やるべき事はやるさ」
 許可を貰ったから、直ぐに教室を飛び出し、足取りの消えた姉ちゃんを経司と一緒に捜しに出かけた。校舎を出るとき昇降口にいた大地に見付かり、彼も手伝いをすると半ば強引に付いて来る事になってしまった。
 外に出てからは三人ばらばらになり、俺は明朝の頃やっていた同じ事を多くの場所で試していた。
 それから、何日たっても姉の美姫はどこかに雲隠れ、それとも神隠しにでもあったかのように姿を消し、見つけることは出来なかった。
「児屋根ッ!なんで、鹿嶋先輩もサユサユもみつかんねぇ~~~だよっ」
〈大地様、落ち着いてください。きっとご無事ですから、沙由梨様も、武様のお姉様の美姫様も〉
「美姫さんだけじゃなく、沙由梨ちゃんまで・・・、いったいこれはどういうことなんだ」
〈経司殿、焦る心持は分かりますが・・・〉
「ちきしょぉーーーっ、何でこんなにも身近な連中がこうも消えちまったんだ」
〈武・・・、心配ない。美姫も他の者達も・・・〉
 月の終わりごろで行方不明になっちまったのは俺の姉ちゃんだけじゃなくて大地の妹の沙由梨ちゃん、内の道場師範代の八坂徹さん、学校の教師と生徒数名。
 そんな異常事態が発生してしまったから靖華城学院は急遽、休校に・・・・・・・・・、なってしまうかと思いきや全然普通に何事も起きていないように生徒達が登校している。
 そんな普通に生活している連中が今は羨ましく思えてしまう。

 俺は武甕槌の言葉を信じて、今はいち早く、天照大神や他の仲間を捜し日本の国を平定に力を注ぐ事に気持ちを切り替えた。
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