語れや勿怪

片里 狛

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【9】緑の女と笑わぬ玩具-1

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 二日酔いってやつは、いつも後悔とともに襲ってくる。
 飲んでる最中三回くらいは『もうやめとこうかなぁ明日しんどくなるだろうしなぁ』って思う。一応、思う。
 思うのだけれど、結局酒のテンションに流されてその場の快楽を優先させてしまうのだから、俺の二日酔いは完璧に自業自得だ。
 アルコールってやつはたぶん、俺の中で軽やかに暴れ回った後、死んでどろどろの毒に変わるだ。
 手足の先が驚くほど重い。
 横になっていればまだマシなのだけれど、ちょっと頭を持ち上げて縦になるともうだめだ。急に地球の重力ってやつに負けてオエッて胃の中のものをぶちまけそうになる。
 阿保みたいに飲んだ。がばがば飲んだ。
 緊張してたのもあるし、単純に楽しかったのもあるし、恥ずかしさを誤魔化したかったせいもある。いや、くそみたいな話題を選択したのは俺の方なんだけど――でも後半は昔読んだミステリの話とか、内容は覚えてるけどタイトルが思い出せない本の話とかで盛り上がった……ような記憶はあった。
 藍さんこと藍川さんは、博識な女性だ。
 ちょっとコワイというかとっつきくいテンションだけど、どんな話題にも適切に言葉を返してくれるから楽しい。久しぶりにナガル以外の人間と話した俺は、言葉を吐き出しその分補充するかのように酒をかっくらった。
 まあ、そりゃ二日酔いにもなる。
 ……あとあんま寝てないし、筋肉痛がしんどくて正直まったく笑えない。
 そりゃ、好きなのかなぁマジかぁ、みたいなテンションだったけどさ。酔っ払った俺、一体何考えてやがんだよ。ほんとに。今日の俺の気まずさを考えて行動しろよ。ほんとにさ。
 やってしまった。
 酔ったテンションで我慢できなくて盛大にセックスをした。もうあれはまごう事なきセックスだ。それっぽいエロイ事とかそういう言葉で誤魔化せないセックスだった。
 なんて言って誘ったのか正直覚えていない。確かに俺がなんか言ってどうにかしておねだりしたと思うんだけど、詳細は酒に浸された脳みその中で溶けて消えてしまったらしい。
 ……すっげー気持ちよかったことしか覚えていないんだけど、ナガルに問いただす勇気は勿論、ない。
「……あー……たばこ…………」
 ちらっと見上げた時計はもう昼で、いい加減水飲んでトイレ行く以外の行動を起こせるくらいには回復したんじゃないの……と思って身体を起こす。
 まだ内臓が別のいきものみたいな感覚だけど、まあ、吐くほどじゃない。昨日の夜から占領していたナガルのでかいベッドからのそのそと這い出して、床に座ると机の上から煙草を拝借する。
 ナガルは煙草を吸わない。じゃあなんで煙草とライターと灰皿が一セットあんのか聞いたら、なんでも幽霊によっちゃ煙草の煙を嫌うから必要な時に焚くのだ、と言った。
 ……たけー銘柄無駄に燃やしやがって。と思いながら、一口吸い込む。
 すー、っと肺に入ったニコチンが、ふーっと白くなって吐き出されるイメージ。
 ようやく、頭がすっきりしてくる。同時に後悔の念が強くなって今すぐベッドに戻って潜り込んで何もかも放り出してしまいたくなる。
 といっても、今のところ俺とナガルの関係にはなんと何の問題もなかった。
 当のナガルは朝からいつも通りケロっとしていて、二日酔いで喋ることすら困難な俺をひとしきり馬鹿にして笑い、当たり前すぎる説教をかまし、水のペットボトルを用意したのち、ちょっと買い物行ってくるねーと軽やかに出て行った。
 特別距離を置いたり、特別距離が近づいたりするようなことはない。微塵もない。
 そりゃそうだ。ナガルにとって俺は喋るオモチャみたいなもんだ。一般的な関係性に当てはめるなら、セフレが違いんだろう。
 俺がセックスをねだったところで、子供ができるわけじゃない。新しいプレイしてみたくらいの気持ちの筈だ。
『もータイラさん家以外で酔っちゃだめだからねー? 外で知らん人相手にチンコちょーだいなんておねだりされたら、さすがにおれもドンびくからねー?』
 なんて非常に遺憾すぎる言葉をかけられたわけで。
 幸いなことにナガルは、『鎌屋平良は酔うとチンコを挿れてほしがる男』だと認識しているらしい。
 ……いやなんだよそれ。なんだそのエロゲ向けお手軽設定。とんだ淫乱野郎じゃねーかよ!
 と、反論しかけた言葉は飲み込むしかない。
 あさイチで口を動かすことすら億劫だったし、何よりもこの最高に恥ずかしい思い込みに反論すると、『じゃあなんでチンコほしがったの?』っていうすげー説明したくない疑問にぶち当たってしまうからだ。
 言いたくない。つか、言えない。言えるわけがない。おまえに惚れちゃったみたいでさーあはは、なんて言えるわけがない。
 自信があるんだ。
 絶対にドン引かれるし、ものすごーく嫌な顔をされる、自信があるんだよ。
 だから言えないし言わない。俺がうっかり勿部ナガルなんていう日本の中でも指折りレベルのヤバい人間に惚れてしまったことは、墓まで持っていくくらいの気持ちでいた。
 中ほどまで燃えて短くなった煙草を眺め、うーんと唸る。
 いやでも、いつもと変わらないといえば変わらない。ようなきもする……。
 俺はいつも同居人に勝手に惚れて、でも大体ストレートの男だったしママの件が最優先だったし、ゲイだってことばらして告白して断れて出ていかれても困るから、基本的にはひっそりと心に秘めて生活した。
 自分から告白なんかしたこともない。学生時代の恋人は同じ嗜好の人間の集まりの中で出会ったし、なんとなく付き合い始めたって感じだったし。そういうバーとかで口説かれなきゃ、自分から誰かと関係を持つこともなかったし。
 ……じゃあ今までと一緒じゃん?
 ていうかセックスとかキスできる分、もしかしてマシなんじゃ?
「………………いやマシなわけあるかよ」
 自分が馬鹿すぎて思わず声に出して突っ込んでしまった。
 マシなわけあるか、むしろ最悪だ。なんで俺は好きな男に好きって言えないのにセックスしてんだよ。しかもアイツそこそこうめーし。得意じゃないからーとか言いながら別に痛いようなプレイする奴じゃなかったし。
 キス好きなのか知らんけど、行為の最中山ほどキスしてくるから、理性ぶっ飛んで何度か好きって言いそうになっちまう。
 放り出されたくない。手放したくない。ここにいてほしい。その一心で言葉を飲み込む俺ってばちょっとなんか可哀そうというか哀れすぎて自分でもなんかこう、うん……。
 いやそもそも、あんなのに惚れんなって話なんだけど。
 なんで俺、あんなのが好きなんだ。マジで。
 昨日藍さんにも五回くらい訊かれたしそのたびにわりと真面目にやめとけってと言われたけど、自分でも何が性癖に刺さったのかわからない。顔か? 顔なのか? 顔はまあ、そりゃ好きな部類だけど――でも、あの性格だぞ?
 本人も言っていた。ナガルの性格を知って、尚ナガルを選ぶ人間は少ないってさ。そりゃそうだ、なんたって勿部ナガルだ。
 でもナガルはメシがうまい。掃除だって洗濯だって、楽しそうってわけじゃないけど普通にこなす。俺の駄目なところに関しては嫌味を十個くらい連射してくるけど、まあ、そりゃ俺が悪いコトの方が多いし。
 よくも悪くも、アイツは素直なんだろうな。
 だから俺は、ナガルと喋ると楽なんだ。
 ……趣味『心霊スポット凸』のユーチューバー兼除霊師だけど。けらけら笑いながら悶えまくる幽霊さんたちに『えーい!』なんて気の抜けた声で塩ぶちまけるいみわかんねー野郎だけど。
 いや、やっぱ、ちょっと、考えなおした方が良いような気もしてきたな……一緒に暮らして単に情が移ってるだけじゃね……?
 酒が抜けた頭にニコチンぶっこんで若干冷静に理性を取り戻しかけたわけだが、残念なことに結論を出す前に思考は遮断された。
 ぴんぽーん。
 と、玄関からチャイムの音が響いたからだ。
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