家畜少年の復讐譚〜虐められていた俺はアクマ達を殺した〜

竹華 彗美

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二十二話 人の役に立つもの

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 俺が次に目を覚ましたのは既に日が落ちた夜だった。昨日の惨いリンチの跡はポーションのおかげですっかり治っていた。精神も良好で気持ちのいい目覚めだった。しかし──


 
"グゥゥ……"




 腹の虫が泣く。それもそうだ。
 昨日の夕食は用意されていなく、取りにいこうにもあの気持ちの悪い宴会のような雰囲気では、勇気が湧かなかった。
 そして昨日のリンチで体力を消耗させられ、更に今日は何も食べていない──腹が空くのも当たり前だ。
 しかし今日はどんなに空腹でも夕食に行くのを体が拒否した。「なぜ?」と聞かれると『察してくれ。』と応えるしかない。
 ただ一つヒントを与えるとしたら俺はまだ『怖い』という感情が残っていたみたいだ──それで察してくれ。
 故に部屋の外にも出たくない。

"グゥゥ……"

 また腹の虫が鳴く。






















"トントントン"

 小さな音でノックが三回聞こえたのは、俺が今日は部屋から出ないと誓ってから暫くだった。

「……さいとー」

 聞こえてきたのは、か細い女の声──碓氷だ。

「なに?」

 俺は部屋から出たくないので扉も開けず、中で聞き返す。

「開けてくれない?」
「開けない。」

 俺がそう言うとしばらくの沈黙の後、「わかった」という。

 俺は鍵を開けて、「入れ」と言うと碓氷は大人しく入ってきた。

「なんで、最初入らせてくれなかったの?」
「……察してくれ。」

 そう俺が言うと、碓氷はすこしかんがえたあと、首を縦に振った。

 

 碓氷も昨日、凄まじいリンチに遭ったのはいうまでもない。俺の傷を見たルエルが『もしや』と思って碓氷の部屋を見ると、俺と同じ──それ以上に酷い状態だったという。あまり想像したくはないが、碓氷は"女"だから、今まで"男"の俺を『道具』として扱ってた人間アクマたちが、新しい『玩具』として手酷く扱ったのだろう。
 そしてその処置も大変だったと容易に想像できる。俺はどんなに中に白濁を溜められても、腹を壊すだけで済むが、碓氷の場合はそうはいかない。妊娠の可能性だって否定できない。
 肉体的治療はエキソンが、性的治療は『しっかりとした病院でやって貰った』と本人も言っていたが、この世界の『しっかりとした病院』がどこまでのものなのかは分からない。

 そんな不安と治療での体力消耗に、昨日から何も食べていないという彼女は酷く窶れていた。俺が寝ていた時間、ずっと治療を受けていたのだ。それはこうなる。


「……わたし、今日は食堂行きたくない。もう誰にも会いたくない。」


 彼女はエキソンに治療が終わり、医務室のベッドで寝かせられたが、見られているかもしれないという恐怖・自分の部屋で一人でいるのも怖いということから俺の部屋ここに逃げてきたという。
 もう完全に俺に依存状態だ。彼女も悔しいかもしれない──それが俺が求めていた"復讐"だ。 ありがとう、碓氷。

「で、今日は俺の部屋に泊まるのか?」
「……うん、そうしたい、けど……ダメかな?」

 依存状態、おまけに俺の顔色を伺い従う"犬"だ。異世界ここに来る前には考えられなかった状況。


「俺が"嫌だ"と言ったら?」


 そう意地悪く言ってみる。


「……そしたら、私は出ていくしか選択肢はない。」


 俺がそう答えさせることしか出来なくなるようにした。俺がお前をそうさせた。

 快感しかない。


「分かった。今日は泊めさせてやる。寝てないんだろ。ベッドで寝ろよ。」


 意地悪したあとに、優しくする。
 折檻された後に、褒美を与える。


 
 アクマ達とやっていることが同じと貶されるかもしれない──それがなんだ。やられてやり返して何が悪い!


「ありがとう」


 そう言う彼女の目には涙が浮かんでいて、俺は先程の恐怖は無くなり、"復讐"の快感に飲まれていた。
 

 その夜気分を良くした俺は、碓氷が眠ったあと、部屋を出た。




 




 夜の城内は一定間隔に明かりが灯され、まだメイドや衛兵が見回りにいるため静かなものでは無い。だからこそ俺が歩いていても、何も言われないし見向きもされない。それにまだ夜11時ということもあり、クラスメイトも友達同士で誰かの部屋に集まってゲームしているし。

 ただそんな中でも一人で就寝の準備・部屋の外に出ている"ぼっち"もいる。
 その"ぼっち"は昨日勝ち組になったのにも関わらず、今日も一人、王城の庭にある小さな物置小屋で何やら物騒な玩具を作っていた。もうスキルも何も無い彼は、黙々と"王"に気にいられるため、釘やトンカチを使ってモノを作る。








ーーーーー


 いじめには消極的。


『"の役に立つもの"なら依頼されればなんでも作る。それが"職人の心"だ。』

 『尊敬する祖父』から言われたことを、ただ忠実に守る。それが彼──楜澤 工くるみさわ たくみの許されたことだった。
 それがたとえ、家畜を虐めるためのものだとしても、残酷な虐めを後押しする玩具だったとしても。

────



 彼の父親は早くに癌で死に、母親は彼が小学生の時に五つのバイトの掛け持ちと主婦としての家事の両立が取れず、過労によって自殺した。
 残された彼は兄弟もいなく、母親型の家族も全員亡くなっていたため、彼には『職人の家』であった"楜澤家"に半ば強制的に引き込まれた。


 しかしそこでの暮らしは厳しいものだった。"楜澤家本家"の敷居を跨いだ男は全員が職人にならなければならない。
 ではなぜ彼の父は職人にならなかったのか──それは彼の父は既に"楜澤家"から縁を切っていたからだ。






 "楜澤家"は400年以上の歴史を持つ、陶芸一家だった。男は女を持つことは許されず、ただひたすらに轆轤ろくろを回す。それがしきたりだった。
 
 しかし彼の父は"楜澤家"のしきたりを受け入れようとはしなかった。だから年頃、こっそりと家を抜け出し、毎日のように近くの媚館に通い、そこで彼の母と出会った。そして子を宿すまでの関係になってしまった。──幸い、その事は"楜澤家"にはバレず、父は次の段階に出た。
 父は母を娼館から脱出させることと、自身も"楜澤家"から縁を切る目的で"楜澤家"の金を盗んだ。それは数百万という額ではない。母が娼館で身売りしなければいけないぐらいの額の借金返済と、これから二人──いや、生まれてくるこどもが暮らせる家を買うための金──約四億円だった。
 それにはさすがに"楜澤家"も気づくのは遅くはない。直ぐに追っ手を出すが、父の対応は一足早く、その後かれが引き渡されるまでは消息不明となった。


 そしてそのあと、彼が産まれ、小林 工こばやし たくみと命名された。『小林』という姓は母のもので、"楜澤家"に見つからないようにと偽装した。



 『これから何にも縛られない自由な生活が送れる』そう二人は手を握り締めあった──否、終幕は早かった。
 彼が産まれて二ヶ月、『"楜澤家"の恥さらし』と言われるような天罰が父に降りかかり、父は癌で倒れた。
 そのあと、母親は生計を立てるために仕事をし、家事もこなしたが彼が四歳の時、家で首を吊って死んだ。第一発見者はもちろん工だった。




 その後の彼の選択肢は、孤児院にいくか、里親に貰われるか、"楜澤家"に貰われるかだった。四歳のまだまだ子供の彼にはどれが正しい選択など全くわからない。
 何もわからないまま、ただ大人の交渉に連れ回され、自分の意思は全く問われないまま"楜澤家"に引き取られた。
 



 父が一旦縁を切った家。父に恨みを強く持つ家がなぜ工を引き取ることを決意したのか──"楜澤家"に跡継ぎの男がいなかったからである。
 父は長男だった。兄弟は6人いたが、その他は全員女だった。即ち跡継ぎは全て父しかいなかったのだ。そのため父は厳しく育てられてきた。たくさんの金を使われ、育てられた。家族全員からの圧力が彼を苦しめ、結果父はそれに耐えられず縁を切った。
 その後も"楜澤家"には男子が生まれなかった。そんな中、『"楜澤家"の恥さらし』が死に、その女も自殺。子供は孤児院に行かされるかどうかという話が耳に入ったのだ。──その話を"楜澤家"が見過ごすわけがなかった。



 そしてその圧力を不幸にも今度は工が背負わされるようになった。拒否権のない"一流陶芸家になるため"の厳しい地獄の日々が工を待ち受けていた。




 五歳の誕生日、彼は"楜澤家"の敷居を跨いだ。"楜澤家"は彼の父が四億円を盗んだにも関わらず、金には困っていない。なぜなら、彼の祖父は『日本の名工 100人』に選ばれている超一流陶芸家。祖父が作った花瓶はインターネットオークションで一億もの値がつけられたこともあった。
 それに女はに男と結婚し、子供も夫が儲けた金の大半も楜澤家に譲渡していた。
 そんな現代では異質な家制度があるここに来て、彼はまず体にGPSを埋め込まれた。父のように逃げないように。家の外に出ても捕まえられるように。家に縛りつけられた。
 そして部屋を与えられた。しかしそこには陶芸の本、陶芸の練習台、木でできた勉強机、薄い敷布団に掛け布団、電気は蝋燭、古びたトイレと風呂と水道も完備、鍵は中からは開けられないようになっていた。まるで刑務所のような部屋。一切の自由もない、地獄の部屋。
 更に起床時間、朝晩二回の食事の時間、勉強時間、就寝時間を事細かく決められた。自由時間などない。
 彼は全てに縛られ生きていく。5歳の彼にはそれがどれだけ苦しいのか、自分がこれからどれだけ苦しめられるのか──まだ知らない。





 彼には一週間に一回定期テストが開催された。それはもちろん陶芸のものだ。まずは基礎的な陶芸の知識だった。分厚い参考書を広げ、まだ文字もろくに読めない彼は国語辞典も広げて勉強した。

 一回目のテストがやってきた。彼はまだ範囲が終わっていないことを祖父に伝えたが、聞いてくれなかった。やるしかない。
 

 結果は残念ながら赤点。祖父は溜息をつき、彼の頬を殴った。

「こんな、点数取りよって!!直ぐに勉強しなおせぃ!!!」

 初めてだった。人に痛みを与えられたのは彼にとって、衝撃的で言い訳もできなかった。

 
 それから週間テストで赤点を取ると、起床時間が一時間早まり、就寝時間は一時間遅まった。更に食事も朝だけになり、空腹と眠気を堪えながら勉強する。
 この厳しい生活は工に限らない。父もそうされてきた。"楜澤家"の男では当たり前のこと──それに耐えられず父は逃げ出したのだ。しかし工は逃げられなかった。どこに行こうと体に埋め込まれたGPSのせいで、いる場所が分かってしまうから。それに小学生になるまで、家の外には出してもらえなかった。





 そんな地獄の生活が一年続き、小学校に入学した。この頃工は既に、陶芸の勉強の成果により広辞苑の言葉をマスターしていた。それに算数も中学生レベルの問題までは楽々解けた。だから勉強に対しては何も困ることは無かった。
 しかし体育は出来なかった。彼は今まで外に出ることなく、狭く暗い部屋で黙々と勉強してきた。体を動かすことのなかった彼は、小学六年になる頃には『運動音痴』『勉強バカ』だと言われた。更に人と話すことが苦手だった彼は、クラスで孤立した存在となり──いじめの対象となった。
 
 そんな中でも家では定期的にテストが行われ、学校の疲れが残る中、深夜まで勉強を続けた。どんなに暴言を吐かれようとも、トイレの水を飲まされても、真冬に頭から水をかけられても……まだ幼き彼には"陶芸"の勉強をすることしか出来ない。"祖父の跡継ぎの一流陶芸家"になることが己の使命だと言い聞かせてペンを握り続けた。

 



 小学六年間、彼は週間テストで赤点を一回も取ってしまうことがなかった。祖父は工の勉強の才能に感銘を受け、彼の父のことは水に流していた。
 "楜澤家"では当主が決めたことは絶対遵守。だから誰もそのことを咎めなかった。しかし工自身は父のことが嫌いだった。何度も祖父から父のことを聞かされ、その度に自分がこうなってしまったのは『恥さらしの父』のせいだと恨んだ。
 

 

 そして中学になり少しした頃、7年間続いた週間テストは終わりを告げ、次は実践練習となる。しかし工はここで地獄を見ることになった。なにせ不器用で、轆轤もろくに回せない、皿の方を作る前に行う、土殺しもまともに出来ない。頭ではわかってるのに、勉強は血反吐を吐くほどしてきたのに、全く手が動かない。技術が足りなかった。
 あまりの不出来さに祖父は毎日叱った。そしていつの日か『どうせ父の子』と言われ、今まで優しかった家族は豹変し、家の中でも彼は虐められるようになった。


 中学に上がり、学校ではいじめがエスカレートした。それなのに家でも虐待とも取れるような暴力を受け、彼の精神は壊れていく。

『勉強はできるのに技術がない。勉強ができるのに喧嘩は強くない』

 そのネガティブ思考が彼を蝕む。でも彼は諦めない。諦めたら大嫌いな"父"のようになってしまうから。

 普通の子なら勉強が出来れば、それでいいと思えたろうに。"楜澤家"では勉強だけ出来ても、技術がなければ迫害される。

 それを知ってしまった彼は、夜な夜な一人狭く暗い部屋で泣きながら、練習台に向かった。




















 そんな彼に転機が訪れたのは高校進学だった。"楜澤家"の男は普通、高校は行かせて貰えないのだが工は、『勉強の才能は素晴らしい』ことから高校に行かせて貰えることになった。また中学三年の時にようやく陶芸の技術も伸びてきて、練習の成果が実った。祖父の風当たりもそこそこ和らいだことで、家でのいじめは減った。
 
 
 祖父は高校入学を工がすると、一緒に轆轤を回すことが多くなった。その時教わった"楜澤家"の流儀。

『"の役に立つもの"なら依頼されればなんでも作る。それが"職人の心"だ。』

 人の役に立つもの。それはなんでもいい。依頼されれば即座に作れるような人間になれと祖父は言った。
 彼にとって祖父は恐怖の存在ではない。『尊敬する』人だ。いくら暴力を振るわれようと『尊敬する』人だった。

 彼はこう思う。

「両親は自分を捨て、祖父は父に酷い扱いを受けたのにも関わらず、愛情いっぱいに育ててくれた。」
「自分が虐められるのは、全て自分のせい。運動が出来なくて、喧嘩もできない自分は、自分のからだを使って『人の役に立つもの』にならなきゃいけない。」


「僕は人じゃない。機械だ。」

と。



ーーーーー
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