語れや勿怪

片里 狛

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【2】床の男と彼のママ-1

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 ルームシェア募集中、って言われたらふつうはさ、アパートの一室とかを想像するでしょ?
「わぁ。ご立派じゃん」
 だから目の前に急にどーんって現れたふるーい平屋を指し示されて『家、これ』なんて言われたらびっくりするよね? って話だよ。
「えー。同居人募集ってワンルームとか2DKとかかと思ってたー。タイラさん、これ、借家?」
「いや実家。ふつーにここで生まれてここで育った」
「へー。ふーん。一人暮らしなの?」
「……親父は死んだし、母さんは長期入院してるから」
 特別おれにとって必要な情報だとは思わなかったから、ふーんと流して玄関に近づく。
 さっきからおれが動くと、タイラさんは警戒するみたいにすこし身体を固くするんだよね。ふふ。かわいーの、なんて思ってる自分がぶっちゃけちょっと不思議だとも思う。
 おれは霊能者って奴で、というか分類したら除霊師? とかそういう奴なのかな? 霊媒師でもないし、祈祷師とかでもないし。おれができるのは唯一除霊だけだ。
 まあどんな肩書だってアヤシイってことには変わりない。だから基本、なにしてるのー? って聞かれたら怪談ユーチューバーだよ~って答えることにしているけど、いやーこっちの肩書もまあまあアヤシイよね? という自覚くらいはあった。
 知り合いは結構いるけど、友達なんかまったくいない。友達って聞いて思い浮かぶ顔なんかひとつもない。どっちの職業もアヤシイってのもあるけど、おれの性格がやばめっていう理由もでかいだろう。もちろん、そっちの自覚もあるよ。あるってば。でもどうにもできないから仕方ない。
 おれは他人に優しくあろうとか思えないしできないし、他人を好きになろうとは思えないしできない。だからまあ、へらへらしてたらどうにかなる知り合いに囲まれて適当に生きるのが一番楽で、簡単で、誰かに対して執着したり、誰かひとりを特別に思うことなんかなかった。
 人間の好みくらいはあるけどね。
 あーでも……そういやおれ、ちょっと猫背の人好きかも。目がいくのは、不健康そうな猫背の人が多い気がする。
 その点鎌屋平良という男性は、おれの人間的外見の好みドンピシャって感じだ。
 乱雑で中途半端な長さの髪の毛(たぶんおれと一緒で美容院とかに行きたくないだけかなー?)、クマがくっきり浮いた青白い顔、歯並びが悪くてちょっとギザギザしてるみたいに見える。
 身長はえーと、おれより十センチちょっと低い?
 おれ百九十くらいあるっぽいから、まあ、男の人としては平均よりでかいんじゃないのタイラさん。猫背のせいで台無しだけど。
 ぱっと見イケメンじゃない。たまーに相手しているうちに本気になって告ってくる配信仲間の方が男女ともに美形だ。でも、べつに不細工って程でもない。よく見ると味のある美形に見えなくもない。まー別に、タイラさんの外見なんかどうでもいいんだけど、おれこういう顔が好きだったのかなー? っていう考察ついでにまじまじ観察してしまう。
 人の顔、こんなにながーく見つめたの初めてかも。不思議だなーと思う。不思議だなーと思っているうちに、なんだかイライラしてくる。
 えーおれ、結構気に入っちゃってるじゃん? タイラさんのこと。会ったばっかで何もしらないのに。
 でもタイラさんはきっとさー今までたくさんの人間に虐められてぼこぼこにされて生きて来たんだろうなーひどいなーずるいなータイラさん、きっとたくさん嫌いな人がいるんだろうなー。
 おれも、大っ嫌いって言われたい。
 タイラさんにすごい嫌そうな目で見つめられたい。怯えられたい。タイラさんの一番になりたい。
 でもいまおれは『ファミレスで出会っただけの霊能者』でしかないんだろう。イライラする。この人の人生にもっと踏み込みたい。
 なんてことをおれが思っているのは勿論顔に出さない。ていうか出ない。
 おれ、ほんとに感情が顔に乗らないの。ていうか感情があんまりないのかもしれないけど……いまのタイラさんタイラさんタイラさんイライライライラってのは、すごく久しぶりに明確に感じた感情だったかもしれない。
「……なんすか?」
 でもじーっと見られてたら、そりゃ気になるよね。うん。
 だからおれはにかっと笑って首を傾げる。
「えー。タイラさんおれのになんねーかな、って思ってイライラしてただけー」
「……語尾にハートつきそうな声で不穏な事言うのやめてもらえませんか」
「ふふ。結構ずけずけ言葉を選ばなくなったねタイラさん。もうおれに慣れてきたの? 速いね? いいね? 同居まっしぐらだね? 敬語いらないよ? おれ、敬うとかよくわかんないから」
「なんか、あんた、あー……変な感性してるよな……」
「え? そう? なにが? なんで?」
「ふつうは『年下だから敬語いらない』とか言うもんじゃね? 初めて聞いたよ、敬う気持ちがわかんないから敬語必要ない、とか」
「えーそう? だって、理解できないものを形だけ真似したって大抵無駄じゃない? 感謝してないのに『ありがとう』とか言うのって、言葉が勿体ないと思うんだよねー。そんなぺらぺらな張りぼてみたいな言葉、吐くだけもったいない」
 なんかじーっと見られてる。なんで? なんかよくわかんないけど、いつもみたいに笑ってみせると、諦めたみたいに視線を外された。
 えーなんだったのいまの。おれ、変な事言ったかな? おれの言葉の中では比較的まともだったと思うんだけどな。
「ていうか中入れてくんないの? 実はおれねー薄着なんだよね普通に寒い」
「寒いとかいう概念はあんだな……」
「おれのことーなんだと思ってるのータイラさんー」
「ちょっとでかい壊れた人形」
「ふ、は! えーちょっと、的確! ていうか言うねーもう仲良しじゃん?」
「いや別に仲良しじゃねーから……」
 すごーく嫌そうに眉を寄せる。えーかわいい。その顔写真に撮って待ち受けにしたい。かわいい。二発くらい抜ける気がする。いやおれ、男とヤッたことないけど。でも行ける気がする。うん。かわいいもん。うん。
 にこにこしてるおれから距離を取りつつ、タイラさんは古めかしい一軒家の敷地に足を踏み入れた。
 続いておれも門を抜ける――途端、ぐらっと三半規管が一回死んだ。
 うはは。はー……なあに、これ? すっげーね?
 おれあんまり感じる! 系じゃないんだけど、それでもこれってまじですごい。
 この家やばい。
 正直さっきのファミレスも結構やばかった。おれはネタ集めとかであのファミレス結構使うんだけど、あんなにわさわさとユーレイが集まったのは初めてだ。
 タイラさん自体がヤバいのかな。寄せちゃう体質とかそういうの? って最初は思った。実際にそういう人を見たことがある。足が速いとか目が良いとか、そういうのと一緒だ。そういうのと一緒で、ユーレイを寄せちゃう人。単純に体質の問題の人。
 でもこれ、違うなぁー? と頭を捻る。ぐらぐらする頭を身体で支えて持ち直して何事もなかったかのように笑いながら目を細める。
 うん。違うね。違う。たぶん、タイラさんのせいじゃない。いやタイラさんのせいかな? わかんない。おれには因果とか繋がりとか真相とかはわかんない。見えてるもの、聞こえるものしかわからない。でもたぶん……。
「ねータイラさん、タイラさんが幽霊ホイホイ気味なのってさぁ、あの窓からこっち睨んでる人のせい?」
 おれが見上げた玄関上部の欄間を、タイラさんも慌てたように見上げた気配がした。
 玄関の上、高い位置のガラスの窓。スリガラス状のその窓に、べったりと顔をつけた女がひっでー顔でおれを睨んでいるのが見えた。
 最初に思い浮かんだのは能面。目が離れていて小さくて、それなのに表情が乏しい。けど、睨んでる怒ってるうははなにあれすっげーの。あんなにバキバキに切れてる奴、なかなかいない。
 死者ってのはさ、そんなに人間みたいな感情持ち合わせていない。みんなが思う程、あいつらは感情的じゃない。もっとなんていうか、意味がわからないもんに近い。自然とか雷とか虫とか花みたいなもんなんだ。
 それなのに目の前の窓に張り付いている女は、明確な怒りをばりばりに感じる。
「あんなガン切れしてる奴飼ってんなら、そりゃ一人暮らしきっついよねぇ。実家で一人暮らし寂しいなら犬でも飼ったらいいのになぁなんて思ってたけど、だめだねこれ。犬なんか二日で死ぬ」
「……半日」
「うん?」
「半日持たなかった。昔、小学校の帰り道で迷子の犬を見つけて保護したんだ。次の日に交番に届けようって話をしてたのに、夜中に内蔵吐いて死んだ」
「うーわー。思った以上にやばーいじゃん?」
「……だから俺には、同居人が必要なんだ」
 そりゃ確かに、一人ではきつかろうなーと思う。でも、二人だからだいじょうぶってわけでもなくない? ってのは、愚問なんだろうなぁー。
 だってきっとタイラさんは、全部分かったうえで同居人を探しているんだろうから。
 ガチャガチャ、と鍵を開ける。ガラガラ、と引き戸を開ける。女はまだ睨んでいる。張り付いている。でも引き戸を開けた先にはあるべき身体は勿論、ない。
 代わりに床に這いつくばるようにべったりと四つん這いになって蠢く黒い影が居た。
 ……んーと、男かな?
 髪の毛ないから男かなーと思ったけど、わかんない、黒焦げになった女かも。まあどっちでもいいけど呼びにくいから黒い男ってことにしよう。
 ちらっと視線をずらすと、傘立ての横で頭のでかい子供みたいなやつが膝を抱えて震えている。
 タンタンタンタン、と軽やかに走り去っていく音。一人暮らしって言ったじゃん? なんていうか、笑えるくらいに大歓迎されてて、実際におれは盛大に笑ってしまった。笑いながら吐きそうになる。空気が重くて眩暈がする。
 ……よくこんな家に人を招けるね?
 すごいねタイラさん?
 おれわりと人格クソだなって自覚あるけど、あなたも結構大概だよって思うよ。どんな事情があるのかは、知らないけどさ。
 全然平気ですしみたいな顔をして、おれは靴を脱いで廊下を踏みしめた。

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