残党シャングリラ

タビヌコ

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第三章「中年サヴァイヴァーと徒然デイズ③」

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前回のあらすじ

中年、休暇を貰う


「...落ち着かないなぁ」
ボスの命により養生を仰せつかった尾方は、姫子と別れた後、直ぐに入眠。
夕方までぐっすり寝て、シャワーを浴びた後、タバコを吸いながら新聞を眺めていた。
しかし、最近極短期間に色々あったせいか、ジッとしているだけでなんだかどうしようもなくソワソワしてしまう。
咥えたタバコを灰皿に押し付けた尾方は立ち上がる。
「...散歩にでも行くか」
動物園の熊のように落ち着きのなくなった尾方は、外に繰り出すことにした。
タバコにライター、鍵にサイフをポケットに捻り込んだ尾方は玄関の扉を開ける。
久々の一人の時間に上機嫌な尾方は口笛交じりにアパートの階段をカンッカンッとリズミカルに下りていく。
階段を折りきった尾方が家の前に視線をやると、そこには見慣れた和服姿の若女将、正端清まさただ きよの姿があった。
いつものように旅館前で箒を持った彼女に、丁度よかったとばかりに尾方は話しかける。
「やぁ、キヨちゃん。こんな時間までお掃除かい? 精が出るね」
背後から尾方の挨拶を受けた清はフワッと束ねた髪を翻して微笑みを浮かべて振り返る。
しかしその顔色は、すぐに疑問の色に変わった。
「尾方さん...? その腕は...?」
尾方はしまったと思い、すぐに申し開きする。
「ああ、これ、これね。仕事で少しドジっちゃって...。ごめんね、びっくりしちゃったよね?」
そこまで言ったところで尾方は思う。
目の前にいるのは正端清であるが、それは天使戒位第三躯(オマケに二十四歳)の正端清である。
この程度のことで動じるはずがない。普通に失礼なのでは?と。
慌てて言い直す。
「いや、その、吃驚じゃなくて。不気味だよね~って...」
全然フォローになってない一言だったが、尾方の予想に反して、清の表情は動揺の色を見せていた。
グルグルした目で清が尾方に尋ねる。
「なんで...尾方さん...その...治る? 治るんですよね? 斬る? 斬ります?」
いつの間にか箒の代わりに正装の大太刀を持った清が詰め寄ってくる。
予想外の反応に尾方は後ずさりながら慌てて事情を説明する。
「と、とある天使の正装にやられてね。これ治らないんだよね。だから納めて! その物騒なのを!」
そこまで言うと清の動きがピタリと止まる。
そして考えるような仕草を少しして、尾方のほうに向き直る。
「まさか尾方さん。昨夜シャングリラに?」
尾方がうなずくと。腑に落ちたように清はなるほどと姿勢を正す。
しかしその後、みるみる内にその顔は怒りの色に変わっていった。。
「あの使、これだから私は反対だったんです。独善の権化め...よくも...よくも...」
大太刀を握る手がわなわなと震えている。
尋常じゃない様子に尾方も恐る恐る尋ねる。
「キヨちゃ~ん、もしも~し」
すると清はパッといつもの若女将の顔に戻る。
「ハイ。なんでしょう尾方さん?」
いつもの顔に少しホッとした尾方は一息おいて言う。
「大丈夫?」
すると少しムッとした表情で若女将は返す。
「それは私の台詞です。こんな大怪我をして、平気な顔でお散歩ですか?」
その表情が少し尾方には引っかかった。
「そ。暢気にお散歩の真っ最中。でも、そんなお散歩の数少ないお楽しみの一つである若女将の笑顔が、今日はちょっと少なめかなぁ」
いつもの軽口で軽くかまを掛ける尾方であったが、それを清は嬉しそうに受け取る。
「自分を大切に出来ない人に向けられる笑顔って少ないんですよ。それよりも尾方さんは、私の素性を知って尚、変わらず接してくれるんですね?」
言われて尾方は一考する。確かに、もっと緊張とか、敵視とか些細な感情でも浮かんでもいいはずだ。
しかし、
「おじさんぐらいの歳になるとね。変化ってしんどくてねぇ。ごめんだけど今まで通りに行きますよおじさんは」
素直に寂しいとは言えない中年に、若女将は笑って返す。
「はい、それがよろしいかと。余所余所しい尾方さんなんて普通に不審者っぽいですし」
さり気なく毒を吐く若女将に尾方はヘラっと笑う。
「否定は出来ないなぁ。バイトもほとんどなくなって僕もうほとんど無職だし...」
「いえいえ、代わりに立派なお仕事に就かれたじゃないですか?」
「一般戦闘員のこと? シャングリラでの話でしょう? こっちで『仕事何してる?』って言われて、『悪魔の一般戦闘員です』ってさぁ。言える? 言えなくない?」
「う、確かに、私も、『職業ですか? 天使です!』とは言えません...」
「キヨちゃんだったら許されると思う。そう、可愛いは正義なんだよ。二重の意味で」
「?」
清いままの君でいて欲しい。尾方は切にそう願う。
それはそうと尾方には清に聴かなくてはいけない事があった。
清からの依頼についてのことである。
先日尾方は、清に自分のと呼んでいる悪人を無意識に斬ってしまう現象について聞き、その克服に協力して欲しいと言う依頼の話を受けていた。
詳細は、尾方が想定外の衝撃に襲われダウンしてしまったため、色々あやふやになってしまっていたのだ。
「そうだキヨちゃん、先日の依頼の件なんだけどさぁ」
尾方がそうきり出すと。
「あ、そうです尾方さん。私もその話をしようと思っていたんです」
すっかり忘れてましたと清も姿勢を正す。
「先日はお話を聴いて下さいましてありがとうございました。まずその点に感謝を」
深々と丁寧にお辞儀をする清。
尾方も慌てて姿勢を出来るだけ正して軽くお辞儀をする。
「あの時は詳しくお返事もいただけませんでしたが、都合よくあれから少し時間も空きました。お考えいただけましたでしょうか?」
清は少し後ろ暗そうに尾方に尋ねる。
対する尾方はいつもの調子で返答する。
「あの時も言ったけどおじさんでよければ力になるよ。斬られればいいんだっけ?」
右手で自分の左肩から右脇腹辺りまでスパッと線を引く様なジェスチャーをしながら尾方は言う。
「あう、そこについては少し言葉足らずでありまして、私としては尾方さんに斬られて欲しくはないのです...」
若女将は少しモジモジしながら言う。
「ふむ、と言いますと」
尾方が促すと、清は大太刀を前に掲げながら言う。
「この正装【不知火しらぬい】は、の刃ですがの刃ではございません。尾方さんには極力、私に斬られないように立ち回っていただきたいのです」
尾方は少し考えて不知火と言われた大太刀を見ながら言う。
「一回斬られた側の意見としては、アレが避けれる類の攻撃にはとても思えなかったのだけれど。からくりがあるってわけね」
清は肯定の意味で一度頷く。
さらに尾方は一考すると続けて質問する。
「でもそれってさぁ。正装の能力をおじさんに教えてくれるってこと? いいの? まがりなりにも一応悪魔だよおじさん。リスキーすぎない?」
清は不知火を少し上に掲げながら言う。
「全く問題ないと言うつもりはありません。また、天使戒位三躯の正装の重さを軽く見ているつもりもありません。ですが、それらを天秤にかけて尚、こんな機会は二度とないと断言できるのです。私が、使としてではなく、として正義を執行できるようになる機会は」
清に真っ直ぐ見据えられ、尾方もまた真っ直ぐに清を見る。
「了解。最後に一つだけ、なんで僕がお眼鏡にかなったのかだけ教えてもらっていいかな?」
その質問が、尾方の身の上や権能を示していないことは、清にもわかった。
だから清は、今度は正装を自分の後ろに隠しながら言う。
「貴方が、尾方巻彦、尾方さんだからです。私は、貴方を斬りたくありません」
それを聴いた尾方はニッと笑う。
「その依頼受けた。清ちゃんの為にも簡単に斬られちゃあげないよ。正義の天使さん」


「私の正装【不知火】は、大太刀の柄に触れて最大六秒間の間、能力です」
尾方巻彦は困っていた、息巻いてみたのはいいものの。思ったよりずっと読解難解な能力が飛び出したからである。
六秒間なんたらぐらいまでしか尾方には飲み込めなかった。
「...えーっと? 世界がなんだって?」
「世界に認識されなくなる。です、尾方さん」
ふむ、っと尾方は考えるフリをして時間を稼ぐ。
それを見た清がフォローを入れる。
「大丈夫です尾方さん。分かり難い能力なのは重々承知の上ですから。ご覧になる方が早いと思います」
それを聴いた尾方は見事に縋る。
「助かるよぉ。正直にいうと六秒間ぐらいしか頭に入ってもなくてさぁ」
「もうちょっと入れて欲しかったですけど...まぁいいです。あちらをご覧下さい」
清に指された方を見ると。五メートルほど離れた家の塀の上に空き缶が二つ隣り合わせに置いてあった。
「ああ、誰か塀の上にあんなもの置いて...マナーが悪いなぁ」
尾方の少しずれたコメントを受けて清は言う。
「全くです。ですからあの左側の缶を袈裟懸けに、右側の缶を柄で縦に潰しますね。見事出来ましたら尾方さんには缶の処理をお願いします」
そういうと清はスッと半身に構えて
「いやいや、清ちゃん。さり気なくおじさんに缶の処理させようとしてない?」
缶を差して清の方を見る尾方だが、清からは返事がない。
「清ちゃん?」
尾方が再度清に問いかけた次の瞬間、
「はい、なんでしょう尾方さん」キィン! ガッ! チン!
清の返事と納刀の音が聞こえたと思うと、それと同時に塀の上の空き缶が斜めに切れ、そして縦に潰れる。
不可思議なことにその四点は、
呆気にとられる尾方、しかし少しして今度は真剣に考える。そして思いついたように。
「もしかしてさっき柄を触ってからの六秒間の間に清ちゃんは『刀で缶を斬って潰した後に納刀、おじさんに返事をした』。その行動が六秒たったので同時に起こったってこと?」
尾方の推測に清は満足そうに返事をする。
「はい、その通りです。流石は尾方さん。最初からお見せするべきでしたね」
言っては見たものの半信半疑だった尾方は事実を受け再考する。
柄に触れてからの六秒間、尾方は清が行うことを全く認識出来ない。その間に清が行ったことは六秒後に合わせて反映される。
「つまり簡単に言うとおじさんは、清ちゃんが刀の柄に触れた瞬間から六秒間、見えない清ちゃんから逃げ回ればいいってわけか」
ポンっと手を叩いて尾方は言うが、言うは易しとはこのことである。相手が見た目通りの少女であれば或いは簡単であったかも知れない。。
しかし、相手はの天使。その身体能力は計り知れない。しかも、認識できないと言うことは、五感を封じられるに等しい。。
即ちこれは、『六秒間の間、身体能力が桁外れの刀の達人から、五感がない状態で命を守りきる』というのが正しい表現である。
未来予知が出来る人間ような人間でも容易ではない高難易度だ。
「無理難題を言っているのは分かっています。ですので、まずは私の意識がある状態で慣らしてから本番を行うのがよろしいかと」
清が提案すると尾方は一考して言う。
「それも良いけど、おじさんとしては清ちゃんが断罪人モードになる悪の境界線を知りたいなぁ。おじさんが斬られないに越したことはないけど、目標は清ちゃんのアレルギーの克服のわけだからねぇ」
すると清は少し俯く。
「それはそうですが...私は本当に尾方さんを斬りたくないんです。ですから、尾方さんが私の太刀を最低限避けられるようになってから、アレルギー克服に着手したいのです!」
俯いた顔をは徐々に上がり、最後には尾方の目を見て天使は強く言い放つ。
それを受けた尾方は頭を掻きながらヘラっと笑う。
「おじさんの命優先...なんて非効率な。とても天使から提案されてる気がしないなぁ...清ちゃんが、そうしたいんだね?」
清は強く頷く。
「よし分かった。そういうことならおじさん頑張っちゃうぞ。一日も早く清ちゃんの問題に着手出来る様に全力で励むからね」
尾方の返答を聴いて清は笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございます! 尾方さん! 私、いま、とても幸せです!」
頭を上げた清と尾方は二人で顔を合わせ微笑みあった。
しかしその後、
「では善は急げです。私が不知火の柄を触った後、この箒で尾方さんを四回叩きます。避けてくださいね?」
清は間髪入れずに不知火の柄にそっと手を触れる。
「え、はい? なんて? 清ちゃん?」
あたふたする中年が六秒後に受ける四発の箒の一撃は、中年の緩い想像を軽く超えて普通に痛かった。
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