シガー×シュガー

片里 狛

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シガー×シュガー

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 こういう時にはホテルを利用するのが常なのかと訊けば、アマミヤは視線をずらしてぼそりと呟いた。
「……だってあなたの部屋でしたら、これから料理を作る度に思い出してしまうでしょ」
 その恥じらう様とかわいらしい言葉が、年上の男のものとは思えない。さらに言えば、そんな年上の男に興奮し、反射的に抱きしめたいと思ってしまった自分の衝動にも驚いていた。
 ニールはアマミヤが言ったようにストレートだ。ただ、アマミヤだけが例外だった。
 美男の部類だと思ってはいたが、どちらかと言えばかわいいと言う事を知った。顔の造作ではなく、言動がどうにもキュートだ。つい横暴に振りまわしたくなる。一々反応がニール好みなので、からかって遊んでしまう。言葉遊びで拗ねることはあっても、本当に腹を立てたりしないおおらかなところも気に入っている。
 些か豪勢なホテルの内装に、ひとしきり感嘆した後、順番にシャワールームに入った。一緒でもいいと言ったが、準備があるから駄目だと言われた。成程、そういえば彼は女性ではない。セックスをするには色々と必要な手順もあるだろう。
 温かい湿気を纏ってシャワールームから出てきたアマミヤは、鞄を漁ってコンドームとジェルを出した。
「持ち歩いてるの?」
「……ええと。言い訳だけさせていただくとこちらに来てからは一回も使ってません……」
「へえ。こっちに来てからは。まあ、良い歳だし経験がないって言われた方が困るか。……センセイは思ったよりセックスが好きな人?」
「初めての子の方が好き?」
「まさか。乱れてくれる人の方が楽しい」
 実際は時と場合によるだろうが、アマミヤに関しては多分どちらでも楽しいだろうと思う。ただ、本人がどうもセックス経験が多い事に関して後ろめたい気持ちがあるようだったので、ニールは多少下世話に笑った。
 いつもよりも、キスに熱が籠る。甘い息の合間に足が絡まり、期待感に膨らむアマミヤのものを意識した。
 男の身体も女の身体も、あまり変わらないな、と思う。
 構造は違っても、触り方に変化があるわけじゃない。感じるところは似たり寄ったりで、骨盤の骨を擦るように指でひっかくと、アマミヤのしなやかな身体はびくりと反応して逃げた。
 勿論逃がさない。快感から逃れようとする身体を抱き寄せて、キスをしながらあちこちを攻め立てた。
 喉の下が弱い。鎖骨を舐めると背中がはね、その背中も背骨に指の腹を沿わせてくすぐると喉が反り返る。平らな胸もきちんと性感帯であるらしい。全ての男の胸がそうであるのか、アマミヤがセックスに慣れているせいなのかはわからないが、指で嬲り舌で弄ぶともうやめてと懇願された。
 すっかり放置されて期待感に膨らんだ性器に手を這わせた時は、驚くほど甘い息を洩らした。良い? と囁けば、こくこくと首を縦に振る。その様子がひどく可愛らしく、ニールはアマミヤを喘がせる為だけに手を動かした。
 この男を自分のものにしたいと思ったのは、レストランで食事をしている最中だった。
 クリスマスに予定は無いのかと訊いたニールに対し、曖昧な表情でアマミヤはバイトの女学生に迫られていることを明かした。隠していたわけでもないだろうし、ニールが今まで訊かなかっただけだ。
 あんな頭の弱そうな女学生に取られてたまるか。そう思ったら、自然とベッドに誘っていた。
 子供っぽい嫉妬だ。けれどその衝動は正直だ。
 欲しいと思った男は、今腕の中に居る。ニールの手で追い立てられ、責められ、喉を晒してシーツを掴んで悶える。声を殺し、息を飲む様がたまらない。
 快感に弱いのだろうということは、敏感な肌からすぐにわかる。それに流されまいと抵抗する様が良い。興奮する。
「……焦らされるの、好きだろ。ゆっくりされるの、たまらない?」
「ん、ぁ…………、すき、でも……、もっと、ちゃんと……っ、お願い、ニール……」
「どうして? すごくイイ顔してるのに。ここと、」
「ひ、ぅ……!? あ、や……ぁ」
「ここ、どっちが好き?」
 言葉で煽りながら、竿の根元と先端を器用に刺激する。敏感な粘膜を直接親指でぐりぐりと押さえると、我慢できなかったらしい声が響く。
「どっち? ほら、言って」
「……や、ぁ……だめ、それ……、先っぽ、ぐって、しちゃ……」
「センセイは、ここが好き?」
「……あなたが、触って、くれるなら……どこでも、っあ、ちょ……引っ掻いちゃ……」
「嬉しいことを言うから。ああもう、ぐちゃぐちゃだ……」
「ひ……ぁ」
 手のひらで包み込むように揉みしだく。耳に届く濡れた音が、聴覚も犯している気分になる。じれったい刺激に、快楽で蕩けた顔のアマミヤが腰を揺らした。
 よくぞ他の男に食われなかったものだ。いやもしかしたら、早々にニールに出会わなければ、今頃は誰かとベッドの関係を結んでいたのかもしれない。
 自分の手で乱れるアマミヤの痴態に満足し、ニールは思う存分アマミヤの身体を撫でまわし、煽る言葉を浴びせた。
 ニールの言葉に逐一反応し、肌を染める様がたまらない。直接吹き込むように耳を齧りながら吐息を混ぜると、それだけで果てそうになった。
 何度か射精寸前まで焦らし、もうお願いと懇願されキスをしながらイかせた。その後は息も絶え絶えのアマミヤの指示に従い、初めて触る後ろに手を伸ばした。
 自分のものすら触った記憶がない。特別そこを使ったセックスをする必要もない、と一応言われたが、もっと乱れるアマミヤが見たかった。
「うしろ、嫌いか? 嫌ならやめるけど」
「……ニールが、嫌じゃないなら、ええと……その、私は、あなたがほしい……」
「素直なアンタもかわいいよ」
 恥じらいながらも腰を押し付けて誘う様の、淫らさといったらとんでもない。
 何度もキスをしながらジェルと指で慣らし、指がふやけるまで出し入れを繰り返し、コンドームをつける。そういえば、こんなものをつけるのも久しぶりだ。女と寝ることも稀な、煙草と仕事ばかりの生活だった。
 挿入はどの姿勢が楽か訊けば、自分で入れる方が楽だと言われ、ベッドの上に仰向けに倒れた。
「……気持ち悪くありません? へいき?」
 この後に及んで不安そうに訊く割に、彼の性器は興奮を示したままだ。
「今更、何言ってんだ。散々尻の穴を弄っといて『やっぱり男は抱けない』なんて言うわけないだろ……別に俺はビッチも嫌いじゃないから遠慮せず乗れ。ただ、そんな風になるまで抱いた他の男が今目の前に居たら、両目に煙草をつっこむかもしれないけどな」
「……言葉だけでいきそうになる……」
「それは困る。いかないようにするには、縛ったらいい? ……そういうプレイをしたことは?」
「………………ええと」
「OK、あるんだな、よくわかった、金輪際手加減はしない」
 半分は冗談だったが、もう半分は本気だった。男と寝るのが好きらしい、ということは察していたが、本当にビッチなのかもしれない。
 くそ真面目な性格の反動なのか。ベッドの上のアマミヤは想像以上に淫らで、普段の白衣姿からは想像もつかない。
 何人の男に抱かれたのか。嫉妬のような感情が沸き上がる度に、けれどきっと彼と一緒に茹で卵をミンチにした男は自分だけだろうと思うと、不思議に満たされたような気分にもなった。
 勝手に照れて、勝手にそれを隠すように腰を落とすアマミヤに『早く』と声をかける。ゆっくりと呑み込まれ、一番根元まで入ってしまうと、アマミヤが腰を揺らし始める。
 擦るように、前後に動かれると、緩やかな刺激が腰に伝わる。女性の中よりも少し入口がきつくて、中は広いような気がする。勿論そこは性器ではないのだから、気持ちよさを比べてはいけないのだけれど、直接的な刺激よりも視覚的興奮の方がニールを追いたてた。
 自分にまたがり、艶めかしく腰を揺らす男の溶けた表情に、思わず喉が鳴る。軟体動物のように揺れる腰がいやらしい。たまらなくなり、キスをするために身体を起こすと中で位置が変わってしまったのか、アマミヤは甘い声をあげて抱きついてきた。
 ゆっくりと膝の上に乗せたまま腰を動かす。抱き合う素肌が熱く、また欲が煽られる。
「ぁ、あ……、ん……、ニール……、だめ、キス、……飛んじゃう……」
「キス、好きだろ? ああ、あと、声も……ねえ、センセイのファーストネームは?」
「……っ、ぁ、透一……あまみや、とういち……、ぁ、動か、」
「トローチみたいな名前だな。やっぱり、甘そうだ」
 キャンディみたいな人だなと思いながら、耳元でトーイチと囁く。
 アマミヤはニールの低い声が好きな筈だ。それを知っているニールは、ゆっくりと腰を動かしながら何度も名前を呼んだ。低く、掠れる声で呼ばれる度に、恥ずかしそうに首を振る。
 気持ちいい事が好きで、腰は揺れている癖に、名前を呼ぶと少女のように赤くなってしまう。そのギャップがたまらなくて、キスをしながら押し倒した。
「……交代だ。なんとなく勝手はわかった」
「え、ちょ……うわ、ぁ、や、駄目……ッ」
「駄目? なんで? ……この辺、好きだろ?」
 指で慣らした時に反応していた場所を覚えていた。
 少しだけ浅いところを狙って擦りあげる。奥にうちつけた方がニール自身はきもちいいが、アマミヤを攻めるならここだと確信していた。
 予想通りびくりと身体が跳ね上がる。震えるアマミヤの性器の先端からは、とろりとした液体が漏れ始めていた。
「駄目……っ、ぁ、や、ソコ……ッ、いっちゃう、から……、擦らな……! ニール、おねが……だめ、ぁ、あっ」
「なあ、これ、……っ、すき……?」
「すき……っ、ぁ、だめ、すき……だから、もう、ひ、ぁ……っ」
 快感に上下するペニスが愛おしいなんて病気だ。他人のそんなものに興奮するなんて知らなかった。今なら口に含んで舐め上げて、先端まで舌を這わせて吸い上げることだってできると思う。
 良いところを突きあげながら、蜜を洩らすそれを手で扱きあげる。もっと鳴かせたい。もっと快楽に溺れさせたい。もっと煽りたい。
 その欲望のまま、何度懇願されても甘い声を吹き込んだ。甘い責苦の果て、最後には理性を捨てたアマミヤはニールの名だけを呼んで『もっと』と舌っ足らずな英語で求めた。
 どちらが先に力尽きたのか、よく覚えていない。
 攻め立て続けたニールの方か、それとも快感の渦に放り込まれたアマミヤの方か。どろりとした睡眠から覚醒したのは早朝で、シーツからはみ出した素肌の肩が少し寒い。
 同じようにアマミヤも寒そうにしていた。
 少しだけ迷ってから、抱き寄せた。セックスは気持ち良くなるための手段だし、恋愛なんて面倒なだけだ。そう思っていたニールは、本当に久方ぶりに誰かを抱きしめて眠った。
 結局、言葉は伝えて居ない。確かに二人とも、欲望以外の感情があるはずなのに、それを言うタイミングはなかった。
 まあ、明日死ぬわけじゃないし。クリスマスを記念日にしてしまうのも、いっそ面白いかもしれない。
 そんな事を考えながら、不思議に満たされた気分で眠った。
 ニールは幸福だと感じた。子供の頃から、そんな感情とは無縁だったことにも気がついた。姉も祖父母も愛してくれたが、自分が愛を返さなかった為かもしれない。
 二十五年生きてきた。けれど、二十五年しか生きていない。こんな出会いがあるのならば、煙草で命を削ることもないのかもしれない。
 そんなことを考えてしまうくらいには幸福だと思った。
 そしてその幸福は、少なくともあと数カ月は続くと思い込んでいた。別れは唐突に、なんていうのは気障な歌の歌詞だけだと思っていたのだ。
 ――…一週間後、アマミヤが急に姿を消してしまうまでは。

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