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第 伍 話 時を越えし朋友達

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  壱 剣の達人、その者は・・・

 武甕槌と一緒に戦い始めて、もう一月ひとつきが経とうとしていた。魑魅魍魎と戦うのは大抵夜中。どうして、そうなのかは最もそいつ等の活動がその時間に集中しているからだ。
 最近、あの悪夢を見ないようになったし睡眠時間少ないけど寝不足だという事は無い。確証はないけど、それは多分、俺に降りた天津の神様って奴の力のおかげなのだと思う。
 そして、今日もまた午後十二時を過ぎてから化け物退治に出かけようとした。
 習慣になってしまった二階の窓から屋根を伝って上空に飛ぶためにそれを開けようとしたその時、何の前触れもなく部屋の扉が開いた。
 それを開けた人物は可愛らしい動物柄のついたパジャマを着た姉ちゃんの美姫だった。
「武、今日も行くの?」
 不安と心配の混じった表情を浮かべ静かにそう言って来た。
「姉ちゃん、そんな顔すんなって。心配ない。なんたって俺、神様になったんだからあんな化け物になんか負けやしないよ」
「どうして、どうして武なの?どうして武があんな怖いモノと戦わなくてはいけないの。わたし、私・・・・・・」
「俺だって本当は逃げたいくらい嫌さ。でも俺が奴等を倒さなきゃ多くの人達が危険な目に遭うんだ。そっちの方がもっと嫌だ。だから戦う。俺一人なんかで、日本中のみんなを助ける事なんか出来るとは思わない、でも、それでも出来るだけ多くの人をそんな目に遭わせたく無いんだ・・・・・・。そして、負けるつもりもない」
「うん・・・、わかった。武、無理しないでね。それとお夜食作っておくからちゃんと今日も食べてね」
「うん、ありがとう、姉ちゃん。それじゃ、もう行くから」
 窓から身を乗り出し、外に誰もいないことを確認するとそこから空中へと浮遊し天高く飛び上がった。
 ある程度の高さまで来るとその場に空中停止しする。そして、神気と俺が勝手に命名した其れを周囲に張り巡らせ魑魅魍魎、化け物の気配を探った。
〈武、向こうに感じる〉
「武甕槌、数はどのくらい?」
〈気配が乱れて正確ではない、五、六体と言うところだな〉
「他の場所は?」
〈今言った方へ先に行こう。人が襲われかけている〉
「直ぐに向かうぞ」
 武甕槌の力を借りて一瞬にして現場に向かう。今にも一人の職人風の男が襲われかけていた。間一髪、その前に出てその人を護る。その男に襲いかかろうとしていた数体の化け物が直ぐに後ろに後退し、紅玉の様な真っ赤な目で俺を憎らしげに睨みつけていた。
「お前等みたいな雑魚が俺に勝てると思うなよ。タァーーーっ!」
 気合と共に地面を蹴って神気を込めた拳を相手に叩き込んでやった。そして、勝負は一秒も経たないうちについてしまう。所詮は小物、しかし、それは天津神と言う神様の力を俺が借りているからであって普通の人には勝てる事なんかない化け物。
 戦いが終わると男の方へ歩み寄り、柔らかい神気を集めた左手を掲げた。
 地面に尻餅をついて倒れこんでいるその人は俺のその行動に怯えることはなかった。
 左手から発した神気は男にゆっくりと纏わりついてゆく。今与えた神気を纏っていればしばらくの間、その周りにいる者達を含めて魑魅魍魎が近づくことはないだろう。
「おっさん、もう大丈夫だ。また、あんな奴等に襲われないうちにさっさと帰んな」
 俺がそう言ってやるとその男はまるで神様を見ているかのように頭を深く下げ、
「ありがたや、ありがたや」と拝んで礼をいいながら立ち去っていった。
〈武、次はここより北におおよそ十だ〉
「おうよっ」
 そんな感じで武甕槌に場所を教えられながら多くの化け物を退治して行く。
 人がいればさっきみたいに神気を纏わせその場から帰していた。そうそう、武甕槌が今の言葉を覚えてくれたから最近何かと話しやすい。
 ちょうど三十体目を倒し終え、コンビニの前でペットボトルのジュースを飲んで休憩していたときだ。
「なあ、武甕槌。いつも俺たちだけでこうして戦っているけど他にお前の仲間みたいな奴はいないのか?」
〈私がこうして武の中に降りて来たように他の者達が誰かに降りていても可笑しくないのだが・・・・・・、探してみるか?武〉
「そんな事、出来るのか?だったら早く言ってくれればいいのに。俺独りだけで戦う、っての結構精神的に辛かったんだぜ」
〈済まんな、武〉
「いい、ってそんなことは。でもどういう風に探すんだ」
〈同族の気を探る。それでは武、私の魂と汝の魂を同調してくれ〉
 心を平静にして魂の波のうねりを一定にさせた。
 それから、武甕槌の魂が重なり合い大きな波を作り出来た波が周囲全体に溶け込む様に広がっていった。
 しばらくその状態が続き、俺は途中で疑問を感じてしまっていた。こんな無防備な状態で魑魅魍魎に襲われたら一溜まりもない、どうしようか?とその時に魂の波に何かが触れた。
〈武、見つかったぞ!今その者は戦っている最中のようだ〉
「それじゃ、直ぐに助けに行こうか。それでどっちの方角だ」
 武甕槌の行った方角に俺は飛んで直ぐに向かった。
 彼等がいた場所から南西に三十キロ、東京府多摩川市、現在の三鷹市近辺の再開発の行き届いていない、誰も住んでいない幽霊都市に独り二十体近くの魑魅魍魎と戦う人物がいた。
 辺りを照らす光源は天から降り注ぐ月光とまだ辛うじて生き残っている電力網から供給され点灯している笠が壊れ、電灯が剥き出し状態の街灯。しかし、交換時期なのであろうか明かりの点きが悪い。
 暗天の下、寂莫たる廃墟の地にその薄暗がりの中でも其の存在がはっきりと分かる黒色を基調とし、浅い青みを帯びた学生服。戦う者の体から発せられている幽かな白い光。だが、それらの光だけでは周囲を確認するにはいささか物足りない明るさだった。
 その人物は手に刀剣を握り、それに神気を伝わせ魍魎どもを一刀両断の下にして行く。的確で素早い動作、無駄のない刀の振り下ろしと複数いる相手に背を向けない体捌き、その動きはまるで刀を扱う熟練者の如きの挙動であった。
 知能の低い低位の魍魎は何も考えずひたすら襲い掛かってくるだけだった。連携して向かってくる事などない。
 神の力を借りて化け物と戦う人物はそれらを冷静な表情で冷静に対処して行く。一振り、又一振りと・・・。その度に刃の軌跡が閃光となって空間を僅かに照らしていた。
 彼の者が倒すべき存在を射抜く鋭い視線で対象を照準に収めると次に瞬間には抜刀された稜々たる刃が宙を滑空し確実一刀の下に伏す。
 息を吐く間もなく、只管、ただ淡々と事務的に現人類にとって絵空事でしか存在し得ない獣を切り伏す其の者の冷徹な双眼がその場すべてを支配しつつ有る。
 そして、最後の一体を斬り倒し、血糊が付着している訳ではないのだがそれを振り払うように刀を一度宙で振り下ろしてから静かに左手に持っていた鞘にそれを収める。
「すぅーーーーーー、はぁ~~~~。他愛ないな、こんなものか」
 其の人物が肩の力を緩め、瞼を閉じその場で大きく深呼吸をする。ちょうどその時、ここに向かっていた武が到着したようだ。
 その人物は徒ならぬ気配を持つ何者かが現れたのに気付き、温かみの有る人の双眸に戻しつつあったが、瞬時に目の色を変らせ、鞘に納めた刀の柄に手を添え再び臨戦の構えでそちらの方へと振り向く。
 だが、直様、目色を普通へと戻す。其の後、出会ったこの二人、武もその人物も驚いた表情を作ってお互いに見せた。
「???・・・・・・、武なのか?どうしてお前がこんな所に」
「経司、それはこっちのセリフだっ!何でお前がこんな誰もいない場所にしかもそんな物騒なものを持って」
 経司は武に言われ、柄に伸ばしていた手を遠のかせて構えを解いていた。
 そう今までここで戦っていたのは武の幼馴染み兼親友の香取経司だった。より確かな魂の波動を感じ取った武甕槌が経司の中に降りている同族に話しかける。
〈この気波は経津主、お主は経津主なのか?〉
〈そういう君こそ・・・、このような形で再会できようとは。武甕槌、私がこうして降りてきたのだ、君が私と同様に降りていても可笑しくはないのでしょう〉
「おいっ、武甕槌!勝手に話を進めないで説明しろよ、どういうことだ。何で経司が俺と同じくなっているんだ」
「経津主、説明してもらいたいな。・・・、なぜ俺以外にも天津が降臨している人間がいたのを教えてくれなかった。しかもそれが武とはどういうことだ?」
 神をその身体に降ろした二人はそれぞれ自分の中にいる天津神ものたちにそう問いかけた。
 それに応えるように武甕槌の方から武と経司に語りかけてくる。
 武甕槌と経津主は同族でかつて天孫降臨の際に他の天津と共にこの地の降り立ち人に害をなす者達を討つために戦ったと言う。更にその二神はお互いをよく知った神友であるとも口にした。
 九州の高千穂と呼ばれる場所に降りてから本州へ向かい、その場所を平定後、複数の天津神以外は高天原と言う場所に昇臨し、多くの天津神は戦いの傷と疲れを癒すために眠りに就き、武甕槌神も経津主神も同様にそうしていたと説明してきた。
 その状態で千数百年もの月日を隔ててしまったのだと付け加えられた。
「お前と経津主って奴の関係は分かった。だけど経司との関係はどう説明するつもりだ?」
 武のその質問に対して武甕槌は、それはあくまでも偶然な事でそれを前もって知るのは不可能だと答えを返してきた。
 しかし、それに対して経司に宿っている経津主は偶然ではないという。武と経司が親しい関係にあったからこそ同じように親しい関係の彼等二神はその二人に降臨したのではないかと答えていた。
 武はその二神の答えに釈然としない表情を浮かべ、経司は何か悟ったという様な顔付きで独りで頷いていた。
〈猜疑の心に囚われるのも分かる。・・・、だがすまん、武。汝の友に経津主が降りているとは思わなかった。これは限りなく偶然なこと〉
〈経司殿、私は何も仲間がいると隠していたわけじゃない。君に早く私の力を使いこなせるように、とそればかり思っていた。だからその所為で他の者達のことを見逃していたようだね。許してください。それと武甕槌殿が言った様に君の友達に仲間が降臨している何って思っても見なかった。でも・・・、私はそれを偶然とは思いたくない〉
「はぁ~~~ん?だってお前等、一応神様だろ?そのくらい分からないのか?」
〈確かに我々は〝天津神〟と言うがけして如何いか様にすべての事を可能とする絶対神でも人の運命を左右する運命神でもない〉
〈そう、私と武甕槌殿は人が持つ事を許されない強大な力を持った者にし過ぎない。そう言う役割しか与えられていない。天照大御上様ならば別でしょうけどね〉
 武はその言葉に不承不承と納得した顔を作って見せた。
〈ハッハッハ、それより経津主。お主も今の世の話し言葉を覚えたようだ〉
〈私のあるじがそうしてくれと頼むものでな、学ばせてもらいました〉
〈フッ、それは我が主、武とて一緒〉
「経司、お前に降りた神様は何だかとっても都合のいい解釈してくれるよな」
「そんな事、気にしても仕様がない。でも驚いた、武が俺と同じになってたって事」
「いつからだ?」
「一ヶ月くらい前かな?ああ、そうだ、ほら大地の奴が学校来なかった日。あの日だぜ」
「ハッハッハッハ、これまた偶然も良いところだ。俺もその日、経津主が降りてきたんだ・・・・・・、だが馬鹿だな、俺達。お互いにずっと何も知らないで独りで戦ってきたんだな」
「俺は誰も巻き込みたくなかったんだ。お前に言えば何かしら協力する、って言いかねなかった。それに経司にも神様が憑いているっての知らなかったし」
「同感、武に言えば俺の言葉は信じてくれるだろう。そして、力を貸してくれるだろうとは思っていた。だけど・・・、相手はあやかしと呼ばれる化け物、お前の相手できるものじゃないって分かってたから何も言わなかった」
「だが若しも、武にも降臨しているのを知っていたら話は別だったがな」
「まあ、今までの事はしょうがない。これからはコンビでいこうぜ」
「そうだな、武。宜しく頼む」
「それより経司が持っているそれ本物なのか?」
「この刀の名前は知らないが本物、真剣だ。経津主が力を効率的に使うには何か媒体があった方がいいと言うから親の刀剣コレクションから一本拝借してきた」
「武甕槌、そういうのあった方がやっぱ良いのか?」
〈あるに越した事はない。しかし、今の武では媒体を使って力を振るうにはまだまだ鍛錬が足りん〉
「フッ、日頃の剣術の精進の差か」
「関係ないだろ、そんな事」
「そうかな?俺の知る限り、俺と武、お前に降りた天津神は武人の神様であり剣術の神様でもあるんだぞ」
「やけに詳しいな」
「俺に経津主が降臨してからその事について少しだけ調べたんだ」
「武甕槌、経司の言っている事は本当なのか?」
〈我々の力がどのように人々に伝わっているのか、高天原で眠りに就いていた我々自身知ることはない。だが、私と経津主が剣術を得意とするのは汝の友が言うとおりだ〉
〈武甕槌どの、ここで言葉を交わしている暇は私達にはないのですよ〉
「そうだ、俺達にはやらなければいけない事がある。行こうか武!」
「おうっ!トコトンやってやるぜ」
 武がそう言葉に出してから彼と経司はその場所から飛び立ち新たな敵を探しそちらへと向かって行く。
 こうして、魑魅魍魎、化け物と戦う一人目の仲間ができた。

*   *   *

 経司と俺は毎日夜中に待ち合わせをして戦いに向かう。その度に天津神を探しているが一向に見つからないし集まりもしない。
 そして、今日も経司と二人だけで夜に徘徊する化け物退治に向かった。
 場所は井の頭公園。全国緑地公園計画で敷地面積が倍以上になり植林なども多く施されている。それゆえに人の目に付かない死角も多く出来てしまっていた。
 そんな大きな公園内の真夜中、政府から警戒令が出ているのにも係わらず、自分等は化け物なんかに襲われないだろうと安易な気持ちで出歩いているもの達が多くいた。
「チッ、ホント学習能力たんねぇよな、今の奴等。こんな真夜中に出歩くな、ってお偉いさんたちが言ってんのに」
「そんな言葉が武から聞けるとは世も末だな。文句を言わず助けるぞ」
「分かってるよ。それより、賭けしないか?俺とお前どっちが多く早く倒せるか」
「自信ある顔だな。別にかまわない。そうだな・・・、勝った方が飲み物奢り」
〈経司殿、その様な賭け事など不謹慎ですよ〉
〈経津主よ、我等はあくまでも力を貸すものその宿り主の行動を制限する事はならん〉
「へぇ~~~、そうなんだ。それじゃもし俺がお前の力を悪用したらどうする?」
〈その様なこころの持ち主には初めから降りることはない。それよりも武、あの者達を助けるぞ〉
 今にも襲われかかれそうな連中を経司と共に助けに入った。今日も経司の奴は物騒な刀を媒体に天津神の力を振るっている。
 俺はと言うと暇さえあれば家の中でも学校でも武甕槌の力をうまく使えるように密かに鍛錬していた。そして、今は相手がそれほど強くない魑魅魍魎なら複数を同時に浄化できる。しかし、白猿や小鬼といった妖怪はそう簡単には行かない。
 魑魅魍魎と妖怪って何が違うのか、って?武甕槌の話しによると魑魅魍魎は瘴気や怨念なんかが自然にある物に憑依して俺たちに害をなす輩。
 妖怪は人間とは違う姿をして、俺達が持たない力を持っていて、人様に悪さをする奴等だと言う。そして、現在戦っている方は前者だ。
〈武、準備はいいか?〉
「もうちょうだ・・・・・・・・・、よしやるぞ!」
『天舞宇小龍、我波雷皇、武甕槌。天乃勅命、我尓遵伊其乃力、此処尓降呂志、邪乎払宇。雷龍降来・・・・・・・・・・・・、蒼雷撃!』
 精神を統一し、両手に神気を溜めてから武甕槌と一緒に天津神の力を使うための神言を唱えた。詠唱が終わると手前に組んでいた両拳から幾線もの蒼い稲妻が魍魎に向かってほとばしってゆく。
 そして、同時に五匹のそれらを浄化させた。
「チッ、五匹か。倍くらいはいけると思ってたんだけど・・・、命中率があんましよくない」
〈武が今日はじめて使った力だ、上出来な方であろう。精進すればより良く扱えるであろう。それよりも奴等を倒す事に専念しろ。お前の友は果敢に挑んでおるぞ〉
 俺が言術を使っている間に経司は神気を纏わせた刀で俺以上の相手を倒していた。賭けをしていたんだ、負ける訳にはいかない。
 使い慣れた紫電と雷光拳、そして蒼雷撃を使い分けながら周囲一帯に潜む魑魅魍魎や化け物を祓って行く。
「武、俺の方は片付いた。そっちはどうなんだ?」
「ああ、終わったぜ!ざっと二十七って所だ」
「フッ、同じか。今日は引き分けと言うわけだな。それよりも武、奴等の動きが以前よりも活発になっているようだな。俺達だけで総てを対処するのは無理だろう」
「分かっているさ。毎日の様に探しているのにどうして見つからないんだろうか」
「なあ、経津主どうしてだか分かるか?」
〈私や武甕槌殿以外、他の者達はいまだ降臨していないのか・・・、それとも故あって気配を隠しながら行動しているのか〉
「何で隠す必要があるんだよ!」
〈それは私にも分からん。武、お主だって他の者が何を考え行動しているのか分からんであろう?志を同じくする仲間であろうとも、結局は他人でしかないのだからな〉
「はははっ、そりゃそうだ。だけど本当に何とかしないと。それに最近の相手は以前みたいにただ数だけで襲ってくるだけじゃなく連携してくるからやり辛い。・・・、でもどうしてだろうか?」
〈武、答えは容易だ。魍魎を使役する者、妖怪を束ねる者達が現れたからであろう〉
「一体そいつ等は何者だ?」
〈いずれ分かるときが来よう。それまでは何も考えない事だ〉
「そうか、ならここにいても時間の無駄。経司、次に行こうぜ」
「そうしよう」
 再び俺達は真夜中の空に飛び立ち、新たな救済の声を求めるその方角へと向かって行く。

*   *   *

 そして、武達が天津神と呼んでいる存在を宿した他の仲間が見つからないまま更に数日が過ぎようとしていた。
 今はまだ俺も経司も学校にいる時間。ここにいる間はいたって平穏な時が流れている。
 経司の奴、真夜中は非日常な日々を送ってるのによく平静な顔して授業何って受けられるものだ・・・、優等生君は違うな。
 俺なんか授業、其方退そっちのけけで先生に見つからないように修行中。内の学級や学校の連中だって今が非常な時だって分かっているはずなのにいたって普通に過ごしてやがる。
 可笑しな事に学級の友達が魑魅魍魎や妖怪に襲われた、っていうのを口にしている所を聴いた事もないし、俺や経司が真夜中の探索で助けに入った覚えもない。
 そう言えば・・・、この学校周辺では俺が武甕槌とあって以来一度も化け物と戦った事がないし、被害を受けた人がいるって話を耳にした事がなかった。不思議な事だ。
 神気の流れを自在に操る鍛錬を今しがたちょうど終わりにした俺は誰にも聞えないように、
『すぅーーー、はぁ~~~』と小さく呼吸する。
 その時、ちょっとだけ教室の中を目だけを動かし見回した。
 やっぱり学級の奴等は呑気に授業を受けたり、先生に気付かれないようにお喋りをしたりしている。平和だぜ・・・・・・?
 ああ、そうだ最近、大地の奴がよく居眠りをしている。このままでは学級居眠り王者の俺の地位が奪われてしまう。
 だが、可笑しい。なぜ大地は席前列、しかも教卓前なのにすべて、どの教科の先生にも注意されないんだ?これは不公平だ!訴えるべきだ!
「先生!牧岡大地が居眠りしています。注意しないんですか?」
「ハァッ、私のこの講義でよくそうしている鹿嶋君からその様なお言葉を聞けるとは思いもしませんでした」
 先生は小さな溜息をついてから眼鏡越しに冷静な目と表情で俺を見ながらそう言葉を返していた。学級のみんなも俺に注目する。そして俺はただ小さく苦笑する事しか出来なかった。
「ハイッ、今日の授業はここまでです。今日行った場所は必ず来週の期末テストに出しますので確りと勉強しておくように、以上です」
 これで今日の授業はすべて終わった。後はホームルームと掃除。それが終わると俺は部活へと向かった。
 
弐 異色な三人と三神

 期末テストが終われば直ぐに全国高校サッカー選手権、東京府大会一次予選が始まる。
 よくもまあ、人間を襲う奴等が跋扈しているのを政府が勧告したのに平気で大会を運営できるもんだぜ。
 世の中異常事態が起きていても普通に生きている人間の生活なんてこんなものなのかもしれない。
 受験生である神村先輩も木崎先輩も今年も大会に出るらしく練習に力を入れていた。
 大会前までの主将が組んだ短時間のハードトレーニングでみんなぶっ倒れそうな感じ。俺はと言うと武甕槌が憑いてから物凄く身体の調子がいい。
 多分、これは神様の力のお陰なのだろう。
「みんなどうしたっ!このくらいで倒れてては大会中スタミナ持たないぞ、武を見習え!今年こそは全国行くからなっ、ぜったいだ確り頼むぞ」
 俺達の学校は一昨年、去年と東京地区ベストフォー入りを果たしていた。しかし、後一歩の所で全国の行きの切符を逃している。それの所為で今年の主将の練習への熱のいれ様は凄かった。
「牧岡、どうしたんだ。調子悪いのか?最近、動きが悪いぞ」
「神村主将に言われなくても自分で分かってるさ。チッとばかし最近疲れが取れないんです」
「本当に大丈夫なのか大地?」
「お前が心配する事じゃない。・・・、気にするなよ、相棒。もし俺が駄目ン時はばっちりフォロー頼むぜ」
「出来るところまではやってやるよ」
 大地の言葉に俺は明るく返してやったが奴の表情はどことなく暗い。そうだ、まるで生気が薄れているような感じだった。
「よっし、今日はこれで終了。みんな陽が暮れないうちに帰れ。いいな!」
 主将の言葉でみんな散り散りになって行く。
 俺も直ぐに着替えて経司や美姫姉ちゃんを待つ校門へ向かった。
 いつもなら大地とも一緒のはずだけどここ一ヶ月の間、奴とは一緒に帰った事がない。部活が終わるとなぜか校門の方じゃなく校舎の方へ向かって行く。
 何度も理由を聞いても教えてはくれなかったし、〝何か用事があるなら付き合ってやろうか〟と言っても強く断られていた。その謎を知ろうと後をつけようと思った事もある。だけど俺には経司と一緒にやらなければならない事があったからそれはしていない。
 大地の事を考えていたらいつの間にか校門前についていた。今日はそこに俺よりも早く経司と美姫姉ちゃん、それと照神先輩がいた。
「武、遅いぞ!日が沈む前に早く帰ろう」
「タケちゃん、部活お疲れさまぁ~~~」
「うわっ!先輩寄り付かないでください。おれ汗臭いし汚いっすよ」
「はうぅ~~~、タケちゃんの汗のにおいぃ~~~と芝生のかおりぃ~~~」
「げぅっ!照神先輩そんなに顔近づけないでくださいよ・・・、姉ちゃん何とかしてぇ~~~」
「テル、いい加減にしなさいっ!」
 目が見えていないからなんだろうけど・・・、口づけする寸前だった俺と照神先輩。そんな俺等を美姫姉ちゃんは先輩のブラウス襟首を掴み俺から引き離してくれる。
「うにゃッ!ミッキー何するのぉ?ひどいよぉ~~~、あと少しだったのにぃ~~~」
 若しかして・・・、照神先輩は狙っていたのかぁーーーッ!先輩かなり可愛いから嬉しいけど、どうしてか勘弁願いたいのは何故だろうか?
「テル、貴女ねぇ、目が見えない事を理由に・・・、そんな事をしては駄目。どんなにテルが武の事を想ってくれていても譲ってはあげられませんわよ」
「ねえ、お願いミッキー、タケちゃんをワタシにくださぁ~~~い」
「フフフッ、良かったな、武。可愛らしい先輩にこんなに思われていて」
「経司っ!てめえまでいい加減にしろよ、まったく」
 幼馴染みが嬉しそうな顔で言うから余計に腹が立つ。
 経司にからかわれた後はいつもと代わらない和やかな雰囲気で帰路を歩いていた。
 遠回りだけど目の見えない先輩の家、今はもうなくなっている高円寺近くにある豪邸まで無事に送ってやってから進路を俺の家の方へ取った。
「武、経君。今日もまた・・・、戦いに出るのね」
「美姫姉ちゃん、湿っぽい顔するな。俺も経司も強い神様が降りてるんだ、心配することないだろう?武甕槌も何か俺の姉ちゃんに言ってやれよ」
〈済まない武、以前も言ったように私の声は誰にでも聴ける物ではない〉
「武、無理な物はしょうがないだろう・・・、美姫さん、武独りだけじゃない。俺もついている。それに俺達に力を貸してくれるのは戦神と言う力強い神だ。だから心配しないでください」
「そう・・・、でもこれだけは約束して絶対無理しないでくださいね。・・・・・・・・・、二人とも返事は?」
 黙って応えなかった俺と経司に強めの口調で姉ちゃんは返事を要求してきた。
「ああ、大丈夫今まで無理何ってしたことないし、俺の辞書にはそんな言葉載ってないから」
「ハイ、肝に銘じておきます」
「よろしい。・・・、ハァ~~~、でも私にも二人と同じように神様の力をお借りできたら一緒になって戦えるのにな」
「姉ちゃん、やめとけよ。無理にそんなことする必要がない。無理に現実とかけ離れた世界に足を入れる必要はないんだ」
「俺も武と同じことを思っている。だから美姫さんは普通にしていて欲しい」
「二人とも有難う。・・・、今日もお夜食作っておきますから持って行ってくださいね」

 陽の暮れが遅くなった初夏、普通の生活をしているなら遊んでいる時間に俺と経司は人知れず戦い続けていた。
 今の時期、陽が暮れれば真夜中だけではなくても経司と二人だけではもう対処できない程に多くの化け物どもが活動していた。
 本当に二人と二神だけで戦うのに限界が近づいていた。そして、今日の戦いの中で助けきれずに目の前で死なせてしまった若者が何人か出てしまった。
「ちくしょーーー、俺たちの力はこの程度なのか武甕槌、お前の力はこんなものなのか」
〈済まぬ武、汝らに神と呼ばれても私にも限界がある。私との同調に慣れきっていない武が更なる力を行使すれば肉体に多大な影響を及ぼしてしまう。・・・・・・、すまぬ許してくれ〉
「武、そう武甕槌に当たるな。今悔やんでもしようがないだろう。俺達の鍛錬が足りなかっただけだ。だからもっと修行して強くなろうな、武」
〈経司殿の言うとおりです武殿。だから今は悔やまないでください。次は死者が出ないように努力しましょう〉
「そうだな、こんな事で落ち込んでいられない。助けられなかったあいつ等には悪いけど次はそうならないようにもっと頑張ろう。武甕槌、ヤツアタリしてごめん。それと経司、経津主の神さま有難う」
「昔から変わらず、さすがお前の立ち直りは早いな。それじゃ次の場所に向かおうとしよう」
 空中に舞い上がり、経津主と武甕槌の示す方に俺達は向かって行く。
 そして、その方角は今まで戦闘経験のなかった俺達の住む町の方角だった。付け加えるならば俺や経司が通う靖華城学院の方向。

*   *   *
 今その靖華城学院のグラウンドを埋め尽くさんばかりの魑魅魍魎と妖怪が蔓延はびこっていた。
 グラウンドの中心には人影が三人、壮年の男性と高校生くらいの若者一人、それとに二十歳半ばの女性。その顔ぶれは武も経司も知っている者達だった。
「牧岡くん、何とか頑張って持ちこたえてください!」
「センセ、無茶言わないでください。もう精根尽きそうっす。児屋根、どうにかできないのか?」
〈大地さまごめんなさい。僕には戦いの才能はないんです。僕に出来る事はこうして相手の力を弱めるくらいです。・・・・・・・、こんなとき武甕槌様や経津主様がおらせられれば〉
「校長センセ、椿センセ、俺が死んでもちゃぁんと骨拾ってください」
「牧岡くん、そんなことを申さないでもう少し踏ん張ってください。ああ、邇邇芸尊様」
〈霧島殿、諦めてはなりません。天照大御上様のご慈悲が必ずありましょうぞ・・・、それまでは、それまでは今しばらくのご辛抱を〉
 靖華城学院理事兼校長である霧島新太郎(きりしま・しんたろう)には邇邇芸神、同学校の教師である岸峰椿には天宇受売神あめのうずめのかみ、そして、武と経司の親友である牧岡大地には天児屋根神と言う天津神が降臨していた。
 最近までずっとこの地域に人に仇をなす輩が出没しなかったのはこの三人が広範囲に亘って守護結界を張っていたからだった。しかし、完全に天津神の力の使い方を会得していない彼等にとってそれは身を削る行為だった。
 今、大地とそれに降りている天児屋根が残り少ない力で祝詞を唱え迫り来る魑魅魍魎を弱らせ、この三人の中で少しだけ戦いの力を持つ天宇受売を降臨させている椿が何本も束ねた弓道の矢に神気を込めて敵陣に放っていた。新太郎は両手を大らかに広げ邇邇芸と共に結界の力を維持し続けている。
「所詮、あなた達は力のない天津。護る事しか出来まい、フフフッ。それに今更のこのこと下に降りてきても衰退し弱った肉体うつわしか持たない現代人にあなた達の力を完全には引き出す事は出来ないでしょう」
「さあ、我等が幾千もの月日を味わったその苦しみ、今度はあなた達が味わう番です。黄泉の国の更に下の奈落。そこへ堕ちてその罪を償ってください。・・・、みなのモノやってしまいなさい!」
 高々、魑魅魍魎如きや低い位の妖怪では完全な力を出し切れていない天津神が作った結界でもそれを通り抜ける事も壊す事も出来なかったであろう。
 だがしかし、今ここにいる優形緝(やさがた・つむぐ)と言う男、陰陽師―安倍陽久の弟子で陽久と同じ蜘蛛神の末裔である彼にとって広域結界を壊す事は出来なくても幾つかの穴、綻びを作ることは可能だった。だから、今こうしてその綻びから多くの化け物を連れ結界を作った者達の前に姿を見せていたのである。
「何の恨みがあってこんなことするんだ!」
「天津等の庇護のもと生きてきた人どもには分かるまい、我等一族が受けた屈辱。確かに長き月日が経ち、今を生きる人には無関係な事であろうが・・・・・・、天津の血を引くあなた達人間を生かしておくには忍び難い。・・・・・・、理由を知って満足だろう?さあ、あなたから殺して差し上げましょう」
 優形が両手に力を込めると両爪が掌と同じぐらいの長さになり、鋼以上の強度になった。それが月の光に照らされ怪しい光を放つ。
 陰陽師はその場で微かに笑みを浮かべてから大地にその刃を突きつけるため、その場から走り出していた。
 椿がその間に割って入ろうとしたがそれよりも早く移動してきた優形の爪が大地の喉に食い込もうとする。
「くッ、こんなところで終わるのか俺はっ!脇役以下じゃねぇかっ」
 今にも優形が腕に力を入れようとした時にその上空に差す人影二つ、それは武と経司。
「おいっ、経司。あれは大地じゃないのか」
「言われなくても分かっている。助けるぞ!」
「それこそ分かっているさ。行くぜ」
 戦神を宿したその二人は神速で間合いを詰め経司は持つ刀を優形に振り下ろし、武は椿に群がる化け物に雷光拳を浴びせ様とした。
『ガギンッ』と硬い物同士がぶつかり合う鈍い音が辺りに響き、石火がほとばしる。
「何奴ですか!」
 優形は言葉と一緒に振り向きざま大地の喉に刺そうとしていた爪で経司の刀を受け止めた。しかし、神気を込めていたその刀、経司と刀剣を押す力が勝って陰陽師の鋼の爪を切り落とされていた。
「ばっ、馬鹿な私の金剛爪が」
 爪を切られた事に一寸驚き、直ぐに経司から間合いを遠のけ、憎らしげな表情を向けた。
〈ああああ、天照大御上様は僕達を見捨てなかったのですね。武甕槌様、経津主様、助けに降りて来てくださったのですね〉
〈その様な言葉は後だ。このもの達を一掃するお主の祝詞の力を貸せ。・・・、経津主。あれを遣るとしよう〉
〈大丈夫であろうか?私達のアルジにもしもの事があっては私も君も無事では済まない〉
〈経津主よ、武たちを信じろ。それにそこには邇邇芸がおられる。心配はないであろう〉
「オイッ、武甕槌!俺と経司に何をさせよう、ってんだ?」
〈神力を遣わす〉
「シンリキ???神気とは違うものなのか?」
〈やればわかることです。経司殿、武殿、私と武甕槌殿の言葉を追従して下さい〉
〈大地さま、最後にもう一度頑張ってください。お願いいたします〉
「分かったよ。ただし駄目だったら児屋根、お前の事を恨むからな」
〈解かりました・・・、それでは僕のお言葉に遵ってそれを続けてください〉
 神気を乗せた声で大地は天児屋根の言葉に従い雨雲を呼び出すための祝詞を詠い始めた。
『天児屋根、我、言霊乃祖、興台産霊乃子、神命乃理尓遵伊我賀願伊聞伎届介多給衣右尓陣風、天御柱、左尓寒風、国御柱・・・・・・、天乃候天別雲、祖乃素乃元霊、二神乃命下里集芽来多里、雨麻世、天乃瀬、雨麻世降里麻、天・雲・招・来』
 祝詞の最後に大地は三度、大きな拍手かしわでを打った。しかし、その場に居たもの達が夜空を見上げても雲ひとつ現れていなかった。
〈天御柱様、国御柱様っ!若神になられたばかりの大地さんの言葉を聞き届けてはくださらないのですか。どうか僕と大地さんの言葉を聞き届けください〉
 その天津神は天に向かってそう叫んだのであった。
『フンッ、天児屋根よ、我等は新たな葦原中津国とは縁も所縁もない。その国のモノがどうなろうと関係なかろう』
 天御柱神と国御柱神と呼ばれる其の二神は天孫降臨の際もこの地に下りてこなかった。その天津神達はまるで見下すように天児屋根に向かって言い放つ。
「くそったれ、こちとら命張って戦ってんだ。天の上でふんぞり返って偉そうに言ってくれやがるお前等、少しくらい力貸しやがれ」
〈フッ、天児屋根よ。かのようなものに降りようとは・・・・・・・・〉
〈天御柱様、国御柱様、申し訳御座いません、申し訳に御座いません。大地さまには後できつく叱っておきますからなにとぞ、なにとぞお力をお貸し下さいませ〉
「オイッ、児屋根!神格が上だか下だか、なんだか知らないけどな、へらへらすんじゃねぇよっ!」
〈フッ、気性の激しい心の持ち主のようだな。・・・、汝、気に入った。我等が力を遣わそう〉
「よぉしっ!そうじゃなくちゃ」
 かなり局地的ではあるが今まで星々が見えていた夜空に暗雲が立ち込め始めた。強風と共にやがてそれは完全な雨雲となり、ちらちらと雨が降り始める。
 天御柱・国御柱神、両神は天候を司る天津神。天児屋根の祝詞に従い大気中の風霊と水霊を集めて雨雲を呼び寄せたのだ。
〈我々は下界には降りておらぬ。それほど雨雲を維持は出来ぬぞ〉
〈分かっております。武甕槌様、経津主様、あとは宜しくお願いいたします〉
〈武、右手を天に向け汝の言葉にする神気とやらを募らせろ。あの中に雨雲に惹かれてやって来た雷霊が集まっている。それを掴み取れ〉
〈経司殿、前教えた精霊をその刀に宿しなさい。宿す者達は風霊ですよ〉
 武と経司はその天津神の言葉どおりの行動をとり始めた。
〈賀茂別雷神、鳴雷神。我、雷主神武甕槌。その声聞えいしならば其の力、我と共にここへ降ろさん〉
〈窮雲風来、風神、天津彦根神、我が命、聞えしならば我と共に其の力揮わせよ〉
〈武、降ろすぞ〉
〈経司、いいですか?いきます〉
『天神降臨、フウぅーーーせつっライうぅううぅうっ‼(風雪雷雨)』
 二人の言葉と二神の声が重なり合い強大な力がその場に産み落とされた。
 天児屋根の祝詞で作った雨雲とその神が呼び寄せた強風が武甕槌と経津主の力に変わってゆく。
 武が右手を下ろす事によりその手に掴んでいた幾千もの雷霊が幾筋かの巨大な雷龍、稲妻となって爆音と共に地上に降り注ぐ。その雷撃は下に降りても大地をづくばり四方八方に拡がり、地上にいる総ての低格な化け物を刹那な時間に消滅させた。
 経司が横薙ぎに刀を一閃すると無作為な方向に荒れ狂っていた風が一つの方向に向かって吹きぬける。更にその風の中の数え切れないほどの鋭利な氷の刃が空中に浮遊していた魑魅魍魎、妖怪を繋ぎ治せないほどに切り刻んだ。
 そう神力とは複数の天津神の持つ属性の力を直に使うものだった。そして、それには役割分担が存在していたのだ。
「うっ・・・ぐふっ・・・・・・、ばけものめ」
 危険な力を感じたその蜘蛛神は護る事に専念したため辛うじて生き延びる事が出来た。だが、見ても判るほどに瀕死の状態でもあった。
「主人格がいなくともこれほどの力を発揮するとは・・・、くッ、ここは引かせていただきます」
「にがすかよっ!・・・、エッ、あれれれ、うわっ」
 俺は逃げようとした敵を追いかけ様とした。だが駆け出そうとした時、身体が思う様に反応してくれず間抜けにも足元をよろめかせ地面に転んでしまった。
 経司も追いかけようとしていたんだろう。だけど、俺と同じでその場から動けず悔しそうな顔をしている。多分、神力ってのを使ったせいで体力を余計に遣っちまったんだろう。
〈武、事なきを終えたようだ。よくやったぞ〉
〈経司殿、よく耐えました。ご苦労様です〉
「神力がこれ程の物とは・・・、体力を過度に消耗するが凄い力だ」
 俺達が完全に動けるようになったときには逃げた奴の姿は既にそこにはなかった。あるのは血の斑点だけ、しかもその痕跡は途中で消えてなくなっている。
「さて、武甕槌、説明してもらおうか。これも偶然なのか?あそこにネッコロがっているのは俺のダチなんだけどお前の事を知っているのが降りているみたいだよな。それに岸峰先生とおまけに学校の校長まで」
 その問いに答えてくれたのは武甕槌じゃなく校長に降りていた邇邇芸尊と言う天津神だった。その答えは矢張り偶然だという。
〈だがしかし、武殿と申されたな。偶然も度重なれば、必然と同じであることを覚えておきなさい〉
「はあん?いみがわかんねえぞ」
「ふっ、そういう事か・・・」
「何だよ、経司独り納得しやがって。どういう事なんだ」
「普段、お前は頭使ってないんだから少しは使って考えろ」
「すげぇ~~~、むかつく言い方。経司それでも幼馴染みかよ」
「こんな言葉の遣り取りで俺達の仲が終わるようだったらとっくの昔に終わっているはずだ。しかし、それより・・・・・・」
 経司は俺の事を無視して勝手に話しを始めてしまった。その内容とはどうして今まで俺達が探しても大地達の存在が分からなかったのかと言うこと。
〈霧島殿と私は気の波をうって何度も降りているはずのみなに呼びかけをしたのだぞ。それに応えなかったのは武甕槌や経津主等やその若者達ではないか〉
〈何を言うか邇邇芸、私は武と共に何度も探したのだぞ〉
〈そうです、今まで会えなかったほうが不思議なくらいです〉
〈そこまでにしてくださる。人前でワタクシ達天津が喧嘩をするなどお恥ずかしい事ですのよ、呆れたものですわ。それよりも今後のことを考えなければならないでしょうに〉
「そうです、ワタクシの大事な教え子が三人もこんな事態に巻き込まれているとは正直に言いまして、とてもショックです。どうなさるのですか校長先生」
「邇邇芸尊様、私が思うに以前言っておりました国津神の者達が私達の神集めの邪魔をしているのではないのでしょうか」
「それと牧岡君を含めて既に三人もの内の生徒に天津神様がご降臨なさっている。もしかして他にも内の生徒の中にいるやも知れません。昼間学校に生徒達がいるとき調べてみましょう」
〈それはありえるかもしれない。我々がいなかった長い間にアヤツ等の封印が解けていても可笑しくはあるまい、警戒せねば。しかし、国津の者達はいずこか?それと霧島殿の言う通りこの周辺一帯に我等同族が多く降りているかもしれん〉
「校長先生、何って馬鹿な事を。これ以上生徒を巻き込まないで頂きたいです」
「しかし、椿先生・・・・・・」
「ああああ、ぎゃーーー、ぎゃーーー、うっせよ。静かにしやがれ。少し落ち着いてから話せばいいだろ、そんな事」
〈大地さま、目上に失礼です。言葉を慎みなさい〉
「児屋根、お前も黙れ、俺がいないと何も出来ないくせに。はぁ~~~、なんだか腹減ったなぁ、しかし。・・・・・・」
 俺、武は神力を使った疲れがまだ取れなくただ、黙って会話の成り行きを聞いていた。経司も同じような感じ。
 暫くするとさっきまで寝そべっていた大地のやつが起き上がり大声を上げてその話を中断させた。そして、最後になんとも締めの悪い言葉を呟いていやがった。
 それを見た校長先生と岸峰先生は呆気にとられた表情を作った。大地の奴、年上、年下関係なく同じ言葉を使う。尊敬語って言うのを知らないのか、と思ったが俺も大地の事を非難できるほど敬語なんて知らないし、話せない。
 胸の内で小さな溜息をついてから背中にしょっていたバックパックから美姫姉ちゃんから渡されている物を取り出し大地に渡してやった。
「おっ、それは食い物か?」
「ああそうだよ。美姫姉ちゃんが作ったものだぜ。無駄にするなよ」
「そりゃぁ、ありがたい。うんじゃ、頂くとするか」
 そう言って姉ちゃんが作ったサンドイッチを大地の奴は美味しそうにほおばり始めた。・・・・・・、ケースごと渡したのが不味かった。大地の奴は俺や経司の分まで食いやがった。
「おいっ、大地!誰が全部食べていいって言ったんだ」
「だめだったのか?そりゃ失敬」
「牧岡・・・今回だけは許してやろう、武。本当だったら・・・」
 その時の幼馴染みの大地に向ける瞳の色はとっても怖いものだった。そんな冷たい視線もなんのその大地は平気で笑ってやがる。
「それよりもこれから実際どうするのか話し合った方がいいだろう」
「ふぅ~~~、香取君、貴方っていつも本当に冷静な子なのね。先生感心してしまうわ。校長先生、鹿嶋君、香取君の事を含めてこれからのことを話し合いましょう」
「そうですな・・・・・・・・・」
 そうして真夜中の学校の校庭の真ん中で今後どのように行動するかを俺達は話し合った。
 なんと校長先生は事が終わるまでは学校の授業に出なくても単位はくれると言う。
 それに授業に出席していても疲れていれば居眠りOKとも付け加えてくれた。これで大地の奴が授業中毎度のように居眠りをしていても叱られなかった理由を理解した。
「まじっすかぁーーーーーーッ!」
「武、何をそんなに嬉しそうな顔をしているんだ。昼間は相手も活動していない。学校には一緒に出るからな」
「お前は本当にまじめ君だな」
「俺とお前は高校生、学校に行って当然のこと。美姫さんにお前が学校サボるってこと告げ口するぞ。悲しむだろうなぁ~~~、美姫さん」
「そんな手使うなんて汚ねぇぞ!」
「何とでも言ってくれ」
 俺と幼馴染みの遣り取りを見ていた他の三人は各々の笑いを隠さず俺達二人に見せた。
 それから少し経ってからほころんでしまった結界を修復するために校長と邇邇芸尊って神様が〝ゴニョゴニョ、モゴモゴ〟と何かを言葉にし始めた。それに大地も続く。
 俺は武甕槌に結界の力を強めたいから力を貸してくれといわれたから言われたとおり神気を校長先生に向けて穏やかに解き放つ。
 隣にいる経司も真向かいにいる岸峰先生も同じような事をしている。
 おおよそ一時間くらいでその結界の修復も完遂し、その地域周辺に化け物がいなくなったのを知るとその場でみんな解散した。
 今日は神力と言うものを使い、大きな結界を張るという余計な仕事をしたから体が非常にだるい。
 空に舞い上がる神気すら残っていなかった。だから、仕方がなく俺は経司と一緒に徒歩で家路へと向かった。無論、途中まで帰り道が一緒の大地とも。

 帰宅すると二階の屋根に隣の家の塀を使って何とかよじ登り自分の部屋の窓を開けてそこから中へと入って行く。
 学習机の椅子に座り、少し落ち着いてからこれまでの事を少し考えていた。

 武甕槌が俺に降臨して一ヶ月とちょい。こんなにも身近な人達に天津神が宿っているなんてかなり驚きと不安が少々。これから先どうすればいいのか、戦うだけでいいのか?不鮮明すぎる。
 目標をはっきりさせるためには天津の最高神である天照大神と言うのを探さなければいけないらしい。一体どんな人物に降りているのだろうか?出来れば俺の知っている人達には降りていて欲しくない。
 仲間はまだ少ないけど今はやれる事をやるしかない。そう思いながら着ていたものを脱ぎ捨て寝台の中に潜り込んだ。
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