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第 二 章 自分の意思
第五話 リリーフ
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2002年8月25日、日曜日
あの事故からあと少しで一年が過ぎてしまう。しかし、春香、彼女は未だ目を覚ますことは無い。今日は朝から夕方前までのバイトだったのでその後、彼女の見舞いに行くことにした。
「藤原です、お見舞いに来ました」とそう言ってノックしてから扉を開け病室へと入る。
そこにいたのは翠でもなく、春香の両親でもなく、宏之だった。彼は椅子に座ったままじっと恋人?の事を見つめているだけ、俺の存在には気づいていない。
「宏之」と奴の名前を呼ぶ。
だが、まったく反応しない・・・、だから、今一度さっきよりも奴なのを強く呼ぶ。すると親友に言葉が届いたのかユックリと俺の方を向いた。
彼の目は今でも悲しみで満ちていた。俺に対する恨みの炎を燃やすこと無く。そんな宏之の目を見るのが酷く辛かった。だから俺も目を背けてしまう。
「貴斗か?」とそう言っただけでまた春香の方に顔を戻してしまった。
こいつの親友のつもりなのに何も出来ないのか?とそんな自分自身に対して酷く憤りを感じる毎日を送ってきた。でも随分、前に比べると宏之はましになったものだ。
それが隼瀬のお陰である事を知っていたが、その事を絶対認めたくなかった。その理由について俺がここで語ることは無い。暫くして誰かが入ってくる気配を感じる。それは春香の父親の秋人であった。
「宏之君、貴斗君、いつも娘の見舞い有難う御座います」
彼は落ち着いた丁寧な口調で、俺と宏之に挨拶してきた。俺は軽く言葉を交わす、しかし宏之の態度は素っ気なかった。
「君達、二人に少し話したい事があるのだがいいかね?」
秋人は俺と宏之にそう言うと病室を先に出て行った。宏之はそこを動こうとしない。俺は強引に奴の腕を掴み連れ出そうとする。
「貴斗っ、分かった。行くからその手を放せ!」
その返事を聞くと直ぐに手を放し先に出るように目で促す。宏之の奴は渋々と出て行った。その後に俺も続く。
「二人とも出てきてくださったみたいだね。それでは、話をさせてもらいます。二人とも確りと聞いてください」
秋人は一呼吸置いて俺達に告げた。
「二人とも、娘の見舞いには来なくても結構です、いつ目覚めるのか分からない娘に君達の大事な時間を割かせる分けには行きませんので・・・、君達の時間は君達の為に使って下さい。それと宏之君、君も何時までも娘に縛られる必要はありません。今、君の事を思っている方の事を大切にしてあげて下さい」
春香の父親は宏之と隼瀬の関係を知っていて、そんな事を言っているのだろうか?
「分かって頂けましたか?」
返事に躊躇した。しかし、宏之はその言葉を受け入れたのかアッサリとうけいれた。
「ハイ」
だが、その言葉は何処と無く切なげだったが・・・。宏之はそれだけ言うと重い足取りでその場を去っていった。俺は返事を返さないまま、宏之を追いかけるためにその場を立ち去ろうとしたが秋人はそんな俺を呼び止める。
「貴斗君、ちょっと待ってもらえませんか」
仕方無く足を止め彼の方に向き直す。
「なんでしょう?」
「君にはまだ娘、翠のちゃんとしたお礼を言っていなかったのでね。大変、娘がお世話になった様で有難うございます」と言って深々と礼をする。
「そんな、頭なんか下げないで下さい、俺が好きでやったことですから・・・」
そう言うと秋人は頭を上げた。そう、それは春香に対する罪の償いの一つ。だから、本当に頭を下げなければならないのは俺のはずだった・・・。そんな俺の気持ちを知るはずの無い涼崎姉妹の父親。
「これからも何かありましたら娘の翠を藤宮詩織さんと共に宜しくお願いいたします」
「ハイ」と軽く返事をかえした。
「それと、貴斗君、貴方のお心遣い大変感謝しております」
「何のことでしょか?」
秋人が何の事を言っているのかさっぱり分からなかったが彼は言葉を続けられた。
「覚えていますか?君は娘が手術中、君の両親の事を尋ねた時の事を覚えていますか?」
確かにそんな事を聞かれた様な気がした。だが、記憶喪失の弊害か、時折、現在でも脳の記録が欠ける時がある。今もそうだ。だが話を合わせる様に言葉を返した。
「ハイそうでしたね」
「そして、貴斗君は君の両親が元気であると答えましたね!」
「ハッ、ハぁ~~~」
「最近になって学会の発表会の時に知ったのですが・・・、君のご両親と長男はお亡くなりになられているとか・・・・・・・・・、それと、君自身、記憶喪失であると言うことも知りましたよ」
そこでなんでそこまで知っているのかと疑問に思った。確かに俺は記憶喪失。記憶を無くしてから一年半も経とうとするのに、一向に思い出せない。
思い出そうと何回も試みたが、そのたび俺はぶっ倒れ詩織や他の皆に迷惑を掛けていた。時間だけが残酷に過ぎ去っていく、春香が目覚める事がないのと同じ様に。
「貴斗君、君は記憶を取り戻すのに力を注がなければいけません。その記憶の中には辛い事もあるでしょう。君にとって迚も大切な物があるはずです。ですから、娘に構っている余裕などないはずですよ」
最後はそう結んで秋人は言い終えた。なんて答えたらいいんだろうか?暫し悩む。
「少し考えさせてください」
そう答え、秋人が何か言う前にその場を逃げる様に去っていた。病院の外に出た時、近くの芝生に座って空をボンヤリと眺めている宏之を発見した。友に近付き、ここに来るまで廊下で考えていた事、自分で決めた事を告げる。
「俺は信じる。どんな事があっても春香さんが目覚めた時、傍にいるのはお前だって事をな。だから、お前が見舞いに来ないというなら・・・・・・・・・、俺が代わりに来る。彼女が目覚めるまで・・・、・・・、・・・、だから、それまでにいつものお前の戻っていろよ・・・」
それだけ口にすると何の返事もよこさない宏之をそこに残して自宅へと足を向けた。さっきの言葉は今、宏之にしてやれる唯一つの事だろうと思った。偽善だと分かってる。
だが、どんな些細な事でもヤツのために何かしてやりたい。そう思ったからそんな事を宏之に言っていた。この日から出来る限り春香の見舞いに向かう事になる。
しかし、それの所為で恋人である詩織に随分と心配や悲しい思いをさせてしまう。相手のそういう気持ちを記憶喪失の所為にして気付かないまま時を過ごしてしまう。
秋人が俺に言ってくれたように、この閉ざされてしまった記憶に一体何が隠されているというのだろう?
そして、これから先その記憶は戻ってくるのだろうか?俺は俺でいられるのだろうか・・・、また思考がネガティヴに・・・・・・。
あの事故からあと少しで一年が過ぎてしまう。しかし、春香、彼女は未だ目を覚ますことは無い。今日は朝から夕方前までのバイトだったのでその後、彼女の見舞いに行くことにした。
「藤原です、お見舞いに来ました」とそう言ってノックしてから扉を開け病室へと入る。
そこにいたのは翠でもなく、春香の両親でもなく、宏之だった。彼は椅子に座ったままじっと恋人?の事を見つめているだけ、俺の存在には気づいていない。
「宏之」と奴の名前を呼ぶ。
だが、まったく反応しない・・・、だから、今一度さっきよりも奴なのを強く呼ぶ。すると親友に言葉が届いたのかユックリと俺の方を向いた。
彼の目は今でも悲しみで満ちていた。俺に対する恨みの炎を燃やすこと無く。そんな宏之の目を見るのが酷く辛かった。だから俺も目を背けてしまう。
「貴斗か?」とそう言っただけでまた春香の方に顔を戻してしまった。
こいつの親友のつもりなのに何も出来ないのか?とそんな自分自身に対して酷く憤りを感じる毎日を送ってきた。でも随分、前に比べると宏之はましになったものだ。
それが隼瀬のお陰である事を知っていたが、その事を絶対認めたくなかった。その理由について俺がここで語ることは無い。暫くして誰かが入ってくる気配を感じる。それは春香の父親の秋人であった。
「宏之君、貴斗君、いつも娘の見舞い有難う御座います」
彼は落ち着いた丁寧な口調で、俺と宏之に挨拶してきた。俺は軽く言葉を交わす、しかし宏之の態度は素っ気なかった。
「君達、二人に少し話したい事があるのだがいいかね?」
秋人は俺と宏之にそう言うと病室を先に出て行った。宏之はそこを動こうとしない。俺は強引に奴の腕を掴み連れ出そうとする。
「貴斗っ、分かった。行くからその手を放せ!」
その返事を聞くと直ぐに手を放し先に出るように目で促す。宏之の奴は渋々と出て行った。その後に俺も続く。
「二人とも出てきてくださったみたいだね。それでは、話をさせてもらいます。二人とも確りと聞いてください」
秋人は一呼吸置いて俺達に告げた。
「二人とも、娘の見舞いには来なくても結構です、いつ目覚めるのか分からない娘に君達の大事な時間を割かせる分けには行きませんので・・・、君達の時間は君達の為に使って下さい。それと宏之君、君も何時までも娘に縛られる必要はありません。今、君の事を思っている方の事を大切にしてあげて下さい」
春香の父親は宏之と隼瀬の関係を知っていて、そんな事を言っているのだろうか?
「分かって頂けましたか?」
返事に躊躇した。しかし、宏之はその言葉を受け入れたのかアッサリとうけいれた。
「ハイ」
だが、その言葉は何処と無く切なげだったが・・・。宏之はそれだけ言うと重い足取りでその場を去っていった。俺は返事を返さないまま、宏之を追いかけるためにその場を立ち去ろうとしたが秋人はそんな俺を呼び止める。
「貴斗君、ちょっと待ってもらえませんか」
仕方無く足を止め彼の方に向き直す。
「なんでしょう?」
「君にはまだ娘、翠のちゃんとしたお礼を言っていなかったのでね。大変、娘がお世話になった様で有難うございます」と言って深々と礼をする。
「そんな、頭なんか下げないで下さい、俺が好きでやったことですから・・・」
そう言うと秋人は頭を上げた。そう、それは春香に対する罪の償いの一つ。だから、本当に頭を下げなければならないのは俺のはずだった・・・。そんな俺の気持ちを知るはずの無い涼崎姉妹の父親。
「これからも何かありましたら娘の翠を藤宮詩織さんと共に宜しくお願いいたします」
「ハイ」と軽く返事をかえした。
「それと、貴斗君、貴方のお心遣い大変感謝しております」
「何のことでしょか?」
秋人が何の事を言っているのかさっぱり分からなかったが彼は言葉を続けられた。
「覚えていますか?君は娘が手術中、君の両親の事を尋ねた時の事を覚えていますか?」
確かにそんな事を聞かれた様な気がした。だが、記憶喪失の弊害か、時折、現在でも脳の記録が欠ける時がある。今もそうだ。だが話を合わせる様に言葉を返した。
「ハイそうでしたね」
「そして、貴斗君は君の両親が元気であると答えましたね!」
「ハッ、ハぁ~~~」
「最近になって学会の発表会の時に知ったのですが・・・、君のご両親と長男はお亡くなりになられているとか・・・・・・・・・、それと、君自身、記憶喪失であると言うことも知りましたよ」
そこでなんでそこまで知っているのかと疑問に思った。確かに俺は記憶喪失。記憶を無くしてから一年半も経とうとするのに、一向に思い出せない。
思い出そうと何回も試みたが、そのたび俺はぶっ倒れ詩織や他の皆に迷惑を掛けていた。時間だけが残酷に過ぎ去っていく、春香が目覚める事がないのと同じ様に。
「貴斗君、君は記憶を取り戻すのに力を注がなければいけません。その記憶の中には辛い事もあるでしょう。君にとって迚も大切な物があるはずです。ですから、娘に構っている余裕などないはずですよ」
最後はそう結んで秋人は言い終えた。なんて答えたらいいんだろうか?暫し悩む。
「少し考えさせてください」
そう答え、秋人が何か言う前にその場を逃げる様に去っていた。病院の外に出た時、近くの芝生に座って空をボンヤリと眺めている宏之を発見した。友に近付き、ここに来るまで廊下で考えていた事、自分で決めた事を告げる。
「俺は信じる。どんな事があっても春香さんが目覚めた時、傍にいるのはお前だって事をな。だから、お前が見舞いに来ないというなら・・・・・・・・・、俺が代わりに来る。彼女が目覚めるまで・・・、・・・、・・・、だから、それまでにいつものお前の戻っていろよ・・・」
それだけ口にすると何の返事もよこさない宏之をそこに残して自宅へと足を向けた。さっきの言葉は今、宏之にしてやれる唯一つの事だろうと思った。偽善だと分かってる。
だが、どんな些細な事でもヤツのために何かしてやりたい。そう思ったからそんな事を宏之に言っていた。この日から出来る限り春香の見舞いに向かう事になる。
しかし、それの所為で恋人である詩織に随分と心配や悲しい思いをさせてしまう。相手のそういう気持ちを記憶喪失の所為にして気付かないまま時を過ごしてしまう。
秋人が俺に言ってくれたように、この閉ざされてしまった記憶に一体何が隠されているというのだろう?
そして、これから先その記憶は戻ってくるのだろうか?俺は俺でいられるのだろうか・・・、また思考がネガティヴに・・・・・・。
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