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第 四 章 ながされるままに
第十七話 ギルティー
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一体何をしてしまったのだろうか?違う何もしなかった、何も出来なかったんだな。
今まで思っていた事は全部、俺の思い込みだったのかもしれない。
これまでずっと正しいと思っていた事は凡て間違いだったのかもしれない。
∀否定していた事を本当は肯定しなければならなかったのかもしれないな。
総ては俺達の意思を介する事なく勝手に運ばれて行ってしまう。すべては崩れ去り再興する事なく過ぎてゆく。そして俺、は〝ツミ〟と言う言葉の意味を考える。
~ 2004年8月18日、水曜日 ~
今日のバイトを終え、帰る途中だ。
俺はあの喧嘩?の後、頭を冷やし、直ぐに貴斗を置き去りにしてしまった場所へと急ぎ戻っていた。だが、そこにはヤツはいなかった。だから、貴斗の自宅と携帯電話に何度も連絡をしたんだ。しかし、何の反応も示してこなかった。
ヤツのマンションにも足を運んだ。
ヤツが訪れそうな場所をくまなく探した。でも、忽然と姿を消した様にヤツは何処にも居なかった。
バイト先にも連絡は来ていないと鹿島店長はそう教えてくれた。
車のボンネットに座り曇りがちな夜空を眺めていた。
そう言えば、二日前のあの日、午後から急に雨が降りだしたっけな。
貴斗のヤツ風邪、引かなかっただろうか?・・・・・・突然、携帯が鳴った。
LCDを確認し相手が知っている人だと判ると直ぐに応答してやった。
「ハイッ、慎治です。どうしたんだ、藤宮?」
「や・が・み・くん」
藤宮の声に精気を感じられない酷く疲れたような声を俺に聞かせてくる。
「どうしたんだっ!!!」
余りの彼女の変容につい言葉を強くしてしまった。
彼女は重々しくその口を開き、そして語る。
相手は見えないけど、そんな感じだろうと思っただけだ。
最後の藤宮の言葉を聞く前に辛くなって俺の方から切ってしまった。
『つみ』と言う言葉の意味を知る。
〔ツミ〕と言う字の重さを実感する。
〝罪〟と言う形の意識に初めて囚われる。
心が軋む、まるで石臼で擂り潰される様に。
体中にいい様の幻覚的な痛みを感じる。
それはまるで細かい鋭利なガラスの破片の雨を受けるようにな。
貴斗に連絡しても繋がるはずなかった。
今、ヤツは病院のベッドで寝ている。しかも集中治療室に。
間接的にもヤツを傷つけ、そうなる原因を創ってしまった、ヤツを護ってやらなきゃならない側の立場だった筈の俺がな・・・・・・・・・。
間接的にでも、これだけ酷く感じるのに、あの事故、涼崎の事故の当事者達。
隼瀬、宏之、貴斗。
三人はどれ程の痛みを感じていたのだろうか?〝痛み〟・・・・、何てそんな生易しい言葉で片付けられる物ではないのだろうな。
隼瀬、その事故が起きる前、必然的に時間を止め、その人から恋人を奪った彼女。
貴斗、その事故が起きる直前まで現場にその人を拘束し、宏之から恋人を奪ったヤツ。
宏之、自分の意思の弱さに負け、その事故により大切な者が奪われ、自分の本当の心を閉じてしまった奴。
三人はこの三年間一体どんな気持ちで生きてきたのだろうか?人が言う幸せと言うものを感じていたのだろうか?・・・信じたい、少なからず感じていたと言う事をな。
そうでなければ、貴斗は俺に喜怒哀楽など見せてくれるはずがない。
そんなんじゃなかったら、宏之が笑顔で人前に出て仕事なんて出来るはずもない。
その様に感じていなければ、隼瀬と宏之の関係が長く続くはずがないな・・・。
重い気持ちのまま、いつの間にか自宅へ到着していた。
「ただいまぁ」
「お帰りシンちゃん・・・・・・。シンちゃん、顔色悪いわね?」
「なんでもない」
「何でもない訳ないでしょ。ミコには判ります、何かありましたね」
いつも変に明るい声を出しながら喋る母さんの口調が強く諌める様な口調へと変わっていた。母さんの言葉に返す気力がなくて沈黙してしまう。暫く、そんな俺を母さんは何かを考えるように見ていた。
「ミコに話してみなさい、力になって上がられるかもしれません」
「・・・・・・わかったよ」
母さんに嘘、偽りなく俺の覚えているすべてを報告した。
『ビシッーっ!!』
「なっ、なにスンだ、母さん!」
母さんから、悪戯ずきだったガキちょの頃以来、暫く貰っていなかったビンタを頂戴していた。その頃に貰っていた物とは力の加減が違う、そんなやつを。
「〝なにスンだ〟ではありません。ミコ、・・・、ミコとても悲しいです・・・」
母さんの顔から一筋の涙が流れていた。
今まで母さんが泣いた所を見た事がなかった。
これが初めて。一体、何故、母さんは涙を流しているのだろうか?
「藤原ちゃんが入院した事は知っていましたが・・・、シンちゃんが関係していたなんて・・・。シンちゃん?一体、何のためにミコはアナタに藤原ちゃんの精神状態と彼の過去を教えて上げたとお思いですか?」
母さんは初めに何かをボソボソと呟いてから俺にそんな事を聞いてきた。だから、自分の役割をはっきりと答えてやる。
「わかってるさ・・・・・・・・・、ヤツの心のケアするためだろ?」
「分かっていません、それでは何故シンちゃんは藤原ちゃんをその場に残してしまったのですか?見捨てたのですか?」
「見捨てる積もりはなかったんだ」
「積もりはなかった?・・・、おなじです、積もりはなくても、そうしてしまっては同じです。涼崎さんと言う方の事が止められなかったとしても、シンちゃんにその後の事は止められたはずです。どうして?どうして止められなかったのですか?」
「―――――――――――――――――――――――――――。」
中立の立場、観察者としての立場を取る様になってから心の奥底へ無理矢理押し込んでいたある人への想い。それがあの時になって急に甦ってしまった。
その想いはけして報われる筈がないのに貴斗、ヤツがその人の事を判っているくせに酷く言うから奥底の心は憤りを感じ、怒りを覚えてしまったんだ。
「お答えできないようですね。ミコはとても悲しく想います。唯一、藤原ちゃんを助ける事が出来るはずだったシンちゃんがそれをしなかった事に」
母さんは口元を手で押さえながら小さく嗚咽し始めた。
『タンッ、タンッ、タンッ』と二階と一階の間を繋ぐ階段から軽快な足音が聞こえてくる。
「・・・どういう事だ、シン?母様がお泣きになっているぞ」
「シン、お兄ちゃんどうしたの?ミコお母様?」
一番登場して欲しく無い時に俺の佐京姉貴は登場してくれた。
一番見られちゃ不味いときに妹の右京が来ちまった。
小さい頃に悲劇的場面を見せちまうとトラウマになっちまう。
それだけは避けたいな。
「黙るナッ、シン!答えロッ」
姉貴の声は怒気がこもっていた。そんな声を聞いた右京は吃驚して泣きそうになる。
「サッちゃん、シンちゃんを怒鳴らないで、シンちゃん今、酷く傷付いているのよ。それにウーちゃんの前で・・・、そんな顔しないの。おいでウーちゃん」
そう言って半泣き状態の右京を抱きしめ頭を撫でていた。・・・母さんは俺の事を心配してくれているのか?
「かぁ様・・・、シン、すまなかった。母様の涙を見て私とした事がつい荒立ててしまった」
佐京姉貴も今まで母さんの涙なんて見た事ないんだろう。だから、何時も怜悧な姉貴も俺の事を怒鳴りつけたのだろう。
「シン、本当にどうしたんだ?話せないことなのか?」
姉貴には言っておいた方がいいのかもしれない。なぜなら姉貴が俺に中立の立場をとれと言ってきた人だからな。
「分かった。話すよ、姉貴」
† † †
「コロスッ!仮令、お前が私と確かな血を分けた弟でも赦す訳にはいかん!約束を守れなかったのもしかり、お前はわたしの大事な友の弟を傷つけた・・・、ゆるさんっ!」
姉貴にすべてを話すと彼女の顔に狂気の色が満ち俺の胸倉を掴み、怒りを露にする。
そんな姿の姉貴を見せない様に母さんは右京の頭を再び、抱きしめた。
「サッちゃん、やめなさい!」
「シカシ、母様」
皇女母さんが佐京姉貴を睨んでいる。姉貴は渋々と俺から手を放してくれた。
「ゲホッ、ゲホッ・・・、なにスンだよっ、姉貴ぃっ?」
苦しくて息が出来ないのを我慢しながらそう口にした。
「よくそのような言葉が吐けるものだ、シン、仮令、お前がした事が間接的であっても赦すわけにはいかない」
「なんでだよぉっ!」
「お前は、私の心友、翔子の弟を傷つけ・・・。現状の状態で、そのまま・・・・・・、逝ってしまえば彼女から貴斗殿を奪ってしまうかもそれないのだぞ。仮令、彼が今、記憶喪失で翔子を忘れていても彼女の弟であると言う事実に変りない。変え様のない真実なのだぞっ!それを傷つけ奪おうとしているのだぞ、シン、オマエはっ・・・、わたしの大事な友から・・・。」
「そんな事をしたお前の姉である私はどの様にして翔子に顔向けすればよいのだ?どの様に謝罪したら・・・・・・、ウゥうぅうぅぅう・・・・・・」
皇女母さんに続いて、佐京姉貴まで・・・。
生まれてこの方、姉貴に泣かされる事は数知れずあったけど、泣かしたのは今回が初めてだ。
肉体的な痛みではなく精神的な痛みで。
〝傷つけ〟〝奪う〟間接的にだが貴斗が宏之にやった事と同じ事を俺はしたのか・・・?
姉貴の言葉を聞いて、それに初めて気付いた。
愚かだ、愚か過ぎる。何々だ、俺は?
「アハハハハハッ・・・」
無意味に笑っていた。
体が勝手に自室へと向かっていた。
母さんの泣き顔も姉貴のそれも見たくなかったから、こんな姿を妹に見せたくなかったからな。
「シン、何処へ行くっ!」
「サッちゃん、いい加減にしてください、シンちゃんの心の傷にそれ以上、お塩を塗り付けないでください」
「かぁ・・・さま。その・・・、スマン」
彼女達が何か言っていたようだが俺の耳にはすでに外界の音から完全に塞がれていた。
~ 2004何8月22日、日曜日 ~
今日この日、二つの非情な報せを受ける事になる。それは・・・・・・。
バイトの帰りに、会えないであろうと思いつつも貴斗のいる病院へと向かっていた。
いつものように車を有料駐車場に止め、病棟内へ入っていく。
初めに涼崎の所へ寄る事にした。彼女の病室の前でくると常識的な行動を取り入室する準備をした。
「八神さんですネェ、どうぞお入りください」
その声の持ち主は涼崎春香ではなく妹の翠ちゃんの方だった。彼女は睡眠しているのだろうか?時間帯不味かったかな?そう思いながら中へと入って行った。
「こんにちは・・・、もうコンバンハの時間かな?翠ちゃん」
「こんばんはですぅ。八神さん、お見舞いに来てくれて有難う御座います。お姉ちゃん、またこんな風に寝ちゃってますけどね」
彼女はそう言いながら涼崎に目を移した。〝またこんな風に〟とはどんな風にだろうか。不安がよぎる。そう思って無意識に尋ねてしまう。
「若しかして、またあの眠りについてしまったのか?」
彼女は口で言うのではなく、その表情で俺の言葉を肯定してきた。
「柏木さん、今日も来ていました、そして、お姉ちゃんの前で涙を流していました」
翠ちゃん、彼女は隼瀬と宏之が付き合い始めるようになってから隼瀬を酷く嫌悪を抱き、涼崎から離れて行った宏之を軽蔑していた。
彼女の気持ちも判らなくないが大人の事情ってモノがある。
当事者じゃない彼女にはその事が理解出来ていないのだろう。
それから、ほんの少しだけ彼女と会話しその部屋から出る事にした。
翠ちゃんに貴斗の事を聞いて見たが彼女も入院している事を知っているだけでその容態までは聞かされていないらしい。
彼女がヤツの事を口にしている時の表情は恋人を心配し案じているそんな感じを受ける顔を見せていた。
貴斗の病室に向かう前に医局によってみた。
「どぉ~もぉ~~~っ。調川先生、って医者いませんか?」
「私の事を呼びましたか?」
何処からか戻ってきたんだろうな、その声の持ち主は俺の背後に立っていた。
振り向きざま、もう一度確認するように尋ねる。
「調川先生ですね」
「ハイそうです、慎治さん」
「何で俺の名前を?」
「君は覚えていらしゃらないとおもいますが、貴方のお母様の皇女さんと一緒にここへ遊びに来ていたのですよ」
「内の母さんを知ってんですか?」
「無論です、大先輩ですからね」
話がずれてしまいそうだな、修正せねば。
「処で、藤原貴斗ってヤツが入院してるんっすけどぉ、調川先生、知りませんか?」
涼崎の担当医であるこの人に尋ねて見た。
驚く事にこの先生が貴斗の主治医でもあるという。
集中治療室にいる貴斗とは面会出来ないと頭で理解していたが調川先生に強く頼んでみよう。
「調川先生そこをなんとか頼んますよ!ネッ、センセッ」
「然しですネェ、そのような事を許してしまったら病院の威信に係わりますし、私の信用にも響いてきます」
「そこを何とかっ!」
掌を合わせ彼に頭を垂れて更に御願いしてみた。
「ショウガナイデスネぇ・・・、医院長に何か知れたら皇女大先輩にでもお口添えでもしてもらいましょうか」
調川先生は〝大先輩 〟を強調して、そんな言葉をくれた。
「何でここの医院長に母さんを引きで合わすんですか?」
「ハァ~~~、アナタ何も知らないのですね。皇女大先輩、悲しみますよ」
「この前、泣かせたっす」
「皇女さんを泣かせたんですか、アナタ・・・・・・」
調川先生はその冷静な顔を幾分変え驚いていた。
「ハァ、アナタって人はホントォ~~~に親不孝な方ですね」
調川先生にお説教をそれから一時間も聞かされた。尚も彼の話は続く。
「いいですか?慎治さん、貴方の母親である彼女はこの病院初の女性の医院長に成れるかもしれなかった方なのですよ」
「母さん、そんなに偉く成れないでしょ?だって精神科医ですよ」
「今ではそうですけど、ここにいた頃、大先輩は女神の手を持つ女医と謳われ、患者からも、同僚からも慕われた名外科医だったんです。そして、いつも笑顔を絶やさず患者に安心を与え、手術中はその微笑で場の緊張を和ませ絶対の信頼感を与える。そんな凄い方の息子がコレですか?世の中は無情ですねぇ」
「先生、話しずらさないでクダサイ、貴斗の見舞いの是非を早く聞かせて欲しいです」
しかし、調川先生にその後さらに三〇分お説教されたが許可をいただいた。
最後に有難い言葉をいただく。
「親の気持ち、子は知らず。子の心、親は見えず。親子でさえその人としての関係はとても難しいのもなんです。垢の他人なら尚更、然し挫けてはいけませんよ、努力を惜しまなければやがて光明も射すでしょうから」とな。
* * *
時間を確認する7時47分PM、面会終了13分前。
貴斗の病室606号室に早足で向かった。
「ここの患者は面会謝絶と成っていますお引き取り下さい」
病室のドアの脇で椅子に座っていた看護婦がそう言葉をかけてきた。
調川先生からもらった許可書をその人に見せ、中に入れてもらう事にする。
「もう直ぐ、面会時間も終わります手短に御願いします」
「わかっています、それでは失礼」
そう返事をして病室に入って行った。
病室の中は薄暗い、誰かが小さく誰かに語り掛けている声が聞こえる。
その人物は入り口付近にいる俺の存在に気付き、問いかけてきた。
「そちらにいますのは何方様ですか?」
「俺だ、八神慎治、貴斗の具合はどう何だ?藤宮」
「出て行ってください。誰とも会わせたくありません、出ていてください」
彼女の言葉は酷く冷えていた・・・、心が凍えてしまうくらいに。
藤宮の冷たい言葉に出て行こうと思った。でも、俺は
「頼む、藤宮、貴斗の顔を拝ませてくれ!」
可能な限り、優しく藤宮にお願いをした。
「嫌です、帰って下さい」
「頼むって、別に藤宮から奪うって訳じゃないんだし」
いや違う、すでに俺は彼女から貴斗を奪っているようなもんかもしれない。
調川先生が教えてくれていた。
眼前のベッドで寝ているヤツは今、生と死の境を彷徨っているって、涼崎の時と違って命の関わる問題だと・・・。今のままの状態が続けば生還する確立は万に一つないとな。
「分かりました、どうぞ」
彼女はやっとオレを受け入れてくれた。それから、貴斗の前に近付き、そこに立つ。
複雑な機械がヤツの周りを取り囲んでいる。
ヤツの顔を覗く、顔には目の辺り以外すべてに亘って包帯が巻かれていた。
身体は藤宮が握る右の掌以外多岐に勢力を伸ばすように機械に付けられたコードと包帯が覆っていた。痛々しいとはこの事をいうのだろうな。そんな貴斗を見ながら、コイツに心の中で話しかけていた。
〈ゴメン、俺、オマエをあの時見捨てちまった、いつの間にか俺も気付かない裡に隼瀬サイドに成っちまっていたようだ・・・、と佐京姉貴を泣かせちまった時に姉貴に指摘されたんだ。お前だけが孤立無援に成りかけていた涼崎サイドに立っていたんだな。偽りの現実、そんなものが良いはずがない、どんなに苦しくても、どんなに辛くても俺達はそこから逃げちゃ駄目なんだよな。〉
〈どんなにそうであっても、その世界の中に少しでも安らぎ、そして、幸せを感じられる時があれば良い・・・、貴斗、お前はそう思っていたんだろ?だから、あんな行動を取ったんだよな?そうなんだろう?普通だったら、誰もが望んで選択しない道をお前は罪と償いと言う名で自分を押し殺してまで・・・・・・。〉
〈頼む、俺の事を赦してくれなくたって良い。頼む、だから、これ以上、藤宮・・・、隼瀬を悲しませないでくれ。早く目を覚ませ、そして早く、彼女達を安心させてやってくれ。だから、早く目を覚ませぇタカァトォぉぉおぉオォオオオオォオーーーーーーーーーーーーッ!俺だってお前を失いたくないんだぁあぁあぁあぁぁっぁっ!だから頼むよっ、なぁっ?〉
「面会時間終わりです。早々に退室してください」
心の叫びが終わるといつの間にかそんな時間になっていた。
今一度、藤宮と貴斗の顔を見てから退散した。
帰り際、俺を呼んだ看護婦に言われるまで気がつかなかった。
目から液体が流れていた事に。いつの間にかそれを流していた様だ。
俺も貴斗と同じで人前で余りそれを流す事などない。しかし、今、それを流していたようだな。
当たり前だ、こんなにも辛い気持ちになるのに涙が出ない訳ない。
己の大切な友や仲間がこんな状況でも涙を流せないヤツなんて畜生以下だな。たとえ、それが人前じゃなくても・・・。
~ 翌日の8月23日、月曜日 ~
バイトが始まる前、無意識の内に今日も貴斗の眠る病院にいた。
親友の一人、宏之と奴の彼女である隼瀬と邂逅を果たしていた。
俺達は三人で貴斗の面会の許可を調川先生にもらい。
今それらと共に貴斗の病室内にいた。そして、藤宮の意思に反して勝手に俺達は何かを口にしていた。
「馬鹿だよな、俺!オマエが何の考えもなしに行動する事、ありえる筈なのに」
その言葉は姉貴に言われて、そして、考え導き出した俺の答えだった。
「そうよね、何時でも貴斗、意味のない行動、とる事なかったもんね」
「いつかは誰かがやらなくちゃならなかった事。それは俺だったのかもしれない。お前がそれを肩代わりしてくれた。なのに、俺はお前を・・・・・・。聞えるか、貴斗!お前、俺の迷っていた気持ち、知ってたんだろ?だからっ・・・」
宏之、お前、本当にそう思ってんのか?お前の迷っている気持ちって何だ?
隼瀬を捨てて涼崎の処に還ろうって言うのか?
そんな事をしたら俺はお前を絶対許さないぞ・・・。
貴斗、ヤツを見捨てて置きながら俺達の心の口から出る言葉は本当に身勝手な物だった。
「やめて、皆、お静かにしてください!貴斗、ゆっくり休めないじゃないですか。貴斗、ゆっくり休めないじゃない」
藤宮は悲痛めいた感情が混ざった声で俺達に訴えてきた。
その言葉の強さには何処となく俺達を糾弾しているようにも思えた。
「しおりン」
「わっ、わりい」
自分が口にした言葉で藤宮を傷つけてしまったと思い彼女にそう謝った。
「貴斗、また涼崎が眠っちまったって知ったら如何すんだろ?」
何故、今ヤツを責め立ててしまう、追い詰めてしまうような言葉を言ってしまったのか、口を動かしてしまってから後悔する。
「八神君、貴斗の前でその話しはよしてよ!」
「ごめん、配慮なかった」
〝配慮〟?そんな簡単な言葉で俺が言った言葉は打ち消せるものではない。
今の俺、駄目すぎるよ。俺自身、貴斗の事で精神的に参ってしまっているのか?
「皆、私と貴斗、二人っきりにさせて、お願いです」
「わかった、貴斗の事、宜しく」
藤宮の気持ちに応えるようそう言ってからこの場を去って行った。
それから隼瀬とも宏之とも何の会話も交えずに病院を後にし、直接そのままバイト先へと向かって行った。店長には既に貴斗の事を報告してある。
酷くお嘆きになっていたな。だから、貴斗が戻るまでは俺が仕事、頑張らんとな。
ヤツが必ず復帰してくれると俺は思っているから・・・、それまでは一生懸命ヤツの分を・・・・・・。
今まで思っていた事は全部、俺の思い込みだったのかもしれない。
これまでずっと正しいと思っていた事は凡て間違いだったのかもしれない。
∀否定していた事を本当は肯定しなければならなかったのかもしれないな。
総ては俺達の意思を介する事なく勝手に運ばれて行ってしまう。すべては崩れ去り再興する事なく過ぎてゆく。そして俺、は〝ツミ〟と言う言葉の意味を考える。
~ 2004年8月18日、水曜日 ~
今日のバイトを終え、帰る途中だ。
俺はあの喧嘩?の後、頭を冷やし、直ぐに貴斗を置き去りにしてしまった場所へと急ぎ戻っていた。だが、そこにはヤツはいなかった。だから、貴斗の自宅と携帯電話に何度も連絡をしたんだ。しかし、何の反応も示してこなかった。
ヤツのマンションにも足を運んだ。
ヤツが訪れそうな場所をくまなく探した。でも、忽然と姿を消した様にヤツは何処にも居なかった。
バイト先にも連絡は来ていないと鹿島店長はそう教えてくれた。
車のボンネットに座り曇りがちな夜空を眺めていた。
そう言えば、二日前のあの日、午後から急に雨が降りだしたっけな。
貴斗のヤツ風邪、引かなかっただろうか?・・・・・・突然、携帯が鳴った。
LCDを確認し相手が知っている人だと判ると直ぐに応答してやった。
「ハイッ、慎治です。どうしたんだ、藤宮?」
「や・が・み・くん」
藤宮の声に精気を感じられない酷く疲れたような声を俺に聞かせてくる。
「どうしたんだっ!!!」
余りの彼女の変容につい言葉を強くしてしまった。
彼女は重々しくその口を開き、そして語る。
相手は見えないけど、そんな感じだろうと思っただけだ。
最後の藤宮の言葉を聞く前に辛くなって俺の方から切ってしまった。
『つみ』と言う言葉の意味を知る。
〔ツミ〕と言う字の重さを実感する。
〝罪〟と言う形の意識に初めて囚われる。
心が軋む、まるで石臼で擂り潰される様に。
体中にいい様の幻覚的な痛みを感じる。
それはまるで細かい鋭利なガラスの破片の雨を受けるようにな。
貴斗に連絡しても繋がるはずなかった。
今、ヤツは病院のベッドで寝ている。しかも集中治療室に。
間接的にもヤツを傷つけ、そうなる原因を創ってしまった、ヤツを護ってやらなきゃならない側の立場だった筈の俺がな・・・・・・・・・。
間接的にでも、これだけ酷く感じるのに、あの事故、涼崎の事故の当事者達。
隼瀬、宏之、貴斗。
三人はどれ程の痛みを感じていたのだろうか?〝痛み〟・・・・、何てそんな生易しい言葉で片付けられる物ではないのだろうな。
隼瀬、その事故が起きる前、必然的に時間を止め、その人から恋人を奪った彼女。
貴斗、その事故が起きる直前まで現場にその人を拘束し、宏之から恋人を奪ったヤツ。
宏之、自分の意思の弱さに負け、その事故により大切な者が奪われ、自分の本当の心を閉じてしまった奴。
三人はこの三年間一体どんな気持ちで生きてきたのだろうか?人が言う幸せと言うものを感じていたのだろうか?・・・信じたい、少なからず感じていたと言う事をな。
そうでなければ、貴斗は俺に喜怒哀楽など見せてくれるはずがない。
そんなんじゃなかったら、宏之が笑顔で人前に出て仕事なんて出来るはずもない。
その様に感じていなければ、隼瀬と宏之の関係が長く続くはずがないな・・・。
重い気持ちのまま、いつの間にか自宅へ到着していた。
「ただいまぁ」
「お帰りシンちゃん・・・・・・。シンちゃん、顔色悪いわね?」
「なんでもない」
「何でもない訳ないでしょ。ミコには判ります、何かありましたね」
いつも変に明るい声を出しながら喋る母さんの口調が強く諌める様な口調へと変わっていた。母さんの言葉に返す気力がなくて沈黙してしまう。暫く、そんな俺を母さんは何かを考えるように見ていた。
「ミコに話してみなさい、力になって上がられるかもしれません」
「・・・・・・わかったよ」
母さんに嘘、偽りなく俺の覚えているすべてを報告した。
『ビシッーっ!!』
「なっ、なにスンだ、母さん!」
母さんから、悪戯ずきだったガキちょの頃以来、暫く貰っていなかったビンタを頂戴していた。その頃に貰っていた物とは力の加減が違う、そんなやつを。
「〝なにスンだ〟ではありません。ミコ、・・・、ミコとても悲しいです・・・」
母さんの顔から一筋の涙が流れていた。
今まで母さんが泣いた所を見た事がなかった。
これが初めて。一体、何故、母さんは涙を流しているのだろうか?
「藤原ちゃんが入院した事は知っていましたが・・・、シンちゃんが関係していたなんて・・・。シンちゃん?一体、何のためにミコはアナタに藤原ちゃんの精神状態と彼の過去を教えて上げたとお思いですか?」
母さんは初めに何かをボソボソと呟いてから俺にそんな事を聞いてきた。だから、自分の役割をはっきりと答えてやる。
「わかってるさ・・・・・・・・・、ヤツの心のケアするためだろ?」
「分かっていません、それでは何故シンちゃんは藤原ちゃんをその場に残してしまったのですか?見捨てたのですか?」
「見捨てる積もりはなかったんだ」
「積もりはなかった?・・・、おなじです、積もりはなくても、そうしてしまっては同じです。涼崎さんと言う方の事が止められなかったとしても、シンちゃんにその後の事は止められたはずです。どうして?どうして止められなかったのですか?」
「―――――――――――――――――――――――――――。」
中立の立場、観察者としての立場を取る様になってから心の奥底へ無理矢理押し込んでいたある人への想い。それがあの時になって急に甦ってしまった。
その想いはけして報われる筈がないのに貴斗、ヤツがその人の事を判っているくせに酷く言うから奥底の心は憤りを感じ、怒りを覚えてしまったんだ。
「お答えできないようですね。ミコはとても悲しく想います。唯一、藤原ちゃんを助ける事が出来るはずだったシンちゃんがそれをしなかった事に」
母さんは口元を手で押さえながら小さく嗚咽し始めた。
『タンッ、タンッ、タンッ』と二階と一階の間を繋ぐ階段から軽快な足音が聞こえてくる。
「・・・どういう事だ、シン?母様がお泣きになっているぞ」
「シン、お兄ちゃんどうしたの?ミコお母様?」
一番登場して欲しく無い時に俺の佐京姉貴は登場してくれた。
一番見られちゃ不味いときに妹の右京が来ちまった。
小さい頃に悲劇的場面を見せちまうとトラウマになっちまう。
それだけは避けたいな。
「黙るナッ、シン!答えロッ」
姉貴の声は怒気がこもっていた。そんな声を聞いた右京は吃驚して泣きそうになる。
「サッちゃん、シンちゃんを怒鳴らないで、シンちゃん今、酷く傷付いているのよ。それにウーちゃんの前で・・・、そんな顔しないの。おいでウーちゃん」
そう言って半泣き状態の右京を抱きしめ頭を撫でていた。・・・母さんは俺の事を心配してくれているのか?
「かぁ様・・・、シン、すまなかった。母様の涙を見て私とした事がつい荒立ててしまった」
佐京姉貴も今まで母さんの涙なんて見た事ないんだろう。だから、何時も怜悧な姉貴も俺の事を怒鳴りつけたのだろう。
「シン、本当にどうしたんだ?話せないことなのか?」
姉貴には言っておいた方がいいのかもしれない。なぜなら姉貴が俺に中立の立場をとれと言ってきた人だからな。
「分かった。話すよ、姉貴」
† † †
「コロスッ!仮令、お前が私と確かな血を分けた弟でも赦す訳にはいかん!約束を守れなかったのもしかり、お前はわたしの大事な友の弟を傷つけた・・・、ゆるさんっ!」
姉貴にすべてを話すと彼女の顔に狂気の色が満ち俺の胸倉を掴み、怒りを露にする。
そんな姿の姉貴を見せない様に母さんは右京の頭を再び、抱きしめた。
「サッちゃん、やめなさい!」
「シカシ、母様」
皇女母さんが佐京姉貴を睨んでいる。姉貴は渋々と俺から手を放してくれた。
「ゲホッ、ゲホッ・・・、なにスンだよっ、姉貴ぃっ?」
苦しくて息が出来ないのを我慢しながらそう口にした。
「よくそのような言葉が吐けるものだ、シン、仮令、お前がした事が間接的であっても赦すわけにはいかない」
「なんでだよぉっ!」
「お前は、私の心友、翔子の弟を傷つけ・・・。現状の状態で、そのまま・・・・・・、逝ってしまえば彼女から貴斗殿を奪ってしまうかもそれないのだぞ。仮令、彼が今、記憶喪失で翔子を忘れていても彼女の弟であると言う事実に変りない。変え様のない真実なのだぞっ!それを傷つけ奪おうとしているのだぞ、シン、オマエはっ・・・、わたしの大事な友から・・・。」
「そんな事をしたお前の姉である私はどの様にして翔子に顔向けすればよいのだ?どの様に謝罪したら・・・・・・、ウゥうぅうぅぅう・・・・・・」
皇女母さんに続いて、佐京姉貴まで・・・。
生まれてこの方、姉貴に泣かされる事は数知れずあったけど、泣かしたのは今回が初めてだ。
肉体的な痛みではなく精神的な痛みで。
〝傷つけ〟〝奪う〟間接的にだが貴斗が宏之にやった事と同じ事を俺はしたのか・・・?
姉貴の言葉を聞いて、それに初めて気付いた。
愚かだ、愚か過ぎる。何々だ、俺は?
「アハハハハハッ・・・」
無意味に笑っていた。
体が勝手に自室へと向かっていた。
母さんの泣き顔も姉貴のそれも見たくなかったから、こんな姿を妹に見せたくなかったからな。
「シン、何処へ行くっ!」
「サッちゃん、いい加減にしてください、シンちゃんの心の傷にそれ以上、お塩を塗り付けないでください」
「かぁ・・・さま。その・・・、スマン」
彼女達が何か言っていたようだが俺の耳にはすでに外界の音から完全に塞がれていた。
~ 2004何8月22日、日曜日 ~
今日この日、二つの非情な報せを受ける事になる。それは・・・・・・。
バイトの帰りに、会えないであろうと思いつつも貴斗のいる病院へと向かっていた。
いつものように車を有料駐車場に止め、病棟内へ入っていく。
初めに涼崎の所へ寄る事にした。彼女の病室の前でくると常識的な行動を取り入室する準備をした。
「八神さんですネェ、どうぞお入りください」
その声の持ち主は涼崎春香ではなく妹の翠ちゃんの方だった。彼女は睡眠しているのだろうか?時間帯不味かったかな?そう思いながら中へと入って行った。
「こんにちは・・・、もうコンバンハの時間かな?翠ちゃん」
「こんばんはですぅ。八神さん、お見舞いに来てくれて有難う御座います。お姉ちゃん、またこんな風に寝ちゃってますけどね」
彼女はそう言いながら涼崎に目を移した。〝またこんな風に〟とはどんな風にだろうか。不安がよぎる。そう思って無意識に尋ねてしまう。
「若しかして、またあの眠りについてしまったのか?」
彼女は口で言うのではなく、その表情で俺の言葉を肯定してきた。
「柏木さん、今日も来ていました、そして、お姉ちゃんの前で涙を流していました」
翠ちゃん、彼女は隼瀬と宏之が付き合い始めるようになってから隼瀬を酷く嫌悪を抱き、涼崎から離れて行った宏之を軽蔑していた。
彼女の気持ちも判らなくないが大人の事情ってモノがある。
当事者じゃない彼女にはその事が理解出来ていないのだろう。
それから、ほんの少しだけ彼女と会話しその部屋から出る事にした。
翠ちゃんに貴斗の事を聞いて見たが彼女も入院している事を知っているだけでその容態までは聞かされていないらしい。
彼女がヤツの事を口にしている時の表情は恋人を心配し案じているそんな感じを受ける顔を見せていた。
貴斗の病室に向かう前に医局によってみた。
「どぉ~もぉ~~~っ。調川先生、って医者いませんか?」
「私の事を呼びましたか?」
何処からか戻ってきたんだろうな、その声の持ち主は俺の背後に立っていた。
振り向きざま、もう一度確認するように尋ねる。
「調川先生ですね」
「ハイそうです、慎治さん」
「何で俺の名前を?」
「君は覚えていらしゃらないとおもいますが、貴方のお母様の皇女さんと一緒にここへ遊びに来ていたのですよ」
「内の母さんを知ってんですか?」
「無論です、大先輩ですからね」
話がずれてしまいそうだな、修正せねば。
「処で、藤原貴斗ってヤツが入院してるんっすけどぉ、調川先生、知りませんか?」
涼崎の担当医であるこの人に尋ねて見た。
驚く事にこの先生が貴斗の主治医でもあるという。
集中治療室にいる貴斗とは面会出来ないと頭で理解していたが調川先生に強く頼んでみよう。
「調川先生そこをなんとか頼んますよ!ネッ、センセッ」
「然しですネェ、そのような事を許してしまったら病院の威信に係わりますし、私の信用にも響いてきます」
「そこを何とかっ!」
掌を合わせ彼に頭を垂れて更に御願いしてみた。
「ショウガナイデスネぇ・・・、医院長に何か知れたら皇女大先輩にでもお口添えでもしてもらいましょうか」
調川先生は〝大先輩 〟を強調して、そんな言葉をくれた。
「何でここの医院長に母さんを引きで合わすんですか?」
「ハァ~~~、アナタ何も知らないのですね。皇女大先輩、悲しみますよ」
「この前、泣かせたっす」
「皇女さんを泣かせたんですか、アナタ・・・・・・」
調川先生はその冷静な顔を幾分変え驚いていた。
「ハァ、アナタって人はホントォ~~~に親不孝な方ですね」
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しかし、調川先生にその後さらに三〇分お説教されたが許可をいただいた。
最後に有難い言葉をいただく。
「親の気持ち、子は知らず。子の心、親は見えず。親子でさえその人としての関係はとても難しいのもなんです。垢の他人なら尚更、然し挫けてはいけませんよ、努力を惜しまなければやがて光明も射すでしょうから」とな。
* * *
時間を確認する7時47分PM、面会終了13分前。
貴斗の病室606号室に早足で向かった。
「ここの患者は面会謝絶と成っていますお引き取り下さい」
病室のドアの脇で椅子に座っていた看護婦がそう言葉をかけてきた。
調川先生からもらった許可書をその人に見せ、中に入れてもらう事にする。
「もう直ぐ、面会時間も終わります手短に御願いします」
「わかっています、それでは失礼」
そう返事をして病室に入って行った。
病室の中は薄暗い、誰かが小さく誰かに語り掛けている声が聞こえる。
その人物は入り口付近にいる俺の存在に気付き、問いかけてきた。
「そちらにいますのは何方様ですか?」
「俺だ、八神慎治、貴斗の具合はどう何だ?藤宮」
「出て行ってください。誰とも会わせたくありません、出ていてください」
彼女の言葉は酷く冷えていた・・・、心が凍えてしまうくらいに。
藤宮の冷たい言葉に出て行こうと思った。でも、俺は
「頼む、藤宮、貴斗の顔を拝ませてくれ!」
可能な限り、優しく藤宮にお願いをした。
「嫌です、帰って下さい」
「頼むって、別に藤宮から奪うって訳じゃないんだし」
いや違う、すでに俺は彼女から貴斗を奪っているようなもんかもしれない。
調川先生が教えてくれていた。
眼前のベッドで寝ているヤツは今、生と死の境を彷徨っているって、涼崎の時と違って命の関わる問題だと・・・。今のままの状態が続けば生還する確立は万に一つないとな。
「分かりました、どうぞ」
彼女はやっとオレを受け入れてくれた。それから、貴斗の前に近付き、そこに立つ。
複雑な機械がヤツの周りを取り囲んでいる。
ヤツの顔を覗く、顔には目の辺り以外すべてに亘って包帯が巻かれていた。
身体は藤宮が握る右の掌以外多岐に勢力を伸ばすように機械に付けられたコードと包帯が覆っていた。痛々しいとはこの事をいうのだろうな。そんな貴斗を見ながら、コイツに心の中で話しかけていた。
〈ゴメン、俺、オマエをあの時見捨てちまった、いつの間にか俺も気付かない裡に隼瀬サイドに成っちまっていたようだ・・・、と佐京姉貴を泣かせちまった時に姉貴に指摘されたんだ。お前だけが孤立無援に成りかけていた涼崎サイドに立っていたんだな。偽りの現実、そんなものが良いはずがない、どんなに苦しくても、どんなに辛くても俺達はそこから逃げちゃ駄目なんだよな。〉
〈どんなにそうであっても、その世界の中に少しでも安らぎ、そして、幸せを感じられる時があれば良い・・・、貴斗、お前はそう思っていたんだろ?だから、あんな行動を取ったんだよな?そうなんだろう?普通だったら、誰もが望んで選択しない道をお前は罪と償いと言う名で自分を押し殺してまで・・・・・・。〉
〈頼む、俺の事を赦してくれなくたって良い。頼む、だから、これ以上、藤宮・・・、隼瀬を悲しませないでくれ。早く目を覚ませ、そして早く、彼女達を安心させてやってくれ。だから、早く目を覚ませぇタカァトォぉぉおぉオォオオオオォオーーーーーーーーーーーーッ!俺だってお前を失いたくないんだぁあぁあぁあぁぁっぁっ!だから頼むよっ、なぁっ?〉
「面会時間終わりです。早々に退室してください」
心の叫びが終わるといつの間にかそんな時間になっていた。
今一度、藤宮と貴斗の顔を見てから退散した。
帰り際、俺を呼んだ看護婦に言われるまで気がつかなかった。
目から液体が流れていた事に。いつの間にかそれを流していた様だ。
俺も貴斗と同じで人前で余りそれを流す事などない。しかし、今、それを流していたようだな。
当たり前だ、こんなにも辛い気持ちになるのに涙が出ない訳ない。
己の大切な友や仲間がこんな状況でも涙を流せないヤツなんて畜生以下だな。たとえ、それが人前じゃなくても・・・。
~ 翌日の8月23日、月曜日 ~
バイトが始まる前、無意識の内に今日も貴斗の眠る病院にいた。
親友の一人、宏之と奴の彼女である隼瀬と邂逅を果たしていた。
俺達は三人で貴斗の面会の許可を調川先生にもらい。
今それらと共に貴斗の病室内にいた。そして、藤宮の意思に反して勝手に俺達は何かを口にしていた。
「馬鹿だよな、俺!オマエが何の考えもなしに行動する事、ありえる筈なのに」
その言葉は姉貴に言われて、そして、考え導き出した俺の答えだった。
「そうよね、何時でも貴斗、意味のない行動、とる事なかったもんね」
「いつかは誰かがやらなくちゃならなかった事。それは俺だったのかもしれない。お前がそれを肩代わりしてくれた。なのに、俺はお前を・・・・・・。聞えるか、貴斗!お前、俺の迷っていた気持ち、知ってたんだろ?だからっ・・・」
宏之、お前、本当にそう思ってんのか?お前の迷っている気持ちって何だ?
隼瀬を捨てて涼崎の処に還ろうって言うのか?
そんな事をしたら俺はお前を絶対許さないぞ・・・。
貴斗、ヤツを見捨てて置きながら俺達の心の口から出る言葉は本当に身勝手な物だった。
「やめて、皆、お静かにしてください!貴斗、ゆっくり休めないじゃないですか。貴斗、ゆっくり休めないじゃない」
藤宮は悲痛めいた感情が混ざった声で俺達に訴えてきた。
その言葉の強さには何処となく俺達を糾弾しているようにも思えた。
「しおりン」
「わっ、わりい」
自分が口にした言葉で藤宮を傷つけてしまったと思い彼女にそう謝った。
「貴斗、また涼崎が眠っちまったって知ったら如何すんだろ?」
何故、今ヤツを責め立ててしまう、追い詰めてしまうような言葉を言ってしまったのか、口を動かしてしまってから後悔する。
「八神君、貴斗の前でその話しはよしてよ!」
「ごめん、配慮なかった」
〝配慮〟?そんな簡単な言葉で俺が言った言葉は打ち消せるものではない。
今の俺、駄目すぎるよ。俺自身、貴斗の事で精神的に参ってしまっているのか?
「皆、私と貴斗、二人っきりにさせて、お願いです」
「わかった、貴斗の事、宜しく」
藤宮の気持ちに応えるようそう言ってからこの場を去って行った。
それから隼瀬とも宏之とも何の会話も交えずに病院を後にし、直接そのままバイト先へと向かって行った。店長には既に貴斗の事を報告してある。
酷くお嘆きになっていたな。だから、貴斗が戻るまでは俺が仕事、頑張らんとな。
ヤツが必ず復帰してくれると俺は思っているから・・・、それまでは一生懸命ヤツの分を・・・・・・。
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