残党シャングリラ

タビヌコ

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第二章『中年リベンジャーと物好きコープ's③』

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前回のあらすじ

中年、ト庁観光。


「......またテメェか」
血の塊から目玉が一つこちらを睨みつける。
「や、また会ったね天使さん」
ヒラヒラと手を振る尾方。
その様子を天使は不機嫌そうに眺める。
「なんのつもりだテメェ。次会った時は容赦しねぇって言ったはずだが...?」
抜き身の正装、【蝙蝠】は血の間から月を反射し尾方を映す。
「おじさんだってまさか会うとは思ってなかったんだよ? でも会えてよかった、元気そうだね?」
緩くハンズアップしながら話す尾方。
「.........ハァ」
暫く考えるように頭を垂れた血渋木は深く溜息をして言う。
「......お前、やっぱり悪魔向いてねぇよ」
そういうと得物を懐にしまう。
「悪いね。こっちも次は覚悟しておくよ」
尾方はのらりくらりと階段を上がり血渋木を横切る。
「...ここら一帯は君が?」
「...俺が来る前からこうだった。って言ったら信じるか?」
「いいや。会えてよかった。じゃあね」
尾方は天使に背を向けてト庁内に入っていく。
その後ろにOGフォンも続く。
『おっさん、まさかとは思うッスけどあの天使捜してました...?』
葉加瀬が怪訝そうに尋ねる。
「まさか? なんでおじさんが自分から天使に会いに行かなくちゃなんないのさ?」
『いや、なんとなくそう思っただけッスけど。しかしあっさり通してくれるなんてどういう心変わりッスかねあの天使さん』
『いや、ワシは信じ取らんぞ! 帰り際に後ろからドスッ!って刺して来るに決まっとる! 油断するなよ尾方!』
姫子の血渋木に対するトラウマは中々治りそうにない。


とてとて一向はト庁内への進行を何事も無くやりとげた。
『ちなここから最上階の展望台まではエレベーターで直通ッス』
OGフォンドローンから葉加瀬が道案内する。
「知ってるよ。おじさんが前に来たときはもう少し騒がしくてね。ゆっくり眺めて回るってわけにも行かなかったからねぇ、年甲斐も無くソワソワしてるよ」
『分かるぞ! ワシもウキウキしておる!』
「ヒメは遠足気分だからだけどね...」
ト庁内はシンッと骨まで沈黙が響く様な静けさだった。
尾方の足音のみが響き反響する。
『おっさん、エレベーターの位置逆ッスよ? どこに行ってるんスか?』
「個人的に少し寄りたい所があってね。こんな機会二度とないだろうしさ」
そういうと尾方は階段で二階に上がり、すぐそこにあった店の中に入る。
『本は埃を被ってるッスし、所々に戦闘痕の様な荒れようが見られるッスけど書店ッスよねここ? なにか用事ッスか?』
店内をOGフォンで飛び回りながら葉加瀬が疑問を投げる。
「うん、知り合いに本好きがいてね。シャングリラ産の本なんて生唾モノだろうと思ってね」
そういうと手元にあった手頃な大きさの本の埃を払いながらポケットに入れる。
すると姫子がそれに鋭く意見する。
『思うにそれは万引きではないかの?』
「おじさん悪魔ですから」
『これ! 天使、悪魔である前に人間であろうが、後ろに値段が書いてあるであろ。レジに置くのじゃ』
苦笑いしながら財布からお金を出してレジに置く尾方。
「...オヤジの教育の賜物ですなぁ。僕にはそういう教育はしてくれなんだが」
『そりゃそうじゃ。ワシはおじじ様の愛娘であればすれば。尾方は部下であるからの。教えることが違うじゃろうよ』
「そうだったのかな。いや、そうだったんだろうね」
そういう尾方は少し寂しそうにも見えた。
『そんなことより姫子さん。聞いたッスかおっさんの僕って一人称。レアッスよぉー! おっさんが僕って言うの!』
『おお! 確かに! 尾方は僕っ子じゃったのじゃな!』
「いや待ってよ茶化さないでよ。普通にたまに言ってるじゃない? それに僕って一人称使うのに年齢制限なんてないでしょう?」
『確かに年齢制限はないッス。でも二十歳以上の一般男性が使うには国家資格が必要なんスよ。おっさん【成人男性一人称僕使用免許証】持ってるッスか?』
「...持ってない。もしかしなくてもおじさん無免許僕使用罪とかで逮捕されるの?」
『いや、周りにドン引かれるッス』
「...遠まわしにおじさんに似合わないって言いたかったりする?」
『いえいえ、私さんの持論ッスが僕って一人称は二十歳以下の男子か女の人にしか似合わないと思うんッスよ』
「もしかしなくても女子は年齢無制限なのかい?」
『いくつになっても僕っ娘はいいものッス』
「その意見に対してはおじさんノーコメントで!」
『お、もしかしておっさん。僕っ娘に思うとこあるッスか? 僕、知りたいッスねぇ~』
「わぁ! 可愛い猫撫で声! 一人称関係なくおじさんの心拍数に影響を及ぼすからやめてね!」
『そ、そうなんスか。へぇ~...』
『ワシは? ワシっ娘はどう思うかの尾方! 愛いかの!?』
「愛い愛い、特に特殊な大きな子供達に特需があると思うよ」
『愛いか! そうかそうか!』
姫子の声が遠くなり後ろから遠目に鼻歌が聞こえてくる。
『あ、ちなみにいい機会だから聞くんスけど...【私さん】って一人称どう...思うッスか? やっぱり、変ッスかね?』
「ん? おじさんは好きだなぁ。なによりメメカちゃんっぽい、可愛らしい響きの一人称だと思うよ」
『へ? あ、そう...ッスか。ふへへ......葉加瀬芽々花、キャパオーバーにより一時離脱するッス』
次は葉加瀬の声が遠くなり後ろからなにかが転がるような音が聞こえる。
『尾方! ワシが惚けとる間にハカセになにを言うた! なんか布団に丸まって転がりながら声にならぬ声を上げておるぞ! 怖い!」
「いや? 特になにも...。 ヒメと一緒で、可愛いって言っただけだけど...?」
『そうか! そうかそうか! 苦しゅうない!』
そういうとまた声が遠くなり、うむうむと勝手に関心しているような声が遠くから聞こえる。
「??」
両者が通話より謎の離脱をし、会話がままならなくなった尾方は頭を掻きながら書店の奥に歩いて行く。
そしてふと、書店奥の角で立ち止まる。
そこの床には少しだけ焦げたような後があった。
その床を暫く神妙に眺めた尾方は、タバコを取り出して火を着ける。
そして、一口だけそれを吸うと。
「今はこの銘柄しかなくて、すんません。後、吸っちゃってください」
そう言い、その床の上に一口だけ吸ったタバコを置いて書店の出入り口に向かう。
その途中、コントロールを失い空中で静止しているOGフォンを捕まえると。
「ではまた、縁があったら来ます」
そういって書店を後にした。
誰もいなくなった書店の奥、ただ真っ直ぐに立ち上るだけのタバコの煙が、少しだけ揺らいだ。


『尾方、なんかワシ等が見てない内に放火紛いの事をしておらんかったか?』
「気のせい気のせい。そんなことよりほら、ここがト庁四十五階、展望台だよ」
一人と一機はエレベーターで展望台まで上がり、通話に復帰した二人と周りの様子を伺っていた。
『おkッス、これだけの高さなら文句なしッス。グルッと一周するッスよ』
そういうとOGフォンは縦向きに方向変換し、カメラを作動させてホバリング移動に移行する。
「はいはい、ゆっくり行こうか、おじさん疲れちゃった」
そういってトロトロ歩きながら尾方は眼下に広がる神宿を眺める。
「ちっさいなぁ...神様ってのはこんな視点で人を見てるのかねぇ...」
チラッと沈み行く月を観た尾方はポケットからタバコを取り出す。
『おお、流石は尾方じゃ! 神目線とは目標が高い!』
「いや、物理的な視線の話ね? なんで一般戦闘員のおじさんが神様目指す話みたいになってんの?」
『馬鹿と煙は高いところが好きって諺があるッス』
「神か馬鹿かみたいな極端な二択迫ろうとしてない?」
『しかし、神ッスか。実際謎ッスよね。このシャングリラを語るには欠かせない存在なのに。その多くは謎に包まれてるッス。人が悪魔になる際に一度会えるって話しッスけど』
『ふむ、ということは尾方は会ったことあるのかの?』
「あるよ。でも出来ることなら二度と会いたくはないかなぁ」
なにか嫌な思い出でも思い出すように苦い顔で尾方は言う。
『興味あるッス! どんな方なんス?』
「あー、当然だけど、人って言う物差しで測っちゃ駄目だ。見た目は自体は僕らに似てるけど、全くの別物。僕らと神では思考の断絶を感じたよ」
『ほむ、詳しくはどんな感じッスか?』
「うーん、一言で言い表せないけど、特に価値観や死生観とかに大きな断絶を感じたかな。まぁ神様なんだから当然なんだろうけど」
タバコに火をつけて遠い目をしながら尾方は語る。
「でも、見た目は人間と大差なかったなぁ。突然宙に浮いたりする意外は」
『確かに普通の人間は宙には浮かないッスね...なるほど参考になったッス。あと計測も、もうすぐ終わるのでおっさんのんびりしてていいッスよぉ』
「お、気が利くねメメカちゃん。じゃあ少しゆっくり外眺めてようかな」
『ごゆっくりッス~』
飛んでいくOGフォンにヒラヒラと手を振った尾方はゆっくりと近くに有ったベンチに腰掛ける。
そしてところどころから煙は上がっているが比較的静かな神宿エリアをぼーっと眺めていた。
その目はどこか遠い目をしており、なにかを思い出しているようだった。
「まさか、こんな風にここに腰掛けるような日が来るなんてねぇ...」
ポツリと独り言が口から零れる。
「あの時とはなにもかも変わっちゃったよ。...変われないのは僕だけみたい。笑っちゃうよね、よりにもよって僕が残っちゃうなんて」
「でも―――」
その時、展望台の反対側から葉加瀬の酷く動揺した声が響いてきた。
『なんだあれ!? おっさん! おっさん!! 事件! 事件ッス! こっちに来て下さい!』
声色からただ事じゃないことを察した尾方は、タバコを閉まって駆け足でOGフォンがあるところに駆けつける。
「どしたのメメカちゃん、ヒメ」
『おっさん! 前! 不治ノ樹海方面を見てくださいッス!』
尾方が言われた方面に目を向けると、その異変は一目で判断することが出来た。
樹海の上に光を放つ巨大な輪っかのような物体が浮遊していた。
一言で表すならそれは巨大な天使の輪。
一エリアを覆うほどの巨大なソレは、発光しながら静かに佇んでいる。
「...おじさんアートってよくわからないんだよね」
『アートなわけあるか! 尾方、ハカセ! なにか心当たりはないか!?』
ヒメに一喝され神妙な顔で少し考える尾方。
「まさかとは思うけど...」
そう言いかけた所で謎の浮遊物体に動きがあった。
停滞していたその物体は徐々にその高度を下げていく。
そして地面スレスレの高さまで降りたその瞬間。
ギュン!!っとその輪は縮み。この距離からは視認出来ないほどの小ささとなった。
結果。その輪の中にあった【モノ】が、スッパリと全て斬られた。
大量の木が倒れる音が展望台のガラスを揺らす。
展望台の三人はその光景を呆然と眺めていた。
少しして葉加瀬が慌てた声で言う。
『た、たた大変ッス! いま、ニュースで流れてるんスけど! エリア不治ノ樹海の支配権、天使側に完全に塗り変わったッス! 同時に悪魔側の四大組織の一角、悪海組あくかいぐみの全滅が報道されています!!』
「......ッ」
『へ...?』
全員は声を失う。。
しかし尾方は、少し考えているようだった。
その様子に気づいたのか。姫子が疑問を投げる。
『尾方、先ほどなにか言いかけておらんかったか? なにか心当たりがあるのかの?』
「あー、いや多分なんだけど、...アレは正装だ」
眉間に指を押し当てながら尾方が言う。
『なんと!? あんな規模の正装なんて聴いた事ないッスよ!? ありえるんスか!?』
「おじさんだって伊達にこの業界長くないんだ。もしかしたらだけど、ありえない話しじゃないねぇ」
『もしそうだとしたら! アノ規模なら大天使レベル間違いなしッス! どうするッスか? どうするのがいいッスか?』
「落ち着いて大丈夫。もしおじさんが考えてる通りだとしたらまだ時間はある。ハカセちゃん地形読み取り終わってる?」
『は、はい、大まかには撮り終わってるッス』
「よし、退散しよう」
年の功かどこか落ち着いている尾方に従う形で一向は、エレベーターで一階に辿り着く。
ツカツカと少し早足で尾方が外に出ると、そこにはもう血濡れの天使の姿はなかった。
それを確認した尾方はふぅっと一息ついてアキレス腱を伸ばす。
「さぁ、じゃあ僕も帰るとしますかね。少し飛ばそうか、遅れず着いてきてね」
『りょッス! おっさんも無理はしないようにするッスよ』
「幸い無理が利く身体なんでね、無理させて貰いますよ」
そう言って、ダンッ!と尾方が地面を一歩蹴り出した瞬間。
ト庁が、神宿が、シャングリラが。
音を忘れたように、鮮烈な静寂に包まれた。
その違和感に尾方はぶつかり反射的に足を止めてしまう。
――――――――――――。
「......」
『こ、これは!? 尾方!! よく分からぬが止まるな! 走れ!!』
『な、なんなんスかなんなんスかこれ!? カメラ越しなのに!? この寒気はなんなんスか!?』
刻は夜明け前とはいえまだ辺りは暗い。暗いはずだった。
天からの光に差されたソレは、音も無く。しかし強烈な衝撃を纏い、神宿の町に、尾方の前に舞い降りた。
三人がソレを認識するまで数秒が必要だった。
そして三人の認識は事実に追いつく。
それは、『天使』だった。


ソレは、純白のシーツを纏い、頭の上に光る輪を浮かべ、月白の翼を儚く散らしていた。
そして、その少年にも少女にも見える中性的な顔が、喜とも哀ともとれぬ表情でこちらを見下す。
その姿は、天使に他ならなかった。少なくとも、それを観た三人はそう思った。
『...天使様?』
反射的に姫子が思ったままを口にする。
『だ、だとしたら敵ッスよ。ど、どど、どうするッスかおっさん?』
酷く動揺している葉加瀬、彼女は察しているからだ。
先ほどの不治ノ樹海の一件の犯人が、今、目の前にいる天使の仕業であると言うことを。
一方の尾方は、どこか遠くを見るような、なにかを懐かしむようなそんな表情をしていた。
そして、少しして、近くを飛んでいるOGフォンを掴む。
『なんじゃ尾方? なにか策があるのか?』
『と、とりあえずなんでもいいから急いだ方がいいッスよ。私さんも全力でサポートするので』
すると尾方は微笑んで言った。
「ごめん。でも、昼までには帰るから」
『へ? 尾方? どういう...』
『! 駄目!! 尾方さん!!!』
尾方は軽くOGフォンをトスすると、目にも留まらぬ飛び回し蹴りでOGフォンを蹴り飛ばした。
ビルの壁に激突した。OGフォンはひしゃげ、原型を留めていなかった。
「切り方分からなくて...あとでメメカちゃんに謝らなくちゃ。...その前に」
尾方は、前を見上げる。
「あれをなんとかしないとね」
天使はジッと尾方を見つめたまま動かない。
尾方はそれを確認して、少し歩を進める。
「......久しぶり。随分感じ変わったね? ゼンちゃん」
淡く、しかし鮮烈な天使からの光を一身に浴びて、尾方は見上げる
《...先輩?》
小さな、微かな呟きのような声が、確かに辺り一帯に響く。
「...そっか、まだ。キミは君なんだね。...だったら、少しお説教きいてくれるかい?」
尾方は左手で目を覆う。そして静かに呟く。
「姿勢を正せ、前を見ろ、戦場では常に全力疾走、生ある限り―――」
目を覆った左手が、下ろす間もなく宙を舞う。
左手が切断されたのを認識し、吹き出る血の熱さを感じながら、血に濡れた眼で天使を睨みつける。
「――諦めるな」


一方こちらは新生メメント・モリのアジト、悪道宅。
一方的に電話を切られた(蹴られた)葉加瀬は、大層焦っていた。
「――どうしよう。どうする。どうすればいい。どうするべきだ。どうするッスか私さん」
「は、ハカセ落ち着くのじゃ! 尾方の事じゃなにか考えがあってのことだろう」
酷く動揺する葉加瀬を落ち着かせようとする姫子。
「で、でも、おっさん様子がおかしかったッス。なんか思い詰めてたっていうか...」
「そこじゃ、きっとあの様子からして、尾方はあの天使の事を知っておる。あえてワシ等を弾いたのも考えがあってのことであろう」
あくまで冷静に葉加瀬を諭す姫子、これも尾方を信頼してのことだろうか。
「た、確かにそうッスけど、うー...ごめんなさい。私さんがしっかりしなきゃッスよね」
「大丈夫じゃハカセ。気持ちは痛いほど分かる。ただ心配する相手が尾方と言う点に注目じゃ。彼奴は、あの尾方巻彦じゃ。こと生存において奴の右に出るものはいないのじゃから」
ふふん、っとまるで自分のことのように誇らしげに胸を張る姫子。
「うう、姫子さんがまるで頼れるボスみたいッス...」
「頼れるボスじゃが!? 最後のポッキー食べるかの!?」
「食べるッス...」
最後のポッキーを半分こしてポリポリ食べた二人は一息つく。
「それはそれとしておっさんが帰って来たらタックル一発入れるッス」
「うむ、ワシもそうするぞ!」
二人は顔を見合わせて笑う。
落ち着きを取り戻した二人は早速、尾方が帰ってこなかった場合を考えて策を練ることにした。
「万が一があるッスからね。現状唯一のメメント・モリの戦闘員である尾方のおっさんを失うことは出来ないッス」
「無論じゃ。無事でも容易に帰れぬ状況に立たされている可能性もあるからの」
「そこで尾方巻彦奪還チームの編成が急務ッス。私さんはOGフォン二号機の作成を急ピッチで進めるので、姫子さんには人脈を使って生身の戦闘員を一人見つけて欲しいッス」
「うむ! キヨを呼んでくるぞ!」
「駄目! それは駄目ッス! 人選ミスッス! 彼女天使ッスからね! しかも三躯の!」
「なんと...! 万策尽きたか...!」
「一策で尽きてるッスよ。とりま悪魔サイドの人で戦闘経験がある人! 頼むッスよ!」
そういうと葉加瀬は元応接室のラボに入り、モニタ十数個とにらめっこを始めてしまった。
邪魔しては悪いと姫子はラボを後にして、一人居間で座り考える。
その間、約七秒ほど、少女真理に辿り着く。
「ワシ! そんなに人脈ない!」
そう、それは余りにも悲しい真理だった。
しかし考えれば当然である。彼女は悪道総司。悪の組織のボスの孫娘であるが、特に組織に関係があったわけではない。
個人的な、悪道総司を尋ねてくる客人ぐらいにしか面識がないのである。
故に考え込んでしまう。
「(もしかして、詰んでおるのでは?)」
悲壮に暮れた姫子は悪道総司の親族集合写真に泣きつく。
「おじじ様! ワシは! 尾方のためになにも出来ないのでございましょうか! ワシは!」
涙目で写真を眺める姫子、すると。
「あ!」
なにか思い出したのか姫子は涙を拭い写真を凝視する。
「これじゃ! この方がおった!」
姫子は飛び上がると家に設置してある電話に走り、手帳のメモを取り出して番号を入力する。
「あ、もしもし! 大叔父様かの!!」


時間が過ぎること二時間ほど、急ピッチでOGフォンの二号機を作った葉加瀬は、
目頭を押さえながらラボから出てきた。その足で居間に向かう。
「姫子さん...終わったッスよぉ~...コーヒー下さいッス~」
居間の襖を開けると、
「おはようレディ、いま丁度、姫子ちゃんが淹れに行っているから、一杯追加してもらうよう言っておこう」
そこには、見覚えの無い男がいた。
整った髭を鼻下と顎に携え、洋風のスーツでビシッと決めた蝶ネクタイの似合ういかにも老紳士という風体の男が、
どこから取り出したのか洋風の椅子に座っている。
「...誰ッスか!!?」
これには葉加瀬も驚愕の声を上げる。
「おやおや、ご無体な。姫子ちゃんから聴いてないのかネ?」
老紳士風の男はやれやれという様子で台所の方を見る。
するとちょうどこそにコーヒーカップを乗せたおぼんを持った姫子が現れた。
「おお、ハカセ! 終わったか! ご苦労様じゃ!」
「は、はい、終わったッスけど。それよりこのご老人はどなた様ッスか?」
コーヒーを老紳士に渡しながら姫子が説明する。
「うむ、なにを隠そう。この方こそは我らがメメント・モリの強力なスケット。おじじ様が弟、悪道替々あくどうかえがえ大叔父様である」
紹介された老紳士はすまし顔でコーヒーを一口飲むと口を開ける。
「え、スケット? なにの?」
ボケが始まっている! 
訳ではなく。このご老体、実はなにも説明されておらず。
とりあえず家に来て欲しいと朝っぱらから姫子に懇願されて、日課のティータイムを押して参上したのである。
これは姫子が悪いと、慌てて事情を説明する葉加瀬。
悪道替々はそれをコーヒーを飲みながら静かに聴いていた。
「なるほどネ。それでこの悪道替々に白羽の矢が立ったと言うわけか...」
飲み終ったコーヒーカップを置いた老紳士は静かに事情を飲み込んだ。
「す、すみませぬ大叔父様。ワシには大叔父様ぐらいしか頼れる人がおらぬ故...」
縮こまって申し訳なさそうにする姫子に老紳士は微笑んで返す。
「なぁに、可愛い姪孫に頼られて気を悪くする大叔父なんていないものサ。...出来るかは置いておいてねぇ」
最後に少し渋い顔をする替々。
すると葉加瀬が質問する。
「ええっと、替々さんは悪魔なんスか? 今はどこの組織に所属してるんスか?」
「ああ、私は悪魔のサ。十年以上前に引退して隠居中だけどねぇ。転覆の悪魔、悪道替々といえば少しは有名だったものサ」
「うむ! ワシも大叔父様の武勇伝はかねがね聴いておった。ゆえに今回頼らせていただこうと思ったのじゃ」
ふん!っとまた自分のことのように胸を張る姫子。
しかし等の替々は実に頼りないご老体である。
「私には無理だろうけどねぇ。でもさっきの話し、随分懐かしい人物があがって無視も出来なくなってしまったねぇ」
ふぅ、っと替々は溜息を一つ漏らす。
「え!? 替々さん、件の天使に覚えがあるんスか!?」
驚いた葉加瀬が質問する。
「いいや、そっちじゃあないネ。尾方巻彦さ。十年以上前だが、彼は私の弟子だったんだヨ?」
「「!!?」」
意外な繋がりに姫子も葉加瀬も唖然とする。
「え!? 大叔父様が尾方の師匠!?」
「い、一体なにの師匠だったんスか? 悪魔に師弟関係とかあるんスか?」
葉加瀬の質問に鼻高々に替々は返す。
「無論、悪魔にも師弟関係はあるとも、なにも特別なことじゃない。彼が、私の戦闘方法に興味を持って、それを教えてあげただけだがねぇ」
昔のことを懐かしむように替々は語る。
「いい青年だったヨ。とても悪魔とは思えないほどに、ネ。だからこそ言えるが、今回、私は役に立てそうにない」
「な、なぜじゃ大叔父様! 腰か! 腰をいわしたのか!」
「いや、膝ッスよ! 膝に爆弾があるんスよきっと!」
「君達結構ナチュラルに失礼だよネ?」
ちなみに膝に爆弾が正解だよ葉加瀬君と替々はよっこらと立ち上がる。
「モチロン、理由は決まっているとも。尾方には、少女二人を残して先に逝くような。柔な教育はしていないからさ」
そういうと替々は窓まで歩き、なにかを確認するように外を眺める。
そうして姫子達のほうを見ると、ウィンクして外を観る様に促した。
そこには、尾方巻彦の姿があった。


「尾方ァ!!!」
「尾方のおっさん!!!」
二人は尾方の姿を窓から確認する暇も無く、すぐに外に飛び出した。
無論、タックル一発入れるためである。
しかし、その姿を観て、二人は立ち尽くしてしまった。
全身傷だらけ、血濡れの天使と見間違うほどに血を浴びた尾方の姿は、左右非対称になっていた。
尾方巻彦は、片腕を失っていたのである。
正直、尾方巻彦と認識することが難しいほどの姿であったが、唖然とする二人をみたそれが。
「ただいま、ヒメ、メメカちゃん。ごめんね急に電話切っちゃりして。あと、あの...OGフォン? 壊しちゃってさ。あと遅くなった。本当にごめん」
と、開口一番謝り散らすものだから、すぐに尾方と認識し、二人は予定通り、タックルした。
「尾方! この馬鹿者が! よう帰った! おかえりじゃ! うわ~ん!」
「おっさん! このバカ! もっと気の利いた格好で帰って来るッスよ! 心臓に悪いッスよぉ~!」
そのタックルは目に涙を溜めながらとなり想定と少し違ったが、二人はあくまで満足げであった。
「ちょ!? 二人とも! 血がね! 着いちゃうから!」
自分の痛みより先に二人に付く血を気にする姿もまた。
尾方巻彦に間違いなかった。

「やぁ、尾方。元気そうでなによりだねぇ」
騒ぎがひと段落した折をみて、玄関から替々が尾方を出迎えた。
「し、師匠!? なにやってるんスかこんなところで!?」
これは尾方も予想外だったのか目を丸くする。
「ああ、座ったままでいいよ。なに、可愛い姪孫に頼まれてね。重~い腰をあげたのさ。君のお陰で見事にあげ損だったがネ」
そういう替々もどこか嬉しそうである。
「は、はぁ、師匠がでるほどの事件? なんかあったんスか?」
この男は...。
とこの場にいる全員が思ったが代表して姫子が声をあげた。
「尾方!! お主があんな状況で急に電話を切るからじゃろうが!!」
ペシッと怪我がなさそうな頭を軽く叩かれた中年はシュンとする。
「あ、あぁ~あぁ~あぁ、なるほど。 すいませんでした!!」
尾方の気合に入った謝罪に替々はケタケタと笑っている。
「いやぁ、変わらないねぇキミ。いや、いいんだよお陰でまた少し面白くなりそうだ。皆、いつまでも外もあれだ。少し室内で話そう」
少し悪い笑顔をした老紳士は皆を室内に促した。


「この話し乗った。私も新生メメント・モリの一員に入れてくれたまえ」
室内で居間に全員が集まり、落ち着いた段階で、声高々に替々が宣言した。
「へ? 師匠??」
尾方は帰って来てから驚きっぱなしである。
「それは...願ってもない申し出じゃ! 流石は大叔父様! 懐が深い!」
感激する姫子を他所に尾方は慎重である。
「えーっと、師匠? なぜ急にそんな気に? なんかまた悪いこと考えてます?」
「私さんも気になるッス。この人たまに笑顔に裏があるッスよ。反骨の相とかレントゲンで撮ったら出そうッス」
訝しげに牽制する葉加瀬、
対する老紳士はティーカップを片手に涼しい顔で言う。
「無論、考えているとも! 悪魔が悪いこと考えてないでどうするかね? ただ、君達にも悪いようにはしない。私には出来ないかもだが、戦闘員が頭数一つ増えるわけだし。なにより今回のような騒ぎの度に呼び出されたんじゃ堪ったものじゃあないからね!」
「ウッ...そ、そうですね」
ド正論である。
お察しの通りこの尾方巻彦は師匠に口で勝った事が無い。
つまり苦手なのである。
「悪巧みは別にいいッスけど、貴方個人ではなくてウチ全体に有益なモノでお願いするッスよ替々さん」
そこに毅然と立ち塞がるは現役JK葉加瀬芽々花。頑張れ。この組織の舵は意外とキミに懸かっているぞ。
「了解。約束するヨ。ハカセ君」
これまた疑ってくださいと云わんばかりに悪い意味でいい笑顔の替々。
この組織の当のボスである姫子は、新メンバーに爛々で、この周りの会話は頭に入っていなかった。
ひと段落したところで替々が尾方に尋ねる、
「それはそれとして尾方。キミ、その左手は? なにがあったか聴かせてもらえないかね?」
その話しには残りの二人も興味津々のようでブンブンと顔を縦に振る。
「あー、これはねぇ...」
尾方はなんともバツが悪そうに残った右手で頭を掻く。
「なんとも話し辛いんだよねぇ...話さなきゃ駄目?」
全員に真っ直ぐ見据えられて尾方が溜息をつく。
話し辛そうだねぇ...。

「代わりに話してあげようか?」代わりに話してあげようか?
...失礼。これじゃ分かり難いね。
私は、思ったことがあったので、尾方巻彦の後ろに現れ、言う。
「やぁ、こんにちわ。屈折の悪魔。尾方巻彦」
皆が皆、急に現れた私の姿に驚いて目を真ん円に私を見ている。
ああ、この手の反応はいつ受けてもいいな。面白い。
私がここに居るのなんてごく当たり前なのに。
どこにいようとどこにいたって私はいるのに、こんなにも驚いて、嗚呼、面白い。
興が乗ったので自己紹介しようと思う。
「皆々方始めまして、私は皆が【悪の神】と呼ぶそれ。毎度どうも」
皆が皆理解が追いつかないのかシンッと静止している。
それは駄目だ。面白みに欠ける。そうだ。
「そうだ、尾方巻彦。これはサービスとしよう」
そして、親切にも、私は、尾方巻彦の体を、サイコロ大にカットした。
やはりその刹那、二つに割れた視線で尾方が見たのは、
観たこともないほど目を真ん丸にした師匠と。
姫子と葉加瀬の悲痛な表情だった

第二章『中年リベンジャーと物好きコープ's』 END


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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

アデンの黒狼 初霜艦隊航海録1

七日町 糸
キャラ文芸
あの忌まわしい大戦争から遥かな時が過ぎ去ったころ・・・・・・・・・ 世界中では、かつての大戦に加わった軍艦たちを「歴史遺産」として動態復元、復元建造することが盛んになりつつあった。 そして、その艦を用いた海賊の活動も活発になっていくのである。 そんな中、「世界最強」との呼び声も高い提督がいた。 「アドミラル・トーゴーの生まれ変わり」とも言われたその女性提督の名は初霜実。 彼女はいつしか大きな敵に立ち向かうことになるのだった。 アルファポリスには初めて投降する作品です。 更新頻度は遅いですが、宜しくお願い致します。 Twitter等でつぶやく際の推奨ハッシュタグは「#初霜艦隊航海録」です。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

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