残党シャングリラ

タビヌコ

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第三章「中年サヴァイヴァーと徒然デイズ⑯」

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前回のあらすじ

少女の天性、垣間見える。



「よし、では今日はここまでにするのじゃ。ありがとうございました!」

鬼教官、悪道姫子の修行は夕方までみっちり続いた。

後半、完全に指南役の地位を姫子に盗られていた替々であったが、本人は道場の隅で優雅にティータイムに勤しんでいた。

「ご苦労様、姫子ちゃん、尾方。暖かい紅茶は如何かね?」

尾方は息も絶え絶えに床に突っ伏している。

「はぁ...はぁ...し、師匠...冷たいお茶...ないッスか...?」

「ないよー」

ガックシと尾方は力尽きる。

「尾方!? 大丈夫か!? 少し待っとれ!」

慌てて姫子は本殿の居間からヤカンを持ってきて尾方に渡す。

尾方は震える手でヤカンを受け取ると浴びるようにそれを飲み干す。

すると尾方は「ぶはっ」と息を吹き返しぜーぜーと肩で息をする。

「や、はぁ...ぜぇ...やるねぇヒメ...おじさん...ぜぇ...ぜぇ...吃驚しちゃった...ごほっごほっ!」

今にも死にそうな尾方の周りで姫子はわたわたしている。

「尾方! 大丈夫か!? 無理に喋るな! 傷は浅いぞ!」

「姫子ちゃん、それ助からない系の台詞だからネ...?」

「もっと喋ろ! 傷は深いぞ!」

「いやベクトルを変えろって話しじゃ...虐待かな?」

姫子と替々がわちゃわちゃしている間に、尾方は息を整える。

「ふぅ、いや、でもありがとうヒメ、良い勉強になったよ」

姫子は尾方の方をバッと向き、目を輝かせて言う。

「おお! 本当か尾方! ワシは役に立ったか!」

ズズイッと前に乗り出す姫子に、少し気圧されながら尾方は笑顔を返す。

「勿論、正直驚いたよ。無理くりとはいえここまで一日でここまで仕上げることが出来たのは間違いなくヒメのお陰さ」

すると替々も横から加担する。

「全く持ってその通りだよ。私の見立て以上だ姫子ちゃんは、流石は新生メメント・モリのボスだネ」

二人に代わる代わる褒められて、姫子はてれてれで胸を張る。

「ま、まぁ当然じゃな! ワシの師はおじじ様であれば! このぐらいは出来て当然じゃからな!」

ブンッと威勢代わりに空を斬る木の丸棒に尾方が「ヒェッ」っと小さな声をあげる。

するとその時、

「おっさーん...おっさぁーん。いないんスかぁー、おっさーん」

家の本殿の方から、何処か気だるそうな声が道場に響いてきた。

時間を確認した尾方は飛び起きる。

「やっばい、もうメメカちゃんの時間か! じゃあ行くねヒメ、師匠! 修行どうも!」

二人にお礼を言いながら尾方は道場を飛び出す。

横目に軽く手を振る替々と、笑顔の姫子が見えた。

そして後方から、

「うむ! 頑張れ尾方! また明日じゃ!」

と、姫子の激昂が聴きき、尾方は道場を後にした。





「あ、おっさん! 捜したッスよ!って、でぇぇ! どうしたんスかその肘! 真っ青ッスよ!」

居間から応接室に続く廊下の途中で尾方と遭遇した葉加瀬は驚く。

慌てて道場から走ってきた尾方は、言われて初めて自分の肘を見る。

その肘は、見るも痛々しい青痣だらけになっていた。

尾方は慌てて袖を下ろしながら言う。

「ああ、これは違くてね。修行でちょっと...ね?」

すると葉加瀬はムッとした顔をする。

「違うくないしちょっとでもないッス。とりま来るッス!」

葉加瀬は尾方の手を引くと元応接室のラボに入る。

そして部屋の中で唯一座れるスペースに尾方を座らせると、

これでもないあれでもないと散らかった部屋を更に散らかし始めた。

尾方は不安そうにその様子を伺う。

「ハカセ...? あの、葉加瀬さん?」

その時、葉加瀬がガラクタの中から頭を出す。

「有った! テテテテッテテーン! 救~急~箱~ッス!」

その手には、半透明な箱が掴まれており、中には薬が見て取れた。

それを見て尾方は不思議そうな顔をする。

「救急箱? 何処か怪我したのメメカちゃん?」

とぼけた様な事を言う尾方に、葉加瀬は呆れたように言う。

「なぁに言ってるんスかおっさん。貴方に決まっているでしょ。ほい、肘出して」

尾方は戸惑いながらも促されるままに肘を出す。

葉加瀬は湿布を救急箱から取り出すと肘が曲がるように真ん中に穴を開け、尾方の肘に貼る。

その様子を、尾方は神妙な様子で眺めていた。

それに気づいた葉加瀬が口を開く。

「どうかしたんスか? 他にもどっかケガしてるところあるんスか?」

尾方はハッと我に帰って言う。

「ん、いや...大丈夫、なんだけどさ」

何処か引っかかるような物言いをして、少し考えた尾方は後にこう続けた。

「正直おじさん、心配され慣れてないって言うか。まだ何処かで、なんでみんなが僕を心配するのか...」

「――『わからない。死んだら治るのに』ッスか?」

葉加瀬に言い辛い事をスパッと言われ、尾方は苦笑いで自嘲の表情を浮かべる。

葉加瀬は溜息混じりに言う。

「はぁ...私さんがどうにか出来ればすぐするんスが。おっさんが機械なら全身総メンテする並のバグなんスよそれ」

「なにを今更、人間なんて最初からバグだらけじゃない?」

「まぁ、その意見には私さんも肯定ですけど、たまにおっさんみたいにクリティカルなのかかえてる人がいるんスよ」

救急箱を片付けながら葉加瀬は続ける。

「でもまぁ動いてるんでヨシ!」

「限界SEかな?」

ニッと笑った葉加瀬はどこから持ち出したのかスパナを握っている。

「そんなことよりお手伝いッスよお手伝い。また必要な資材が出て気たんスよぉ」

「あらら、それは大変だねぇ。今回は何を取りに行けばいいのかな?」

「前もって向こうに連絡してあるんで行って受け取るだけでいいッスよ。今日も今日とてよろしくお願いするッス」

葉加瀬が軽く頭を下げて、スパナを片手に作業に戻る。

「任されましたよ。じゃあ、いってきます」

尾方が立ち上がり、部屋から出かけたその時、

「あ、そういえばおっさん」

葉加瀬に呼ばれ、尾方は脚を止める。

「どしたの? メメカちゃん?」

葉加瀬は振り返らずに言う。

「いつかその...バグを、直せたら、一つ、お願いを聞いて貰っても、いいッスか...?」

尾方は笑って言う。

「そりゃいいや、是非お願いしたいね」

葉加瀬はご機嫌な声で言う。

「交渉成立ッス。ビシバシメンテするんで覚悟するッスよ」

葉加瀬が振り返り小指を立てたので、尾方も意を飲んで小指を差し出す。

指きりをするその小さな方の手は、大きな手が冷たいのか、とても熱を持っていたように感じられた。
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